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2010年12月31日

●大きな欲を持つ

欲と言いますと、強欲とか我欲などがイメージされて欲を持ってはいけないと言われがちですが、欲を持たなければ、人間は滅びます。

欲といっても我情我欲を放し、正しい欲を持たなければならないのです。『小欲を放して、大欲を持ちなさい。』と仰って下さっているのです。

小欲というのは、人に頼ったり、金銭欲、権勢欲、名誉欲という限りがある事に貪欲になることです。

生まれながらにして神様から頂いている欲である生きたいという欲や助かりたい、向上したいという欲は人間にとって必要なものです。

さらに周囲の方々に助かってもらいたいという神心を大きくして、大きな欲を持つことが大切なのです。ですから天地の親神様のご神徳を蒙りたいと願う事は精一杯お願いさせて頂いたら良いのです。

★教祖様は『世界中の人を助けたいという欲がある。』とまで仰せになっておられます。神心に沿った正しい欲を持つ事によって、段々と人の事が思えるようになり、願えるようになり、お世話がさせて頂けるようにならせて頂けるのです。

★今晩7時半より、越年祭が仕えられます。時間に遅れないよう、家族中勢を揃えて参拝させて頂き、この一年間の御礼をしっかり申し上げ、新しい年を迎えさせて頂きましょう。


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2010年12月30日

●真心で一文を足す

 以前、御本部の教会長信行会に参加させて頂いた時に、「真心で一文を足す」というお話を聴かせて頂きました。

以前から「借りたお金は三日前に返す」というみ教えを聴かせて頂いておりましたが、その「三日前に」というのは、「真心を添える」という意味だと教えて頂いたのです。

★人に何かお世話になったお礼をするのでも、なるべく早くさせて頂くように。また、たとえ些少な物であっても添えさせて頂くことで、その分こちらの真心を表すことになります。

また、御大祭等の祭典の後に親教会にお礼参りをさせて頂く時も、その日のうちにすぐさせて頂きますのは、出来る限りの真心をもってお礼参りをさせて頂けるよう願ってのことです。

一口に「お礼」と申しましても、「これで十分にお礼が出来ている」ということはないのです。

どこまでも真心を込めさせて頂き、手厚くさせて頂くことが大切なのです。

『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。

お願い一ぺんにお礼十ぺんというように、お礼を言う心が篤いほどご信心が篤い。ご信心が篤いほどおかげが篤い』

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2010年12月29日

●生まれ変わる好機

 教祖様は厄年のことを「お役に立つ年」とみ教え下さっておられますが、一般に男の厄年・女の厄年・還暦といわれるような年齢には、様々な変化が体の上にも表れやすいものです。

人間の体には、体調の節目となる時期というものがあります。

そうした時期を三代教会長先生は、「神様に体のお手入れをして頂く時期」とみ教え下さいました。
「今までと同じように体が動かない・・・」等と、不足に思うことはないのです。

そういう時期には、更年期障害や自律神経失調症等々、一時的に免疫力が低下したりしやすいものです。

人によって症状は様々ですが、必要に応じて体を休めさせて頂き、無理をしないように心がけて、更に、食事を節制するなど、体の変化に柔軟に対応させて頂くことが大切です。

そうして、良い方へ生まれ変わらせて頂くよい機会とさせて頂くのです。御洗米、御神酒をしっかりと頂き、節目の年を乗り切らせて頂いて、心も体も健康にお役に立たせて頂きましょう。

★仕事等で思いもよらない問題が起きてきた時も、それは自分自身が新しく生まれ変わらせて頂く時なのです。

「これをおかげにさせて頂こう!」という元気な心で、改まるべき所をしっかり改まらせて頂きましょう。

神様を杖に有り難く取り組ませて頂けば、必ず立ち行く道が開かれてゆくのです。

『神様は氏子の身の上にけっして無駄事はなされぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ』

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2010年12月28日

●今日一日、この瞬間をお守り頂く

年の瀬が押し迫ってまいりますと、忙しさにかまけて自分の事を省みることも、人の事までも思いやる余裕が無くなってしまいます。

この忙しい時こそ真剣に今日一日の事をお願いし、今この瞬間をお守り頂かなければならないのです。

日々心中ご祈念して生活し、危険なところに近付く事の無いよう、事故や事件に巻き込まれることのないよう、時間のお繰り合わせを頂かなければなりません。

★毎日のようにニュースで交通事故や火災等の報道がされています。私達の生活の様々な場面で何時、このような瞬間に巻き込まれないとも限りません。

三代教会長先生は「今は戦時ではなく平時だが、今このような平和な時代も、戦時と変わりなく緊張感を持って、お願いをしていかなければなりません。」と常に仰っておられました。

★冬休みに入りましたが、子供さん達も朝参りをさせて頂いて、冬休みを無事故で過させて頂けるよう、今日一日の事を真剣にお願いさせて頂きましょう。

年末年始、帰省や旅行などに出かけられる際には、どこに行かせて頂いても怪我過ち事故等からお守り頂けますよう、お届けさせて頂いて御神米をお供させて頂き、お守り頂きましょう。

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2010年12月27日

●正しい判断、択正しい舵取り

 学校では二学期が終了し、学生さん達が通知簿を持ってお届けに来られます。

通知簿を共に見させて頂くことによって、改まるべき点を把握させて頂き、学力も生活態度もより向上させて頂くことを共にお願いさせて頂きます。

★大人になってからは、試験を受けることもなければ通知簿を頂くこともありませんが、日々の生活で起きてくる問題は神様からのご試験です。

二代教会長伊藤コウ師は「今日は神様のご試験で落第点を取ってはいまいか。及第点を頂くことが出来ただろうかと、一日の終わりに反省しております。」とおっしゃいました。

★毎日の生活は、小さな判断の連続です。何か事に当たった時、簡単な方を選ぶのか、難しい方を選ぶのか、あるいは怠ける方を選ぶのか、勤勉に励む方を選ぶのか。

どんな時も神様を杖にさせて頂き、正しい判断、正しい舵取りをさせて頂くことが大切なのです。

何事も逃げずに、「これをおかげにさせて頂こう!」という心で真正面から受けさせて頂いていると、実力も身に付けさせて頂くことが出来ます。

そして、神様から与えて頂くチャンスも逃すことなくさっとつかませて頂くことが出来き、有難い人生をおくることが出来るのです。

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2010年12月26日

●神様がお喜び下さるご修行

教祖様は『手で香を焚いたり、断食をしたり、寒中に水垢離をとったり好きな物を断ったりする者がある。そういうことはやめて神様と約束をするがよい。そういう事は行ではない。

迷いというものである。そういうことをする代わりに心を固めて信心がどこまでも変わらずにどこまでも続いていくことが大事である。』と仰せになっておられます。

★『わが心でわが身を救い助けよ』自分自身を痛めるのは、神様はお喜びにならないという事を教えて下さっています。

★(1)貪欲…金銭欲、名誉欲、権勢欲など衣食住に対しても貪欲になる。
(2)瞋(怒り)…神経をとがらせ、私利私欲で腹を立てる。人間のあらゆる一番悪い原因は、怒りである。

(3)痴…愚痴不足を言い、非理性的になる。
(4)慢心…横着。大事なことをいい加減にしたり、大切であると知りながらしない。怠ける。ずるい。

(5)疑…天地の道理、道の教えを素直に頂けない。★これらの自分の心を汚してしまいまう事を、続けていますと、身体も生活も壊してしまいます。

それら心を汚してしまう事を省いてゆくことが、有難い御修行となります。日々の生活を省みて、御修行を神様とお約束して、自ら取り組ませて頂く事が大切です。

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2010年12月25日

●心のおかげを受ける

先日あるご信者が、「私自身、5才の孫から教えて頂くことがありまして…。」とお届けなさいました。

その方には90才になるお母さんがおられ、高齢の為お耳が遠いので、自然と大きな声で話をされておられたそうです。

するとある日そのお孫さんから「もうちょっと優しく言ってあげたら?」と言われたそうです。ご自身は丁寧に話しているつもりでおられたのですが、

何度も尋ねられる事もあって、多小応答する声がきつくなっていたことに、そのお孫さんの一言によって気付かれたのです。

★小さい子供からでも教えを頂くことが出来るのです。それを有難く頂くことが日々のご修行です。
しかし、他人から『あなたの心が間違っています。』と言われると、

なぜそんなことを言われなければならないのか、と反発して有難く頂けないようでは、こちらの受け物が出来ていないのです。常に自分自身の受け物を見直し、人の口を通してみ教えを頂く事を悟らなければなりませんね。

★理屈では分かっているつもりでも、実際の生活の上で痛感し改まって有難く頂くことが、心のおかげを受けることに繋がっていくのですね。


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2010年12月24日

●有難く拝んで頂く稽古

先日あるご信者が、家族中風邪を引かれまして発熱と嘔吐で水を飲むことさえ出来られなかったそうです。

しかし唯一頂く事が出来たのが、御神米とお洗米であられたのです。そして無事に回復され、御礼届けに来られました。

御神酒、御神米、お洗米でも有難く拝んで頂くのと、拝んで頂かないのとでは、大きな違いが起きてくるのですね。

私達は、天地のお恵みである食べ物を有難く拝んで頂くからこそ、体中に天地のお徳が満ち亘ることができるのです。そこで日々お水の一杯も有難く拝んで頂くという事を稽古させて頂く事が大切です。

★信心の稽古をさせて頂くという事は、金光様の御信心を習わせて頂くという事であり、それは日々神心を育てさせて頂くという事になるのです。

★『有難い事を知らぬ者に困ったり、難儀なものが多い。信心して思い分けが出来て、有難い事が分かって、お礼が言える様になると、難儀災難が払われて達者にもなってくる。』

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2010年12月23日

●日々心を改め磨く

 本日は、年末の大掃除をさせて頂きます。このお道では「洒掃」(さいそう)といって、自分自身の心を改め磨かせて頂くつもりで、お掃除をさせて頂くことを教えて頂いております。

この一年、万事に亘って結構におかげを頂いたお礼に、心を込めてお礼のお掃除をさせて頂きたいと思います。

★ちょうど、落葉を掃いても掃いても落ちてくるように、私達の心にも日々我情我欲という塵やほこりが出てくるものです。そして油断をするとすぐ、そうした塵やほこりが積もってしまうのです。

二代金光四神様は、『数多く参っておるうちに、ああいう信心をすればああいうおかげ、こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげのいただける信心が、おいおい分かってくるようになる。まあ、いっぱし(できる限りたくさん)まいるのじゃなあ』

とみ教え下さいました。おかげを頂いておられる方の信心を習わせて頂くことは、お広前に足を運んでこさせて頂ける信心です。

出来るだけ多く参拝してみ教えを頂き、日々み教えに基づいて心を改め磨かせて頂きましょう。

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2010年12月22日

●受け継がれる道

昨日は金光四神貫行之君・歴代金光様の例年祭を無事に仕えさせて頂きました。二代金光四神様は教祖様のお跡を受けられて、昼夜を別たず10年間御神勤下さいました。

教祖様のお跡を受継いで下さった、二代金光様・歴代金光様が存られませんでしたら、別派独立もありませんし、現在の金光教信者一同の助かりもあり得ません。

受継いでゆかれるご修行があられてこそ、後々までが助かり有難いのだと解らせて頂きます。四神様のお取次のご内容は、神様と親様への絶対の信頼に貫かれたもので、教祖様から頂かれたみ教えを誤りなく人々に語り伝えることを、徹底なされたのです。

そして四神様が神上がられました後のお取次の御用は、四神様の御遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が14才で継がれることになられ、何と70年間にわたって84才まで御用におつき下されました。

その後四代金光様、五代金光様と今日までこのお道が続いているのです。
★私達各々の家も同じことです。

信心の初代のころは、苦難の連続で苦労が絶えなかった中を信心なさり、神様を杖に一心におすがりなさってみ教えを頂き、守り通しておかげを頂いてこられたのです。

二代目の信心・三代目の信心を受け継ぐ者があってこそ、その家は子孫の末々までがおかげを頂いてゆくのです。

更に申せば、後に続いて信心をさせて頂く者は、親様が礎を基いて下さった上に、楽々とおかげを頂いてゆく事が出来ているのです。

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2010年12月21日

●あきらめず、限らず

あるご信者が「主人は60歳を超えていますし、主人の性格はもう治らないと思います。」とお届けなさいました。

私は「それは違いますよ。教祖様は46歳でお取次に専念なさる事になられました。そして70歳まで御取次ぎ下さいましたが、一日足りとも「もうこれで良い」とか「これ以上はとても無理だ」とお考えになられたことはあられないはずですよ。

『一生が修行である。』と一心にご神勤下さったのです。ですから信心させて頂く私達は、勝手に限ったり、あきらめてはなりません。

気分というものは、ころころ変わりますが、神様から与えて頂いた神心すなわち人間の本質的な部分というのは、信心の稽古によって必ず大きくなってゆくものです。

それをあきらめず信じて疑わずに御修行させて頂く事が大切なのです。」と申したことでした。★“常に和らぎ喜ぶ心にならせて頂く”ということは、毎日御修行させて頂く必要がありますね。

日々み教えを頂き、御修行を積み重ねることによって、『一年一年有難うなってくる。年が寄るほど位が付く』というような姿にならせて頂く事が出来るのです。

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2010年12月20日

●清書を直して頂いて…

初代教会長先生の御頃より「ふんどしを質に入れてでも御本部へ月参拝をさせて頂けますように。」と願い続けてきて下さいました。

そして今日まで月々結構に御本部へ御礼参拝を続けさせて頂いているのです。★私達は月々どのような心構えで参拝させて頂いているでしょうか?

金光大神様は近藤藤守師に『寺小屋へ行って、手習いをすると清書はやはりするじゃろうな。清書をすると先生が悪い字は直してくれるし、良い字には丸をつけてくれるましょうがな。

それと同じでここへ参ってくるのは、清書をしに来るのである。平生の信心は手習いじゃ。御本部に参ってきて日頃の手習いで清書したところを悪い所を直して頂くようにしなさい。』とみ教え下さったのでした。

★月々の御本部参拝で常平生の信心を見直し、聞き直し、考え直しをさせて頂いてわが心を磨かせて頂くのです。御祈念、御用を通して、また参拝道中で信心の勉強をさせて頂くのです。

そういう心構えで参拝させて頂きますと、人の口を以て、あるいは出来事を以て神様から教えて頂く事が出来、どれほど有難い信心向上の参拝になるでしょうか。

どうぞ来年の年賀参拝には今年よりも信心が向上させて頂けており、今月勉強させて頂いた事を日々の信心生活で心掛けさせて頂きましょう!

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2010年12月18日

●神様に心を向ける

昨日はこの冬一番の冷え込みでしたが、寒さの厳しい日こそ心を神様に向け、

「どうぞ明日はいつもの二倍も三倍もお徳が授かる参拝がさせて頂けますよう、朝参りのおかげが頂けますように。」と前の晩から神様にお願いさせて頂くのです。

すると、朝になるとすっと目を覚まさせて頂け、「よし、今日もおかげを頂くぞ!」とやる気に満ち満ちて、思う以上のご庇礼が頂けるのです。

★初代教会長先生がお国替えなさった時、二代教会長伊藤コウ師に、口嵯峨無い言葉など様々な事を仰る方がたくさんあられました。

「先生は年が若いのだから、また他の方面で生きて行きなさい。私の主人は歴とした、何もかもよく出来る、しっかりした人です。何でも力を貸しますから、一つ相談しなさい。」等と仰る方もあられました。

しかし、伊藤コウ師は人を頼ることは一切なされず、「お前は頼る所をなくしてしまったのだから、神様に一生懸命にお縋りするより道が無かろうが。しっかり御修行せよ。だれも居らぬと思って、神を杖にして行け。」と神様の思し召しを悟られたのでした。

そして苦労を苦労となさらず、有難く受けきられたのです。

★人に心を向けるのではなく、わが心が神様に向かえば、自分では持ち切れない重い荷物でも、神様が背負わせて下さるのです。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向うのを信心と言うのじゃ。神徳の中に居っても、氏子に信なければおかげはなし。』

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2010年12月17日

●信心は生活に根差したもの

 ご信者の上田喜久子氏のおかげ話です。4人のお子さんがまだ幼い頃、毎日たくさんの洗濯をなさっておられたのですが、ある年の梅雨時期に長雨が続くことがあったそうです。

普段から何事も神様にご祈念しながらさせて頂いておられた上田氏は、「どうぞ、少しの間でもお天気にして下さい」と神様にお願いさせて頂かれました。

すると、有難い事に待ちに待った晴れ間が出て、早速神様にお礼を申して庭いっぱいに洗濯物を干されたのでした。

その後も家の用事を次々となさってふと気が付くと、洗濯物が乾く頃です。

ちょうどお皿をあと5、6枚洗えば全て洗い終わるという時だったのですが、「早速洗濯物を取り入れなければ・・・」とふと思ったその時に、「親先生、金光様」と、一心にお願いしながら一生懸命に取り入れられると、最後の一枚を取り入れた時、ザーッと大雨が降ってきたのでした。

★信心というのは、生活から離れたものではありません。信心は生活に根差したもので、生活の上でみ教えを実践させて頂く事が信心即生活・生活即信心となってゆくのです。

炊事、洗濯、掃除などの家事や育児という日常茶飯なことですが、心中御祈念してさせて頂く稽古をする事が大切です。そうしますと、大切なことを神様から教えて頂くことができ、すべてが間に合うようにおかげを頂いてゆくのです。

そしてその姿が、自ずと子孫や、周りの方に信心が伝わってゆくのです。

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2010年12月16日

●正しい願いを持つ大切さ

 「七転八起」という言葉がありますが、大きな失敗は取り返しのつかないことがあります。人間が自分の知恵や力だけを頼って生きようとすると、間違いを起こしやすいのです。

日参と聴教に励み、日々お取次ぎを頂くということは、先へ先へと間違わない方向に導いて頂くことであり、自分自身が正しい願いを持たせて頂くことにつながってゆきます。

正しい願いを持つということは、とても大切なことなのです。

★例えば人から悪意を向けられて被害を蒙った時に、「何としてでも仕返しをしてやろう」と思うことも、一つの願いの形です。

間違った願いは、大きな失敗の元になるのです。そして自分だけではなく、家族や周囲の人々も巻き込んでしまいかねません。

人間は願いの方向に進もうとしますので、間違った願いを持つ事はとても恐ろしいことなのです。

人としての道を踏み誤らないように、しっかりと日参と聴教に励ませて頂き、み教えに沿った正しい願いを持たせて頂きましょう。

『おごりがましいことをすな。ものは、細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。』

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2010年12月15日

●今日一日今日一日が先へつながる

私は20歳の時に、脱腸の手術をさせて頂きました。手術当日、急遽、インターンの先生に手術をして頂く事になったのです。

下半身麻酔ですから、意識はありますから手術中は先生達の声が聞こえてきます。ベテランの先生がインターンの先生に

「このメスは切れないなぁ。」とか「そこは違うだろ。」とか「そこまでしなくて良い。」等と話しかけておられ気にかかる言葉が飛び交うので、大変緊張しました。

入院前にお取次を頂き、日々「金光様、金光様…」とご祈念させて頂いているのに、いつしか心配や不安な心が起こり、「お医者さんどうにかして下さい。」という心になっていたのでした。

あとで看護師より「大変丁寧に手術して頂きましたよ。」と言って頂きました。30分で終わる手術を丁寧にして頂いたおかげで一時間近くの手術となりました。

★私達は、何か問題が起きてきた事に心が奪われて取り越し苦労をしたり、心配、不安、焦りに捉われて、時間を無駄に過ごしてしまう事があるかもしれません。

しかし、後で考えさせて頂きますと、お願いさせて頂いていることは神様が一番良い様にして下さるのだという事が分らせて頂くのです。

時節を待たせて頂いている間はつまらない事を考えず、今日一日今日一日辛抱して為すべきことを為し、有難く待たせて頂くという信心辛抱が肝心です。

★『先へ先へこれで先がどうなると分かりもせんことを心配ばかりなさるなよ。御信心しておられたら神様が差し支えるようなことはなさりはせんわい。日々おかげをもらえば先がなんぼうあろうと心配はないじゃないかな。』(片岡次郎司郎師の伝え)

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2010年12月14日

●万物を有難く頂く

新年を迎える準備として、一年間の御礼に、常は手入れの行き届かなかった部分も、年末に大掃除をさせて頂きますよね。

それを怠りますと、いつの間にか塵やほこりが積もり、荒地荒れ屋敷になっていきます。私達の体も同じで、日々の手入れを怠っておきながら、身体の調子が悪いということでは、道理に合っていません。

私達がどんなに体を酷使した日であっても、夜眠って休ませて頂いている間に神様のおかげで体の治療と疲労回復をさせて下さり、翌日何の支障も無しに働く事が出来るように整えて下さるのです。

そのお礼をしっかりと申し、日々手入れをさせて頂いて、万物を大切にし、生かして使わせて頂くことが大切です。

★支那哲学の第一人者であられる宇野哲人という方は、99歳まで長生きされ、白寿の御祝いに御自身が研究なさったことを発表なさるほど、お元気であられました。

この方は、毎晩中国の荘子の言葉である「送らず、迎えず、応じて蔵せず」という言葉を唱えながら、お臍を中心に右回りにお腹を摩ってから休まれたそうです。

★「送らず」とは、過去にあった事に思いを巡らせない。「迎えず」とは、将来起こって来るであろう事にあれこれ不安を抱かない。「応じて蔵せず」とは、出来て来ることに対応して、心の中に不平不満を抱かない。

★このお道の御信心で申しますと、『昨日を忘れ、今日をよろこび、明日を楽しめ。』ということです。この有難い御教えを生活の上で実践させて頂き、万物を有難く頂く稽古をさせて頂きましょう。
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2010年12月13日

●信心させて頂くという心

 『信心するという心におかげはない。信心させて頂くという心におかげがある。』

★例えばお参りさせて頂くにも、様々な事情からさせて頂けない方もおられる中で、環境や体調が整っているからこそお参りさせて頂けるのです。

ですからお参りさせて頂く有り難さを理解させて頂きませんと、いつしか「自分が・・・自分が・・・」という心になってゆくのです。

★お導きやお祈りによって、また家族の協力、理解のもと信心させて頂いているのですが、「信心する」という心になりますと、家族へのお礼が欠け、段々と「信心してやっている」という心になってくるのです。

そしていつの間にか家族が信心していないことに腹を立て、愚痴を言って、自分も周囲も助からないことになってしまっているのです。恩着せがましい心では信心になっていないのですね。

★「信心させて頂く」心にならせて頂きますと、神様にお礼を申すだけではなく、家族に対してもお礼を申す事が出来るのです。

それが真心からのお礼となって、神様に通じて、更には互いに喜ばせて頂く信心となるのです。もし家族が参拝に反対しているということがあれば、自分の在り方を見直すことが必要です。

家で愚痴不足、横着気ままを言えば、周りの方は助からないですよね。

信心させて頂き、お徳を頂きますと自ずと周りに伝わり、周りの方も助かられ、「私も信心させて頂きたい!連れて参って下さい!」と言って頂けるようになってゆくのです。

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2010年12月12日

●心身共に若さを保つ

ある大脳の生理学者によりますと、脳への刺激の割合というのは、字を書くことなど両手を使うことが25%、歩くなど足を使うことが25%、食べ物を咀嚼したり話すことなど、あごを使うことが50%だそうです。

さらに、「自然のほんの小さななりゆきに、体の芯から震えるような感動をするかどうか、それが人間としての存在感である。」とその学者は仰っておられます。

★脳の若さを保つためには…1)感動する…感謝・感激する事に余裕があり、物事に対して深く感じる心を持つ。

2)興味を持つ…探究心・研究心を保ち、調べ勉教する。3)工夫をする…仕事や生活の上で段取りをつけ、時間を練りだし無駄を省いていく。4)謙虚である…心を空にして教えを頂く。

5)心配りをする…常に先へ先へ考えて二度手間・三度手間の無いよう、次に何をすれば良いか考える。

★三代教会長先生は「自ら年老いたふりをする必要はありません。常に心を若く保つことが大切です。」と仰っておられました。

70才の御頃でも20才のお心持ちで御用を専心なさっておられたのです。★教会へお参りさせて頂き、御教えを聴かせて頂いて、毎日良い方へ生まれ変わらせて頂き、心も身体も若々しく保たせて頂きましょう。


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2010年12月11日

●元を大切に

 先日、甘木教会に年末のお礼参拝をさせて頂きました。初代教会長伊藤徳次師は、甘木教会で足かけ8年ご修行なさって後に、伊藤コウ師とご結婚され、伊藤の家に来て下さいました。

代教会長先生は、甘木教会で安武松太郎先生のご薫陶を受けられたご信心を以って、阿倍野教会の礎を築いて下さったのです。

そして今日まで、阿倍野教会の信奉者一同が日々おかげを蒙らせて頂いているお礼を、丁寧に申し上げさせて頂いたことでした。

★家においても、会社や商店においても、今日まで立ち行くには、その元(親)があるのです。元(親)に対するご恩は、どこまでも忘れず、大切にさせて頂かなくてはなりません。

阿倍野教会においては、島之内教会を教会設立の手続きの親教会として拝ませて頂き、甘木教会を初代教会長先生のご信心の親教会として、拝ませて頂いております。

そして、御本部御礼参拝を月々欠かすことなくさせて頂くことを、初代教会長先生の御頃からの願いとさせて頂き、今日までおかげを頂いております。

★「実意とは、ご恩を知ってご恩に報いることである」このように、伊藤コウ師はみ教え下さっておられます。

元を忘れて我流に流される事のないよう、今月今日お礼を申し、ご恩を知ってご恩に報いる信心を実践させて頂きましょう。


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2010年12月10日

●素直な心で受けきる

 このお道は、「話を聞いて助かる道」だと教えて頂いております。

教会にお参りさせて頂いたら、ただ自分の思う事をお願いするだけではなく、お取次ぎを頂いてみ教えをしっかりと頂きましょう。

み教えとは、「この氏子が一年勝り代勝りに結構になれるように」と祈りに祈って頂いて、お下げくださるものなのです。

たとえ厳しいみ教えを頂いたとしても、「有難うございます。これでまた一つ成長させて頂けますように、信心が向上しますように」という覚悟で、素直に、有り難く受けさせて頂くことが大切です。

素直な心がおかげの受け物となるのです。

★誰にでも、至らないところや、改まるべきところがあります。

そこを神様が、「この氏子は今のままの生き方では助からない。おかげを頂かせてやろう。」と思し召し下さり、ご修行させて下さる時があります。

しかし心に受け物が無く、「信心しているのに何故こんなしんどい、辛い事が起こるのだろうか?」と思ってしまっては、せっかくのおかげを受け漏らしてしまいます。

お取次ぎを頂き、神様にお願いさせて頂いた上で起きてくることに、決して無駄ごとはないのです。

辛い事でも辛抱させて頂き、有り難く受けきっていく受け物が自分自身の心に出来れば、一段一段信心が向上し、代を重ねて結構にならせて頂くことが出来るのです。

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2010年12月09日

●金光大神の手続きを持って願う

昨日は、みかげ会例会が開催され、中筋勇氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。中筋氏は、三代目の御信心で、熱心な御信心を受け継がれ、起きてくる出来事に様々なおかげを頂いておられます。

★中筋氏は、お取次を頂かれ、30年間営んでこられたお蕎麦屋さんを平成19年の年末に閉店なさる事になりました。

その際「今まで借りていた店舗を入抜きのまま使って頂けますように、契約更新の期限がありますのでそれまでに買って頂けますように。また店を辞める迄に、調理師免許が取得でき、就職先が決まりますように。」という事を願われました。

契約更新までに入抜きで買って頂けないという事は今まで使わせて頂いていた設備を取り払って元の状態にして家主さんに返さねばなりません。

★お商売をさせて頂きながら、調理師の試験勉強、更に店舗の売却の準備を同時に進められました。調理師免許は無事に取得されましたが、閉店まであと1か月足らずになっても、なかなか店舗売却の話が進みませんでした。

中筋氏は熱心に参拝され、神様に一心におすがりされました。すると何と、契約更新ギリギリで借りたいという方があらわれ、店舗明け渡しの1週間前に話が整ったのでした。

また再就職の際には、平成22年2月22日三代教会長先生の御命日に自宅近くの調理師を活かせる職場に無事内定のおかげを蒙られ、願う以上のおかげを頂かれたのでした。

★『願う事は何事もかなわないという事はない。金光大神の手続きを持って願え。何事もおかげを頂ける。』

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2010年12月08日

●神様の御心、親の心

 長い年月行方がわからなかった息子さんが、ありました。先年、突然会社から解雇され、どうにもこうにも立ち行かなくなり、そのことがきっかけとなってご両親のもとへ知らせがあり、顔を見せられるようになったのです。

その方は、学生の頃にお参りしていたきり、40年近く御広前から遠ざかっておられましたが、先年お参りなさりお届けなさることが出来られたのでした。

★「これまでなかなか親の前にも顔を見せる事が出来ず、親に心配をかけ、親不幸を何十年と繰り返し、御広前にも40年近く離れておりましたが、こんな私でも助けて頂けるでしょうか?」

とお届けなさいました。そこで「心配ないですよ。神様はどんな至らない氏子でも助けてやりたいと思し召し下さっておられます。

今まで両親が手塩に掛けて育てて下さったことの御礼を申し、そしてこれまで親の心が分からず、御無礼を繰り返したことに対するお詫びを申し、

さらにはこれから親様に安心して頂けるよう、これまでの恩恵に対して万分の一でも親孝行させて頂ける私にならせて下さい、と真剣にお礼とお詫びとお願いの御信心をさせて頂きましょう。」とお話させて頂いたことでした。

★すると、その方は60歳近いお年にも関わらず、すぐに再就職のおかげを頂かれたのです。さらに「70歳を越えても体の続く限り働いて下さいよ」と言って下さるというのです。

そして頂かれたお給料の中から、月々ご両親にお礼が出来られるようになられたのです。

★『同じように腹を痛めた子であれば、かわいさに違いはないはずであるが、それなのに、不幸せな子ほどふびんであろう。神もそのとおりで、難の多い、不幸せな者ほど、おぼしめしが強い。』

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2010年12月07日

●窮地に至っても乱れない

 人は、自分に都合の良い状況であれば、喜ぶ事が出来ますが、少し都合の悪い状況になりますと、喜ぶという事がなかなかできませんね。

病気や難儀に負けることなく、いつも心が和らぎ喜ぶ心で、窮地に至っても乱れない。常に神様に御礼を申し上げる事の出来る心持ちになる為には稽古が必要です。

★私達は常に初代教会長先生の御信心、二代教会長先生・三代教会長先生のお姿を心に刻んでおります。

何か事が起きても判断させて頂く際には、「二代教会長先生・三代教会長先生はどう仰せになるであろう。どうさせて頂いたら、お喜び下さるであろう。」

と思い浮かべさせて頂きながら、ご祈念させて頂いておりますので心は乱れません。

★日々み教えを頂いておりますと、信念を持たせて頂く事が出来ますから、何か事が起きてきても迷いや不安が起きるという事が少なくなってくるのです。

信心というのは一時的なものではないという事が分らせて頂きますね。

長期的に信心すればするほど、(子供の代、孫の代と代を重ねる度に)結構なおかげを蒙らせて頂く事が出来るのです。

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2010年12月06日

●一人一人違うからこそ

『五本の指が、もし、みな同じ長さでそろっていては、物をつかむことができない。長いのや短いのがあるので、物がつかめる。それぞれ性格が違うので、お役に立てるのである』

家族・会社・商店等、人が集まって形を成しているものは、全て一人一人の力が結集されて出来ているのです。

誰もが神様から有難いご分霊を頂いて生まれてきており、様々な形でお役に立たせて頂ける存在であるということを、お互いに自覚させて頂かなくてはなりません。

★そして、一人一人が高い目標を持ち、目標に向かって進歩向上させて頂くことが大切です。また、その高い目標を自らの願いとしてお届けすることを続けさせて頂くことによって、日々願いを強く確かなものにさせて頂けるのです。

幼い頃からみ教えを頂き、神様から頂いている徳と力を十二分に発揮することが出来ますように。その為にも、まっすぐに高い目標を自ら設定し、努力を積み重ねさせて頂くことが大切なのです。

★そのようなお互いが皆それぞれに違いを認め合い、心を揃えて、一つの方向へ願うことが出来、さらに神様から頂いている徳と力を十二分に発揮する事が出来れば、どこまでも大きな働きとなってお役に立たせて頂くことが出来るのです。

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2010年12月05日

●自分から日切りをして願う

先日2日に月例祭を仕えさせて頂き、祭典終了後、あるご信者が「リウマチの為、右手の人差し指と薬指が強張って手のひらの方に曲がってしまったまま思うように動きません。

次の日仕事で500人分の調理をさせて頂きます。調理の補助や盛り付け、配膳等の仕事がありますので、心配しています。どうぞ回復のおかげが頂けますように。」とお届けに来られました。

祭典終了後ですから、夜の10時ごろでしたが、私は「朝までまだ時間はあります。あきらめず、時間を切って願わせて頂きましょう。ご神酒でおかげを頂きましょう。」と申し上げた事でした。

翌朝ご信者より「御神酒で楽になりました。おかげを頂いて指が動くようになりました。」と電話で御礼のお届けがあり、差支えることなく無事お仕事が出来られたのでした。

★『何事にも自分でしようとすると無理ができてくる。神様にさせて頂く心ですれば、神様がさせて下さる。』

『自分から日切りをして願え。一週間とか一日とか今の事を今とお願い申しておかげを受けよ。一度日切りをしてお願いしておかげの験がなければ、重ねて願え。

それでも験がなければなおもう一度と押して願え。願い主があきらめてはいけない。押して願っておかげを受けよ。』

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2010年12月04日

●信心の辛抱を強く

 『何事も辛抱が肝心である。辛抱をせずに幸せを得た者は、あまりない。神様からおかげが出ると思わずに、信心からおかげが出ると思って、信心の辛抱を強くせよ』

信心が浅いうちは、出来るだけ楽をし、最小限の努力で幸せを得ることを神様にお願いしてしまい易いものです。

しかし、何事も神様にお願いしながらさせて頂くということは、頂いている能力を十二分に発揮させて頂けるようにお願いすることであり、これまで出来なかった辛抱も努力もさせて頂けるようにお願いするということなのです。

そうして、より大きくお役に立つ働きをさせて頂けるようになることが、本当の幸せなのです。

★「辛抱」とは、「辛い」ことを「抱える」と書きますが、「心法(しんぽう)」「心の法を守る」という意味から出来てきた言葉だという説もあります。

教祖様は、神様に対しては勿論のこと、家族に対しても、お上に対しても、あるいは悪意を持って接してくる人に対してでも、徹底して実意丁寧正直親切という「心法」(心の法)を貫かれました。

そうした有難い生きられ方によって、広大なご神徳を頂かれたのです。

★『家業が行』『生涯が手習い』と教えて頂きます。教祖様の生きられ方を生涯かけて習わせて頂き、信心を進めさせて頂きたいと思います。

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2010年12月02日

●基礎から見直す

 信心をさせて頂くうえで、常に大きな願いを持つことが大切であると教えて頂いております。

しかし、大きな願いを成就させて頂くためには、基礎をしっかりさせることが大切なのです。

おかげを頂く生き方の基礎

「体丈夫」「平和円満」・・・『体丈夫を願え 体を作れ 何事も体がもとなり』『信心は家内に不和のなきがもとなり』心身の健康と、平和円満が、全ての幸せのもとです。

例えば商売繁盛のおかげを頂くためには、従業員一同が健康で、平和円満な関係を築くことが出来て初めて、商売の内容が充実し、繁盛させて頂くことが出来るのです。

「ご恩を知ってご恩に報いる」・・・二代教会長伊藤コウ師は、お届けをなさった方に、「失礼ですが、あなたの家に借金はありませんか?」とお尋ねになりました。

それは、ご恩を知ってご恩に報いる生活がきちっと出来ているか、恩詰まりの生き方になっていないかをお尋ねになっているのです。

支払いが残っているのに、自らの楽しみを優先していないでしょうか?

あるいは、自分の妻子のことを優先して、親孝行が疎かになっているようなことはないでしょうか?

★12月は一年の締めくくりの大切な月です。

我が家の生活を見直させて頂いて、改まるべきところをしっかり把握させて頂き、信心の基礎をより確かなものにさせて頂きましょう。

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2010年12月01日

●御礼をいう心が篤いほど御信心が篤い

あるご信者は一年前の11月28日早朝、乗用車(家族3人)で仕事場へ向かっておられました。途中大きな交差点の赤信号で止まっていると後方からトラックがノーブレーキで突っ込んできたのです。

そしてご信者の乗っておられた乗用車が交差点の中央付近まではじき飛ばされたのでした。たまたま交差点には左右からの車が走っておらず、乗っておられた家族三人は無傷で軽いむち打ち程度ですむという大みかげを頂かれたのです。

更にはその日二人は仕事に出勤出来られたのでした。事故が大きく警官が驚かれたほどで、生命のないところを乗用車が御家族の身代わりとなって軽く済ませて頂かれたのでした。

乗用車はトランクの部分がペチャンコになり、廃車となりました。ご信者は相手の方との話合いを信心に基づいて対応され、無理難題を言うことなく、治療が終了した後に円満に示談が成立することになったのでした。

その御礼届けを先日11月28日(一年後)にさせて頂かれたのです。
★私達は毎日乗せて頂く乗り物もいつ事故に遭遇するかわからず、いつ被害者または加害者になるかわかりません。

今日まで無事変わらずに過ごさせて頂いている御礼を神様御霊様にしっかり申し上げるという日々の積み重ねが大切です。

その事によっていざという時に大難を小難に小難を無難にと御繰合せを頂いていくのです。
★『お願い一ぺんに御礼十ぺんというようにお礼をいう心が篤いほど御信心が篤い。

御信心が篤いほどおかげが篤い。』

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2010年11月30日

●おかげを落としては、神は喜ばぬ

11月も末日を迎えさせて頂き、明日からはいよいよ師走に入らせて頂きます。この一月間、また一年間を振り返らせて頂いて、火災盗難に遭うこともなく、毎日変わりなく過ごさせて頂けたとしたら、それはどれほど有難いことでしょうか!

一日一日有難い日を積み重ねさせて頂いておりますことに、しっかりとお礼を申させて頂きましょう。ご恩を分からせて頂くことが、先のおかげを頂くことにつながってゆくのです。

★親のご恩が分からせて頂けるようになると、神様のご恩も分からせて頂けるのです。親が、産んで下さってからずっと愛情を注いで下さり、

養育して下さったことを当たり前のように思っているようでは、天地の親神様のご恩も分からせて頂くことは出来ません。恩知らずはおかげを落とす因になってしまうのです。

★日々ご恩を感じ、ご恩に報いる生き方をさせて頂きましょう。親の代、子の代、孫の代と、子孫繁盛家繁盛の道を歩ませて頂くことを、天地の親神様は一番お喜び下さるのです。

『おかげを落としては、神は喜ばぬ。おかげを受けてくれれば、神も喜び、金光大神も喜び、氏子も喜びじゃ。』
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2010年11月29日

●御霊様の御存在

 毎月28日は夜7時半より、月例霊祭をお仕えさせて頂いております。現在何不自由なく結構な生活をさせて頂いているのは、御先祖の働き・お徳の現れなのです。

初代教会長先生、二代教会長先生、三代教会長先生を初めそれぞれの家の御霊様にしっかり御礼を申し上げましょう。

そしてお徳の高い御霊様となって頂き、ご安心して頂ける様にお願いさせて頂きましょう。

御霊様と私達は鏡に映すようなもので、私達が信心させて頂きますと、御霊様も共に信心して下さり、喜んで過ごせば共に喜んで下さるのです。

しかし中には悩み苦しんでおられ、助けてほしいと願っておられる御霊様もおられます。

私達は自分たちのめぐりはもちろんのこと、御霊様のめぐりのお取り払いを願う事によって、御先祖が助かられお徳の高い御霊様となってお守り下さるのです。

★『月も雲に隠れる事があろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがて身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。

形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせてくださる。』

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