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2020年08月08日

●心を改めることが肝心

三代教会長先生のご在世中に、阿倍野教会にもおかげ話をしに来て下さっていた吉良藤右衛門氏という方がおられました。

★吉良氏が30歳の時、お月見をなさっている最中に、急に月に雲がかかって見えなくなったように感じ、視力が低下していることに気付き、それから後に両眼とも失明されることがあられました。そこで、一生懸命に願をかけてお願いなさったのですが、肝心要の「心を改める」ということが出来ておられませんでしたので、秋から冬へ、冬から春へと季節は移り変わってゆきましたが、一向におかげは表れてきませんでした。

★「こんな状態では生きていられない・・・」と失望のあまり、死を覚悟された時のことです。お母さんの顔がふと思い浮かばれたのでした。これまでお母さんが一生懸命育てて下さったのに、気にも留めず随分遊び暮らしていたのでした。「30歳の自分が将来を悲観して死んでしまっては、自分はそれで良いかもしれないが、年老いた母親はどうなるのだろうか。自分自身が老後のお世話をしなければならないのに、勝手に死んでしまっては、母親はどれだけ嘆くだろう・・・」ということに気付かれたのです。それまでは自分のことで精一杯でしたが、初めて真剣に親のことを思えるようになられたのでした。そして「これからは母親に親孝行をさせて頂かなければ申し訳ない。今一度、神様に改めてお願いをさせて頂こう。親にご恩返しの出来る私にならせて頂く為には、目が見えさせて頂き、働かせて頂けますように。もし、この願いを聞き届けて下さるのでありましたら、贅沢は一切謹んで、どんな仕事でも厭わず喜んでさせて頂きますので、どうぞ生まれ変わらせて下さい。」と真剣に願わせて頂く気になられたのです。そして、子供の頃から連れて参って頂いていた、金光様の教会にお引き寄せを頂かれたのでした。そして、改まりを誓われてお広前にお参りし、お取次ぎを頂いて、み教えを頂かれるようになられたのです。

★涙ながらにお願いし、家に帰られ地面にひれ伏して神様にご祈念されました。そしてふと顔を上げますと、風呂の焚口に落ちていた新聞の見出しが見えるようになり、それから晴眼のおかげを頂かれたのでした。その後は、お礼のご信心に励まれ、ご縁に繋がる所でおかげ話の御用にお使い頂かれたのでした。

★『神は一つ一つ実地の学問をさせるのじゃから、その日その日はみな手習いじゃなあ。手習いは坂に車を押すがごとくという、油断をすればあとへ戻ります。信心も同じことじゃなあ。』
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2020年08月07日

●生命の大切さを自覚する

 1945年8月6日には広島に、8月9日には長崎に原爆が投下されました。被爆によりたくさんの尊い生命が奪われたのです。私達は御霊様方の助かりを願わせて頂くと共に、二度と過ちを繰り返す事の無いよう、この様な惨事が二度と起きないように、努力してゆかねばなりません。

★昭和34年に石垣りん氏が書かれた詩集の中の『挨拶』という詩を見させて頂きました。石垣さんは戦後、原爆の写真を初めて見た時に衝撃を受け、この詩を書かれたそうです。『あ、 この焼けただれた顔は 一九四五年八月六日 その時広島にいた人 二五万の焼けただれのひとつ すでに此の世にないもの とはいえ 友よ 向き合った互の顔を も一度見直そう 戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔を その顔の中に明日の表情をさがすとき 私はりつぜんとするのだ 地球が原爆を数百個所持して 生と死のきわどい淵を歩くとき なぜそんなにも安らかに あなたは美しいのか しずかに耳を澄ませ 何かが近づいてきはしないか 見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは 手の中にある 午前八時一五分は 毎朝やってくる 一九四五年八月六日の朝 一瞬にして死んだ二五万人の人のすべて いま在る あなたの如く 私の如く やすらかに 美しく 油断していた。』

★毎年8月6日はやってきます。そして、毎朝8時15分はやってくるのですが、その時、私達は今生かして頂いているということを毎日心の底から感じているでしょうか。世界中に一つしかない、それぞれに与えて頂いた生命は、大変尊いものであり、何物にも代えられない生命です。戦後75年を迎えた今、有難いことに日本は復興を遂げ、平和で豊かな国に発展を遂げました。しかし、平和となった今も、さまざまな社会問題が世界各国で起こっています。日々平穏無事に生活させて頂いていることは、当たり前ではないのです。何気ない日々の一瞬が、生と死を分ける狭間となり得るのです。神様から与えて頂いた、尊いかけがえのない生命を大切にし、頂いた使命を全うさせて頂けるように、信心と御礼の働きに努めさせて頂きましょう。

★『信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい。百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。』

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2020年08月06日

●積徳の信心を心掛ける

 先日、大学4年生のご信者が、いくつかの会社から就職の内定を頂かれ、第一志望の企業からも内定を頂いたということで、御礼のお届けをなさいました。

★その方が、就職試験の面接を受ける前にお届けに来られた時には、「いつも感謝の心を厚くして、御礼を申しながら受けさせて頂きましょう。笑顔を忘れないように」と、お話しさせて頂いておりましたら、マスクを着けたままの面接であったにも関わらず、「あなたは笑顔が素敵ですね」と、面接官の方に言って頂いたということです。常平生から、み教えを頂いて、喜びと笑顔を心掛けておられたからこそ、マスク着用下の表情でも笑顔が溢れておられたのでしょうね。

★神様に、就職内定のお礼を申し上げまして、「ここからが大切ですよ。社会人にならせて頂く準備が大切です。その為には、信心のお徳を頂かねばなりません。なぜなら、社会人にならせて頂いたら、有り難い縁をつないで頂くことがとても大切になります。人との縁、会社との縁、職場との縁、会社の同僚、上司との縁、取引先との縁、業者との縁、あるいは、車を使わせて頂くにしても車にも個体差がありますから、事故もなく故障もなく、長持ちする車にお繰り合わせを頂くことなど、全てにおいてよい縁がつながってゆくよう、しっかりご信心させて頂きましょう。日参と聴教、お礼の働きをさせて頂いて、お徳を積ませて頂くことが大切なのですよ」と、お話しさせて頂いたことでした。

★五事を正す
一、貌・・・和やかな顔つきで人と接するように
二、言・・・思いやりのある言葉で話しかける
三、視・・・澄んだ目で物事を見つめる
四、聴・・・耳を傾けて人の話をきく
五、思・・・真心を込めて相手のことを想う

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2020年08月05日

●真心を尽くしておかげを頂く

 二代教会長・伊藤コウ師がお聴きになって、「私はこのように真心を尽くしてきただろうか?出来ていなかったなあ。」と反省をなさったお話があります。

★ある夫婦のお話です。ご主人は非常に酒が好きで、毎日仕事もせずに酒を飲んでおりました。酒を買うお金が無くなったので、奥さんは着物や家財道具を売って、酒に変えておられたのです。親族には「もう別れて帰ってこい」と言われていましたが、奥さんは決して帰られませんでした。とうとう、家にある物を全部売ってしまいましたが、ご主人が「酒をくれ。」とおっしゃるので、奥さんは外に買いに行かれたのでした。帰ってきて食事の用意をされ、酒を注がれると、ご主人が「なぜ頭に手ぬぐいを被っているのか。取れ。」とおっしゃいました。奥さんは「今日は訳がありますので、勘弁して下さい。」と答えられましたが、「取らないなら、わしが取る。」と、ご主人が手ぬぐいを取ってしまわれたのです。すると、奥さんの長かった黒髪が、短く切られてあることに気付かれました。売る物が無かった奥さんは、自分の髪を売って酒に変えていたということでした。驚いたご主人は両手をついて、「どうぞ、許してくれ。今日から酒もやめる。よく辛抱してくれた。」と涙をこぼして謝られたのでした。

★島之内教会で渡辺かてい氏(作家)の前述のお話を聞かれ、コウ師は、「奥さんの真心が伝わって、このご主人が改まって下さったように、人は真心を尽くせば、それが伝わって改まって下さる。教祖様が神様にどこまでも真心を尽くされたように、私も、神様に徹底して真心を尽くさせて頂けば、どんな願いでも叶えて下さるに違いない。そのような信心をさせて頂かなければならない。」と心に決めさせて頂かれました。

★『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ。』

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2020年08月04日

●真心からの願いが神様に届いてゆく

私が教師にお取り立て頂いて間もなくの頃のことです。お結界に座らせて頂いておりましたら、京都府からご参拝のあるご信者が「先生、Y君をご存知ですか?」と私に尋ねられました。Y君とは私が学校に勤めておりました時に、担任を受け持たせて頂いた生徒でした。そのご信者は彼の近所に住んでおられ、ご信者は「Y君は卒業したのですが、志望校へ進学できなかったので今、浪人中です。あの子に助かって頂きたいので、おかげを蒙られますようにお願いして下さい」とお届けなさったのです。そこで「Y君に会う機会があられましたら、阿倍野教会に連絡を取るように仰って頂けますか?私も御祈念させて頂きますから、どうぞよろしくお願い致します」とお話しさせて頂きました。

★その翌日、Y君から電話を頂き「昨日○○さんとお話してたんですよ。○○さんから事情を聞かれましたか?」と聞くと「いいえ」というのです。話を聞きますと「どうしても電話がかけたくなってかけました。今日参拝させて頂いてもよろしいですか?」とのことでした。その日に参拝なされ、一緒に横についてお結界でお届けをさせて頂くことが出来たのでした。Y君は色々悩みを抱えておられたのですが、その後も機会あるごとにお参りをなされ、翌年の春には無事志望校へ合格のおかげを頂かれました。

★それまで、私と彼が連絡を取り合っていたわけではありませんのに「参拝したい!」と思われたのは、彼のことをお届けして下さったご信者の真心が、御取次を頂かれたことによって神様に届いたからです。そして私も、ご信者の真心によって御用にお使い頂くことが出来たのです。現代社会では、電話をかけるとか、メールを入れるなど、相手に伝える手段は様々ありますが、ご信者の実意丁寧な真心のこもったお願いによって、その学生さんの心に神様が働きかけて下さったのです。

★生神金光大神様のお取次を頂いて、天地の親神様の御神徳を頂きますと、生活の様々な場面で、広く深い神様の有難いおかげの体験をさせて頂くことが出来るのですね。

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2020年08月03日

●御恩を忘れず、おかげの元を忘れない

『金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所へ行ってやる』とみ教え下さっています。それは、御祈念をさせて頂くところに、立ちどころに来て下さって、祈りを受けて下さるということです。常に心中御祈念をさせて頂くということは、迷いのないことであり、油断のないことです。常に、神様と共にある生活をさせて頂き、霊様とも共にある生活をさせて頂くのです。有難いことに、霊様に御祈念させて頂きましたら、その祈りを受けて下さって何重にも足して下さり、生神金光大神様におとりなし下さるのです。

★御神米をお供して、行く所、行く所で心中御祈念をさせて頂き、心を神様に向ける稽古をさせて頂きましょう。私達は、教会や家では御神殿を拝む目当てにご祈念をさせて頂いておりますが、外出をしたら、御神米を小さな御神殿だと思ってお供して、いつも心中御祈念をしながら、おかげを受けられたら良いのです。

★元を忘れないようにご信心させて頂くことが大切です。わが家であれば、わが家がおかげを頂いてきた元を忘れないようにさせて頂きましょう。そしてお道の信者であれば、教祖生神金光大神様を始め歴代金光様が、み教え下さったご信心をしっかり習わせて頂いて、間違わずに実行させて頂けるよう、心掛けさせて頂きましょう。『金光大神が教えたとおりの信心をすれば、教えただけのおかげの立つことは、神が請け合ってやる。一分違えば一分、二分違えば二分、おかげも違うものと思え』

★御恩を忘れてしまいますと、自分自身を忘れてしまっていることと同様です。どのようにして生まれ、どのように育てて頂いたのか、また、どのようにおかげを受けてきたか、その元忘れてはならないということです。実意をもってお願いをさせて頂くことが大切です。信心の中身を薄れさせてはいけません。常に神様に心を向けさせて頂けるということが、自分自身の信心を強く確かなものにさせて頂けるのです。

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2020年08月02日

●目に見えるのはほんの一部分

 以前、教会の南境内地に植えてあった松に虫がついたことがありました。ご信者が松の木の辺りを掃除しておられた時に、虫を見つけて教えて下さったのです。早速見にいってみますと、松の葉っぱ程の細い小さな虫が沢山ついていましたので、見える範囲で取らせて頂きましたが、念のため、専用の殺虫剤で松の木全体を消毒して頂きました。すると、木の下にそれは沢山の虫が落ちていたのです!見えていた虫は全体のほんの一部であり、見えない所も含めた木全体に虫がついていたのだと分からせて頂いたのでした。

★甘木教会の初代教会長・安武松太郎師は、病気平癒を願って参拝なさったご信者に、『ここは教会だから、神様の教えを話してきかせ、信心の稽古をするところで、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせて頂きなさい。』 さらに『この神様は、病治しの神様ではない。心を直す神様であるから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした以上、神様にお任せ、お預けして、自分は病気のことを忘れて、ひたすらに信心の稽古をさせて頂きなさい。』とみ教えを下さっています。信心の稽古とは、日々の生活の中で、喜ぶ稽古、お礼を申す稽古をさせて頂くことです。何か問題が起きてきた時には、自分の心、生活習慣等の中の至らない所が、形となって現れてきたのだと分からせて頂き、生神金光大神様のお取次を頂きつつ、改まらせて頂くことが大きなおかげとなるのです。

★親は親として、子は子として、経営者は経営者として、従業員は従業員として、各々が神様から頂いたお役目を有り難く全うさせて頂くことが出来ているか、常に見直し、聞き直し、考え直しをしながら、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2020年08月01日

●我欲を放れて、毎日を楽しむ

 7月1日から始まりました夏の信行期間も、昨日を以て無事に終えさせて頂きました。皆様には各々にご修行に取り組ませて頂かれ、有難いことと神様に御礼を申し上げております。それぞれに信行期間中に取り組ませて頂き身に修めた有難い内容が、8月もしっかりと継続させて頂けるよう、より一層ご信心を進めさせて頂きましょう。銘々がお結界で日参表を提出なさって、神様にご報告をなさり、御礼を申し上げられますように。その際に、御神酒一合瓶をお下げ頂きます。御神酒で悪毒病毒をお取り払い頂かれ、心身共に健康にならせて頂くおかげを蒙られますように、お祈り致しております。

★中山亀太郎師は、5才の時に貨車にひかれて両腕片足を失われました。その時、お父様は既に亡くなっておられ、お母さまは鉱山で男性同様の、もしくはそれ以上の働きをしながら、夜も内職をなさり、女手一つで、子供さんを育てられました。

★亀太郎師は、小学校では石を投げられたり、突き飛ばされて転ばされたりと、いじめに遭うこともあられました。辛い苦しい毎日で、生きてゆくことも出来られない程の思いにかられ、思春期には自らはさみを喉に突きつけ、自殺を図られたこともあられたそうです。しかし、お母様は「悔しかったら、神様におすがりさせて頂いて、しっかり勉強しなさい。」と、常々話して聞かせられ、温かく優しく励まして下さったそうです。そして、神様にご祈念させて頂きながら、亀太郎師が自分で何でも出来るように一つ一つ稽古をさせられたのでした。足の指にエンピツを挟んで字も書かれ、大学では授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほどきれいに書いておられたそうです。少し残った腕で脇にお箸を挟んで食事も頂かれました。

★亀太郎師は、「信心させて頂いての三つの幸せ」として 1)「より健康にならせて頂いたこと」 2)「不自由の少ないこと」 3)「明朗になったこと」と仰られました。

★ご不自由がたくさんあられたに違いないと思える境遇であっても、有難いご縁を頂かれて、様々な方々の恩恵やご慈愛の中で、喜びに満ち溢れて満99歳を越えられるまで、ご長寿のおかげを蒙られたのでした。私達は、そのことを考えますと、不自由ということを口に出すことは全くご無礼であり、申し訳ないことと思わせて頂きます。不平不満を口に出さず、今日一日今日一日、喜んで御礼を申す生活を進めさせて頂きましょう。

★『信心して我欲を放れて毎日を楽しみ、日に三度の食事を有難いと気がつけば長者じゃ。信心して長者の暮らしをしなさい。』(二代金光四神様み教え)

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2020年07月31日

●真心で一心に願うとは…

信徒総代を務められた植田千代子氏は幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時、御本部参拝の際にお広前で時間の許す限り「私は、小さい頃より身体が弱いですので、親や周囲に心配をかけております。真に申し訳ないこととお詫び申し上げます。どうぞ病気をお預かり下さい。」とお詫びとお願いの御祈念を一心にされました。そうしますと、清々しい気持ちになられ、「ああ!これは必ずおかげを頂かせてもらえる!」と思わせて頂いて、その時以来どんどんと良くなり、病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と生涯の約束を3つされました。「1、生涯日参をさせて頂きます。2、絶えず喜ぶ稽古をします。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は文の里より、また転宅後は甲子園から日参され、6人の子宝を頂かれましたが、出産の前日も参拝され、出産後20日間は代参をたてられ、計64年間続けられたのでした。

★ある時ご主人が、工場で鉄板が倒れてきて、右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまわれたのです。医師は「とても治りません。」と言いながらも、一応手術して下さったそうです。植田氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい、というお願いなら、お取次させて頂きましょう。」と厳しくみ教えを下さいました。そのみ教えによって心が改まって、ご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、ご主人の痛みがなくなり、医師が驚くほど血管も神経もつながって、後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★真心・一心・信心辛抱が大切です。日参と聴教に励み、自分自身の信心の中身をみ教えに照らし合わせて、どのようにさせて頂いたら、より一層結構な受け物が作らせて頂けるのかと、反省と改まりをさせて頂きましょう。
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2020年07月30日

●心の法を持つ

『体の調子が悪い時は、ものの味が狂うておろうが。ご信心も同じことで、ご信心が狂うておる時にはおかげの有り難さが違うぞ。有り難いことを一つ本当に知っておれば、これがご信心の元になり、皆おかげになってくる。』金光教にお守り袋はありませんが、常に御神米をお伴させて頂き、み教えを心の守とさせて頂いて、いつも神様にご信用頂き、ご安心頂けるような生き方がさせて頂けるよう、自律自戒出来る人間にならせて頂きたいとお願いしてゆくのがお道の信者です。

★人間には、「しなければならないこと」、「自分の役割とまではいかないけれども、させて頂いたら結構なこと」あるいは、「してはいけないこと」があります。誰かに見られているからきちんとする、また、高い給料をもらえる仕事なら一生懸命にする、というようなあり方ではなく、誰に気付かれなくても、仕事に見合った報酬であるかどうかに関わらず、常に、心を神様に向けさせて頂いて、「心の法」に基づいた正しい生き方にならせて頂けるよう、日々ご信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★また、自分自身が今日まで頂いてきたおかげ、あるいは、代々のご先祖様が頂いてこられたおかげを忘れたような生き方になってしまうと、有り難いことが有り難く思えず、不平不足、心配、疑い、というような恐ろしい不成心が心を覆い、ものの見方も考え方も、次第に過った方向に傾いてしまいます。今日まで頂いてきたおかげの元を忘れず、み教えに基づいた心の法に従って、お礼の働きに努めさせて頂き、神徳、人徳を頂ける有り難い生き方を積み重ねさせて頂きたいと思います。

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2020年07月29日

●神様のお知らせを逃さないように…

あるご信者が、[取引先の担当者が次々と代わりますので、こちらが何度も念を押して確認をせねばならないことが多々起こってきています。こちらは段取りが分かっておりますが、新しい担当者は分かっておられませんので、少し的をはずしたことをおっしゃいます。それを「これはいつもと違うぞ…」と気が付いて、改めて打ち合わせをさせて頂きますと、「勘違いしていました。未だ知りませんでした」というようなことがあるのです。ですから一回一回の打ち合わせを丁寧にさせて頂いて、「受注した数量についても、もう一度確認させて頂こう。」ということを怠らずに、漏れのないようにさせて頂き、何度も何度も再確認しながらさせて頂く必要ができてきています。]とお届けされました。先へ先へと心配りをさせて頂いて、二度手間・三度手間のないように、おかげを頂いてゆかなければなりませんね。注意出来ているか、不注意であるかによって、利益が出るか、否かが決まってくるのです。

★日々の生活の中で、何事においても実意丁寧に、心中御祈念をさせて頂く稽古の積み重ねによって、日常卑近なところで神様が有難い体験をさせて下さるのです。心中御祈念させて頂いている中で、ふと心に気付かせて頂くこともあり、人の口を通して教えて頂くこともあります。また出来事を通して教えて下さることもありますし、或いは夢の中で教えて下さることもあるのです。そこには、実に大切な神様のお知らせが含まれているのです。

★時間のお繰り合わせを頂くことも有難いおかげです。しっかりと御祈念して物事に当たらせて頂きますと、何事も事故のないように、間違いの無い方向を選ばせて頂けるようになります。全てに間に合うようなおかげを頂いて参りましょう。小さなことを大切に思い、心を配って対処していくことが、大きなことが起こってこないようになる元です。日々参拝をし、お届をさせて頂いて「今日も一日、万事万端ご都合お繰り合わせ頂けますように」と御祈念させて頂いておりますと、危ない所に出遭わないように時間のお繰り合わせを頂き、一番都合良いように御都合をつけて頂けるのです。
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2020年07月28日

●それぞれの頂いているお役目

 若いお方が「職場で理不尽なことが多くあるように思えます」と仰っておられました。それは「一生懸命真面目に働いている人のところに、真面目に働いていない人の仕事が次々と振り分けられているように思い、腹立たしいのです。」とのことです。

★そこで「それぞれに神様からお命を与えて頂いて、有難いことにお役目を与えて頂いています。そういうことで結構に世の中が成り立っているのです。あなたの立場で、あなたのお役目をしっかり果たさせて頂けるおかげを頂いていきなさいよ。他の人の足らない所ばかり見て【あれが足らん、これが足らん】と言い合って、責め合うような生き方をしていると、心が荒れてしまって、関係が上手くいかなくなり、とげとげしい職場になってしまいます。それでは自分自身も助かりませんし、人も助からないということになりますね。ですから、あなたがしっかりと職場全体のことをお願いさせて頂きましょう。他人のことを一面一辺を見ただけで、全てを見たつもりになって批評したくなりますが、それは偏った見方です。そういうことにならないようにしましょうね。【あの人もこの人も立ち行きます様に】と全体が整うっていくようにお願いさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★一人一人のこと、更には全体のことをお願いさせて頂くということは、とても大切なことです。皆何かしらの形で役に立っているのです。他の方の存在に目を向けて、有難いところをしっかりと分からせて頂き、小さな働きであっても互いに喜びあって、全体を支えていく大きな力にならせて頂けばよろしいのです。

★『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ』人と比べる必要はありません。神様を目当てに、神様から与えて頂いているお役目を全うさせて頂くことができますようにとお願いさせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2020年07月27日

●自身の至らなさを自覚する

教祖様は、数え年の42歳の時に、「のどけ」という病気で寝込まれ、湯水も喉を通らないような状態になられました。親族の方達が集まって病気平癒を祈念なさっておられた時に、そのうちのお一人の口を借りて、神様のお言葉が下がったのでした。その御内容は、以前に、教祖様のお宅がなさったご普請のやり方に、神様へのご無礼があった、というものでした。ところが、教祖様は、他のどんな人よりも日柄や方角の良し悪しなど、その当時の風習として神様への礼儀とみなされていたしきたりを、丁寧に守ってご普請をなさっていたのです。それをご存知だった教祖様の義父様は、神様に、「当家において、神様にご無礼はない!」と、断言されたのです。

★それをお聞きになった教祖様は、驚いて病床から這い出られ、「ただいま氏子(義父)の申したことは、何にも知らず申したのでございます。どの方角へご無礼がございましたか、凡夫で相わかりません。方角を見て、それですんだ(十分だ)とは思いません。」と、即座に丁寧にお詫びを申されたのでした。すると、神様より、「その方はよい。」とお言葉があり、心からのお詫びを受け取って頂かれ、神様から大きなご信用を頂けることとなられたのでした。

★私たちは、教祖様の「神様に対してどこまでも実意・丁寧なご姿勢」を習わせて頂かなければなりません。実意とは、御恩を知って、御恩に報いさせて頂くことです。心が行き届くことであり、すなわち真心です。丁寧とは、行いが行き届くことで、まだまだ至らないと思って、何度も反復練習して求めて現わしていくことです。家庭に於いても、職場に於いても、相手を責める心を取払って、「自分がまだまだ至らない。実意丁寧さが足りないのだ」という自覚を持つことが大切です。どこまでも謙虚に、実意・丁寧を心掛けて参りましょう。
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2020年07月26日

●一心に諦めずに願い続ける

 あるご信者は、ご主人がアルコール依存症で、飲みに行ったら帰ってこず、まともに働くことも出来ないので、親戚中から離婚を勧められるような状態だったのでした。ご主人は、病院に入退院を繰り替えしながらも、一向にお酒への依存が治る気配がない中を、奥様とお母様は神様に一生懸命におすがりなさって、おかげを頂きたいと願っておられたのでした。

★そのうちに、ご主人も、お広前にお引き寄せ頂けるようになり、神様に心を向けて生活出来るようになっていかれたのです。朝参りが続かれ、毎朝「どうぞ今日一日断酒させて頂けますように・・・」と、神様にお願いされてから一日を過ごすようになられますと、有難いことに、一日一日断酒を続けさせて頂くことが出来るようになっていかれました。好きなものを断ち、それまで続けてきた生活を変えるということは、大変な辛抱が必要になります。ご奥様は、子供さんも連れて参るようになられ、一家勢信心で、ご主人のアルコール依存が治り、生活が立ちゆく様、一心に神様におすがりなさってお願いし続けられたのです。

★ある時ご主人は、仕事に就きたいと、二代教会長・伊藤コウ師にお届なさいますと、「職場は近いところではなく、遠いところに、また、給料の安いところにお勤めさせて頂きなさい。」と、み教え頂かれたのです。ご主人はみ教えを守られ、元々お仕事の上でも優秀なお方でしたが、給料が安く、家からも遠い、いわば条件の悪い職場を見つけて、働くことが出来るようになられたのでした。そうしますと、朝早く朝食を済ませて朝参りをなさり、そのまま教会から出勤するようになられました。また、帰りは寄り道する時間はないので、仕事が終わったらすぐ帰路につくという生活を続けさせて頂くことが出来たのです。そうして、入社なさってから5年間、無遅刻無欠勤でおかげを頂かれ、課長に昇進させて頂くことが出来られたのでした。

★以前は、給料は全て酒代に消え、奥様もお母様も毎日泣いて暮らしておられたのが、5年後に御礼のお宅祭をお仕えする時には、涙ながらに有難いおかげを頂いているお礼を申すことが出来る、結構な家に変わらせて頂くことが出来られたのでした。

★神様を忘れて、自分の力だけでしようとすることには無理が生じ、難儀を生む元になってしまいます。一心に神様にお縋りして、何事も神様のおかげを頂いてさせて頂く心になれば、難儀も信心の材料となり、お徳を頂く有難いご修行となります。人の力の足りない所は神様が足して下さり、無理と思えるようなことも成就のおかげを頂くことが出来るのです。

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2020年07月25日

●謙虚が徳、善意、慈愛

23日は、天候・気象の上に御都合お繰り合わせを頂いて、真清会館と記念館の大掃除をさせて頂きました。大勢の方々の御用奉仕を頂きまして、お礼のお掃除をさせて頂くことが出来ましたことは、真に有難いことでございました。皆様の御用奉仕に心から厚くお礼申し上げます。

★お広前は『氏子の願い礼場所、信心の稽古場所』とみ教え頂いております通り、真心を育てさせて頂き、おかげの受け物を大きくさせて頂く場所です。毎日、自分自身の心を正してゆくということは、生涯かけてお願いさせて頂かねばならないことですね。毎日お広前にお参りして、信心の肥を入れさせて頂き、体に栄養を頂くのと同様に、心に栄養を頂いて、心を正しく保たせて頂くのです。自分自身の心を改め磨かせて頂きますと、いくらでもおかげが頂けるのです。しかし、自分が改まらずに「思うようにしてください」と、人間中心な勝手な考え方を神様に押し付けては、神様の御心には適いません。「私自身がみ教えを頂いて、しっかり改まらせて頂きますので、神様の御心に適うように生き方に変わらせて下さい」と、お願いすることがおかげを頂く元なのです。毎日お広前に身を置いて、そのお徳に浸らせて頂き、自分自身の心を改め磨いてゆくように、心の汚れを取って、有難いものを身にも心にもいっぱいに頂きましょう。

★四養 1)虚を以って心を養う…心を空(謙虚)にして、常にみ教えをさっと頂ける器にする。 

2)徳を以って身を養う…神徳・人徳・学徳、その人の徳によって、動産・不動産も与えて頂き、人材も仕事も与えて頂きます。職場も家庭も、身に徳を頂くことによって、全てに整えて頂けるようになる。一つ一つおかげを頂ける。

3)善意を以って人を養う…相手の良い所を見て、良いところを口に出す周囲が助かってゆくように、常によい事を思ってよい事を願う。

4)慈愛の心を以って天下万物を養う…かわいいと思う心が神心だと、み教えを頂いています。かわいそうだなあ、と思える心が大切なのです。
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2020年07月24日

●御神徳に満ち満ちた世界

『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』実意・丁寧さというのは人それぞれ違うものです。何事によらず、最も徹底なさって究極まで、神様からご信用頂けるような実意丁寧さを求めてゆかれたのが生神金光大神様です。教祖様のご信心を神習わせて頂いて、万分の一でも近づかせて頂けるように、願いを立てて取り組ませて頂くのが私達の信心の稽古です。少しでもそのご内容を頂いてゆけるようにお願いさせて頂き、自らを戒めて取り組ませて頂くご修行は、実に有難いものですね。

★この世の中には、すべてに天地のお徳が満ち満ちてあります。食物もお水も、有難く拝んで頂きますと、天地のお徳を自分自身の体に取り込ませて頂けます。仕事や御用も拝んで有難く頂けましたら、その仕事や御用に含まれている天地のお徳や神様のみ教えが、自分自身がさせて頂くことの上に満ち満ちて、有難い働きとなって表れてくるのです。

★人や物を拝み、仕事を拝み、問題が起こってきたらその問題を拝み、病気を拝み・・・、すべてのものを拝ませて頂き、全ての出来事を拝ませて頂く時に「神様が、このことを通してどのようなことを私に伝えて下さっているのだろうか?」と考えさせて頂きましょう。すべてのものに天地のお徳が満ち満ちてあるのと同じように、すべての出来事に神様の一言が含まれているのです。『神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり』

★『わが身は神徳の中に生かされてあり』御神徳に満ち満ちた世界に生かされている私達です。御神徳を体に取り込ませて頂いて、自分のものにさせて頂けるかどうかは、自分自身の心次第です。心次第でいくらでも、おかげを頂いていくことが出来るのです。心を磨いていくことを、生涯の御修行にさせて頂きましょう。

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2020年07月23日

●『人間は生き通しが大切である』

21日は、加川一夫先生(元在籍教師)の御命日でした。お母様であられる加川たつの氏は大変熱心なご信者であられ、ご信心の有難いことを、常日頃から家族にお伝えになっておられました。そして、「私がお国替えしたら、信心させて頂くと何と不思議なことがあることか、ということを見せます。」と、いつも口癖のようにご家族に仰っておられたそうです。

★たつの氏がお国替えされた、翌月の昭和62年2月の末のことです。お孫さんにあたる古澤家では、10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤氏がたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました」と仰ったそうです。

★また、たつの氏はご生前中に、古澤氏に対して[朝に玄関口のお掃除をする時にはご近所をお掃除してから、隣家の前の道も「どうぞ、ゆくゆくはこのお家を買わせて頂けますように・・・」とお願いしながら毎日お掃除させて頂きなさい。]と教えておられましたので、古澤氏はその通りになさっておられました。するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「土地家屋を購入して頂きたい」と言って来られたのです。しかし、先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります」と言われ、隣家が無くなっており、隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また後日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後に先方から提示された土地の金額と全く同じ数字だったそうです。そうして無事にお土地購入のおかげを頂かれたのでした。

★生きているうちに、願いを持ってしっかりご信心させて頂きますと、死んだ後も霊神様として、活き活きと働かせて頂けるだけのお徳を身に頂けるのです。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。』『人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』
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2020年07月22日

●願う氏子におかげを授ける

 7月20日に、あるご信者が「今日は主人の命のおかげ日です。命を助けて頂いて32年が過ぎ、現在72歳にならせて頂きます。」とお礼のお届けをされました。

★ご信者のご主人は、電気工事の仕事をなさっておられましたが、昭和63年7月20日に220ボルトの電圧線で感電してしまわれたのでした。すぐに救急車で病院に搬送されましたが、病院に着いた時には心臓も呼吸も停止し、瞳孔も開いたままの状態であられました。15分間心臓が停止したままでしたが、心臓マッサージ等の懸命な救命措置のおかげで一命を取り止められました。ご信者は、ご主人が意識不明の重体であると連絡が入り、当時小学5年生と小学3年生の2人の子供さんを連れて、病院に駆けつけたのです。そして、医師から意識不明の状態が続けば命は危ないということ、また命が助かっても植物状態になるかもしれないという事を告げられたのでした。

★大変ショックを受けられたご信者は、ただただ神様におすがりなさって一心に回復をお願いされたのです。なんと、ご主人は3日目に瞳孔反応が見られたので、気管切開することもなく、脳波の乱れも少しずつ良くなり、意識も回復なさっていかれたのでした。そして、医師も目を見張る程に徐々に回復を遂げられ、無事に退院許可が出て2週間後に無事退院、なんと一ヶ月後には仕事に復帰させて頂かれたのです。

★しかし、記憶障害の後遺症がしばらく続き、時々痙攣も起こり、思うように働けない日々が続かれました。一年前に自宅を新築したローンもあり、先が見えない不安と苛立ちから、ご主人は3度も自殺未遂を計り、ご信者は、とにかく今日一日、今日一日を無事に過ごさせて頂けるよう、神様に必死でおすがりなさり、気の抜けない日々を送られました。

★そうした日々を積み重ねられて、13年後、労災の医療補助を受けるのを止めて欲しいと、労働基準監督署から連絡がありました。ご信者は、言われた通りに手続きをなさいますと、代わりに会社から補償金を出して頂けることになりました。それと同時期に、借地であった自宅の土地が、以前の半値で売りに出されることになり、無理なく購入させて頂けることとなられたのでした。

★事故当時は、小学生だったお子さんも、それぞれ独立して家庭も持たれ、ご主人は事故を機に正社員となって厚生年金に入れて頂いたおかげで、退職後も安心のおかげを頂かれました。後で振り返ってみますと、すべてがおかげの中に、有り難い方向に導いて頂いたことを実感なさったということです。先が見えず、何の保証もない真っ暗闇の状態でも、神様を杖におすがりさせて頂きますと、必ず神様は道をつけて下さるのです。

★『みな、おかげを受けるために参って来ているはずであるが、中には、神が「おかげをやろうやろう」と言われるのに、「いや、結構です」と言って帰る者もある。おかげをぜひいただかなければ帰らない、という気でいる者こそ、おかげがいただけるのである』

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2020年07月21日

●私の信心次第

『世の中の人は親のものは子のものと言うが、これも親孝行をせねば親のものも子のものにはならんのじゃ。神様のものは氏子のものじゃというても、真の信心をせねば神徳は下さらん。真の信心をして神様と仲良うすれば神徳はなんぼうでも下さる』

★自分自身の受け物をいかに作らせて頂いて、有難いお徳を表させて頂ける受け物になるかということが大切です。私達の体も御神徳・御霊徳を表す器であります。『神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ』とみ教え下さっておられます。自分自身の信心次第でおかげが受けられるのです。それは、自分がおかげを頂いていくだけではなく、家族や親族、亡くなられた霊様方までがおかげを受けられるのですから、受け物をしっかりと作らせて頂かねばなりません。

★毎日、何のために信心の稽古に励ませて頂くのでしょうか。お広前は、心の穢れを取って頂くところです。日参と聴教により体を癒して頂き、心を正して頂くのです。そうして、清々しい心持ちにならせて頂いて、おかげを頂く方向へご信心を進めさせて頂くのです。そうしましたら、思う以上に有難い御比礼を頂くことが出来るのです。

★1)明き…先を楽しみに、明るい心で、思い分けの出来る賢さを持ち、起きてきた事をおかげにさせて頂く。2)清き…悪いことを思わず、言わず、人を不足に思わず、人のことを祈ることが出来るよう、常に心を清く保ち、神心を養う。3)直き…素直にみ教えを頂き、有難く自ら進んで実践を心掛ける。

★『おかげは受け得、守りは受け勝ち』いくらでも有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。常平生から「私の信心次第でいくらでもおかげは頂ける!」ということをそれぞれに心に刻みながら、日々のご信心を進めさせて頂きましょう。

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2020年07月20日

●あなたの心次第で、見える目にして頂けます

 18日の教徒会例会でおかげ話をなさった森氏のお家は、昭和10年の入信当時、森氏のご主人のお母様が、2人目の娘さんを出産なさった直後に胸を患われ、医師から授乳も止められたので、ご主人であるお父様が、お勤めしながら家事と育児をなさっていたのでした。見るに見かねた近所のご信者が、毎日御洗米を持って訪ねていかれ、教会で聴かれたみ教えを話してあげられるようになると、日に日に元気になられて、教会に参拝出来るようになっていかれたのです。そのうち、日参が出来るようになられると、頑なであられたお父様も段々とご信心の有り難さが分かっていかれ、教会に参拝なさるようにならせて頂かれたのでした。

★昭和10年12月、初めて御本部御礼参拝が出来られた日、お父様が帰宅してみると、家族がみなふさぎ込んでおられたのです。訳を聞くと、風にあおられた番傘が4歳の長女さんの左目に当たって、竹で出来た傘の骨が目に刺さり、医師からは、「水晶体も硝子体も破れているから、2度と視力が戻ることはない」と宣告されたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師にお取次頂かれますと、「あなたの心次第で、見える目に仕変えて頂けます。ご主人は朝と昼に、奥さんは朝昼晩、教会に参拝してみ教えを聴かせて頂きなさい」と、み教え頂かれたのでした。ご夫婦で、一生懸命にみ教えを守って日参と聴教に励んでおられると、段々と、これまでに頂いてこられたおかげの有り難かったことと、お礼もお詫びも足りていなかった、申し訳ない思いとをしみじみと感じられるようになっていかれたのでした。

★そして、2月初めの雪の夜、参拝から帰る道中に、神様に自らの不徳とご無礼を心の底からお詫びする心になられると、家に帰ってみたら、長女さんが、「怪我をしていない右目をふさいでも、明かりが眩しい」と言われたのでした。そこから一カ月で左目の晴眼の大みかげを頂かれ、89才の今日でも、怪我をなさった左目の方が良く見えられるそうです。

★何か問題が起こってきた時、神様に心を向けて、自分自身のこれまでのご無礼不行き届きを反省させて頂いてお詫びを申し、先の良いことを思い、良いことをお願いさせて頂く他には、何も考える必要はないのです。そして、お願いさせて頂いた限りは、自分はどのような覚悟を持って改まらせて頂くのか、真剣に求めさせて頂くとが大切です。『過ぎたる悪いことを思い出して苦をすな。今日が大切、先を楽しめよ。』

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2020年07月19日

●神様に真心が届くように

17日には、御本部に代表参拝させて頂きました。お広前で御祈念をさせて頂いた後に、ご信者皆様が御本部に奉献させて頂きたいと願われるお献備を、代表で金光様のお結界でお供えをさせて頂きました。金光様のお取次ぎ、御祈念を頂いて信奉者一同が日々広大無辺なおかげを蒙っておりますことへの御礼、知らず知らずのご無礼不行届きが多々ありますことのお詫び、より一層に神様にお喜び頂ける御礼の信心を進めさせて頂けますよう、お願いのお届けをさせて頂き、お取次ぎをお願い致しました。

★阿倍野教会では、ご信者皆様が奉献なさる御本部へのお献備は、奉献者名を記帳させて頂き、日々御神前にお供えさせて頂いて、「このような方々が、御本部にお献備を奉献なさりたいと願っておられます。どうぞ無事に奉献させて頂け、神様に真心が届きます様に。」と、御本部参拝の日まで日々御祈念を込めさせて頂いております。

★国枝三五郎というお方は、初生りのすいかを自宅の御神前にお供えになり、翌日早速に、教祖様の元にお供えさせて頂くべく、乙島というところから歩いてご参拝になられたのでした。途中の玉島というところのある家で休憩しておられると、巡礼中の小さな男の子を連れた親子と出会われ、尋ねられるままに「すいかの初生りを大谷の金光様にお供えにいくところです」と答えられると、幼い男の子が、「わしも金光様になりたい!」と、泣き出したのでした。疲れて喉も乾き、お腹もすいていたのでしょう、国枝氏はかわいそうに思って、その子に、すいかをあげてしまわれたのでした。

★お供えさせて頂こうと思っていたすいかがなくなり、どうしたものかと、教祖様のお広前の外で入りにくそうにしておられたら、教祖様がお出ましになり、「国枝さん、すいかの初生りは、昨晩(自宅の御神前でお供えになった時に)神様が喜んでお受け取りになられた」と、おっしゃったということです。

★常に御祈念させて頂いておりますことは、神様はよくご存知でいらっしゃいます。何をさせて頂くのでも、心中御祈念させて頂くことを忘れないようにし、良いことを思い、良いことを願う様心掛けて参りましょう。
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2020年07月18日

●子孫に残す徳の貯蓄

 徳の貯蓄をしっかりとさせて頂いておりますと、必要な時にその徳によって何もかもが間に合うようにお繰り合わせを頂くのです。日参のお徳、聴教のお徳、お届けをさせて頂いて生神金光大神様のお取次のお徳を蒙らせて頂きましょう。「今日も有難いお徳を頂いて帰らせてもらおう!」という気持ちでお参りなさったら良いのです。

★毎日少しずつの徳の貯蓄でも、積もれば山となるように有難いものが積み重なっていくのです。しかし、毎日の生活の中で腹を立てたり喧嘩をしたり、神様のご機感に適わないようなことをしておりますと、積み上げた徳の貯蓄を崩してしまうということが起こってきます。そうしたことにならないように、おかげを頂いてゆかねばなりません。それが、毎日の信心の上での改まりであり、ご修行であるのです。

★出来てきたことを信心の材料にさせて頂いて、その時その瞬間にお取次頂き、み教えを頂いて自分自身の心が改まっていきましたら、たとえ過去に起こったことでも「あれもおかげであった、これもおかげであった」と思える受け物にならせて頂けるのです。何か問題があるということは、神様から結構に「今これを通しておかげを頂いていきなさいよ」と目の前に突き付けて頂いている課題なのです。それを相手や環境に責任転嫁せずに、本当に「これは自分自身の問題だ」と受け止めていきませんと、おかげになっていきません。自分自身が改まっていく、ということが必要なのです。苦しい時、辛い時、それを耐えさせて頂いて、一生懸命改まらせて頂くことが出来ますと、次におかげを頂いていく準備となっていくのです。

★日々有難いことにお守り頂いて、結構におかげを頂き続けている私達です。そのお礼に一段と信心が向上させて頂けるように願わせて頂きましょう。めぐりのお取り払いを頂くように、悪癖・悪習慣はお取り払いを頂き、段々と良い癖・良い習慣が身に付いていき、有難い良いものを子孫に伝えさせて頂けるよう、お徳を残させてもらえるようなおかげを頂きましょう。お徳を残すということが一番の財産です。そしてそれは、隅々まで満ち渡って結構におかげを頂いていくのですから、しっかりとご信心の見直しをさせて頂いて、改まったおかげを頂いていくようにならせて頂きたい、と願わせて頂きます。

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2020年07月17日

●全ての物を生かしていく

このお道は、全ての物を生かしていく道だと教えて頂いております。「全てを生かす」とは、「自分を生かす」・「物を生かす」・「人を生かす」・「土地を生かす」・「家を生かす」・「時間を生かす」等々…のことで、それらを生かしていくことによって、生き生きとした働きに繋がってゆくということを教えて頂いております。

★1)「自分を生かす」…自分を良い方へ生まれ変わらせるのです。それは改まりに他なりません。また、周囲の人を生かすとは、喜びと感謝を表し、良いところを見て、良いところを口に出し、人を生かしていくのです。

2)「周囲の物を生かす」…物の命を大切にし、長く生かして使い、再生させるということです。再利用し無駄にしない。

3)「土地を生かしてゆく」…荒れ地にならないように、神様にお断りを申し、通路であろうが、駐車場であろうが、庭であろうが、溝であろうが、きれいにお掃除をさせて頂き、御無礼不行き届きにならないように、御祈念を込めながら使わせて頂くのです。

4)「家を生かす」…荒れ屋敷にならぬよう、家の中を清潔に保ち、掃除・整頓を怠りなく、御礼を申して手入れをさせて頂きますと、家が喜んで、祈りが込められた家になり、長持ちするのです。

5)「時間を生かす」…二度手間・三度手間のないように、無理や無駄を省き、行き届いた働きをさせて頂きます。優先順位を決めて、次の予定を考え、神様に御祈念しお伺いしながら、スムーズに事が運ぶよう、柔軟に心配りをさせて頂くのです。

★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)は、「われ良しと思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」というお歌を残しておられます。「私は一生懸命している…」という思いが、考え違いの原因となります。また、「私が努力したから、相手が助かったのだ…」等と慢心をしましたら、有難い結果を生むことには繋がらないでしょう。自分の至らなさを自覚し、どこまでも謙虚に相手の助かりを願っておりますと、その一心を神様が受け取って下さるのです。物や人の命を大切にさせて頂いて、その命の働きを生き生きと生かし、喜びに満ち満ちた生き方に努めさせて頂きましょう。
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2020年07月16日

●信心して神の大恩を知れば

『信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができるぞ』

★伊藤の家は、ご神縁を頂くまでは、家中のどこの引き出しを開けても薬が入っているような、病人の絶えない家でした。次から次へと、命にかかわる大病をして苦難の連続であったのです。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)がご神縁を頂かれ、生神金光大神様のお取次を頂くようになられてからは、それまでのご恩を知らない生き方を一心にお詫び申され、ご恩を知ってご恩に報いる生き方に改まっていかれたのでした。

★コウ師が、13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさって医師がさじを投げられた時、伊藤ハル刀自の一心の祈りによって、九死に一生を得る大みかげを頂かれました。ハル刀自は、教会への御礼参拝、また、御本部への御礼参拝にと、大みかげを頂かれたお礼のご信心にひたすら励まれたのでした。その様子を見た近所の方から、「伊藤さんは、病みあがりの我が子を置いて、裕福には見えないのに、『御礼参拝、御礼参拝』と言うて信心ばかりしている。」と、陰口をたたかれたことがあるそうです。ハル刀自は、「この度は、子供の葬式と誕生の両方が一遍に訪れたようなおかげ(弱い子供が死に、元気な子供に生まれ変わらせて頂いた)を頂いたのです。子供が死ねば、どんなに貧しくても葬式を出すでしょう。また、子供が生まれたらお祝いをしてやるでしょう。それだけの、時間もお金も掛けて、神様にお礼をさせて頂いているのです」と、娘さん達にお話をなさったそうです。その御礼の信心・御礼のお参りによって、めぐりをお取り払い頂き、有難いおかげを頂いてゆく受け物を作らせて頂き、お徳の貯蓄をさせて頂くのです。

★日参と聴教に励ませて頂いて、今日まで頂いてきた広大なおかげを自覚させて頂き、ご恩を知ってご恩に報いるご信心を進めさせて頂き、正しい願いを持たせて頂いて、共々に、子孫繁昌家繁昌のおかげを頂きたいと思います。

★『有難い事を知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けが出来て有難いことがわかってお礼が言えるようになると、難儀災難が払われて達者にもなってくる。』

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2020年07月15日

●有難さを忘れない為の神様からのお気付け

私は、この度の信行期間に、有難い悪毒病毒のお取り払いを頂き、体内のお掃除をして頂きました。大変有難いことです。今月の8日からお腹を下しました。熱もありませんし、吐き気も催しませんが、腹部がさしこみ、普段のような食事は頂けず、御洗米と御神酒を頂き、昼と夜の食事はお粥と梅干二粒のみを頂いたのです。食事を頂きますと、すぐにお取り払い頂くという状態でしたが、その間に性根を直して頂くように改まりをお願いし、「神様、有難い勉強をさせて頂き、心と体のそうじをする機会を与えて頂きました。勿体ないことです。御礼を申し上げます。また、御礼の申し足らないお詫びを申し上げます。」とご祈念致しました。悪毒・病毒をお取り払い頂き、普段は出来ない体中の大掃除をして頂きまして、神様から大変有難いみ教えを頂いたと喜ばせて頂いております。

★この間に、9日には二代教会長・伊藤コウ姫の例年祭、10日には御礼参拝、11日には月例祭、12日には納骨式を無事お仕え申し上げることが出来、有難いおかげを頂きました。

★何よりもまず、日々生かして頂き、天地のお恵みである水や食物を頂いていること、御用を与えて頂き、お使い頂いていること、夜休ませて頂くことが出来ていることや、家族や周囲の方々には変わりなく健康であることが、大変有難いことです。体に変化が起こってくること、生活に変化が起こってくることを、神様からのみ教えと有難く受けさせて頂き、日々のご修行とさせて頂き、励ませて頂いておりますと、気力を落とすことなく、日々嬉しく、喜んで生活させて頂けます。

★毎日有難いおかげを頂き続けておりながら、なかなかその有難いことが分からなくなってしまいます。それでは、神様に申し訳ないことです。大きな御神徳の中で生かして頂いている、という有難さを忘れない生活をさせて頂きたいと思います。
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2020年07月14日

●ご慈愛に満ちた神様の中

『氏子がおかげを受けてくれなくては、神様も此方もうれしくはない。氏子がおかげを受けずに難渋しているようでは、神の役目が立たない。氏子が立ち行かなければ、神も金光大神も立ち行かない』『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ』

★このみ教えを聞かせて頂きますと、いかに御慈愛に満ちた神様であられるかということが分からせて頂けます。すべてに何もかもよくご存知であられながら、私達の御無礼不行き届きなところは生神金光大神様のお取次により、お許し下さりお守り下さる天地の親神様であり、有難いことに天地の親神様の御神徳を蒙れるような道を開いて下さったのです。

★『同じように腹を痛めた子であれば、かわいいに違いはないはずじゃが、それのに、足らわぬ子ほどふびんがかかろうがな。親神様もそのとおりで、難の多い、不幸せな者ほど、おぼしめしが強いのぞ』『子供の中に不出来の子があれば、それがかわいいのが親の心じゃ。不信心者ほど神はかわいい。信心しておかげを受けてくれよ』この可愛いというのは、かわいそうというご意味です。このお心が分からないことには「これは罰が当たった」「私はそんなに間違えたことはしていないのに・・・」と自分勝手なことを思ってしまい、道を誤ってしまいます。根本的なことが分かってないが故に、迷いが生じ疑いの心が起こり、不安に駆られて心配して、自身が神様の氏子である、有難い願いをかけて頂いて生まれてきている、ということも分かっているつもりでありながら、忘れてしまって、ああだこうだと右往左往してしまうのが人間です。それはみ教えの頂きようが足りないのです。

★自分自身がおかげを頂いたら、神心をしっかりと働かせて、周囲の方々が助かっていかれるようなお導きの御用に使って頂きましょう。それが神様が一番喜ばれるお礼になるのです。

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2020年07月13日

●改まりの心が幸せの道が開ける元

桂松平師は、幼い頃から胃腸が弱く、お母様から「あなたにとって生水は毒だ。だから生水に気をつけなさい。」と教えられて育ったため、その考えが刷り込まれて「生水は毒だ」と思い込んでおられました。

★明治16年の春頃、桂松平師が初めて教祖様のもとへ参詣された時、10数人の参拝者の後ろに小さくなって御祈念しておられました。どこからお参りしたとも何も言っておりませんのに、教祖様は『周防の国のお方、遠方をよくおまいりでしたなあ』と仰せられたのです。さらに御神前に進まれて御祈念なさいました時『氏子、水が毒、水が毒というが、水を毒と思うな。水は薬という気になれ。水を薬という気になれば、腹の病気はさせない』と神様のお言葉をお伝えになられました。続いて『氏子、水あたりということを言うなよ。水がなくては一日も暮らせまい。大地は何とある。みな、水がもと。稲の一穂も五合の水をもって締め固めるというではないか。水の恩を知れよ』と御裁伝(神様のお言葉)お伝えになられたのでした。

★松平師は、金光様のご神徳に打たれ、有難くて有難くて、身を震わせて平伏なさり、今日までの考え方が大きく間違っていた事に気付かれて、お礼とお詫びを申されました。松平師は何も分からないままお参りなさったのですが、教祖様からご理解を頂かれて、心が開かれ、水のご恩を感じ、日々お礼とお詫びを申しながら生活なさっておられましたら、胃腸の病気は全快のおかげを頂かれたのでした。そうして、ご自身の実体験を通して、おかげを頂いたお礼に人々を導いていかれ、九州の地へ初めて布教に出られるほどのご神徳を頂かれたのです。

★人間には、誰しも考え違いやご無礼不行き届きはあるものです。自分自身が知らず知らずのうちに積んできためぐりや、またご先祖からの前々のめぐり合せが、今日私達に巡り巡って表われてきていると教えて下さっています。ご信心させて頂きますと、そのことに気付くことができ、神様にお詫び申し上げ、改まらせて頂くことにより、めぐりをお取り払い頂けるのです。そして、改まりが生まれてくる中に喜びが生まれ、有難い将来が開けてくるのです。
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2020年07月12日

●自分の置き場を決める

 二代教会長・伊藤コウ師は、「一番大切なのは、『自分の置き場所を決める』ということです。例えば、ご主人にはご主人の置き場があり、奥さんには奥さんの置き場がある。それなのに、場所が色々と変わる(立場をわきまえていない)というのは、性根が定まっていない、心が決まっていない証拠です。今日はここに居るかと思ったら、明日はどこかへ逃げてしまう・・・というように、自分の置き場所が決まっていない人は、いつも自分の置き場所を探し回らなければならなくなります。心の整理整頓がつかなくなっている状態です。そんな人は、自分の責任が邪魔くさくなり、自分に与えられた仕事に嫌気がさし、ちっとも結構にはなっていきません。」と、み教え下っています。

★初代教会長・伊藤徳次師が、32歳でお国替えなさったとき、コウ師の周囲の方の中には、「主人が有力者ですから、後のことは面倒をみてあげますよ」あるいは、「子供が居なかったのが幸いでしたね。教会は諦めて、違う道をいきなさい」等と、言ってこられる方があったそうです。しかし、コウ師は、「私は神様の御用をさせて頂きます。どのようなことがあっても、神様におすがりさせて頂きますので、おかげを頂かせて下さい。」と、覚悟を決めて神様にお縋りなさり、徳次師の願いを受け継がれたのでした。すると、徳次師の十日祭の当日、旧広前のご建築の為の建築委員が総辞職する、ということが起こりました。コウ師は、連判状を御神殿にお供えされ、「神様、私を可愛がって下さいまして、有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。有難うございます。どうぞ建築を成就させて頂けますように。」とお礼とお願いをされました。そうして、只一人、諦めることなく強く願いを持ち続けられ、およそ1年後には無事にご建築が成就されたのです。開教五年記念大祭に併せて、お広前の新築落成奉告祭が、盛大にお仕えになられたのでした。

★強く確かな願いを持たせて頂けば、自分自身に与えて頂いているお役目も自ずと見えてくるようになり、責任を全うさせて頂く覚悟もできるのです。神様一筋に本気でお縋りさせて頂き、自分のお役目を嬉しく有り難く、しっかり果たさせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

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2020年07月11日

●親子が共に神様からのお知らせを受ける 

7月10日は、伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)の御命日でした。昭和7年にお国替えなさる直前の5月の御大祭が終わった後から、ハル氏はいよいよご容態が悪くなられたのです。そこで、コウ師はご神前で神様に「どうぞ助けて頂けますように。」と一心にご祈念なさっておられますと、神様から「お前は助けてくれと願うけれども、この度はいよいよ難しいぞ。今のうちに何でも聞きたいことは聞いておけよ。」と、ご祈念する度にお知らせがあられたようです。コウ師は悲しくて悲しくて、旧広前の楽室の中で嗚咽しておられたそうです。

★神様は、「今のうちに聞きたいことは聞いておけ。」と仰られますが、なかなかそのようなことは口に出すことは、出来にくいものです。「どうさせて頂いたら良いだろうか…」と考えながら二階に上がられて、ハル氏の様子を見に行かれますと、ハル氏は「ちょっとこちらへ来なさい。」とコウ師を呼ばれました。するとハル氏は「今のうちにあなたに伝えたいことがあります。これは箪笥の鍵です。この鍵で開けてみなさい。どこどこには何が入っています。今のうちに紙と鉛筆を持ってきて、私が言うことを控えておきなさい。」と仰られたのでした。コウ師はびっくりなさって「神様は自分にお知らせ下さるだけでなく、お母さんにもお知らせなさっておられたんだなあ。」と気付かれたのでした。その後の、6月の御本部御礼参拝の日にハル氏は危篤状態になられたのですが、お医者様が懸命に手を施して下さり、何とか状態は保たれました。その後、ハル氏がお国替えなさるまでの20日間以上、コウ師が傍に付きについてお世話なさったのでした。

★私たちは皆、常に神様からお知らせを頂いているのです。ご神徳を頂けば頂くほど、何事においても間に合うように神様からのお知らせを感じ取らせて頂けるようになり、運よく間よくおかげを頂くことが出来るようになるのです。一心にご祈念させて頂く稽古を日々させて頂きましょう。
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2020年07月10日

●素直に頂く心

 昨日は、二代教会長・伊藤コウ姫の38年廻れる例年祭をお仕え申し上げることが出来、真に有り難いことでございました。

★二代教会長・伊藤コウ師が、小学校の教師になりたての頃、同期の三人の内で男性一人だけが昇給されるということがあったそうです。自分が評価されていないと不足に思われた矢先、ほかの小学校に勤めている友人から「こちらの学校は待遇がいいですよ。移って来られませんか?」と誘いがあられたのです。コウ師は心が動き、お母様(伊藤ハル氏)にご相談されました。お母様は穴のあくほどコウ師のお顔を見られ「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん」と一言だけ仰ったのでした。

★コウ師は、このみ教えによってご自分の考え方の間違いに気が付かれ、「今の小学校で役に立たないのであれば、どこに行っても役には立たない。評価して頂けないという事は、自分の働きが足りないのだ」という事を悟られたのでした。それから改まって、朝も早くから出勤して掃除や準備を行き届いてなさり、授業について来られない生徒は、居残りさせて丁寧に指導していかれたのです。すると、学年で一番成績の良いクラスとなり、翌年には二段階も昇給して頂かれたのでした。

★先の親先生は、実に素直であられた、と思わせて頂きます。御母堂のハル刀自に正して頂かれますと、すぐ素直に「良く分からせて頂きました、ありがとうございます」と頂かれたのです。人間は誰しも、間違わないということはありません。だからこそ、いつもみ教えを頂き直し、信心を練り直すのです。

★色々なことが起こりくる世の中ではありますが、そういった変化に対応させて頂けるように、ご信心の器をしっかりと作らせて頂いて、出来てくることは全て神様が私達に与えて下さるご修行の材料であり、おかげの元であると有難く受け切らせて頂いて、それぞれに一段と向上させて頂けますように、根気よくどこまでも願い続け、み教えを頂き続け、信心の地を肥やし、根張りを良くしていくように、おかげを頂いてまいりたいと思わせて頂きます。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

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2020年07月09日

●霊様がお喜び下さるご信心

昨日は、みかげ会例会が開催され、染井氏のおかげ話を聴かせて頂きました。ご信心のあられる奥様との結婚を機に入信なさり、奥様、お義母様の熱心なご信心によって教会に足が向くよう、一歩一歩お導き頂かれたそうです。

★染井氏のお母様は、現在満百歳でお元気でご長寿のおかげを頂いておられます。また、今月の朔日は、奥様のお母様(谷口マコト氏)の祥月命日だそうです。染井氏が毎日朝参りをなさって日参・聴教、お取次を頂いておられること、また教会の御用にお使い頂かれて、例会でおかげ話をさせて頂かれているお姿をご覧になられて、どれほどお喜び下さっておられることでしょうか。

★染井氏は、この度マンション購入の大みかげを蒙られました。昭和51年にお父様が建てられたお家が、42年の年月が経つため改装が必要になってきました。しかし、八尾のお家はお父様が建てられたお家ですが、このお家を手入れするよりも、マンション購入を考えるようになられました。お母様が家の近所の特別養護老人ホームに入所なさっている事もあり、八尾以外では考えておられませんでした。教会長先生にお取次頂かれますと「結構ですね、良い処で、おかげを頂きましょう」とみ教え下さいました。八尾、久宝寺あたりで探しておられましたが、なかなか思うような所が在りません。一昨年2月に奥様が教会の近くでマンションを建設しているのを見られて、早速パンフレットを頂かれ、翌朝教会長先生にお取次頂かれました。平面図をご覧頂くと、和室の押入の所を指で指され「ここにご神殿ですね」と仰っしゃり、さらに、新しいご神殿にお義母様の霊様をお祀りするようにみ教え頂かれました。同じ月の19日に手付金を打たせて頂かれ、11月30日に引き渡しも無事に終了し、12月3日に引っ越しが決定して、翌年の1月25日、教会長先生ご祭主のもと、新築移転奉告祭をお仕え頂かれたのです。

★染井氏は、毎日朝参りをさせて頂かれ、教会長先生に奥様とご一緒にお取次を頂かれて、お母様やご家族の健康をはじめ、日々のお仕事やご家庭の事をお願いなさっておられます。また、関東や信州方面へ毎月出張するときには、必ずお届けをさせて頂かれ、教会長先生からお下げ頂かれた御神米をおともして出かけておられます。毎日の信心を通して、実のお母様への親孝行に、そしてお義母様(谷口マコト氏)の霊様への親孝行に励んでおられますことは、真に有難いことでございます。
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