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2019年09月14日

●神様の思し召しを悟らせて頂く

 二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強していない外国の言語を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

★物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況の下でも神様を杖にして、有難く受け切って、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるのです。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

★今、夫々の身の上で病気や仕事の上での問題等、神様から与えて頂いているご修行がありますね。その与えて頂いている問題が、辛い苦しい時程、神様に心を向けて信心させて頂いておりますと、家中が有難いおかげを蒙らせて頂くきっかけとなってゆくのです。ご信心を基にして、「助からせて頂きたい!」と一心におすがりさせて頂いておりますと、自分自身がおかげを頂くことはもちろんのこと、家族も親族もまた周囲の方も助かってゆく事に繋がるのです。また後々、自分自身の体験を、同じ様なことで苦しんでいる人々に話して、その方が助かって頂けるための御用にお使い頂くことが出来るのです。ですから、今辛い苦しいと思うことは、後々に全て生きた働きとなるのです。「こんな辛い思いはしたくない。出来ることならこんな思いは避けたい。」と思っていても、物事は追い掛けて来るばかりで、避けては通れません。ですから、そのような時こそ、「金光様有難うございます。神様がそのような思し召しでしたら、真正面から受け切って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。」と、苦しい真っ最中にこそ、御礼を申し上げておりますと、後々有難い道が開けてくるのですよ。

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2019年09月13日

●喜ぶ稽古を重ねる

ある女性は、緑内障の症状が進んで、二つの個人病院からも、また阪大病院でも手術は出来ないと医師から手を離され、視力がどんどんと落ちていく中、熱心なご信者にお導き頂かれたのでした。

★一人では電車にも乗れない状態したので、お導きのご信者二人に手を引かれて、朝に、昼に、毎日二回お参りなさり、伊藤コウ師にお取次頂かれました。

そして、「ここにお参りさせて頂いた限りは、おかげを頂けると信じなさい。『天地の間に住む人間は、みな神の氏子』とみ教ええお頂いているのですから、おかげを頂けない人間は一人もいません。ましてや、あなたはこうしてここにお引き寄せ頂いているのですから、神様が『おかげをやろう』と、思し召し下さっているのです。これから三週間、日を切ってしっかりお願いしましょう。あなたも、手術は出来ないと言われたほどのものを、おかげを頂きとお願いするのですから、何かご修行をさせて頂きなさい。『よろこぶこと』『おかげを頂けると信じること』この二つをご修行にさせて頂きなさい。」と、み教え頂かれたのです。

★それから日を経てある日のこと、三代教会長先生が、そのご信者にお会いなさると、なんと一人で参拝が出来ておられたのです。おかげを頂いて、視力が回復し、足袋のつづくりまで出来るようになったということでした。

★ところが、飛び上がって喜ぶ程のおかげを頂いておられるはずなのに、その方は喜ぶどころか、まだ浮かない顔をしておられたそうです。三代教会長先生は、お取次のお徳の有り難さ、また、氏子のご修行をお受け取り下さる神様のご慈愛にお礼を申されると同時に、喜ぶ稽古、お礼を申す稽古は、一朝一夕には身に付くものではないことを感じられたということです。

★喜び上手にならせて頂く為にも、お礼を申す稽古が出来てまりますと、おかげの受け物がしっかりと出来て、必要なことは、全て間に合うように神様から教えて頂くことが出来るようになるのです。日々油断なくお取次を頂き、信心の稽古を進めさせて頂きたいと思います。

★『一心を立てればわが心に神がござるから、おかげになるのじゃ。生きた神を信心せよ。天も地も昔から死んだことなし。此方が祈るところは、天地金乃神と一心なり。』

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2019年09月12日

●神様に心を向け、常からの備えを

 台風15号の影響で、千葉県では44万件を超える家屋の停電、また、停電に伴う断水等で、多くの方々が厳しい避難生活を余儀なくされておられ、少しでも早い復旧と、生活状態の回復を願わせて頂いております。

★去年9月4日には、大阪を直撃した台風21号によって大きな被害があり、教会の真栄根館も暴風雨により瓦が飛ばされた為、雨漏りが激しく、その対応に右往左往しなければならないような経験を致しました。堺市の方々は、一部で一週間程も停電した地域があられたりして、大変なご苦労があられたと存じます。大阪市内でも屋根が全て飛ばされて、家の中が水浸しになっても、覆うことも出来ない家もあられたようです。しかし、断水したり、停電したりした時にご信者の中には、常に感じることが出来ない事を感じさせて頂ける瞬間もあられたようです。例えばローソクの火のまわりに家族が集まって、小さな灯りに照らされた家族の顔を見ながら、ささやかな食事をして、テレビもつかず、音楽も鳴らない静かな中で、互いの無事を喜びあって一日のことを話させて頂く。そんな瞬間にはいつも感じなかった事、「本当に必要な大切なものは何なのか?」という事を、感じさせて頂かれたとのことです。

★台風、大雨、地震などの天変地異は、地球上に生活させて頂いている以上、避けることが出来ないのが現実です。私達にさせて頂けることは、常日頃から神様に心を向けさせて頂き、実意丁寧に信心を進めさせて頂いて、常平生から準備と備えをさせて頂くことです。どのような事でも乗り越えさせて頂けるような、徳と力を頂いてゆくことです。先へ先へと神様からお知らせを頂いて、必要なことを間に合うように、準備もさせて頂けるような信心をさせて頂くことです。

★その為には、常平生からの私達の受け物作りが大切です。突発的に起こってきた出来事に対して、心も体も損なわないような備え、どのように受け止めて、出来てきたことの中に喜びを見出していくか、ということが大事です。「どうして私だけがこんな思いをしなければならないのか・・・」「いつも苦労ばかりさせられている。私は生まれついての不幸だ・・・」などと思っていては、おかげの受け物にひびが入っているのです。日々、おかげの受け物にひびが入っているところを探して、焼き継ぐ心で、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『ここへは信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日傭取りは出て来るわけにはゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。』

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2019年09月11日

●生き通しのおかげを頂く

9月10日は、上田喜久子氏の御命日でした。上田氏は、お母様のお導きによって20歳からお引き寄せ頂かれ、脚気の全快・体質改善のおかげを頂かれました。毎朝のみ教えが楽しみで参拝させて頂かれ、二代教会長先生、三代教会長先生のご教導を頂いて、頂いたみ教えは何としても守らせて頂きたいと願われるように信心が進んでいかれたのです。

★また、み教えを頂くずつに、神様へお礼の申し様も分からせて頂けるようになり、「お礼の働きをさせて頂きたい」という願いを、いつも持つようになられました。ある時、伊藤コウ師より、「お導きは自分でするものではなく、神様にさせて頂くのですよ。まずは、人に親切にさせて頂くことですよ」とみ教えを頂かれました。それからは、道を歩く時にも、電車に乗るときにでも、「お導きのご用にお使い頂けます様に」とお願いなさっておられますと、み教えを頂いてから2日ほど経ったある日、近所のご婦人に、「あなたはいつも朝からどこに行っているのですか?」と尋ねられました。「毎朝お教会へ参拝して、有難いお話を聞かせて頂いています」と答えますと、「私も連れて参って下さい」と仰いました。そうして、そのご婦人とご婦人の二人のお子さんをお導きすることが出来られたのです。それから、次々と有難いお導きがさせて頂けるようになられたのです。

★また、ある日の夕食の片づけの途中、あと5,6枚お皿を洗えば終わるという時に「干してある洗濯物を今取り込もう」と、ふと心に思わせて頂かれたそうです。4人のお子さんがおられましたし、雨の日が続いていた晴れ間だったので、たくさんの洗濯物を干しておられたのです。洗い物の手をすぐ止めて、洗濯物を取り込まれた直後に、激しい雨が降ってきたのでした。上田氏は、日常茶飯どんな些細なことでも、心中御祈念を欠かさず、その時にふと心に思わせて頂かれたことを、神様のみ教えと頂いて、即実行させて頂くことを実践なさったのでした。

★上田喜久子氏にお導き頂かれた方々は、御命日を忘れずにその御恩を忘れないように心に刻んでおられ、まさに生き通しのおかげを頂いておられることが、よく分からせて頂きます。秋季霊祭に向けまして、私共も夫々により一層ご信心を進めさせて頂きまして、霊様にご安心頂けるような子孫にならせて頂き、またお世話になった方々に対して、御恩に感じて御恩に報いてゆく生き方を貫かせて頂きましょう。★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは、死んでから後、人が拝んでくれるようになることである』
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2019年09月10日

●お守りを頂いている自覚

 三代教会長先生は、第二次大戦時に陸軍砲兵として、満州・中国・フィリピンの外地にも赴かれました。過酷な戦地に於いて、「部下全員が遺骨なしで帰国させて頂けますように」と願われ、中隊長としての任務を全うさせて頂くべく、尽力されたのです。日々、生命の危険を感じられることが度々あられたのですが、御神米を身につけてお伴し、常に心中御祈念を続けられ、三代教会長先生は九死に一生という体験を三度もなさって助けて頂かれ、部下に配属された100名の方々が一人も欠けることなく無事に帰還なさったのでした。

★三代教会長先生が戦地フィリピンから教会に帰ってこられたのは、奇しくも昭和17年の7月10日伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師の御母堂)の御命日でした。三代教会長先生がコウ師に「ただいま帰らせて頂きました。」とご挨拶される前に、「今日は御隠居様(ハル氏)の御命日ですね。」と仰せになられたのでした。ハル氏はお国替えになさる直前に、「私は霊神となった後も、教会の内外を付きに付いて守ります。」と言い残して下さったのでした。三代教会長先生は、「私の守護霊は伊藤ハル刀自です。」と仰るほど、お守りを受けられたことをよくよく自覚なさっておられ、霊神様に丁寧に御礼申しておられました。

★自分の命もそうですが、守りたいと思っている人の命も、守ろうと思っても決して自分一人の力では守れるものではありません。まして戦地という過酷な場所で、部下が一人の戦死者なしで帰国なさったという事は、どれほど三代教会長先生が神様・御霊様におすがりしきって、常に心中御祈念なさっておられたかということが分からせて頂きます。

★私達の命は、ご先祖の御霊様といつもつながっております。今日有り難い生活をさせて頂いておりますのは、御霊様の残して下さったお徳のおかげであることを忘れず、日々お守りを受けて、生活をさせて頂いていることに御礼を申させて頂きましょう。そして、日々御祈念させて頂き、神様・御霊様に心を向け、神様・御霊様のお心がわからせて頂き、喜んで頂ける信心に進ませて頂きましょう。

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2019年09月09日

●神様のお守りを受け続けて

昨日は、みかげ会例会にて、井上氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★昭和43年4月に、ご信心のある奥様と結婚なさり、ご神縁を頂かれました。井上氏は、昭和41年に現在の会社に入社されて以来、今日まで足かけ53年勤続のおかげを頂いておられます。社長職を経て、現在は会長として、信心を元にお仕事に励んでおられるのです。

★平成9年、三重県の工場でガス漏れによる火災が起きました。しかし、ガスが気化して工場内に充満する前の段階で、配電盤で引火したことにより、燃えたのは漏れたガスだけで、消火された後は、多少の焦げ跡が残っただけで怪我人もなく、工場の被害も最小限におかげを頂かれたのでした。40年以上勤めておられた社員の方が、「あんな大きな火災で燃えた跡も殆どないとは、人間の力の及ばない何かに守られているとしか思えません」と、実感を口にされたそうです。

★また、つい先月の3日の土曜日、会社は休みの日に、朝から来客の対応をなさって、井上氏は帰ろうとしておられた時に、休日出勤していた別の社員さんから、「塗装工場が火事のようです」と知らされたのでした。現場に行ってみられますと、機械の整備の為にたまたま出勤していた方が、休憩場所に移動する際に天井が燃えているのを見つけ、消防車を呼んだところだったのです。井上氏は、電話でお届けなさいましたので、火災の被害が最小限におかげを頂けるよう御祈念させて頂いておりました。

★消防車が到着するまでには30分ほどかかったそうですが、消防車2台、化学消防車1台、タンク車1台、救急車1台、消火指令車1台の、計6台も緊急車両が駆けつけて下さり、無事消火されたそうです。

鎮火後の確認で、電線の漏電による火災で天井裏から出火したことが分かり、可燃性の液体の入ったドラム缶まであと1メートル、工場の約半分の電力を供給する設備の約5メートル手前で、火が消し止められていたことが分かったのでした。危うく大事故になるところを、小難に大みかげを頂かれたのです。常平生から実意丁寧にご信心を進めておられるお徳によって、お守り頂いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『病気災難があったからというて、にわかに神に信心を始めるよりは、常平生から手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神から心配してやる。いかに大病じゃの九死じゃのという病難でも、絶頂をしのがして全快さしてやる。とかく信心は地を肥やせ』

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2019年09月08日

●和らぎ、喜ぶ心で、御礼を申しながら生活させて頂く

 現在、日本人の2人に1人が発症している癌は、正常な細胞の遺伝子の異常によって誕生し、無限に増殖を繰り返していきます。しかし、最近の研究では、癌細胞は「ある働きかけ」を免疫細胞に行い、攻撃をピタリとやめさせていることが分かったそうです。その「ある働きかけ」とは、それが「メッセージ物質」だそうです。さらに癌細胞が、「ある特殊なメッセージ物質」を駆使していることが、明らかになってきました。その名をエクソソームといいます。カプセル状の形をしていて、その中には様々な「メッセージ物質」が丸ごと詰め込まれています。「私に攻撃するのをやめて」という「メッセージ物質」を中に込め、免疫細胞へと送ります。その結果、免疫細胞はがん細胞を味方だと認識し、攻撃するのをやめてしまうというのです。こうした免疫細胞を欺くメカニズムがわかってきたことで、「メッセージ物質」を活かしたがん治療の研究が進んでいます。その一つが、癌が出すエクソソームに目印になるものをつけて、免疫細胞に敵だと認識させ、攻撃し、退治してしまい、転移を防ごうという方法です。二つ目が、筋肉が出す「メッセージ物質」に着目することで、私たち自身の体に潜む、「がん撃退パワー」を引き出そうという研究です。筋肉を動かして出る「メッセージ物質」にはうつの症状を改善したり、記憶力をアップさせたりする力があることが最新研究で明らかになってきています。筋肉を鍛えることは大切なことで、筋肉が出す「メッセージ物質」が、がん細胞をやっつける免疫細胞を活性化させる働きがある、ということです。

★何事も時節に任せて、神様にお任せするいうことは大変大切なことです。しかし、時節に任せることが出来ず、「自分に合わせてほしい。」「自分の思うようにしてほしい。」「自分のスピードに合わせてほしい。」「何もかも自分の思うようにしてほしい。」と相手に要求することは「我」です。それでは良いものは生まれてこないのです。毎日の生活を、和らぎ、喜ぶ心で御礼を申しながら落ち着いて、心に波風を立てないようにして、あれやこれやと心配や不安に思うことは神様にお預けして、今しなければならないことに打ち込んでさせて頂いておりますと、尊い働きが生まれるのです。毎日、笑顔で御礼を申して生活させて頂いているところに、免疫細胞も活発に働き、心身共に健康な状態を保たせて頂くことが出来るのですよ。

★『何事にも無理をするな。我を出すな。わが計らいを去って神任せにせよ。天地の心になっておかげを受けよ』

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2019年09月07日

●御礼の心を大きくすることは、言葉に尽くせないほど重要

私たちは、天地の親神様の御神徳に満ち満ちた世界で、天地のお恵みを享受させて頂き、様々な命を分けて頂いて、お命を繋いで頂いて生活させて頂いております。それは、いわば外から神様のお働きを受けていますが、身体の中では内なる神様がお働き下さっています。人間の身体には、60兆ほどの細胞があり、日々生まれ変わり、互いに隣接しながら、それぞれに連携し合いながら、見事に調和し合って、一つ一つ正しく働いてくれているのです。そして、一つ一つの細胞に免疫力を高めてくれたり、自然治癒力が働くように遺伝子が備わっています。

★人間の腸内にいる腸内細菌はおよそ1000種類、100兆個以上とも言われていますが、「クロストリジウム菌」という腸内細菌の仲間の重要性について先日NHKで紹介されていました。これまで免疫細胞と言えば、外敵を攻撃するのが役目と思われていましたが、新たに発見されたTレグ(制御性T細胞)は、その逆で、むしろ仲間の免疫細胞の過剰な攻撃(暴走)を抑える役割を持つことが突き止められました。クロストリジウム菌が発するメッセージ物質の働きによってTレグ(制御性T細胞)となった細胞は、攻撃役でなく、いわばブレーキ役が存在していたのです。このTレグの働きで、全身の各所で過剰に活性化し暴走している免疫細胞がなだめられ、アレルギーや自己免疫疾患が抑えられていることがわかってきました。クロストリジウム菌は、私たちの腸内の食物繊維をエサとして食べて増加し、腸に集結する免疫細胞を適切に抑える役割を担っているのです。

★私達は、古くから日本人が頂いてきた豆類や海藻類、木の実、キノコ類や根菜類に含まれている食物繊維を取ることにより、腸内環境を整え、アレルギーや自己免疫疾患などから守って頂いてきたことが分かります。日々の生活で日本人の体質に合った食生活をすることにより、身体を整え、病気から守り、健康を保っていくことが出来るのです。体の臓器がコミュニケーションを取りながら、実に複雑に相互に関連しあって、共に働き合って全体を生かしているのです。

★食事を頂く際にも拝んで頂くことにより、天地のお徳を身体に取り入れることができ、和らぎ喜ぶ心によって心も整ってゆくのですね。御礼の心を大きくすることが、自分の身体の働きを大きくし、能力を最大限に発揮することができ、人とのコミュニケーションはもちろんのこと、自分の身体の中のコミュニケーションも正しく取れ、すべて調和がとれるようになってゆくのです。御礼を申して生活をさせて頂くという事が、言葉や文字で言い表せないほど重要であるということが分からせて頂きますね。
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2019年09月06日

●「はい。有難うございます。させて頂きます。」

『誰でも不幸災難に遭って困り切っている時に助けてもらったのは、この恩、このおかげを一生忘れられるものかと言うが、日に日に授かっているおかげは、案外知らないでいる。神のおかげは、生きているから、死んだからではない。いつも受け通しである。』

★私達は様々な出来事を通して、日々信心が進ませて頂けることは真に有難いことです。昨日よりは今日、今日よりは明日というように、成長・向上させて頂き、神様の思し召し、み教えのご内容を少しは分からせて頂いたつもりでおりましても、その時の有難い感激、肝に銘じたはずのみ教えのご真意も、信心に油断が出来ますと、すぐに薄れてしまう危うさを、誰もが持っているものです。

★伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、70歳を過ぎられた頃に、娘さん3人を上座に据えて、下座から手をついて、「あなた達がそれぞれに命にかかわるような病気に次々とかかり、病弱で愚鈍で、また、心配せねばならぬような問題に次々と直面させてくれたおかげで、今日まで私の信心が続きました。今日では、どれほど御礼を申し上げても足らないほど、結構なおかげを頂いています。あなた達のおかげです。有難うございました」と、お礼を申されたということです。ハル刀自が、どんな時にも生神金光大神様のお取次を頂いて、神様の思し召し頂しとしてご修行なさり、信心の向上、子孫繁昌を願って、どれほどの覚悟を決めてご信心に取り組まれたのかということを、伺わせて頂くことが出来、有難く思わせて頂きます。

★お取次を頂くということは、自分の望んでいることを要求するようなお願いをするばかりではなく、日に日に頂いている生命、住居、家族、仕事など、目に見えるおかげ、見えないおかげを頂き続けている御礼を申し、御礼が足りず、ご無礼の多いことのお詫びを申し上げることが大切です。そして、神様の思し召しを素直に、「はい。有難うございます。させて頂きます。」と有難く頂ける信心に進ませて頂けるよう、お願いさせて頂くことが、願い成就のおかげを頂く一番の近道だと教えて頂いております。

★『真に有り難しと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

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2019年09月05日

●神様のお心に適う願いとは…

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長伊藤徳次師と二代教会長コウ師がお留守で、お広前にはコウ師のご母堂であるハル氏が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★ハル氏は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」とご教導なさったのです。★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。ハル氏は「喜んでさせて頂きましょう。3日間の日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★後に、コウ師は「私たちの教導が至らないために、ご布教がまだまだ行き届いていない時には、こんな間違えたお願いをする人がご近所におられました。これは、私たちの教導が至らない、そしてお導きが足りない結果です。もっと早くこのお道が伝わり、ご近所の方々が正しいお願いをされ、正しく信心をされて地域・社会が助かり、立ち行かれますように御用させて頂きたいと思わせて頂きます。そして、西は果て東は果て悩み苦しむ方が、このお広前に御引寄せ頂かれて、次々とおかげを蒙らせて頂ける教会にならせて頂けますように。」と仰せになり、願われたのです。その願いは布教当初から現在も変わらず、またこれからも変わることなく願い続けて参ります。
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2019年09月04日

●三惚れの心

『此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。』

★生神金光大神は、「此方がおかげの受けはじめである」と仰せられ、生神金光大神様だけが、特別な遠くかけ離れた存在ではなく、「誰でもおかげが受けられる。」とみ教え下さっています。それぞれに神様の御分霊を頂いてお命を授けて頂き、水、空気、食物等のお恵みを頂き続けて、生かして頂いております。一人一人が、神様から生命を授かっている尊い存在であることを自覚させて頂き、親神様の深い思し召しに心を向け、それぞれに与えて頂いているお役目を全うさせて頂けるように、一心にお縋りさせて頂くことによって、ご神徳を表わさせて頂くことができるのです。

★物事には両面があり、自分にとって都合の良い面と都合の悪い面があります。自分自身の心の持ち方が大切だということが分からせて頂きます。悪い面ばかりを見て、「こんなところに住むのは嫌だ。」「こんなつまらない仕事はない。」「こんな家族とは一緒に住めない。」と思いながら生活しておりますと、自分自身はもちろんのこと周囲も不幸せになり、助かってはゆきません。神様から授かった命にお礼を申し上げ、神様から授かった環境にお礼を申し、毎日の生活の中で人の助かりを願い、「相手の気持ちが分からせて頂けますように。」と御祈念して生活させて頂くことを実践させて頂いておりますと、行く所行く所で御神徳を表すことができ、周囲も自身も助かっていくのです。

教会では「三惚れ」ということを教えて頂いております。
1)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。
2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。
3)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。

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2019年09月03日

●病気を通して心を改める

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られて、そのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのです。その日までには、よほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。信心の初めには、「拝み信心」「不足信心」を教祖様から戒められたこともあられましたが、み教えを頂かれ、心を改めるよう信心の稽古をされたのです。そして小さな信心から広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★国枝三五郎師は『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびの入っていることに気がつかずに、水をくみこんで安心しているから、蓋をあければからっぽである。水をくみこむ心で、焼き接ぐ心になればよい。』とのみ教えも頂かれました。ここが自分の至らないところだと分からせて頂けることや、考え違い、間違いに気が付かせて頂くことがおかげです。ですから、国枝三五郎師は『今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』ともみ教えを頂いておられます。神様から、病気を通して今何を勉強すべきか、何を改まるべきかを教えて頂かれ、さらに一歩前進させて頂くおかげを蒙られたのですね。
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2019年09月02日

●今月今日、積徳のご信心を

 戦後少し経った頃、二代教会長先生があるお宅祭の席で、たまたま居合わせてお宅祭を拝まれた65才の方がありました。「先生、世の中はつまらんもんですな。正直者はバカを見る。その一人が私ですわ。戦争中にお上が出せと言うから、家にある金品や大事なものを全て国に差し出しました。そんなことをしたばっかりに、戦争が終わっても生活は苦しくてやっていけません。そして何より辛いのは戦争で二人の息子を亡くしたことです。わざわざ遠い神社まで参って武運長久を願っていたのに、息子達は戦死してしまった。私は以前いくつかの宗教について勉強したこともありますが、どれも腑に落ちないことばかりでした。」と怒りと不足に満ちて話されたのでした。

★二代教会長先生は、その方に「あなたにはまだ勉強することがありますよ。金光教という勉強が残っています。ぜひともお道に入れて頂いて、本当の信心をさせて頂いて、その暗い暗い苦しみに満ちた人生が、明るい喜びに満ちた人生に変わられることをお願いしております。見るもの・触るもの一切が有り難く変わって見えてきますよ。『自分の力で何でもできる!』という力みが、思い上がりだと分からせて頂けるようになります。本当にご信心されましたら、毎日が何と有り難いものかと、お礼申さずにはおれないようになりますよ。」と、教え諭されたのでした。

★他方、阿倍野教会に日参なさっておられたあるご信者は、やはり二人の息子さんを戦争で亡くされました。その後も毎日一生懸命にお参りをなさって、丁寧に御祈念を込めておられたのです。「息子達は、今は遠い離れた所に出張して、その出張先から親孝行をしてくれて、私達親を守ってくれておるのだと毎日思っております。」と仰ったのでした。息子さん達が霊ながらに安心し、お徳の高い霊となられるように御祈念を込めておられたのです。

★霊様の働きは、生き死にを通して永遠に続くものです。いつも、今日から、ここからの生き方を大切にさせて頂き、日参・聴教のお徳、お取次のお徳、御用のお徳をしっかりと頂くことを心がけさせて頂きますと、身にも心にも有り難いおかげを頂くことが出来るのです。

★『先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』

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2019年09月01日

●問題の中にこそ神様の深いご慈愛がある

教祖様の元にお参りなさっておられた荻原須喜というお方は、20才の頃に病気で2年間も寝込まれ、見かねた近所のお方に、お父様がお導き頂かれたのでした。

御祈祷を願われたお父様に、教祖様は、『私が拝んでやっても、そっちに信心がなくてはおかげが受けられぬ。信心しなさい。信心さえすれば、必ずおかげはある』と仰せになられたのでした。

★そこで、それまで通り、あらゆる神仏にお願いする信心を続けられたのでしたが、100日経っても回復の兆しが見えず、再度参拝されたときには、須喜さんのご主人を連れて参るよう言われ、参ってきたご主人の豊松さんに、「信心ができるか」とお尋ねになられました。

豊松さんは、日本国中のあらゆる神仏を拝んできたことをお話しになりますと、教祖様は、「それは、あまりの信心である。」と仰せになり、家族で相談して、おすがりするところを「この神様」と決めて、一心に信心するよう、み教え下さったのでした。

更に、まだ一度もお会いになったことのない須喜さんが、日頃不足ばかり言っていたことを、「ああも言ったであろう」「こうも言ったであろう」と、何十となく言い表され、不足心とわがままから病気になっていることと、不足心を取り除くように教えて下さったのでした。

★豊松さんは、大変感激なさり、家族で相談の上、金光様に一心におすがりしてご信心させて頂くことに、心を定められたのでした。そこから、須喜さんはみるみる回復のおかげを頂かれ、家内中そろって信心が出来るようになられたのでした。

★天地の親神様は、命を与えて下さり、育んで下さり、お引き取りも下さいます。必要な時には、病気さえも与えて下さって、心の成長、信心の成長を願ってくださいます。そうして、年々に、心も体も健康に、子孫繁昌、家繁昌の真のおかげを頂いてくれよと願って下さっておられるのです。

そのような、深い神様のご慈愛を分からせて頂き、目の前の出来事に、お礼の心で、ご信心を元に取り組ませて頂けば、病気平癒、問題解決のおかげも、自然と頂けるようになるのです。

★『今まで長く痛くてつらかったことと、今おかげを受けてありがたいことと、その二つを忘れなよ。その二つを忘れさえせねば、その方の病気は二度と起こらぬぞ。これから、人が痛いと言うて来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたい時のことを思い出して、神に頼んでやれ。

われはもう治ったから人のことは知らんというような心を出すと、またこの病気が起こるぞ。今の心で、おかげを受けていけば、病気が起こらぬばかりじゃない。子孫の末までおかげを受けられるぞ。』

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2019年08月31日

●病治しの神ではない、心を治す神である

 甘木教会のあるご信者が、脊椎カリエスを患われ、神様にお願いさせて頂いて、大学病院に一か月入院され治療を受けられたのですが、思うように効果が現れませんでした。そこで退院され、そのことを甘木教会の初代教会長・安武松太郎先生にお届けされますと、「それでは入院したつもりで信心の稽古をさせて頂いたらどうですか?」とみ教えを下さいました。

★それから、そのご信者は毎日教会に参拝され、み教えを頂かれますと、涙が流れるほどみ教えが有難く感じられるようになられたのでした。しかし家に帰ると、家族の事、お商売の事など、見ること聞くことに腹が立つのでした。そして、また教会に参拝されると有難い気持ちになるのですが、また家に帰られるとまた腹が立つ、という繰り返しであられたのです。毎日、苦しい気持ちの繰り返しの日々がたまらなくなり、そのことをお届けされますと、安武松太郎先生は「ここは教会だから、神様の教えをお話してきかせ、信心の稽古をするところで、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせて頂きなさい。」さらに「この神様は、病治しの神様ではない。心を直す神様であるから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした以上、神様にお任せ、お預けして、自分は病気のことを忘れて、ひたすらに信心の稽古をさせて頂きなさい。」とみ教え下されたのでした。

★人間ですから、先が見えませんから、心配や不安な気持ちが押し寄せてくることがあります。しかし、ご信心させて頂いておりますと、見ること聞くこと全てを、神様にお願いしてお預けさせて頂くことが出来るのです。そして、その心配や不安な心を神様にお預けし、お願いさせて頂きました後は、その事を忘れて現在自分がしなければならないことに打ち込んでさせて頂くのです。そのように心掛けておりますと、夫婦や親子の間でも「有難うございます。」と御礼を申すことが出来、心も次第に穏やかになり、結構なご庇礼が頂けるのです。

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2019年08月30日

●無理は、めげる(壊れる)もと

先日あるご夫婦が、お礼届けに来られ、「娘がみ教えを頂いて、あの時に無理をせぬように致しましたので、今日おかげを頂きまして、幸せに暮らしております。」と申されました。

★娘さんがご結婚され、子宝を授かられた時期に、娘婿さんの親しい友人から、「土地を買って立派な家を建てる算段をしているから、君も同じように銀行から借りて建てたらどうか?」と誘いの声がかかったのです。娘婿さんは、これはいい話であると思われたのですが、娘さんはあまりにも金額が高いので、ご両親に相談されました。ご両親は「あなた達の家族にとれば、その話は分不相応で、あまりにも無理があるのではないか。とうてい賛成は出来ない。」と反対されたのです。

★そこで、娘さんはご両親と参拝され、お届けされますと、お結界で「そのお話は、あまりにも無理がありますから、やめておきなさい。この際は、ご両親の仰ることを理解しなさい。」とみ教えを頂かれたのでした。娘さんは娘婿さんの話に賛同されていましたが、娘さん自身も授かった子供さんを育てるため、働くこともできない状況の中、多額の借金をすることは、自分たちにとってやはり無理があるだろう、と気付かせて頂けたのでした。娘さんは、娘婿さんを説得しようとするのですが、娘婿さんは、無理をしてでも買いたいと、なかなか考えが変わることはなかったのです。一旦、土地と家の購入は取り止めになりましたが、娘婿さんは気が収まらず、「嫁も両親も教会の先生も反対ばかりする」と腹を立てておられました。娘婿さん夫婦は、その後、自分たちに分相応な物件を探すことが出来られまして、閑静な場所に一戸建の新築住宅を購入させて頂かれたのです。その際には、娘さんがお届けに来られお伺いされ、またご両親にも喜んで頂ける家に住ませて頂けることになられたのでした。娘婿さんは、家購入時には、地鎮祭や上棟奉告祭を仕えさせて頂くことができられ、現在結構に有難い生活を送っておられます。

★娘婿さんの友人はといいますと、その話を進めた結果、借金をされ土地を購入し、家を建てるために、自分たちが借金したお金では足りませんから、お嫁さんのご両親にもお金を借りる予定でした。しかし、ご両親は貸さないと言われ、なんと土地は売ることになり、結局手元に残ったのは、借金だけが残ってしまったのでした。

★娘婿さんは、後にその話を聞かれ、大変驚かれ、確証もなしに話を進めてはいけない、無理をしてはいけないということが分かられ、あの時止めて頂いて良かった、と思うことができられたのでした。

★無理を通せば道理が引っ込むと言うように、周りの意見に聞く耳を持たず、「自分ならできる」と思って、自分中心の考えで押し通すという事は、極めて危険なことですね。み教えを頂く有難さが分からせて頂けます。

★『何事によらず、無理を言うたり、したり、してはならぬぞ。無理が一番悪い。めげるもとじゃ。自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』『人間が利口過ぎると、せっかくこうむっておるおかげを取りはずすことがあってどうならぬ。つまり、知恵が走り過ぎて、神様の上を行くからであろうぞ。』
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2019年08月29日

●目には見えぬ大きなお働きの中に

 教祖様は、ご生前中から金光大神祭り日(まつりび)として、10月10日に御祭典をお仕えになっておられました。生神金光大神様がお仕えになられる金光大神祭りとは、お取次によって人が救い助けられる生神金光大神様のお働きに対して、お礼を申し上げるというご意味であられ、その10月10日に、神上がられたのでした。

★教祖様はご生前中に、福嶋儀兵衛先生に対して『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。 形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせて下さる。』と仰せられました。福嶋先生が「それはいつのことですか」とお伺いされますと、「此方はどこへも知らせないが、真ある者には神様がお知らせになろう。凧の糸を引くようにな」と仰せられたということです。その仰せの通り、教祖様の直信の信者の中でも、とりわけお徳の高い先生方が、神様から教祖様お国替えのお知らせを頂かれて、御霊地に参拝なさってこられたということです。遠方であってもまさに時間も空間も超えて、神様のお徳が現れたのでした。

★我々の目に見える世界というのは、全体のほんの一部分であり、目に見えない世界の大きな働きに支えられているのです。その中に私達信奉者一同は、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のご神徳を蒙らせて頂けることは真に有難いことです。今月今日、銘々が置いて頂いている立場で、ご信心を進めさせて頂くことによって、時間も空間も超えて助かるおかげを頂けるということは、どれほど有り難いことでありましょうか。生涯かけてご修行させて頂き、お国替えの後は、行きたいところに行って助けたい人を助けることが出来るような、霊神としてのお徳を頂いて、死んだ後も生き通しの働きがさせて頂けることを願いに持ち、日々信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『生きても死にても天と地は我が住家と思えよ。天にまかせよ。地にすがれよ』『神徳を受けよ 人徳を得よ。生きたくば 神徳を積みて 長生きをせよ。』

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2019年08月28日

●今からが本当に改まった信心に進ませて頂く時

今、就職活動を行っておられるお方が、「どうぞ試験に合格させていただけますように…」とお願いなさっておられます。

★その方にお話しさせて頂いたことですが、[合格させて頂くまでは、「何としてでも朝早くからお参りさせて頂いて、おかげを頂こう!」と励んでおられることでしょう。神様に「今日、就職活動をさせて頂けるまでに成長させて頂いて有難うございます。ここからどうぞお役に立たせて頂ける、世の中でしっかりと御礼の働きがさせて頂ける人間にならせて頂けますように。私が一番お役に立たせて頂ける場所を与えて頂けますように。」「何月何日に試験を受けさせて頂きます。どうぞ合格出来ますように…。」と、改まってお願いさせて頂いておりますが、本当に改まった信心に進ませて頂くのは、ここからが大切なのです。合格させて頂いたら、「やっと合格することが出来た。勤務先が決まった。有難い…」とお礼を申し上げますが、その後は熱心さが薄れてしまうのでは、申し訳ないことです。「ここから本当に御信心をしっかりとさせて頂きますから、よろしくお願い致します。合格させて頂きました暁には、本当に御信心を基にして、本当の世の中のお役に立つ人間に成長させて頂きたいと思います。朝参りも続けて改まった御信心を進めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します。」というような、心にならせて頂かねばなりませんよ。合格させて頂いたら、「ああ良かった、良かった。」と安心して、お参りも止まってしまっては、神様がお嘆きになられます。神様が「良くそこまで気が付くようになったなあ。有難い姿に成長してくれている。一層にお役に立ってくれよ。」とお喜び下さるような信心をさせて頂きましょう。そうしておりましたら、就職先でもお役に立つ働きが出来、信用して頂いて仕事も任せて頂けるのです。]とお話しさせて頂いたことでした。

★三代教会長先生は、[不確かなことは口から出さない方がよろしい。分からなければ「今はわかりません。すぐに調べます。」と言い、すぐに調べたら良いのです。]と仰いました。いい加減なことを口にして不確かなことばかり答えておりますと、自分の信用を落としてしまうのです。「この人なら心配ない、大丈夫だ。」と思ってもらえる仕事ぶりになってゆくのは、小さなことの積み重ねなのです。その小さなことの積み重ねが、信用を頂けるのです。神様に対しても同じことで、小さなことの積み重ねが、大きな御神徳を蒙らせて頂ける事に繋がるのです。
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2019年08月27日

●日々が奇跡の連続

 25日の学生講演会に出場なさった高校生のご信者は、中学2年生の6月に突然、身体に様々な症状が出てきたのです。朝目が覚めると天井がグルグルと回り、苦しくて起き上がれない状態で、頭痛が続き、目を開けることも出来ないのです。この苦しさ、辛さから逃げ出したい一心で、処方された薬を服用していますと、今度は胃の中が荒れてしまい、激しい腹痛に襲われたのでした。すぐに総合病院へ入院し、検査して頂きますと、有難いことに腹痛は治まり、翌日退院することができられました。しかし、毎朝のめまいや立ちくらみ、頭痛の症状は一向に治まらず、週3日程も学校を休まなければならない日が1年半も続いたのです。

★ご信者は、これまで中学校生活では、勉強やクラブや生徒会活動にと、大変有意義な生活を送らせて頂かれ、喜んで通学なさっていました。ですから、「学校で勉強がしたい!友人と話がしたい!クラブをしたい!」という気持ちが強く、身体が思うように動かない、回復しないことに、不安や焦りが大きくなっていったのです。症状が1年以上たった中学3年生の時に、医師より起立性調節障害と診断されました。この病気は、自立神経失調症の一つで、立ち上がった時に血圧が低下したり、心拍数が上がり過ぎたり、調節に時間がかかるそうです。あくまでも身体の病気であり、本人が頑張ればどうにかなるという事ではないという病気です。

★高校受験については、第1志望とする高校をあきらめなければならないのかと不安でしたが、教会長先生にお届けされますと「体調のことや欠席日数のことは心配しなくてもいですよ。希望する高校を変えずに受験まで一心にお願いしましょう。」とみ教えを頂かれ、日々神様にお願いしながら、受験勉強に取り組んでおられました。家族・親戚中のお祈りを頂かれ、無事に合格のおかげを頂き、高校へ入学してからは毎日元気で通学され、信心勉強御用に励んでおられます。合格の際に、教会長先生より、「約1年半、大変辛かったと思いますが、中学生の時に症状が出たのがおかげですよ。高校や社会人になってからだと、もっと大変だったところを、神様が早めにあなたの体質に気付かせて下さったのです。これからも油断せず、神様にお願いして体質改善のおかげを頂きましょう。」とみ教え下さいました。

★ご信者は、この病気を通して、朝布団から起き上がれること、自転車に乗って登校できること、授業を受けて試験に臨めること、体育で身体を動かせること、美味しくお食事を頂き、夜眠れること…日々普通に生活させて頂けることが、当たり前ではなかったことに気付かれ、奇跡の連続であることを痛感されたのです。また、同じ病気で悩んでいる友人の心に寄り添い、助かりを願い、自分にできることをさせて頂きたいと願っておられるのです。そうして、「目に見えないおかげ」に気付き、一つ一つに御礼が申せるようになられ、有難い経験をさせて頂けたと御礼が申せることは、どれほど神様がお喜び下さっていることでしょう。私達も与えて頂いている出来事をおかげにさせて頂けるように、神様におすがりしながら取り組ませて頂きましょう。

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2019年08月26日

●受けたおかげはどこまでも忘れることなく

昨日は、お昼の2時から学生講演会が開催され、中学生・高校生・大学生の6人の学生さんが出場され、幼少の頃からご信心を頂いてこられた有り難いお話をして下さいました。随分暑さも和らぎ、お湿りもなく、大変お参りさせて頂きやすい天候のお繰り合わせも頂きまして、誠に有り難いことでございました。

★二代教会長・伊藤コウ師は、13才の折に肋膜炎と腹膜炎を併発なさり、高熱が出て骨と皮だけに痩せてしまわれ、医師も匙を投げる程の重症になられたのでした。

ハル氏(コウ師のご母堂)は、神様に「これまで親としての育て方が間違っておりました。神様の大切な氏子を預からせて頂いておりながら、大きくなれば家の為に、ああも育ってほしい、こうもしてほしいと、勝手なことを考えておりました。成長後も決して伊藤の家の為には使いません。只々神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、今一度、神様のおかげによりまして生き永らえさせて頂きます様に」と、神様にお詫びを申され、お願いなさいました。

その時の誓いを守らせて頂かれ、ハル氏は、コウ師の命を助けて頂いてからはお礼の信心を一層厚くなさり、ご恩返しの働きをさせて頂くことを、生涯心掛けて大切になさったのでした。

★コウ師は、ハル氏の御礼の信心をしっかりと受け継がれ、全寮制の師範学校に通っておられた頃も、週末は教会にお礼参りを必ずなさり、それから家に寄って、縫物などの家の用事を寮に持ち帰らせて頂くということを、ずっと続けられたということです。

★お世話になりましたら、お礼はすぐに、真心をもってさせて頂く。また、一度お礼を言ったら良いというのではなく、受けたご恩はどこまでも忘れず、お礼の働きを生涯続けさせて頂くことによって、めぐりをお取り払い頂き、神様にご安心頂ける信心へと進ませて頂き、周囲の人のお手本となるような有り難い姿にならせて頂くことが出来るのです。

★『神様が金光大神に教えてくださり、話して聞かせよと言ってくださるから、話してあげる。それを聞いて、子供にでも他人にでも話して聞かせてあげよ。めいめいにそれを心得、天地の神様はありがたいとわかって信心する人が一人でもできれば、神様がお喜びになる。そうなれば、あなた方も神様のご用に立つこととなる。』

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2019年08月25日

●御礼に働かせて頂く

 あるお方は、以前は仕事をさせて頂く上で、まともに働かない人を見ては、腹が立って腹が立って仕方がなかったそうです。そして、「あの人はまともに働かない。ただ時間が過ぎるのを待っているだけだ。私は最大限努力しているのに、なぜあの人と同じ給料なのか!」と思っていたということです。そして、サボっている人に「あんた何をサボってばかりしてるんや!」と、何かあれば、きっかけを捕まえては口喧嘩をしたくなる性分であったそうです。ところが、日々参拝してみ教えを頂くようになられてからは、「本当にかわいそうなことだなあ。私は毎日み教えを頂いて、元気に有難く働かせて頂ける。健康な状態を保たせて頂いて有難いことだなあ。また結構な環境を整えて頂き、信心友達と信心に基づいた良いお付き合いをさせて頂き、次々と良い人を与えて頂いている。また住まいさせて下さっている大家さんとも仲良くさせて頂き、日当たりの良い、風通しの良い有難い部屋に住まわして頂いていることは、なんと有難いことかなあ。考えてみれば、何もかも有難いことばかりで、その御礼に働かせて頂こう!」と思えるようになられたのです。

★そのお方は良く仕事が出来られるので、人よりも難しい仕事が回ってくるため、いつも人よりも労働時間が長くなるそうです。ですから、以前でしたら「なぜ私ばかり仕事が回ってくるのか。なぜ私ばかりこんな扱いを受けなければならないのか…!」と、仕事の内容を見ても腹が立ち、人を見ても腹が立って、何もかもが腹の立つ原因になったのでした。そして、そのストレスを飲食で発散し、暴飲暴食していたのですが、体にも経済的にも負担が掛かり、働いても働いても楽にならず、体も疲れさせていたのです。

★しかし、み教えを聴かせて頂いておりましたら、自分の心が間違っており、そのことで体を疲れさせていたことに気付かれたのです。そして、「以前より機嫌良く、また気分良く働かせて頂くことが出来るようになりました。今は働かせて頂けるのが有難く、周囲の方々に対しても有難く御礼が申せるようになりました。毎日、神様に結構な環境を与えて頂き、結構な生活をさせて頂いている御礼を申しております。これが私にとっては大変有難いおかげで、以前とは全く違う人生を歩ませて頂いております。」と御礼を申されたのでした。

★み教えを聴かせて頂いたことにより、心も豊かになり、また健康な体に作り変えて頂くおかげを頂かれたのです。出来てきた事は、神様がさせなさる御修行だと思って、有難く喜んで御礼を申しておりますと、次々と良い環境を整えて下さるのです。

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2019年08月24日

●神様のお守りを頂き、人のお世話になって…

あるご信者は、先日10時間半にも及ぶ手術を受けられました。手術を受けられたご信者、また御家族も一心におすがりされ、無事に手術成功のおかげを頂かれたのです。手術の時には、医師の方々もチームを組んで下さって一所懸命に手術をして下さいます。

★医師であるご信者から以前に聞かせて頂いたことですが、執刀なさる医師の方々も手術中はトイレを行かなくてもよいように、手が震えないように薬を飲んで臨まれるということです。そして、医師であるご信者は常に「人間は完全無欠ではありませんから、足りないところを足して頂いて、手術が無事に成功させて頂けますように。」とお願いしながら手術をしておられるのです。そのようにして、ご自身の責任を全うすべく、ご自分の命を削って人を助けておられるのですね。

★手術を受けるにも、すべてにご都合お繰り合わせを頂かねば受けることはできません。まず、患者さんが手術を受けることができる身体の状態であり、また環境が整っている中で、それぞれ専門の医師がチームを組んで、心を揃えて準備をして下さって手術をして下さり、患者さんに合う薬を投与して下さるというように、すべてが整うことで、手術が無事に成功させて頂くことができるのです。そこには、人間の力だけでは到底出来ることではなく、神様のお働きがなければ成り立ってゆきません。ご信心させて頂いている私達は、もし手術を受ける立場になれば、医師のことを願い、また病院の患者さんすべての助かりを祈らせて頂くことが、神様のお心に適うことなのです。日々神様のお働きを感じさせて頂き、人のお世話になって生活させて頂いている、という事を自覚させて頂いて、しっかりとお礼を申しながら生活させて頂きましょう。

★『まめな人は、わが身はわが自由であると言うておる人もあるが、わが身がわが自由にならんことがある。夜寝た時、覚えず知らず息を誰がさして下さるか。子供を一人寝さしておくのに、さしつかえはない。これ、わが体は天地の親神のお守り下さるので自由に働きができるのである。真にありがたしと思わねばならんなぁ。(中略)とにかく、まめな時くり合わして参詣してご神徳をいただいておき、病苦災難の時には、天地金乃神、金光大神様の手続きをもって願い、直々に聞いてもらうようになければ、信心は間に合わん。どこでも一心に頼みなさい。神様は直におかげをくださるのである。』
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2019年08月23日

●油断せず行き届いた準備を・・・

 先日、80歳を越えられた方がお届けに来られ、「医者から食生活を改めるよう指導を受けました。腎臓の機能を悪くしておりますから、低塩分の食事をするようにして、塩分が過ぎないように気を付けるよう言われました。私は、つくだ煮や漬物などの塩辛い物や、パンと麺類が好きで、なかなかそれがやめられません…。」とお届けされました。

★そこで「パンや、うどんやお蕎麦などの麺類には意外なほど塩分が入っていることをご存じでしょうか?何しろ口にして美味しいと感じるものは塩分が高いのです。美味しいものがお好きなら、気を付けていかねばなりませんね。今から食生活や、生活習慣を改善してゆくことは、辛抱も要りますし、それを御修行にさせて頂かなければ、簡単には出来ませんね。パンや麺類は手軽で食事も早く済みますし、後片付けも簡単かもしれませんが、塩分が必然的に高くなることに繋がりますから、ごはん食に変えて、おかずも極力醤油などの調味料は少なくし、お酢や香辛料で慣れていくようにしてはどうですか?」とお話しさせて頂いたことでした。

★それから数ヶ月後、そのお方がお参りされお届けに来られた際、「その後いかがですか?」とお尋ねさせて頂きました。するとその方は、「先生、それが数値が随分良くなって、お医者さんからも誉めて頂きました。このままいけば、人工透析をしなければならないようになりますよと言われていましたが、そういうことにならずに済まして頂く結果が出ました。これからもしっかりと改まって御修行させて頂きたいと思います。」とお礼を申されました。

★夏の終わりになるとツヅレサセコオロギが鳴き出します。伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、〔このこおろぎは「綴れさせ、寒越させ。」つづくりをしなさい、寒い冬がきますから、油断をせずに今のうちに準備しなさい、と鳴いているのですよ。〕と教えて下さいました。神様から「先々こういうことが起こってきますよ。」と事前にお知らせを頂いているのに、自身の我が出てしまって、なかなか辛抱できずに改まることが出来ないことがあります。また、毎日の忙しさに捉われて、周囲をきっちりと見回して把握することが出来ない状況になってしまっているかもしれません。或いは、良い状態がこの先も続いてゆくだろう、と油断してしまうことがあります。自分自身のおごりをお取り払い頂き、改まったご信心をさせて頂くことが必要です。そして何事も準備が大切であり、準備を行き届いてさせて頂いておりましたら、先々のことを心配することなく、より一層に有難いおかげを頂いてゆく事が出来るのです。

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2019年08月22日

●神様・霊様が氏子の願いを引き受けて下さるような信心

『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ。』

★私達は、生みの親、育ての親から祈って頂き、お世話になって、今日生活をさせて頂くことが出来るわけですが、とりわけ、生命の親様である天地の親神様のご慈愛の深さは、到底計り知れるものではありません。神様からご分霊を頂き、お体を頂き、一人一人に有り難い思し召しを頂いて、日々結構なお恵みの中に生かされております。ですから、神様はどんな時にでも、氏子の助かり、立ち行き、信心の成長を願って下さり、良い方向に導いてやろうと、思し召し下さっておられるのです。

★昨日も経営者であるご信者に「あなたは社長ですが、常に神様が社長だと思いましょう。自分は番頭だと思い、すべてを神様にご報告を申し上げ、お伺いをし、お願いをさせて頂きましょう。そのような覚悟をもってさせて頂けば、有難いことに神様が何もかも整えて下さいます。一人の力で出来ることは、知れています。「借金を返済させて頂けます様に。分相応の生活になります様に。無借金経営を目指して努力出来ます様に。」とお願いしておられますことは、真に有難いことです。自分の力ですると思わず、神様に足りないところを足して頂けるように、しっかりと朝に晩にお参りしてお届けし、お願いしながらさせて頂きましょう。」とお話をさせて頂いたことでした。

★「私のようなものはダメだ。」「こんな私ではおかげは頂けないだろう…」「私のような人間は信心をしていても助かりません。」というように、勝手に自分を見限り、不成の心で結論を出すのでは、神様が悲しまれ、お嘆きになることであり、神様により一層のご心配をおかけすることになってしまうのです。心から神様にお詫びをしてゆけば、全てを許して下さり、立ち行く道を授けて下さいます。目の前に与えて頂いていることが、たとえ自分の実力以上の事のように思えても、決して諦めず「どうぞ足りないところを足して頂き、何が何でもさせて頂けますように」と、お願いさせて頂きましょう。そして、努力と工夫を一生懸命にさせて頂くのです。そのような心で信心をさせて頂くところにお徳を頂くことが出来、実力が身に付いて、有難いことに、神様も霊様も氏子の願うことなら聞き届けてやろうと思うて下さり、足りないところは足して下さるのです。
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2019年08月21日

●油断のない信心

 19日には、教徒会例会で奥野氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。奥野氏も奥様も共に幼い頃からご信心を頂いておられ、昭和50年、奥野氏は結婚を機に奥様の実家である奥野家に入られ、奥野家の家業を手伝うようになられました。野菜を取り扱う卸売りの仲買人のお仕事で、義父様に一から商売を教えて頂かれたのでした。野菜の競りに行くためには、仕事の時間がサラリーマンの時よりも随分と早くなったのでしたが、朝参りの習慣がついておられたおかげで、早起きも苦になることはあられなかったということです。

★2年半経った頃、義父様が、競りの最中に意識を失われ、その数日後にお国替えになるということが起きました。二代教会長・伊藤コウ師より、「これからは、全ての問題をなお一層神様にお願いし、お任せする覚悟が必要ですよ。」とみ教え頂かれたことにより、心が定まられ、日参聴教を続けられたのでした。有り難いことに、義父様お国替えの3カ月前に、トマトを競りで買うよう言って頂かれ、そこから、扱わせて頂く品も少しずつ増えていき、商売を教えて頂いておられたのです。

★昭和53年10月、御神殿を新調させて頂かれ、お宅祭をお仕え頂いた時には、「これからは神様を奥野家の主人として、日参・聴教、何事にも実意丁寧正直親切を持っておかげを頂き、毎月3年間、お礼のお宅祭を続けさせて頂きましょう。赤字の無い経営、たらいの信心のみ教え通り、お世話になっている人々の支払いを先にし、自分たちのことは後にして、無給でもよいという覚悟で働かせて頂きましょう。」と、有り難いみ教えを頂かれ、お店の発展、社員の無事、得意先の発展を願って、ご家族心を揃えて、ご信心を元に商売に励まれたのでした。

★平成6年8月16日にお母様がお国替になられ、三十日祭を機にお父様、奥野家のご先祖様を合祀して頂かれ、更に平成9年3月には、ご実家の霊様も合祀して頂かれました。毎月のお礼のお宅祭は、今日まで40年余り続いておられ、ご家族の健康の上にも、お仕事の上にも万事におかげを頂いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』

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2019年08月20日

●相手のことを真心でもって祈らせて頂く

先日、あるお方がお届けに来られ、「会社の社員で、言っても言ってもわからない人がおります。あのような人間とは、出来る限り関わらないようにしたいと思います。」とお届けされました。そこで[それではあなた自身も助かりません。あなた自身がおかげを頂こうと思えば、「どうぞ、相手の方が立ち行かれます様に、助かります様に。」とあなたがお願いさせて頂いた方がよろしいですよ。]とお話しさせて頂きました。するとその方は、「その人のことを考えただけでも嫌なのです。あの人の名前を口に出すだけでも、顔を想像するのも気が腐りそうです。」と言われたのです。

★そこで[その思いがあなた自身の徳を落としてしまうのです。そのままでは、自分の心を日々刺々しくしてしまうばかりでなく、あなた自身が助からない因を作ってしまいますよ。「あの人が気に食わない!あの人のことなど考えたくない!」等と思わずに、考えを180度変えるのです。「今はこんなことしか考えられない私ですが、あの人はかわいそうな人ですから、立ち行かれますように、助かられますように。」とお願いさせて頂くのです。そこに神心が働き、その瞬間からおかげが頂けるのですよ。どのように舵取りをしてゆくのかは、自分自身の心の問題なのです。我執をお取り払い頂けるか、そうでないかによって、おかげを頂けるか、どうかが決まりますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★自分の言うことは、聞いてくれない、また屁理屈ばかり言う人に対しても、こちらが真心でもって祈らせて頂くところに、結構なおかげが頂ける道が開けてくるのです。「相手が出来ていない。相手が足らない。」のではなく、自分自身の真心が足らないのです。自分自身に余裕がないと、相手のことを考えさせて頂くことは出来ませんね。そこを神様にお願いしておすがりしておりますと、正しい判断が出来、お徳を頂いていく受け物が出来てくるのです。
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2019年08月19日

●正しい願いを代を重ねて願い続ける

 昨日は、8月の御本部御礼参拝を共々におかげを蒙らせて頂きました。8月は、子供会列車を編成させて頂き、有り難い子孫の信心相続の機会を与えて頂きました。

★元治元年(1864)教祖様が、天地金乃神様をお祀りするお社を建てるよう、直々の御神伝によりお頼みを受けられたことがあられます。しかし、教祖様のご自宅に神様をお祀りしておられた初めのお広前から、天地金乃神様のお社としてのお広前のご建築が成就したのは、教祖様、二代金光様がお国替えになられ、三代金光様が御神勤下さっておられた大正9年(1920)で、教祖様が御神伝をお受けになってから実に半世紀以上後の事だったのです。

★その間には、時の政府が神様をお祀りすることを禁じ、「神前撤去」を余儀なくされるということもありましたが、教祖様は、その時にもお上に一切逆らわれませんでした。どんな時にも和らぎ喜ぶ心で全てを受け切ってゆかれ、人を責めたり、時代を恨んだりすることなく、時節を待たれたのです。しかし、ただ待たれただけではなく、誰よりも強い願いを生死を通して持ち続けられたことによって、時代を超えて大願成就のおかげを頂くこととなられたのでした。

★お願いをさせて頂く時にでも、常に、今日生命を頂いているおかげ、住む場所、仕事、家族等々、あらゆるおかげを頂いているお礼を忘れてはなりません。有り難さを忘れてしまいますと、心が険しくなり、自分の考えばかりが正しいように感じてしまい、間違いがあっても、改まることが出来ません。また、人を責めたり、状況を恨んだりしてしまい、自分も徳を失ってしまいます。正しいお礼、正しいお詫びから、正しいお願いは生まれ、正しいお願いは、代を重ねて願い続けてゆけば時節を頂いて必ず成就させて頂きます。どんな時にもお取次を頂いて、正しいお礼、正しいお詫び、正しいお願いをさせて頂くことが、繁盛の道なのです。

★『理屈があっても、みなまで言うな。理屈とくさびは八分詰め。詰める紙袋は裂ける。あいよかけよで世は治まるのである。』

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2019年08月17日

●神様が楽しみ喜ばれるような姿に

『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり。子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも身体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。』

★婦人は神様から有難いお役目を頂いています。そのお役目を自覚し、喜んで真心を込めて努めさせて頂くことが、神様のお喜びお楽しみであると仰せであります。そうして、家庭内の健康と真心を作ってゆくことが大切なのです。しかし、「しんどいことから逃げ出したい」「多くのことを抱えてゆくというような大層なことは出来ない」「あれも出来ない、これも出来ない」…と思えば有難いものは育ってゆきません。しんどいこと、辛いこと、苦しいことを引き受けて、「おかげ頂こう!」という気にならせて頂けば、それが有難い御修行となって結構になってゆくのです。炊事や洗濯や子供の養育等の家業を、行として喜んでさせて頂き、神様が楽しみ喜ばれるような姿になるように心掛けて、させて頂くのが家老の働きなのです。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず・・・他の人や家庭と比べない。
2)飲食を節する・・・節制を心掛け、与えて頂いている物を有難く頂く。
3)苦難の時に恨みごとを言わない・・・難儀なことが起きてきた時に、人を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない・・・喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する・・・神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂けます。

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2019年08月16日

●心配する心で心配りをする

『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ』

★人間ですから、先々のことを不安に思ったり、心配に捉われてしまうことがあり、尽きることはありません。しかし、先々のことは神様にしか分かりません。まず昨日の御礼を申し上げ、今日一日を有難い心で神様に一心におすがりさせて頂き、精一杯努めさせて頂いて、明日を楽しみに暮らしましたら、必ず神様が一番良いようにして下さることが、よく分からせて頂きます。人間ですから心配することはありますが、心配にとらわれてしまい、身動きが出来ないようになりますと、難儀を生んでしまうのです。

★『心配する心で信心をせよ。』と教えて頂いております。心配をしてあれこれ気を病むのではなく、心配は神様にお預けして、おすがりさせて頂くのです。すると「今のうちに何が出来るだろうか、これをしておこう!」と先へ先へ心配りがさせて頂けるようになり、間に合うように準備がさせて頂けるのです。

★試験でも、合格させて頂ける為の準備や努力をせずに、「合格しますように。」とお願いだけしていても、結果は伴いませんね。御用でもお参りでも同じことですが、物事に精一杯取り組ませて頂く姿勢が大切です。最初から「出来ません。」と言うのは、準備や努力ができていない姿です。ご都合お繰り合わせをつけて頂けるように、神様に「どうぞご都合お繰り合わせを頂いて御用にお使い頂けますように。参拝ができますように。」とお願いさせて頂くことが心配りであり、神様に通じる姿勢です。何事も神様に通じてゆく取り組み方をさせて頂き、神様がご都合お繰り合わせをつけて下さるような信心に進ませて頂きましょう。

★『人間じゃもの。生きている間は先々のことを考えもしようし、心配の尽きる時はなかるまいが、心配がみなおかげになれば心配はなかるまいが。心配は信心しさえすればみなおかげになる。心配は体に毒。神様に御無礼。今日からは心配する心を神様に預けて信心する心になりなさい。おかげになります。』
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2019年08月15日

●本当のおかげを頂く

 小さい赤ちゃんは、お腹が空いたら泣いて、お乳を飲ましてもらったらケロッと機嫌が良くなり、おしめが濡れたらまた泣いて、きれいなものに換えて頂いたら機嫌が良くなります。今度は眠たくなってまた泣いて、寝かしつけてもらう…というように、自分の欲求のままに泣いたり笑ったりしながら、親に付ききりでお世話をしてもらいますね。しかし、段々と成長させて頂いて、出来ることが増え、物事を理解する力も付いてきますと、「そこは危ないですよ」「そのままでは後で困ることになりますよ」等々、親から教えて頂く内容も変わってまいります。未熟なうちは、その親の有り難さが分からず、ただただ「思うようにさせて欲しい」と思ってしまうかもしれませんが、いつまでも未熟なままでは、親も子も立ち行きませんね。

★例えば病気が判明して治療を受けることになったら、「この度は、結構な身体のお手入れの機会を与えて頂きまして、有り難うございます。」と、まずお礼を申させて頂きます。今日お命を与えて頂いていることを喜び、治療を受けることが出来る環境を喜び、また、自分の生活習慣の改まるべき所を、お詫び申しつつ見直させて頂いて、お礼とお詫びの心を元として、回復をお願いさせて頂けば、神様が病気を通して一段と成長するようにおかげを下さろうと思し召し下さるところを、受け漏らすことはないでしょう。

★『あなたが、親神様にああして下さいこうして下さいと色々に願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることがすぐ素直に有り難うございますと頂けるような人間にならせて下さい、というて願う方が心配がないぞな』

★信心も、いつまでも思うことをお願いするだけの信心では、本当の助かりにつながっていきません。お取次を頂いて、目の前に起こっていることに込められた、「助かってくれよ」「心配のない姿に成長してくれよ」という、神様の思し召しをしっかりと頂くことが出来ましたら、たとえ苦難の中にあっても、心は喜びと安心を失うことはありません。お取次を頂いて、和らぎ喜ぶ心を神様に向けさせて頂き、本当のおかげを頂ける信心に進ませて頂きたいと思います。

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2019年08月14日

●頂いているおかげに気付く

私達は、自分の都合であれもこれもと、お願いさせて頂いております。もしかしたら、無理を申し上げているお願いも多くあると思います。しかし、それらも全てご承知の上で、お取次下さるのが生神金光大神様です。

大きなことから小さなことまでお願いさせて頂き、お取次・御祈念を頂いた上で、起こってきた出来事は、現在において一番良い結果である、と受け取らせて頂きましょう。起こってきた出来事に不足を言っていては、本当の信心とは言えません。頂いているおかげに気付かず、「信心してもおかげがない」というような心が起こってしまうことでは、神様に相済まないことです。

★二代教会長伊藤コウ師は「出来てきたことには、神様からの手紙が付いているのです。しかし、信心が浅い時には、手紙がついていることさえ分かりません。分かっても読むことは出来ません。それは、勉強をさせて頂いていない言葉を読ませて頂くことと同じだからです。」とみ教え下さっています。

物事の本質を捉えるためには、日々信心の勉強をさせて頂いて、神様から何を教えて頂いているかを考え、自ら練り出してゆく力を養うことが大切ですね。そうすれば、どういう状況でも神様を杖に有難く受け切り、乗り越えさせて頂き、周囲の方に喜んで頂ける姿にならせて頂けるでしょう。神様の思召しを分からせて頂くことが、本物の信心になってゆくのです。

神様から頂いているおかげに早く気付かせて頂き、「どうぞ神様の思召しが分からせて頂けますように。どうぞ本物の信心に近づかせて頂けますように」とお願いさせて頂きながら、歩みを止めずに、一段一段進ませて頂きましょう。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる』『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』

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