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2008年12月31日

●日に日に新たな心で

平成20年も残す所、今日一日とならせて頂きました。御信者皆様には日々御祈念を賜りました事をあつく御礼申し上げます。

◎今晩、夜7時半より越年祭をお仕えさせて頂きます。ご家族揃って一年の御礼・お詫びと来年のお願いをしっかり申させて頂きましょう。

★『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日、元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うて、日々うれしゅう暮らせば、家内に不和はない。』

★年の最初に一度お願いしたからもうそれで良い、という訳ではありません。

苦しい時の神頼みというような事にならないように、常平生の信心が大切です。

★私達の生活は、予測がつかないもので、どこで何がおこってくるかわかりません。

だからこそ、行く所行く所でご都合御繰り合わせ頂く為にも、毎日真剣にお願いさせて頂くのです。


◎元日祭は、元旦6時よりお仕え申し上げます。勢を揃えてご参拝下さい。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:32 | 平成20年の「み教え」

2008年12月30日

●一年勝り 代勝り

『岡山の婦人が、病気のお届けに参拝した時、二代金光様は
「人の振り見てわが振り直せと言う。おかげをいただいた人の話を聞いて、そのとおりしますと、おかげもいただける。
信心もいくとおりもあるが、まず心を改めていくのが、一番早いぞ。」と仰せられました。』

★「病治しの神ではない。心を直す神じゃ。」とみ教え下さっていますが、このお道は、病気が治ればそれで良いという一時的な信心ではありません。

まず “願う氏子”におかげを授けて下さり、次に正しい方向へ教え導いて下さいます。

つまり、道理に基づいた生き方を説いて聞かせて下さるのです。常平生み教えを頂き、考え方、生き方が日々是正されていく事が大切なのですよ。

お広前にお参りし、み教えを頂く事によって、今の自分自身の信心の程度が如何ほどかわかれば、「まだまだ至りません」と自ら改まる心にならせて頂けますね。

★改まった生活が親・子・孫と長期に亘って続いていく事こそが信心生活なのです。

改まりが続かせて頂く所に進歩が生まれるのですね
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:23 | 平成20年の「み教え」

2008年12月29日

●身代わりとして

 ある御信者が、昭和45年9月24日に次女さんを出産されました。

しかし可愛い盛りの生後10ヵ月、心臓が肥大し一週間後に亡くなられたのでした。

悲しみばかりが込み上げてくる中、熱心なご親戚から「これからの生き方が大切です。
亡くなったということは悲しくて大変な事ですが、神様のなさる事は深い深いご意味があります。

このままでは苦しみだけが残り、先々不安な状態で生活する事になります。

これ以上苦しみをせぬように神様におすがりさせて頂き、しっかりご信心をさせて頂きなさい。

そして生き死にを通して、このお道におすがりさせて頂きなさい。」と話して頂かれたのです。

これを機会に帰教式を仕えて頂き、霊様に安心して頂ける様に願われました。

帰教式の折に、三代教会長先生より「亡くなられた子供さんは家族の身代わりになられたのですよ。

霊様は永遠にお働き下さり、家そして子孫を守って下さいます。木に例えると、霊様は根です。

後に残ったものが信心させて頂きますと、結構になりますよ。」とみ教え頂かれました。

そして勢信心のおかげを頂かれ、2年後の昭和48年9月24日、亡くなられた子供さんと同月同日に、元気な三女さんを授けて頂かれたのです。

★神様、霊様の御恩を忘れず、深い深い神様の思召しを分からせて頂きましょう。

posted by 金光教阿倍野教会 at 08:20 | 平成20年の「み教え」

2008年12月28日

●神様に可愛がって頂ける氏子に

★本当に幸せな人とは…神様から可愛がって頂ける人ですね。

ほんの僅かな過ちも、人からも厳しく言って頂けるのは「この人間なら…」と思って鍛えて頂いているのです。

そこをすぐに改まっていけば、神徳・人徳を頂いて神様から可愛がって頂ける氏子にならせて頂けます。

★不幸せな人とは…辛い苦しい事を避けて通ろうとする人です。
このような人は神様の教えから遠ざかろうとします。

不幸せなのは、勝手気ままをしながらも不法な考え違いをした生活が上手くいってしまう事です。

勝手気ままをしながら偶然に物事が上手くいくのは、めぐりをつむ元なのです。

★お取次ぎを頂かれた時にみ教えを頂ける事によって、自分自身を振り返る機会を頂きます。

改まらせて頂く事によって、段々とおかげを頂く受け物を広く大きくさせて頂いているのですから、素直に有難く頂く事が大切なのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:11 | 平成20年の「み教え」

2008年12月27日

●「責任を果たさせて下さい」

伊藤コウ師は、「責任の果たせる人間にならせて頂きなさい。そうしたら、日々喜びに満ちて、喜びの世界が広がってゆきます。」
とみ教え下さいました。

これはどういうことでしょうか?

「掃除をしなさい」と言われたら掃除に責任が持てるように行届いてさせて頂く。「木を植えなさい」と言われたら、その木が成長し、花が咲き、実が成ってゆく様に責任の持てる植え方をさせて頂く。

子供を授かったら、その子が一人前になるように、責任の持てる育て方をさせて頂くのです。

それには、自分の力ではどうにも出来ませんから、神様にお縋りするのです。その為には、多少のご修行も進んでさせて頂きます、という覚悟も出来ます。

★旧広前の境内地を購入する時、伊藤コウ師は、初代教会長先生から交渉の一切を任して頂かれました。

そこで、「どうぞこの責任を果たさせて下さい」と、神様に一心にお願いをされ、ご神前で三巻、購入したいお土地の前で正座して三巻、毎日毎日大祓をあげてご祈念なさったのです。

すると、750坪のうち150坪を切り売りすることに全く乗り気でなかった地主さんが、快く売って下さるという大みかげを蒙ったのでした。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:34 | 平成20年の「み教え」

2008年12月26日

●話を聞いて助かる道

ある方のご主人は、「私は参拝しない。何も悪い事はしていない。」とおっしゃるようなことでした。

そのご主人のお導きについて二代教会長先生より「そりゃ奥さん、あなたの力ではあかん!

ご主人よりも力の上の人が引っ張ってこないとあかん。誰よりも一番強い力を持っておられるのは神様です。

『神様どうぞうちの主人をお教会に連れて参って下さい。』と頼みなさい。みな思い違いをしている。自分は徳も力もないのだから、神様にお願いしなさい。」とみ教え頂かれました。

★それから奥様は朝に昼に日参を続けられ、神様におすがりなされたのです。

ある朝ご主人が奥様の後ろをついて来られました。教会の門をくぐって外でこっそりとお話を聞かれました。

そして結構なお話を聞ける場所だと思われ、次の日から日参して下さったのです。

神様が連れて参って下さったのですね。み教えを頂かれたご主人は考え方を改められ、細くても長く続く繁盛の店になるように、無理、無駄、ムラを省き、分相応な商売を続けられました。

毎日参拝して全てをお願いしてさせて頂かれるようになられたのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:13 | 平成20年の「み教え」

2008年12月25日

●親の心・神様の心

あるお婆さんが「孫が仕事から帰ってきて、毎日電話をかけてくれます。

私はそれが待ち遠しくて、いつかかってくるのかと毎日楽しみにしています。

それから『今から行くよ。』と毎日顔を見に来てくれます。その孫にあれも用意してやろう、これを食べさせてやろうと準備するのが嬉しくてたまりません。

また仕事上でのことを報告してくれます。それを聞くのが楽しくて面白くて…

そして聞いたことを神様にお願いさせて頂かずにはおれないのです。」と仰っています。

★親の心とは、このような心なのでしょうね。神様のお心、御先祖のお心も同じ事でしょう。

神様もご先祖も氏子に助かってもらいたいとのみ思し召し下さり、慈愛の心で包んで下さっているのです。

その事に気付きお礼を申す事が、天地の親神様と通じ合ってゆく事になるのですね。

★教祖様は、何事が起きても全て神様に感謝され徹底して神様におすがりし、お仕え申し上げられました。

だからこそ神様と心が通じてゆかれ、神様からご信用頂かれる事になられたのですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 10:16 | 平成20年の「み教え」

2008年12月24日

●喜び上手がおかげの頂き上手

★このお道ではどのようにして信心の稽古をさせて頂けば良いのでしょうか?

日参と聴教を続けさせて頂き、日々お取次ぎを頂くと大変有難いですよ。

更に御用やおみちびきを通して不平不満、我情我欲の心、不成の心を取ってゆき、小さい事でも自分に都合の悪い事でも、心から「有難い!」と喜べる人間にならせて頂く事でしょうね。

「信心は有難いという心が生命」(安武松太郎師)と教えて頂いています。

『真に有難しと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

★この季節は枯れ葉が多く、掃き掃除をさせて頂く事もあるでしょう。その時も、ただ枯れ葉を取り除けば良いのではありません。

「掃除が大変だ。掃いても掃いても落ちてくる。」と愚痴不足を思うのではなく、掃かせて頂くごとに、

「自分の心を清めさせて頂き有難うございます。」とお礼を申しながらさせて頂きましょう。

仕事・家事・育児…等の上でもあらゆる事が起こってくる中を、喜びを探して嬉しく有難くさせて頂いていると、おかげの頂ける受け物を作って頂けますよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:28 | 平成20年の「み教え」

2008年12月23日

●神様に使って頂く

★運送業に励まれている御信者は、現在周りの方がなかなか仕事が入ってこない中、人より2倍のお仕事を頂かれ忙しいおかげを頂いておられます。

毎日朝参りとお届けを続けられ、仕事が終わられてから夜にはお届けをされて

「この仕事は世の中に二つとない。私にとって天職だ!」と喜び勇んで毎日お礼を申しておられる事が、おかげに繋がっているのですね。

ただただ、「金光様のおかげです。元気で働かせて頂き、有難うございます。」の心一つなのです。

有難くて仕方ない!という心でお仕事を頂いておられるからこそ、どんな大変な仕事も喜んで受けられます。

★私達は、毎日を喜びに満ち満ちて、どんな仕事も「神様の思召しだ。私を成長させて下さり、有難うございます。」

という心で頂けば、神様はいくらでも使って下さいます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:13 | 平成20年の「み教え」

2008年12月22日

●天命を知る

教祖様は、安政六年に立教神伝をお受けになれてより、24年間ご神勤下さいました。

お後を二代金光四神様が10年、三代金光攝胤様が70年、四代金光鑑太郎様が28年、そして、五代金光様が、現在も日々ご神勤下さっています。

その、150年になろうとする歴代金光様のご神勤、さらに御霊様となられてからも続く篤いお祈りの中で、信奉者一同の助かりは生まれているのです。

★論語に、「五十にして天命を知る」という有名な下りがあります。

「吾十有五にして学に志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知り 六十にして耳に順う 七十にして心の欲する所に順えども矩を踰えず」

★このお道では、お結界で生神金光大神様のお取次を頂くことによって、日々自分の歩むべき道を踏み誤ることのないように教えて下さり、神様から与えて頂いているお役目、即ち「天命」を早くから教えて頂けるのです。

日参と聴教に励み、心を広く柔軟にして、人の言葉にも耳を傾ける受け物が出来てゆきます。お取次を頂き、信心の稽古を進めて、世の大きなお役に立つ道を歩ませて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:21 | 平成20年の「み教え」

2008年12月21日

●生活の全てを

伊藤コウ師は、生活の全てを神様にお願いさせて頂くことの大切さを、常にみ教え下さいました。

例えば、お金に関するお願いをすることも、決して欲どおしいことではありません。しっかりお願いさせて頂くようみ教え下さっています。

商売では、資金繰りのこともしっかりお願いし、支払い、集金、万事に神様のご都合を頂けるようにお願いさせて頂きましょう。

★集金に行かせて頂いたら、「ちょうど良いところへ来られた。そんなに余裕があるわけではないですけどね。今ならあなたのところに一番に支払わせて頂きますよ。」

と、言って頂けるようなご都合を頂けばよいのです。

また、自分がお支払いする時には、丁寧にお礼申して期限の3日前にはさせて頂けるように。

そうした心配りがさせて頂ければ、良い関係は次々とつながって、商売繁盛となってゆくのです。

常平生から、心配りの信心を稽古させて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:39 | 平成20年の「み教え」

2008年12月20日

●人を軽う見ない

あるご信者は、お酒が入ると人が変わったかのように大きな声を出したり、暴言をはいたりされたのでした。

でも、本来は素直で神様に向かわれる姿も熱心な方だったのです。

その方の一面だけを見ると、つい近寄り難くなってしまいますが、金光様はいつも日だまりのように暖かく、広い心で包み込んで下さいました。

そのおかげでその方は一生懸命に信心に励まれたのです。

★私達は、目に見える一部分や表面だけを見て、その人の全てを決め付けてしまいやすいものです。

しかし、周りから見えている所は全体の1割程度で、残りの9割は見えていない所が殆どなのです。

信心させて頂く私達は相手の良い所を見つけて、認めて、より一層おかげを頂かれるように願わせて頂く事を教えて頂いています。

常平生の信心が、いざ!という時に表れてしまいます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 平成20年の「み教え」

2008年12月19日

●ふと思う事を実行に

 教会ご建築の際、大屋根の下地に杉板を張ったところへ、大工さんが焼けた鉄の棒を持って上り、

穴をあける作業をする時に、火が落ちて火事になりかけるという出来事がありました。

その直前に三代教会長先生は、教会の近くの天神ノ森で御信者のお宅で宅祭を仕えておられました。

お祭が終わり、今から教話という時になり、教話をされる前に神様、霊様にご祈念をなさっておられますと

「どうあっても帰らなければならない!」と心に思わせて頂かれました。

そこで「申し訳ありませんがどうしても急用がありますので…!」と断ってすぐに帰られたのです。

するとまさに火が燃え上がろうとしているのが目に付いたのです。「金光様!」と御祈念されながら小さな海苔の缶に水を汲み、

下から投げかけられましたら、何と一瞬にして鎮火したのでした。★日々私達は神様、霊様にお守りを受けて生活させて頂いております。

お守りを受ける事については御信心の年月が長い、短いという事は関係ないのです。

御祈念してふと気付かせて頂いた事をすぐに実行するという事を、普段から稽古する事が大切なのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:15 | 平成20年の「み教え」

2008年12月18日

●成長こそ人生の喜び

お取次を頂くということは、お礼も、お詫びも、お願いも、生神金光大神様の手続きをもって、足りない所を足して頂けるということです。

天地の親神様のご神徳を蒙る一番の近道を教えて頂いているのですね。

★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ。』

★私達氏子としての真心とは、お結界で頂いたみ教えを守り、天地の道理に基づいた生活に改まらせて頂こうと努力することです。

自分が改まらせて頂くことで本物に近づかせて頂く事ができ、それが人間としての成長となるのです。

成長こそが、人生通しての喜びなのですよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成20年の「み教え」

2008年12月17日

●尊い心で

 「子供が大きくなるのと同じくらいそれ以上に親の心の方が大きくならせて頂き、

親の信心の方が大きくならせて頂かないと子供はおかげを頂いて育つ事が出来ません。」(金光キクヨ姫のみ教え)

★二代教会長先生が13歳の時、肋膜・腹膜炎を患われお医者様からも手を離されました時、

御母堂伊藤ハル氏は「私が間違えておりました。今日まで我が子と思って育ててまいりました。

しかしこれからは神様からお預かりした氏子として育てさせて頂きます。

お命を助けて頂きましたら伊藤の家には使いません。神様の御用に使って頂けますよう育てさせて頂きますので、よろしくお願い致します!」

と神様にお願いされたのです。御隠居様の御一心が神様に届き、病気は全快され強い体に作り変えて頂かれたのでした。

そして神様にお約束したことを生涯守り通されました。
★子供は神様から授かり、預からせて頂いている氏子でありますから、

子供の事をおろそかにしたり、人と比べてあれこれ言ってはなりません。尊い心で氏子を育てさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 平成20年の「み教え」

2008年12月16日

●迷わず、ぶれず!

14日は、御本部で執り行われました布教功労者報徳祭並びに金光攝胤君45年祭に無事参拝のおかげを蒙らせて頂きました。

ご祭典中、教務総長佐藤光俊師より、

「人や物やお金を頼るのではなく、しっかりと神様に心を向けてお縋りさせて頂いて、信心の見識を持つように」

というご内容の、み教えを頂き、誠に有難いことでございました。

★『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ』

例えば人を頼りにしてしまうと、そのあてが外れた時には、腹を立てたり、ひどい時には相手を恨むことにもなり、双方助かりませんね。

何事も、神様に心を向けて、神様にさせて頂く心にならせて頂きましょう。

どんな世の中であろうと、自分の心をどこに定めるかが、一番大切なことです。迷わず、ぶれず、強く確かな願いを持って、信心をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成20年の「み教え」

2008年12月15日

●お道の信心の奥義

お道の信心の奥義九ヶ条(佐藤範雄師の伝え)

一、方位 二、毒絶て ・・・これらの迷信を取り払うこと。

三、不成・・・成らずの心。「無理だ」「出来ない」など、可能性を小さくさせる思いを持たないこと。

四、欲徳・・・食欲等、生きる為に必要な欲は、神様から与えて頂いたもの。正しい欲はしっかり持たせて頂く。ただし我情我欲にならないように。

五、神徳(寿命長久)・・・神様からのご信用を頂くこと。「寿命長久」とは、肉体の命だけではなく、徳の高い霊(魂)となって永遠の働きをさせて頂くこと。

六、人徳・・・人から信用して頂き、用いられること。 

七、神 八、皇上(日本の国のご先祖) 九、親・・・ご恩を知ってご恩に報いること。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成20年の「み教え」

2008年12月13日

●何事も御祈念してから…

教祖様は農業に従事しておられた御頃から、何をするにも金乃神様にお願いされて仕事に取り掛かっておられました。

教祖様は神様からお預かりしている体を使わせて頂くという御姿勢で仕事をなされたのです。

そして御祈念なさって気付かれた事を素直にすぐに守られた事によって、神様からこと細かに教えて頂かれるようになられたのです。

例えば作業をやめて今すぐ帰れと教えて頂くので、すぐに帰られましたら大雨が降ってきたそうです。

また2人で取り掛からねばひけない唐臼も、教祖様お一人で楽々とひかれ、休めと教えて頂けば急に唐臼が回らなくなり、今ひけと言われてひき始めると回りはじめました。

そして息が切れずに多く唐臼をひく事が出来られたそうです。
★何事も御祈念してからさせて頂きますと、直接心に気付かせて下さり、

人の口を持って気付かせて下さり、出来事を通して気付かせて下さるのです。

そしてそれを素直に守らせて頂きますと、間に合うようにして下さるのです。

posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成20年の「み教え」

2008年12月12日

●我が計らいを捨てる

天地の親神様は、難儀な氏子をお助けなさるために、教祖様をこの世にお差し向け下さいました。

私たち一人一人も、教会のお広前で助けて頂き、お育て頂き、そして、家庭に、学校に、職場に、それぞれ差し向けて頂いているのです。

み教えを頂き、その信心のお徳が周りにまで伝わって、全体が助かって結構になってゆくことが、神様の氏子である私たちのあるべき姿です。

★『神の一言は千両の金にも代えられない。ありがたく受けて帰れば、舟にも車にも積めぬほどの神徳が受けられる』

★「無学で何も分かりません。私などでは勤まりません・・・。」と、御用に対して後ろ向きになっておられた吉木栄蔵師に、

二代金光様は、「心配するな。馬鹿と阿呆で道を開け。道は神が開く。」と、お諭しになりました。

吉木師は、「そうだ、自分の計らいを捨てて、神様のお計らいのままにご用させて頂こう。」と覚悟なされました。

自分の小さく狭い計らいをいかに放すことができるか。み教えで人が助かるということは、人間の考えを遥かに超えた大きなお働きなのです。

posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成20年の「み教え」

2008年12月11日

●今日み教えが頂けるのは

初代教会長伊藤徳次先生が、福岡県の甘木教会でさせて頂かれたご修行は、大変有り難く、微にいり細にいり安武先生はご教導下さいました。

食べること、着ること、寝ること…全てにご修行となられました。

例えば、冬でも着ておられたのは一重の着物でした。

また、お金を使うことはほとんどせず、巾着に入れたわずか十銭のお金でさえ、三年間手をお付けにならなかったそうです。

なんと言いましても、日々安武先生からみ教えを頂かれたということが、今日の我々にとっても有難いことなのです。

厳しいご修行を乗り越えられる中で、み教えが身に染み込んでいかれたのですね。

そのおかげで、阿倍野教会でも次々と人が助かっていかれ、今もこうして日々み教えを頂くことが出来るのです。有難いことですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 平成20年の「み教え」

2008年12月09日

●練りに練って努力する

8日の朝はみかげ会例会で、松井文氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★松井氏は、瓦揚機販売の会社を設立されて32年目を迎えられます。

独立された時、前の親先生から「商売は物を売りに行くのではない。あなたという人間を売りに行くのですよ。」とみ教えを頂かれ、いつも真心をモットーに一軒一軒を大切に開拓してこられました。

お導きの親様であられる竹中哲也様に、「お取次ぎ頂き、練りに練って努力せよ。」と頂かれたお言葉を忘れず、今現在も心の糧となさっています。

しかし、メニエル氏病や胃のポリープ、心臓のカテーテル手術と、体の上でのご修行があられましたが、その都度お取次ぎを頂かれて、今では元気にお仕事・御用にお使い頂いておられます。

★「松井家から癌の根を切って頂きましょう。松井さんの信心にかかっていますよ。」と前の親先生に励まして頂かれた事を昨日の事のように思い出し、お取次ぎの有難さを実感しておられます。

これらの病気を通して、長男さんが家業相続をさせて頂ける有難い機会を頂かれました。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:30 | 平成20年の「み教え」

2008年12月08日

●心の眼、心の耳を開く稽古

小学校低学年の頃、遠足の前日に友達と一緒にお菓子を買いに行く約束をして帰ってきました。

母親は「二代教会長先生のお許しがなければお小遣いは1円でも渡せない」と言いましたので、先生の元へお許しを頂きに行きました。

すると先生は神様のお下がりであるお菓子を袋に入れて下さったのです。

私は「お小遣いがほしいのです。」と申しますと、先生は大変お叱りになられ「小遣いばかり使う人間は、大遣いができる人間にはなれません。

現在目の前にある神様のお下がりを有難く頂きなさい。それが出来なくて買いに行きたいとはもっての外です。」とみ教え下さいました。

結局、お下がりのお菓子を袋に小分けして頂いて、遠足に持って行かせて頂いたのでした。

★振り返ってみますと、二代教会長先生や三代教会長先生は私の弱い部分や心構えとして大切に守らなければならない所を一生懸命祈って下さり、言って聞かせて下さいました。

しかし表面的には理解しながらも、なかなかご神意を理解するに至らず、有難く実行するというところまで出来ない事が多くありました。

出来事の意味や頂いたみ教えのご神意を悟らせて頂く為にも、心の眼・心の耳を開かせて頂く稽古をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:48 | 平成20年の「み教え」

2008年12月07日

●自分の弱い心に打ち克つ!

『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃ。』

★人生の上で辛抱しなければならない事はたくさんあります。このみ教えは、
1)天候の悪い時の参拝でも有難くさせて頂けるのが身に徳を受ける修行
2)仕事や体調…等、色々な事が起こってくるのが人生だという意味を含んで頂いています。

しかし、そんな時こそ「今こそいつもの2倍も3倍もおかげが頂ける!」と勇み立って信心に励ませて頂くことです。

そうすれば信心辛抱のお徳によって次のおかげが頂けるのです。

★どこまでも自分はまだまだ足りないという心を忘れない事が大切ですね。人が一回で出来る事が、自分には出来ない事もあるでしょう。

それでも、出来ないと諦めずに100回でも200回でも練習すれば良いのです。

何事も成就するには、自分自身の弱い心に打ち克つことです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:43 | 平成20年の「み教え」

2008年12月06日

●送らず、迎えず、応じて蔵せず

支那哲学の第一人者である宇野哲人というお方が日々仰向けに寝て、お腹を右回りにさすりながら

「送らず、迎えず、応じて蔵せず。」(荘子の教え)と唱えておられたそうです。

@“送らず”…過去に思いをめぐらせない。
A“迎えず”…将来起こってくることに不安がらない。


B“応じて蔵せず”…物事を適切に判断して、不平不足を思わない。良い方向にとらせて頂く。


つまり『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ。』ということですね。

そのお方は、99歳の白寿のお祝いで研究発表をされるほど気力も体力も充実されていたそうです。

★どんな状況におかれても、良い方向に考えることがおかげを頂く第一歩です。

悪い方へばかり考えると新しい難儀を生み出し、我が身を滅ぼします。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:10 | 平成20年の「み教え」

2008年12月05日

●家内中が心一つに

長女が生後10ヶ月の時、あごの下にウズラの卵ほどの腫れ物ができている事に気付きました。

すぐに三代教会長先生にお届けさせて頂き、病院に行かせて頂きましたら、

「腫れ物の組織を調べてみますが、良いものであっても悪いものであっても、切除した方が良いでしょう」との診断でした。

帰ってさっそく三代教会長先生にお取次頂いて後に、次のように取り組ませて頂きました。

〇ご祈念させて頂いて、夫婦でよく相談し、心を揃える。

〇御神酒でおかげを頂く。

〇腫れ物が悪いものだとは思わないようにし、心配しないことをご修行にさせて頂く。

毎日御神酒をつけてご祈念させて頂いておりますと、だんだん腫れ物は赤みを帯びてきました。

やがて口が開いて、約1年間かけて、10回もの血膿のお取払いを頂いたのです。そうして無事完治のおかげを頂いたのでした。

『一心になれ。つるべで水を汲むごことくにおかげは頂けるぞ』
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:03 | 平成20年の「み教え」

2008年12月04日

●核心を突く

ある月例祭の夜、眼が開けられないくらいに痛く、両眼が結膜炎になり、御神酒をつけさせて頂きましたが一向に治りません。

次の日になっても治らず、心中御祈念していたら気付かせて頂きました。

前の日に、子供達に言って聞かす時に、感情的になって叱り付けてしまった事を思い出したのです。

そして神様に自分の考え違いしていた事を一生懸命お詫び申し上げました。

御祈念・教話が終わり鏡を見ますと、真っ赤になっていた両眼が真っ白になり、痛みもお取り払い頂いていたのです。

★病気や痛い所を御神酒でおかげを頂きたいと思っても、御祈念の仕方が正しくなければ神様にお願いは届かない事が良く分かりました。

そのお気付けを通して、自分に何が至らなかったかという核心を突いて御祈念すれば、ただちにおかげを受けられるのですね。

posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成20年の「み教え」

2008年12月03日

● ふと気付いたことがお知らせ       

『信心といっても別にむずかしいことはない。

親にものを言うように、朝起きたら神にお礼を申し、その日のことが都合よくいくように願い、よそへ行く時には、行ってまいりますと言ってお届け申しあげよ。

そして、帰って来たら、無事で帰りましたとお礼を言い、夜寝る時にはまた、その日のお礼を申して寝るようにすれば、それで信心になる。』

★たとえ神様が目には見えずとも、人に物を言うように今日一日の事を、実意丁寧、正直、真一心にご祈念させて頂けば良いのですよ。

その順序が、御礼・お詫び・お願いの順なのです。

ふと「〜しておいた方がいいな。」と気になる事は神様からのお知らせです。

間に合うようにお知らせ下さっているのですから、迷わずに行動に移しましょう。

小さな事から大きな事まで、常平生から心中御祈念してさせて頂いていると、「これが、大切だ!」と気付かせて頂ける瞬間がありますよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:14 | 平成20年の「み教え」

2008年12月02日

●世話になるすべてに礼を言う心

『信心する者は、山へ行って木の切り株に腰をおろして休んでも、立つ時には礼を言う心持ちになれ』

★私達は、人様のお世話になり、物のお世話になり、あらゆるものにお世話になりながら生きているお互いです。

家族、地域、会社、学校等々・・・誰のお世話にもなっていないということはありえませんね。

★『損・得、高い・安い、多い・少ないにかかわらず、全て、お世話になるということは、その物、その人の命をこちらに頂いたということですから、礼を言う心にならずにはおれない。

その礼を言う心が起こらないようでは、大切にしようとか粗末にすまいとか思っても、出来るものではないと思います。』(四代金光様)

★今年も締めくくりの月、12月に入らせて頂きました。

支払うべきところはきちんと支払わせて頂き、お礼申すべきことは丁寧にお礼申し上げて、月の始めからお礼の信心をしっかりと進めさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 平成20年の「み教え」

2008年12月01日

●体は生涯の宝である

『金はこの世の浮き宝。体は生涯の宝である。』(教祖様のみ教え)


毎日変わりなく生活させて頂いている事はお金に替える事の出来ない宝を神様から頂いているのです。

神様から頂いた心と体こそ真の宝なのです。毎日の生活が当たり前だと思うから不足が出てくるのです。

私達は全てにお世話になっていることを自覚しなければなりません。

1年の締めくくりの月を迎えさせて頂くにあたり、今現在それぞれに与えて下さっている住居や、仕事・家族に対して喜ばせて頂きましょう。

★『今日を喜んで暮らしましたら、死ぬ事と病む事を忘れて暮らします。死ぬ事と病む事を忘れて暮らしましたら、その上の欲はいりませんなぁ。』(二代金光様)
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:25 | 平成20年の「み教え」

2008年11月30日

●真意をつかみとる

娘さんが目の病気にかかっているご婦人が、お届けなさいました。

二代教会長伊藤コウ師は、「日参させて頂きなさい」と、お取次ぎ下さったのです。

そこでご婦人は、一日一回の参拝を続けられましたが、娘さんの目に回復のきざしはありません。

そこでまたお取次ぎ頂くと、「一日一度のお参りでおかげが頂けなかったら、二度参らせて頂きなさい」と、み教え頂かれました。

ある日、「言われた通りに参拝を続けても、目が治らない」とお届けしましたら、次のようにみ教え頂いたのでした。

「あなたは、毎日お参りして何を聞いているのですか。参拝させて頂くとは、み教えを頂くということです。

あなたの生活はどうですか、台所を見てみなさい。流し台のお掃除も出来ていないんじゃありませんか?

野菜のクズ、お米粒等が残っていて汚い汚い。今起きている問題は、あなたの生活が元になっていることが、まだわかりませんか?」

この時に初めて、「日参させて頂きなさい」と、言って頂いたご意味が分からせて頂いたのでした。

★み教えは、その真のご意味を分からせて頂こうと、どこまでも求めさせて頂きましょう。

それが、自分の改まり、信心の成長へとつながっていきます。

そして、出来事や人の言葉を通しても、神様がみ教え下さっていることを感じる素直な心が、より大きなおかげを頂く元となるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:38 | 平成20年の「み教え」

2008年11月29日

●みやすい信心

『ただただ生神金光大神、天地金乃神様有難うございますという心さえあればそれでよろしい。

信心はみやすいのをみな氏子はむつかしゅうするぞ。信心はみやすうするが良いぞ。』

★教祖様は「生神金光大神、天地金乃神様有難うございます」という心さえあれば良いと仰って下さっています。

日々神様御先祖霊様が、つきについてお守り下さっていることに御礼を申す稽古を心掛けてゆけば良いのです。

ほんの些細な有難いことやちょっとしたおかげを頂いていることを見つけて御礼を申す稽古をさせて頂きましょう。

★初めは不足の多い自分であったとしても、私達は一段一段階段を上っていくのです。

ですから以前の自分を否定する必要も無ければ、今の自分を否定する事も必要ありません。

以前があるから今があるのです。一足飛びには、理想には近づけません。

稽古の積み重ねが信心即生活、生活即信心になっていつどんな時でも神様から離れない生活になるのですよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 平成20年の「み教え」