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2019年11月20日

●死生の安心を頂く信心          

原さんという家庭が、入信前に娘さんを亡くされて、奥様が頭を病んで何も出来なくなってしまわれました。そんな奥様の様子を見られたご近所の方が「娘さんの霊が奥さんに取りついて悩ましている」という考え違いも甚だしい言葉をかけてしまったところ、あろうことか、そのご主人が感化されてしまい、激情にかられて、「手塩にかけて育てた娘が、母親に取り付くとはどういうことか!」と娘さんの骨壺をかなづちで砕いて、近くの池へ投げ入れてしまわれたのです。奥様の状態はますます悪くなられたのでした。その時に、お隣に住んでおられた前田さんというご信者にお導き頂かれ、参拝されるようになり、奥様は日参なさって信心を進められたところ、有難いことに全快のおかげを頂かれました。

★娘さんが亡くなって1年後、東京に行かれていた息子さんが、肺結核と腸結核を併発して大阪に帰って来られましたが、日に日に悪くなり、お医者さんにも見放され、奥様は「せめて死生の安心を頂きたい」と無神論者であられたご主人をお導きなさいました。初代教会長先生は、高熱を出されて御用が出来られない状態であられましたので、初代教会長先生に代わって二代教会長伊藤コウ師が、そのお宅の帰教式に向かわれたのです。

★コウ師が家に到着した途端、お医者さんが出てこられ帰って行かれました。家に入りますと、奥様が「たった今、息子(洋郎)が息を引き取りました」と言われたのです。コウ師は御神前で、神様に事の次第を申し上げられ、「生きている間に死生の安心を頂きたい、ということでありましたのに、亡くなられてからでは私の役目は果たせません。何としてでも御用にお使い頂かねばなりません。どうぞ、息子さんが息を吹き返しますように」とお願いなさいましたら、何と有難いことに息子さんは息を吹き返されたのです。

★そして、帰教式をお仕えになられた後、息子さんは食事を頂けるまでに回復され、1週間以上も命を延ばして頂かれ、「先立つ不孝をお許し下さい。私はこれまで両親の愛情によって育まれました。これから御霊となって、両親のことを守らせて頂きますから」とご両親に挨拶をしてからお国替えされ、後々両親が丁寧に霊神様を祀られ、立ち行くおかげを頂いてゆかれたのです。

★『天地金乃神様は天地を一目に見とおし、守っておられる。人間は神の氏子、神様のおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神様に向けて信心せよ。何事も無礼と思わず一心に取りすがっていけば、おかげが受けられる。枯れ木にも花が咲くし、ない命もつないでいただける。わが身におかげを受けて、難儀な人を助けてやるがよい』
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2019年11月19日

●神様にお仕えする心で

 布浦氏は商売の初め、西区で小さな調剤薬局を営んでおられました。創業当時は西区で一番売り上げの少ない薬局で、教会からも足が遠のいておられたところに、お導きさせて頂いた田口さんが、反対にお導きをしに訪ねてきて下さって、信心に戻して頂かれたのでした。

★ご主人は二代教会長・伊藤コウ師のお取次ぎを頂かれ、「西区で一番の薬局にならせて頂けますように」と、五カ年計画のお願いを立てられたのです。その願い成就までは無駄遣いを一切しない、自分の背広は新調しない等、ご修行を自ら決められ、毎朝日参と聴教に励んでから、日々の商売に努力されました。

★いつもお客様を第一に考えられ、一人のお客様の後ろには10人のお客様、その後ろには100人のお客様がおられると思って、一人一人のお客様に親切丁寧に対応なさるので、お昼ご飯を頂けない日も度々あられたそうです。そうして、ご信心を元にしてお仕事に励まれるうちに、西区で売上が一番になられ、特定品においては近畿で一番売り上げる薬局になったのでした。

★銘々に頂いている家業を、神様から与えて頂いた有り難いご用であると自覚して、神様にお使い頂く心で実意丁寧につとめさせて頂くことによって、人からも、神様からも喜んで頂ける働きとならせて頂くことができるのです。たとえ、努力をしてたくさんの知識や技術を身に付けさせて頂いたとしても、信心の徳と力を身に付けさせて頂き、精神も正しく育成向上させて頂かなければ、天地の道理に基づいた有り難い働きをさせて頂くことには、つながっていきません。日々のことをお取次頂き、しっかりとみ教えを頂きながら、それぞれの家業を有り難く励ませて頂きたいと思います。

★『氏子が神様と仲よくするのが信心である。神様を離れるようにすると信心にならない。神様に近寄るようにせよ。』

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2019年11月18日

●すべてに礼を言う心

甘木教会のあるご信者のご主人が酒好きで、お酒を呑むと気が大きくなり、他人の借金の保証人になり、田畑を売り払って整理しなければならなくなりました。初代教会長・安武松太郎師にお届けをされますと「その田畑はどういう田畑でありますか?」と先生からお尋ねがありましたので、「先祖の遺産であります」と答えましたら「税金は納めてありますか?」と聞かれましたので「完納しております」と答えますと「自分の田畑になぜ税金を納めるのですか?」と聞かれ、ご信者は答えられなくなりました。

★安武松太郎師は【土地は、もともと日本の国の土地である。 その土地を所有し得るのは、納税の義務を果しているからであって、税金を納めるのは、いわば借り賃である。信仰的に申せば、天地はもとからの天地であって、人が作った天地ではない。この天地があって、人は生まれてきたのである。一寸の土地も天地金乃神様の御地面であり、しかも生きたお土地である。だから生きたものが土地から出来るのである。それを幾先祖の昔から今日に至るまで、自分の田畑、自分の山、自分が作った作物だと思っている。人間が泥と水で何が作れるか? お作り下さるのは神様で、人間はそのお手伝いをするのである。お土地を使わせて頂く御礼を神様に申し上げなければならない】とみ教え頂かれたのでした。

★神様に対するお礼が全く出来ていないということは、人間中心・自分中心の生き方になっていますね。そこにめぐりが積み重なっていくのです。御恩を知って御恩に報いていくということが、私達が常に心掛けなければいけないことです。神様にどのようにお喜び頂けるであろうか、神様に安心して頂ける自分自身にならせて頂けるように、信心が向上させて頂けるおかげを頂いていくということが大事なことだと教えて頂いております。

★『世話になるすべてに礼を言ふ心』私達がお世話になることはたくさんあります。天地にお世話になり、人様や物にもお世話になります。すべてが神様のお徳の表れでありますから、物の命を大切にさせて頂き、人を拝ませて頂き、物を拝ませて頂き、万物を拝ませて頂き、身も心も生活全般にわたって神様の有難いお徳を表させて頂きましょう。
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2019年11月17日

●本物の信心を目指して

 先日、11月13日午後1時21分、上田氏は86才3カ月でお国替えされました。

★上田氏は、子供さんが幼少の時に病気を患らわれ、そのことで奥様の喜久子さんにお導き頂かれて、豊中から夫婦で日参なさるようになられました。又、月々の御本部御礼参拝には欠かすことなく参拝され、昭和51年5月29日、帰教式を仕られて金光教教徒の列に加へられ、熱心にご信心に励まれました。

★上田氏が73才の時、パーキンソン病を患われ、その6年後、慢性硬膜下血除去腫手術を、更にその2年後に胃がん切除手術を受ける等、幾度も大病を患われましたが、お取次ぎを頂かれて、大病を小病におまつり替え頂かれ、ご長寿のおかげを蒙られました。

★喜久子さんがお国替えなさった後、上田氏は[私は妻にお導き頂きました。その妻の信心を見習わせて頂いて、「どうあっても本物の信心にならせて頂きたい。」とそればかり思っております。今までは引っ張って頂きましたが、妻に「これからは、一人で歩いて信心を進めて下さいよ」と、お国替えの時から言って頂いた様な気がして、これからは自分から進んでみ教えを頂いて、本物の信心を目指したいと思います。]と仰っておられたのです。

★上田氏がお国替えなさる直前に、娘さんが車椅子を押して教会の土間のところでお参りなさっておられました。上田氏がお国替えなさった後、娘さんがお届けに来られ「父は生前、最後の最後までみ教えを頂きたいと、ずっと申しておりました。」と御礼申しておられました。お体がお元気な時は、阪南町のお家から毎日お参りなさり、お体のご都合で施設に入所なさってからは、施設から歩行器やシルバーカーを使ってお参りなさっておられました。それも難しくなられてからは、車椅子に乗せて頂かれ、お参りなさっておられたのです。それは、み教えを頂きたい一心で、またお取次ぎを頂きたい一心でお参りなさっておられ、そのことを子供さんに一生懸命伝えておられたのです。

★今年の8月24日には、喜久子さんの23年廻れる例年祭が仕えられ、上田氏は車椅子で参列なさり、玉串奉奠されて精一杯心を込めて拝んでおられました。一生懸命求め求めして、喜久子さんのご信心を少しでも習わせて頂いて、本物のご信心にならせて頂けますよう、お願いなさっておられたことは、大変尊いことであり、そのご姿勢は子孫にも伝わってゆかれることと思います。私共も習わせて頂きたいと願わせて頂いております。

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2019年11月16日

●死んでから後、人が拝んでくれるように

初代教会長伊藤徳次師は、伊藤コウ師と共に阿倍野教会創設の礎を築いて下さいました。しかし、旧広前のご建築がいよいよ始まろうとしていた布教5年目にして、「おかげやでえ、おかげやでえ、おかげやでえ。」というお言葉を残されて、お国替えになられたのでした。そのご意味は「私が8年も生命を延ばして頂いたのも有難いおかげです。そしていよいよお国替えするということは、これからより一層に御霊として働かせて頂けるということです。これは伊藤の家にとっても、阿倍野教会にとっても、信奉者一同にとってもおかげですよ。」と、これまでのことと、これから御霊となることを、おかげの中での出来事と、言い残されたのだと悟らせて頂きます。

★また、コウ師の御母堂・ハル刀自は、ご自身の死期を悟られた時には「私が御霊になってもどこにも行きません。あなたのそばにずっとおります。教会の表の御用もしっかりと手伝わせて頂きます。もちろん裏の御用も手伝わせて頂きます。だからあなたは何も心配することはありませんよ。」とコウ師の体を、後ろからギュッと抱きしめられて、仰せになられたのです。

★私達は、生涯かけて実意丁寧、正直親切な生き方をさせて頂き、身のめぐり、家のめぐりを取って頂いて、お徳を頂いたお姿でお国替えさせて頂くということを意識して生活させて頂くことが、信心生活になるのです。信心生活を続けさせて頂くことによって、一年一年有難くなってゆき、年が寄るほど位がつくという姿にならせて頂くことができるのです。お国替えの後も、子孫が拝んでくれるように、死生の安心、末々までの安心のおかげを頂いてゆくためにも、それぞれ自ら求めて信心させて頂きましょう。御霊にならせて頂いて神様のもとに帰らせて頂きましたら、生き生きと大きな働きをさせて頂けるように、生命を頂いている間にしっかりとお徳を積ませて頂いて「永世生き通し」のおかげを頂きましょう。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。人間は万物の霊長であるから死んだ後、神に祀られ神になる事を楽しみに信心せよ。』
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2019年11月15日

●思うことが願いになる。良いことを思い、良いことを願う。

 先日も、有り難いお礼のお届を聴かせて頂きました。あるご婦人は、大腸の腫瘍で入院なさっていたのですが、腫瘍が大きくなって腸を塞いでしまい、腸閉塞を起こしてしまって、口から水も飲めない状態になられたのでした。体も衰弱してしまわれ、手術を受ける、あるいは、抗がん剤治療を受ける体力もなく、医師からは、いつまで命がもつか分からない状態だと、ご家族に告げられたのでした。お子さんも、一時はすっかりと気を落とされ、お母様が亡くなられた時のことを、あれこれと心配しておられましたので、「教祖様は、『死ぬる用意より生きる用意をせよ』と、み教え下さっておられます。今こそ、家族が心を一つに揃えて神様にしっかりおすがりさせて頂きましょう。ぜひとも回復させて頂かれるよう、お願いさせて頂きましょう。」と、お話しさせて頂いておりました。

★そうしますと、11月11日の御大祭当日、娘さんがお参りになり、「母が、口から食事も頂けるようになり、退院させて頂けることになりました。有り難うございます」と、お礼のお届けがあったのでした。

★いつも心に良いことを思わせて頂き、良いことをお願いさせて頂く稽古をさせて頂きたいと思います。与えて頂いている家族を喜び、仕事を喜び、環境を喜び、不平不足を先に立てずに、喜ぶ稽古をさせて頂くことが、おかげを頂く受け物となるのです。起きてくる諸問題でさえも、心を神様に向けて受けさせて頂けば、そのことを通して心が磨かれ、改まらせて頂けるのですから、有り難いおかげなのです。心さえ改まらせて頂けば、おかげはいくらでも頂くことが出来るのです。

★『金光様は、思うことが願いになるとおっしゃっておられるから、ご無礼お粗末なことを思うてはならん。思うておることをお願いしておれば、おかげで成就する。おかげを受けられるまで信心辛抱してお願いをしなさい。』

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2019年11月14日

●真心を先に立てる

11日には、天候を初め万事に有難いおかげを頂き、立教160年生神金光大神様の御大祭を共々にお仕え申しあげることが出来ましてから、広大なおかげを蒙らせて頂いているということと、ご信者皆様の真心が結集されて有難い御祭典とならせて頂いたお礼ばかり申させて頂いております。

★全てがお供えです。御祭典は全てに神様にお供えさせて頂くということですから、準備の御用も、楽の稽古も、全てがお供えです。ただ神様にお喜び頂けるように、とばかり考えていれば、後は神様が一番良いようにして下さると信じて、自分自身は神様に使って頂けば良いのです。何もかも神様に使って頂くのだという覚悟を決めさせて頂きますと、有難く喜びに満ちて何事もさせて頂け、おかげを頂いている姿にならせて頂けるのです。

★『的無しの信心を授けておくぞ。一心を定めて、いただくがよし。おかげは受け勝ち、守りは受け得。おかげ受けたら、ご恩を忘れてはならぬぞ』とみ教え頂いておりますが、的無し信心とは、真心の一筋と有難い一心でご信心をさせて頂くということです。「どうしたら神様に喜んで頂けるだろうか」ということが中心にならなければなりません。神様に喜んで頂けることだけを考えて一生懸命させて頂くということになれば、意地になって推し進めていくことがなく、先を楽しんで信心をさせて頂けます。

★おかげを頂きたい、という思いばかりが先に立ってしまいますと、横道に逸れてしまいます。「私のお願いを聞いてください、だけど神様のみ教えは聞きません」では、本当に真心が先に立っているとは言えません。ただのわがまま気ままを神様に申し上げている姿になってしまいます。それでは結構になるはずがありません。しかし、これは誰の中にもそういう部分はあると思います。自分のお願いを聞いて頂くより先に、神様に喜んで頂ける信心にならせて頂けます様に。という願いが大切なのです。千日信行も、神様にお喜び頂けるような私共の信心生活にならせて頂けますよう、共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

★『信心するという心におかげはないぞ。信心さしていただくという心におかげはあるぞ。』
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2019年11月13日

●神に任して、一心に信心をせよ

 三代教会長先生が62歳の御時、くも膜下出血で40日間の絶対安静を要する状況となられた時、私はベッドのそばで御祈念させて頂いておりましたが、心配や不安で離れることができませんでした。「今晩徹夜してでもかまわない。御祈念させて頂く。」と思っている最中に、奥様が「あなたが一晩徹夜しても治られるわけではありません。一人では何も出来ません。皆が交代しながら長期に亘ってお世話をさせて頂き、おかげを頂かねばならないことです。気が済むまでお広前でしっかりと御祈念させて頂いて、すべて神様にお任せさせて頂きなさい。先生は必ずおかげを頂かれます!」と仰ったのでした。その後、お広前で1時間半ほど御祈念させて頂いておりますと、有難いことに「あとは万事お任せ」と思わせて頂くことが出来ました。

★私が高校3年生の時でしたので、三代教会長先生に「私は高校を卒業させて頂いたら、大学には進学せずに、金光教学院に入らせて頂きます。」と覚悟の程をお話ししますと、先生は「大学を受験させて頂きなさい。私は必ずおかげを頂きます!」と仰って下さったのです。

★40日間絶対安静の後に、歩く事からリハビリをなされ、お説教やお結界の御用を通して徐々に回復のおかげを頂かれました。そして先生は「60年間おかげを頂いてきた私であるから、御礼をさせて頂くのには60年かかる。これからは、命を授けて頂いている御礼に御用させて頂く。」と願いを新たになされ、90歳6ヵ月で天寿を全うされるまで、御礼の御用にお使い頂かれたのです。

★三代教会長先生と奥様が、「必ずおかげが頂ける!」と神様にすべてをお任せされ、どんな状況になられても揺るがないご信心を示して下さいました。そのお姿を拝ませて頂き、私の心に有難い衝撃を与えて下さったのです。

★『世の中で疑いが一番悪い。神に任して、一心に信心をせよ。任したうえは、神がよきようにしてやるのぞ。疑いを放れるの一つで、おかげをいただくのである』

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2019年11月12日

●今、天地の開ける音を

昨日は、天候気象を初めとして万事万端に御都合お繰り合わせを蒙り、立教160年金光大神大祭を盛大にお仕え申し上げることが出来ましたことを、厚く御礼申させて頂きます。祭典後のお説教を、島之内教会長・三矢田光師より「今、天地の開ける音を」という御講題で、有難い御教話を賜りました。

★[島之内教会の三代教会長先生の末の娘さんとご結婚なされたモリタ氏はある信用金庫で働いておられました。ある支店の支店長を勤めておられた時、出張の際に「あそこの融資が危ないから気を付けて」と、ある部下に任せて出張に出たのでしたが、その出張中に部下の方は融資をなさる決断をされ、事業が上手くいかず、その信用金庫に損失を与てしまわれたのでした。

モリタ氏が懲罰委員会にかけられることになり、島之内教会のお結界で事情を説明したモリタ氏は「懲罰委員会で経緯を説明した後で辞表を出します」とお届けされました。するとお結界の先生が「あんたそれで責任取ったつもりでっか!」と大声を出されたのです。

★それからみ教えを頂いておりますと、自分に思い上がりがあった、と気付かれたのです。部下やお客様があってこそ仕事が成り立ち、会社という組織の働きがある。そうした諸々を考えると、自分の処遇を決めるのは組織であり、それを謙虚に受け止めることこそ潔い身の振り方で、失敗をしたから辞めるというのは、自分で勝手に結論を出しており、責任を取るようで、実は責任から逃げている。信用金庫として、この度の不始末の原因と責任の所在を究明し、しかるべく対応をしなければならず、その究明と対応に誠実に協力するという以外、どんな責任の果たしようがあるか、と気づかせて頂かれ、

「よう分からせて頂きました、有難うございました」とお礼を申されたのでした。懲罰委員会でも、「私が決済を任せたのだから、私の責任です」と仰ったそうです。懲罰委員会にかけられるということは、経歴に大きな傷がつくことでしたが、モリタ氏は監査役員にまで出世なされたのです。

★私共がご信心する中で、神様が「目を覚ませ」と呼びかけて下さった、と思えるような体験をすることがございます。それは、体験した人にとっては、「天地の開ける音を聞いた」という出来事になろうかと思います。モリタ氏は何度も「あの時の先生のお言葉はまるで雷で、びっくりした」と仰っておられたそうです。

叱り飛ばされたことで目が覚め、「御結界で先生が仰らたお言葉は、神様のお言葉だ」と深く肝に銘じることが出来られたのです。そのように受け止める事が出来られたのは、それまでに参拝して御取次頂かれ、み教えを頂かれていたからでしょう。]との大変有難いご講話を賜りました。

★3年後には有難いことに阿倍野教会は開教100年記念大祭を迎えさせて頂きます。今から千日間、しっかりと信心を練り直して、おかげを頂いて参りましょう。
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2019年11月11日

●御礼の真心をお供えする

 皆様、おめでとうございます。本日、立教160年記念の年の、金光大神大祭をお仕え申し上げます。万事万端に、有難いご都合お繰り合わせを頂きまして、また、ご信者皆様の真心からのご祈念と御用奉仕を賜りまして、教会内外のお掃除、内膳、配膳の御用、お餅つき、小判餅くくり、植木の御用等々、実意丁寧に整えさせて頂けましたことは、真に有り難いことでございます。

★以前、九州からお参りになったお方が、「きちんとお掃除も、片付けも行き届いた阿倍野教会のお便所を使わせて頂いただけでも、おかげを頂きました」と、言って頂いたことがありました。普段からの、ご信者皆様の御用奉仕に込められた、御礼の真心の現れであると、有り難く思わせて頂いたことでした。

★一つ一つの御用を、実意丁寧に、間違いの無いよう、更には迅速にさせて頂くことは、容易なことではありません。有り難いお礼の御用にならせて頂けるよう、心中御祈念をさせて頂きながらお使い頂くことで、真にお役に立たせて頂くことが出来るのです。心の持ち方を少し間違えますと、「どうやったら早く終わるだろうか・・・」「ここは、私がしなくても誰かがやってくれるだろう・・・」というような、真心とは反対の不成心が生まれてしまい、ご無礼な御用の在り様になってしまう恐れもあるのです。「今すぐその手で二度手間なしに。」「今せねばいつする。私がせねば誰がする。」神様に気が付かせて頂いたことを、すぐその時に、その手で、させて頂くことで、何事も間に合うようにご都合お繰り合わせを頂くことが出来、無理、無駄、ムラなく、全てに整えて頂くことが出来るようになるのです。それは、落ちている糸くず一つを取ることにでも、言えることなのです。

★本日も、真心をお供えさせて頂ける有り難い参拝、また、御用にならせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。『信心といえば、すぐむつかしく考えるが、何もむつかしく考えることはない。金光様の言われるとおりに、はいはいと従うておればよいのじゃもの、苦労はない。楽なものじゃ。』

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2019年11月10日

●日に日に新たに… 

先日から、財布やタブレット、カバンなど落し物のお届けを何件か聞かせて頂きました。しかし、お届けをなさった方皆さんが、全て手元に返ってくるおかげを頂かれたのです。あるご夫婦は、電車で姫路まで行かれたのですが、どこかにタブレットを置き忘れてしまわれたそうです。何時、どのタイミングで置き忘れたのかも覚えておられなかったのですが、善意の方に拾って頂かれ、手元に返ってくるおかげを頂かれたのです。このことを聞かせて頂きますと、善意に満ちた方々が、この世の中にはたくさんおられることが分からせて頂きます。御礼を申された奥様は、「この度は、私共の不注意でこのようなことになり、申し訳ありませんでした。今後は、人様の為に少しでもお役に立たせて頂きたいと思いますので、宜しくお願い致します。」と、御礼と御詫びとお願いをお届けされたのでした。

★私達は、日々の生活で多くの方々にお世話になることばかりですが、お世話させて頂ける場面がありましたら、「どうぞ、お役に立たせて頂けます様に。」とお願いされ心掛けることは大変有難いことですね。御恩が分からせて頂けるということは、結構な人生を送らせて頂けるということになるのです。

★お広前で、日々新たに御祈念を神様に込めさせて頂くことによって、心が浄化され一段高い精神世界に広がってゆくのです。これは、自分の事ばかり考えていては、心が浄化されてゆくということにはなりません。人のことを思い、社会のことを思い、お道のことを思い、神様に心が向いていくことによって、自分自身が助かってゆくのです。人が助かって頂くことを、神様がお喜び下さり、自分自身も有難く助かることになるのです。私達は、学校や社会、近所近辺、職場など様々な所で、多くの方々にお世話になって、今の生活が成り立っております。そのことに気付かせて頂き、御恩を感じ、少しでも御礼の働きに努め、人様の為に心も体も使って頂くことが出来ましたら、どれ程有難い生き方がさせて頂けるでしょうか。

★日々が新(さら)と三代金光様がみ教え下さいました。日に日に新たに、神心を育てる信心を心掛けて参りましょう。
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2019年11月09日

●神様が道をつけて下さる

 昨日はみかげ会例会が開催され、松氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★松氏の家のご信心は松氏の御祖母様が空襲の時に、防空壕の中で隣にいた老夫婦が、金光教の「大祓いの祝詞」(おおはらいのことば)を拝んでおられ、その防空壕だけが難を逃れたことをきっかけに、昭和25年に御祖母様が、阿倍野教会にお引寄せ頂かれたところから始まりました。

★高松氏は幼少期から連れられて参拝されていましたが、段々と教会から遠ざかってしまい、高校進学の頃には試験の前日にお願いに行かれるくらいで、それ以外は毎日夜遅くまで部活の練習に明け暮れておられたそうです。大学はご実家から遠く離れていた為、年に1,2度の帰省の際に教会に参拝する程度だったそうです。高松氏のお母様は「このままでは高松の家の信心が途絶えてしまう」と思い悩まれ、二代教会長伊藤コウ師にお届けするとコウ師から「千日参りを続けなさい」とみ教え頂かれたのでした。

★高松市は東京で就職なさったのですが、自分の望んでいた仕事とかけ離れていることや、人間関係に嫌気がさしてしまい「一体この会社に何をしに来ているんだろう」と悩むようになったそうです。ある時、会社の窓からぼんやりと外を眺めておられると、下の方に「金光教の教旗」(八つ波の御紋の旗)が目に入ったのです。すぐにお参りしようという気にはなられなかったそうですが、来る日も来る日もその教旗が目に入り、教会の前まで行ってみるところから始まり、ついにお広前に入ってみると先生がお出ましになられ、お話をすることが出来られたそうです。その先生に自分の家が阿倍野教会にお参りしていることを話すと「結構な教会にお参りされているんですな。私も以前に阿倍野教会にお参りしたことがあります」と教えて下さったそうです。それからは会社帰りにその教会にお参りなさり、色々とみ教え頂かれたそうです。一年後には大学の恩師より大阪の会社を紹介して頂かれたのです。ご両親は、大阪へ帰ってくることを心待ちになさっていましたから、大変喜ばれたそうです。東京のビルの中から見させて頂いた金光教の教旗が心に呼び掛けて下さっていて、これも、祖母の祈りや母の願いがあってこそだと後に振り返って思わせて頂かれたそうです。

★氏子の方がお広前を遠ざかるということがあっても、神様は決して見離したりなさらず、何とか助けてやりたいと思って下さっておられるのです。神様が道をつけて下さるということが、良く分からせて頂けますね。

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2019年11月08日

●足りないところは足して頂いて            

先日、初めて教会にお参りされた方があり、ご家族と共に参拝され、初めてお結界でお届けをされたのでした。以前この方は「信心は絶対しない!」という方で、家族が信心されていても、「私は教会にお参りはしない!神様にお願いなんて絶対にしない!」と、言い切っておられたということです。ご家族は「どうか、何時の日かお導きさせて頂けますように!」と願われ、毎日本人の助かりをお献備に書いて、お届けをなさっておられました。[斯々然々でこういった状況でございますので、どうぞ生神金光大神様のお取次ぎにより、天地金乃神様の御神徳を頂けますように。私達は徳も力も足りませんので、本人に言うて聞かせることが出来ません。神様から本人に直々にお伝え下さいますように。本人が「どうあってもお参りさせて頂きたい…」と思えるような、おかげを頂ける機会を頂かせて下さい。]と、毎日根気強く、家中が願っておられました。その日が思いの外早くやってきたのです。

★親が子供のことをお願いし、子供が親のことをお願いし、お互いに願い合いをするから立ち行くのです。氏子が神様のお心を思ってお願いさせて頂き、神様が氏子のことをお願いして下さいますから、神様と心が一つにならせて頂くことが出来ます。神様が願って下さっていることを氏子が悟らせて頂き、そのお心を分からせて頂く、ということがなければ、私達氏子の生活は神様の御心に添わせて頂けません。

★私達がお届けしてお取次ぎを願い、ご祈念させて頂いていることは、金光様が引き受けて下さり、天地の親神様にお取次ぎ下さいます。私たちは徳も力も足りませんが、金光様のお取次ぎのお徳により、足りないところに足して頂いて結構なおかげを頂いております。自分の心や身体でさえも、自分では治すことも正すことも出来ない、どうにもならない私達ですから、「自分がする…」という心から、ご祈念して「神様にさせて頂く」という心にならせて頂きましょう。

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2019年11月07日

●いつも「金光様」と御祈念する

 先日、あるご婦人は、娘さんご夫婦と車でお墓参りをなさりました。その帰宅道中、自転車が急に飛び出してきて、娘婿さんが急ブレーキを踏むという場面があったのだそうです。その瞬間、ご婦人の口からは、とっさに、「あー!」という叫び声だけが出たのでした。「普段から、『金光様、金光様』と、御祈念させて頂いているつもりでも、いざという瞬間に『金光様!』と、御祈念させて頂くことができませんでした・・・」と、振り返って、ご信心の反省の材料となさっておられたことでした。

★家庭でも、仕事場でも、地域社会でも、いつでもどこでも「金光様、金光様」と、心中御祈念をする稽古をさせて頂きたいと思います。そして自分のことよりも先に、相手の事、周囲の人々の事、取引先のことなどの助かり、立ち行きを祈らせて頂きますと、その祈りは、たとえ山の上でも、海の上でも、あるいは病床にあっても、生神金光大神様はお受け取り下さり、お取次のお徳によって、天地金乃神様の御神徳を蒙らせて下さるのです。

★また、自分自身が徳も力も足らないと自覚すればするほど、おすがりすればよいのです。「金光様」と、御祈念させて頂くことによって、自分の口を通して、あるいは、手足を使って、金光様のお徳を現わして頂くこととなり、有り難い働きをさせて頂くことが出来るのです。どんな時にでも心中御祈念を欠かすことのない、有り難い生き方にならせて頂けるよう、11月11日の金光大神大祭に向けて、一層稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所へ行ってやる。』『まさかの折には、天地金乃神、と言うにはおよばない。金光大神、助けてくれと言えば、すぐにおかげを授けてやる。』

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2019年11月06日

●おかげの中に生命を授かり、生活する日々

あるお方は、懐妊のおかげを頂かれたのですが、つわりが大変ひどく、食事も食べられず、歩くことも出来ないほど衰弱なさっておられたそうです。医師からも「このままでは母体が弱ってしまうので、入院をすべき状態だと思いますが、入院も病室で天井を見て暮らさなければなりません。それでは気を弱らせてしまいますから、自宅で静養してください。それでも嘔吐して食べられないようなら、病院へ点滴に来てください。しかし、なるべく口から食事を頂けるように何か工夫して下さい。」と指導を受けられました。そして、段々と月日が経つにつれて、つわりの症状が軽減され、食事も収まるようになられて、先日ご夫婦で御礼のお届けに来られたのでした。

★懐妊なさった方に、御祈念の文章を紙に書いてお渡ししているのですが、そのご夫婦にもお渡しし、御祈念の仕方を伝えさせて頂きました。

★「@(御礼)・今日までお命を頂いて、ここまで生活させて頂きまして有難うございます。この度は神様のおかげで懐妊させて頂きまして真に有難うございます。只今妊娠何週です。ここまで順調におかげを頂きまして有難うございます。

A(御詫)・知らず知らずのうちにご無礼不行き届きを重ねて参りましたことをお詫び申し上げます。これまでの御礼の申し足りないところをお詫び申し上げます。

B(御願)・神様から胎内に授けて頂きました御氏子が、五体満足で健康で無事に成長させて頂けます様に。賢く明るく素直に可愛く優しく、世の中のお役に立つ人に育って頂けます様に。予定日は何月何日です。どうぞ一日でも長く胎内にてお育て頂けます様に。そして、一番良い日時に安産のおかげを頂けます様に。夫婦とも親としての自覚が出来まして、立派に養育させて頂けるだけの徳も力も頂けます様に。その為に信心向上のおかげが頂けます様に。」という内容です。毎日夫婦で家庭でも教会でもご神前、ご霊前で御祈念させて頂きまして、有難い真心からの御祈念がこめられ、神様・霊様に通じてゆくように心掛けるのです。もってゆくのです。

★私達は、今日までおかげを頂き続けている毎日ですが、それを自覚しなければ、御礼も御詫びも申すことが出来ません。それでは正しいお願いにはなってゆかないのです。おかげを頂き続けてきたことを自覚し、親として神様から授かりました子供をどのように育てさせて頂けばよいのか、それを悟らなければ本当の働きにはなってゆかないのです。様々な体験を通して信心の有難さを心に刻み、周囲の人々に有難い体験をさせて頂いたことを話し伝えさせて頂くことが、神様の御礼になってゆきます。
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2019年11月05日

●おかげを受けたことを忘れない

 荻原須喜師は、2年間血の道にて、病床に呻吟していました。この時、同じ郡内の方からお導き頂かれ、ご主人の豊松さんが参詣されますと、金光様が「巳の年(豊松)、昔から神信心しておかげを受けるのには、一心ということを言おうがな。一心に信心すりゃ、おかげが受けられるのじゃ。(中略)たとえて言えば、女でも、いよいよ一心を打ちこむ男は一人しかない。この男こそと思うたら、心の底から一心を出して、身も心も打ちこんでしまうのでなけりゃ、まことの恋ではない。(中略)神信心もこの一心というものを出すと、すぐおかげをいただける。(中略)どこでもよいから一心に信心せよと言うのであるぞ」と仰せられました。続けて「丑の年(荻原須喜)はまことに執念な者で、常に不足ばかり並べておるが、不足にはおかげはない。(中略)それじゃから、病気もしておるのじゃ。ようもならぬのじゃ。(中略)なるほど私は悪かったということが腹の底から得心がいったら、家内中相談のうえで好きな所へ信心せよ。きっとおかげが受けられるからのう。もし丑の年にその得心がいって、相談のうえで、ここでおかげを受けるということなら、もう一ぺん参りなさい」と仰せになられました。

★早速、豊松さんは帰ってから須喜師の枕元で一部始終を話されました。すると、須喜師は「わたしはわがままで、不平不足より他にありませんでした。改心せんでどうしましょうか…」と改まりが決意できられ、金光様の元でおかげを頂くことを決心されました。再び豊松さんが参詣されますと、金光様より三週間を楽しみにおかげを頂くようみ教え頂かれました。そこで、日夜ご信心を進められますと、16日目に初めて枕から頭が上がり、21日目には2年前と変わらない壮健な身体に変わられたのでした。そして、歩いて参拝が出来、御礼を涙ながらに申し上げた時に、金光様から「今まで長う痛うてつらかったことと、今おかげを受けてありがたいことと、その二つを忘れなよう。その二つを忘れさえせにゃ、その方の病気は二度と起こらぬぞよう。ここからのう、人が痛いと言うて来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたい時のことを思い出して、神に頼んでやれ。われはもう治ったから人のことは知らんというような心を出すと、またこの病気が起こるぞ。今の心でのう、おかげを受けていけば、病気が起こらぬばかりじゃない。子孫の末までおかげを受けられるぞ」とみ教えを頂かれたのでした。

★私達は日々み教えを頂いて改まり、おかげを頂きましたら、その有難いことを忘れないで、次々と人が助かっていくように、親切丁寧にお導きさせて頂き、真の信心に進んで頂く方々増えていく事が、神様への一番の御礼になるのですね。

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2019年11月04日

●お気付けという有難いおかげ

昭和28年頃に月例祭の御祭典後のお説教に、以前から連絡してお願いしていた講師の先生が来られなかったことがありました。それが連続して、次の月もお越しになられなかったので、二代教会長伊藤コウ師は神様に「先月も今月も講師の先生にお約束頂いておりながら、お越し頂けませんでした。どういうようなお気付けでしょうか?」とお伺いなさったのでした。そうしますと「よく考えてみよ、講師の先生をお迎えするについて、お前達の実意丁寧が欠けておるのではないか」と心にみ教えを下さったそうです。

★戦時中は講師の先生をお迎えするにあたって、夜の御到着であられたら【阿倍野教会】と書いた提灯をもって、お昼の御到着であられましたら、御紋のついた【阿倍野教会】と書いた紫の染め抜きの旗を持って、1人は東天下茶屋駅へもう1人はバスの停留所へ必ず行かせて頂いたのでした。それが戦争の空襲等でややこしくなり、当時は来て下さってからの接待ことばかり考えてしまっていて、お迎えするについての真心や姿勢が足りなかったことを、神様がお気付け下さったのでした。

★自分では、行き届いて丁寧にさせて頂いているつもりでも、「これくらいで良いだろう」と思ってしまっているところを、神様が教えて下さるのです。自分たちが見ているのは小さい目の前のことです。御祈念させて頂いて、1つ程度の高いところを広い視点から教えて頂けるというのは、自分の小さな殻が破れていくということです。過去から振り返らせて頂いて、見直しをさせて頂き、欠けているところに気付かせて頂く、ということがおかげですね。

★お気付けと言いますが、それはまさにおかげなのです。結構なお気付けをもって「このままでは先々もっと大変なことが起こってきますよ・・・」「先々が結構にならせて頂きたいと思うなら、今のうちに改まりなさいよ・・・」「このことをもって理解させてもらいなさいよ・・・」と神様が教えて下さっているのです。出来てくることは皆おかげです。そのご意味をしっかりと分からせて頂けますよう、この特別信行期間で、一段とご信心向上のおかげを蒙らせて頂きたい、と願わせて頂いております。
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2019年11月03日

●銘々の真心が結集された御大祭に!

 あるご信者は、28日の初代教会長先生の例年祭に参拝すべく、早くから準備を整えておられました。そして、ご祭典が始まる時間に間に合うように車で家を出発されたのですが、信号待ちをしている時に後ろから車に追突されたのでした。双方に怪我はなく、大事には至らなかったそうですが、すぐに警察を呼んで事故後の処理や、車の修理等の手続きに時間が掛かかったそうです。すべての処理を一通り終えて、すぐに教会に向かわれましたが、既にご祭典は終わっており、祭典後の教話が始まっている時間に到着なさったそうです。

★そのご信者は「ご祭典の当日に起こったことでございますから、この事故を通してめぐりのお取り払いを頂いておりますことは、有難いことでございます。ご祭典の初めから拝むつもりで、早くから準備をしていたつもりですが、間に合わないという状況になりました。大難を小難におまつりかえて頂きましたことは、真に有難いことですが、思ってもみないことが起こって来まして、これは私にそれだけの準備が常平生から出来ていないことを神様が教えて下さっておられます。大事なご祭典に初めから拝むことが出来ず、真に申し訳ないことでございました。私の不徳の致すところでございます。どうぞお許し頂けます様に。」と心からお詫びを申されたのでした。

★昨日も、月例祭に併せて金光大神大祭の祈願祭をお仕え申し上げました。11月11日当日は、ご家族、知人の方をお導きさせて頂き、共々に参拝のおかげを蒙らせて頂きましょう。万障繰り合わせて参拝させて頂く心にならせて頂きますと、その瞬間から、仕事のご都合、時間のご都合等全て神様が引き受けて良いように下さいます。心を込めてお参りさせて頂くその真心を、神様はお受け取り下さるのです。また、事前の準備からご祭典の後片付けまで、与えて頂いた御用を実意丁寧・正直親切にさせて頂き、それぞれに真心こめて心配りをさせて頂きましょう。

★一人一人の真心が結集された、有り難い金光大神大祭になりますよう、共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

★『何事によらず、無理を言うたり、したり、してはならぬぞ。無理が一番悪い。めげるもとじゃ。自分でしようとすると無理ができる。神様にさしてもらう心ですれば、神様がさしてくださる。』『祭り日は、信心を忘れないための大切な日である。この祭り日を忘れさえしなければおかげがある。忘れたらおかげはない。親の恩を忘れないための法事のようなものである。何事にも恩を忘れてはならない。』

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2019年11月02日

●神様から何事も教えて頂く心で

 教祖様は、安政5年、45歳の時には、農業をなさるのにも、お天気の照り降りや、麦蒔きのタイミングや方法などに到るまで、事細かに神様からお知らせ頂くようになっておられました。時には、雨が降ってきて周囲の人々皆が農作業を終えても、教祖様だけは、神様から「差支えはないから、そのまま続けよ」とお知らせを頂かれ、雨の中作業を続けられると、大降りになることなく無事に麦蒔きを終えることが出来られたのでした。

そして、「翌日は大降りになるから、外作業の用意はしなくてもよい。今日麦を蒔いたところに、わらを細かく切って(雨除けに)ひろげておくように。」とお知らせ頂かれ、その通りになさると、翌日、朝は晴れていたので、周囲の人々はこぞって麦を蒔いたのでしたが、途中から、神様のお知らせ通り大降りになり、教祖様の畑は都合よくおかげを頂かれたのでした。そんなご様子から、次第に周囲の方々にも、神様の有り難いことが伝わっていくことになったのです。

★翌年の安政6年、教祖様46歳の時に、神様から立教神伝がお下がりになり、教祖様は、家業である農業をおやめになって、お取次の業に専念下さるようになられたのでした。更に、55歳になられて神様から「生神金光大神」との尊いご神号を頂かれるほどの御神徳(神様からのご信用)を頂かれるまでになれたのでした。生涯かけて神様の仰せをお守りになり、何事も疎かになさらず、実意丁寧を貫くご修行を続けられ、そのご信心は、たゆむことなく向上なさってゆかれたからこそ、神様からのご信用も進んでゆかれたのです。私達も、そのような教祖様の生きられ方を習わせて頂き、日参と聴教に励み、日々の家業を通して信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『生神とは、ここに神が生まれるということで、此方(教祖様)がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげを受けられるぞ』
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2019年11月01日

●神様がさせなさるご修行

 教祖様は津川治雄師に対して、大切なみ教えを残して下さいました。『このお広前へある山伏が来てかれこれしたことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれしてはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。』

★教祖様は山伏が荒しに来た時も、命の危険があられた時も、ぼた餅に毒を盛られた時にも、腹を立てられることもあられませんでしたし、仕返しをしてやるという心にもなられませんでした。それは神様がさせなさるご修行であると、有難く受け切っておられたからです。

★また、教祖様は、津川治雄師に『あなたは、腹が立ってもこらえてこらえて、それを腹の中へおさえこんでおられる。それでは、わが体をこわす。もう一つ進んで、腹の立つことを知らないということになるがよい。それには、悪いことがきても、「これは自分が犯した罪のめぐりか、先祖が犯した罪のめぐりであろう。これで、一つめぐりを取り払ってもらうのだ。」と思うがよい。またそれに相違ないのであるから』とみ教えをなさっておられます。

★どんなことが起きてきても、相手を責めるのではなく、神様がさせなさるご修行であり、めぐりのお取り払いであると理解させて頂けましたら、腹を立てることはないのです。そのような心持ちになるには、普段から信心の稽古を進めさせて頂くことが大切ですね。

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2019年10月31日

●神様と共に辛抱させて頂く             

三代教会長先生の奥様は、実母が亡くなられた後、小学校4年生の御頃に、東京の親元を離れて一人阿倍野教会に入所されました。入所された際、二代教会長伊藤コウ師は奥様に「10年辛抱しなさいや。」と仰せになりました。9歳であられた奥様は、10年間1度も実家に帰られず、コウ師のもとでご修行され、着物の裁縫、布団の打ち直し、お食事の準備等、教えて頂かれ、身につけられて御用なさってこられました。

★コウ師はある時、奥様に「私はあなたに毎日朝から晩まで、ああしなさい、こうしなさいと口うるさく言っていますが、あなたが私の年になったら必ず結構になりますよ。私が請け負います。私はいつまでも生きてはいられないけれど、私の心は皆あなたに移っているのですから、あなたが御用させて頂く時には、私も一緒に御用させて頂いているのですよ。あなたの心に私が生きているのですから、きっと結構になります。今の辛抱が先の幸せにつながるのですよ。」と、おっしゃったのでした。

★奥様は、88才の今日まで病気で入院されることなく、また寝込まれることなく、元気で御用にお使い頂いておられます。今日では、孫11人、曾孫19人を頂かれ、奥様は「毎日ひ孫を抱かせて頂いて、親先生の仰せになられた通りに、有難い生活を送らせて頂いています。」と毎日お礼を申しておられます。

★『その辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃ』と、み教えを頂いております。「厳しいことを言って頂けることが有難い」と分からせて頂くと、不足に思うことがありませんから、社会の何処に出させて頂いても結構になります。しかしながら、「自分が我慢しているから…」ということではいけません。神様にお縋りして信心辛抱させて頂くのです。そうすれば、「これほど辛抱しているのに、どうしてこのようなことが起こってくるのか…」と思うことがありません。神様にお縋りして辛抱させて頂き、辛抱させて頂けたら神様にお礼を申して、信心辛抱をさせて頂きましょう。
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2019年10月30日

●日々の家業を有り難いご修行に

 昭和49年のことです。二代教会長・伊藤コウ師がラジオ放送でなさった教話を、あるお寺の奥様が偶然お聴きになったそうです。その奥様は膀胱や大腸から出血する病を患っておられ、生きる気力を無くし、毎日「死にたい、死にたい…」と泣いて暮らしておられたそうです。そんな時に、偶然コウ師のお説教をお聴きになり、身が震えるほどの感激を覚えられ、「有り難い」という思いが心の底から沸き起こってこられたというのです。そして、どうしても教会へお参りしたいと願われましたが、病気で出かけることが出来ませんので、ご主人である住職さんが代わりに阿倍野教会に参拝されたのでした。

★住職さんは、お結界に進まれ、コウ師に「うちの家内があなたのお声に感じ入りましてなあ。『もう今日から死にたいと言わない』と申しております。おかげ様で出血も止まり、身体も良くなってきております。有難うございます。ところで先生は、これまで余程ご修行して来られたのでしょう。でなければ、あんなに良いお声にはなりません。あのような良いお話も出来ませんからなあ。」と仰いました。

★するとコウ師は、「いいえ、私はご修行らしいご修行はしておりません。このお道では『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え下さっています。私たちに与えて頂いた家業を行として、有難くさせて頂くことがこのお道の信心です。家庭や職場でそれぞれにご修行があるはずです。山にこもったり、滝に打たれて修行するのでもありません。断食をするのではなく、食物を有難く拝んで頂くご修行をさせて頂く。与えて頂いた仕事、生活そのものが修行であるのです。和らぎ賀ぶ心にならせて頂き、全てを拝んで有難く受け切ってゆく。誰もが毎日の生活の中でしておりながら、誰もが疎かにしてしまっている事を、真に有難くさせて頂くのがこのお道のご修行であるのです。」と仰せられたのでした。

★『人が人を助けるのが人間である』と、み教え頂いております。神様は、自分も助かり、周囲の人々も助かり立ち行く為に、銘々がさせて頂くべきことを、日々家業として与えて下さっておられます。自分の為すべきことを、疎かにしてしまっていることはないか、丁寧に見直し、考え直しをさせて頂き、有り難い生き方に日々生まれ変わらせて頂きたいと思います。

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2019年10月29日

●初代教会長先生の御修行のお徳を頂いて

昨日は初代教会長・伊藤徳次彦霊神の93年廻れる例年祭を仕えさせて頂きました。

★初代教会長先生の兄・庄五郎氏が泌尿器の病気を患われ、病気平癒のため父・池田太市氏は、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ歩いて参拝され、お取次を頂いて全快のおかげを頂かれたのでした。

★庄五郎氏のある日の夢に、棍棒、鶴嘴を手に無頼漢が十数名「庄五郎の命はもらった」と追いかけてきます。庄五郎氏は逃げ回った挙句、教会に飛び込んだのでした。御神殿の裏へ隠して頂きますと、無頼漢が押し寄せて入ってきて「庄五郎を出せ」と怒鳴ったのです。その時に、安武松太郎師が[庄五郎は確かにここに来た。しかし、すぐに装束を着せて御本部へ行かせた」と言って下されたところ、無頼漢たちは立ち去ったそうです。あまりにも鮮明な夢であったため、庄五郎氏は、安武松太郎師に夢の内容をお伺いされますと、

「棍棒・鶴嘴を持って、恐ろしい形相の無頼漢がきたという事は、お前の家のめぐりじゃ。また、追われて教会へ逃げ込んだという事は、神様に救われにきたのじゃ。お前の家のめぐりは、一筋縄や二筋縄ではとても手に負えぬほどに手強い。お取り払い頂くためには、道の教師となって、人を助けさせて頂く徳によって救って頂くのじゃ。その理由に「庄五郎は装束を着せて御本部へ行かせた」と言うたことではっきりしている]と仰せになられたのでした。

★庄五郎氏が病気全快され、神様の御用に使って頂かれるはずでありましたが、読み書きが出来ませんから家族で話し合いをした結果、庄五郎氏の代わりとして、弟の徳次師が「私がご修行に入らせて頂くことで、家族中が助かるならば行かせて頂きます。」と覚悟を決められ、家のめぐりのお取り払いの為に家の代表として、徳次師が16才から23才まで、足掛け8年甘木教会で御修行して下さいました。

★自分のことは二の次にして家族の為に身を捧げられたのです。そうしてご信心のお徳を頂かれ、家のめぐりをお取り払い頂いて、家族中が皆助かるようにと願って入られたのです。初代教会長先生が「わたしには無理です」と言っておられましたら、後々のおかげは頂けませんでした。初代教会長先生がご修行して下さったおかげによって、池田の家は一人の戦死者も無しに、際立ったおかげを蒙られてきたのでした。

★初代教会長先生のご修行があられませんでしたら、今の阿倍野教会はございません。3年後には、阿倍野教会の開教100年を迎えさせて頂きます。これからの3年、千日の御修行としておかげを蒙らせて頂くよう大きな願いをしっかり持たせて頂いて、ご信心に励ませて頂きたいと思わせて頂きます。
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2019年10月28日

●稽古をさせて頂く方向へおかげを頂く

 三代教会長先生が中学生の頃、二代教会長伊藤コウ師に「信心して身に徳を受けるということは、およそ損なことばかりしていたらよいのですね?」とお伺いなさったそうです。コウ師は「そうや。大体あんたが見て目先で考え、損やなあと思うことをしていたら、お徳を積む事になりますねや」と仰られたそうです。三代教会長先生は「当時の自分の小さな頭ではそのように思えた。しかし、目先の利益を考えたり損得勘定ばかりしていたら、信心してお徳を積ませて頂くということは、到底出来ることではないなあと、中学生時代の自分にも、段々と分からせて頂けるようにならせて頂いた。早くから間に合うように準備をさせて頂くこと、お徳を積ませて頂くことを教えて頂いていた・・・」と後に述懐しておられました。

★二代教会長伊藤コウ師は『朝早く起きて、ご飯を食べて学校に行かせてもらうことだけをしていては、あかんのや。庭を掃かせてもらうとか、廊下を拭き掃除させてもらうとか、何か御用させてもらいなさいや。そして学校が終わったら、寄り道せずにすぐ帰って来て何か御用させてもらいなさい』とみ教え下さいました。勉強も時間の使い方も工夫して、集中して短時間で能率の上がるように稽古させる、という方針であられたのです。窮屈なこと、しんどいことに思えておられた三代教会長先生も、それを段々と稽古なさっているうちに、人のお世話をさせてもらうことや、人が助かって頂くことを楽しみにさせてもらえるようになっていかれたのだそうです。十代の頃から稽古をさせて頂かれたので、そのようにおかげを頂かれたのです。

★『お広前を遠ざかるは、信心の抜け始めである』自分自身を見つめ直し、み教えを頂き直して、自分の心を磨いていくことが、面倒だったり窮屈のように思ったり、その時間が惜しいという気になってしまい、自分の都合を先に立てておりますと、めぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂くことが出来なくなります。人間は稽古をさせて頂いている方向へ上達をしていくのです。年齢を重ねたから辛抱強くなっていくとか、我情我欲が取れていくという話ではありません。稽古をさせて頂かねば、そうはならないのです。稽古をしていない人は、何歳になろうが、いつまで経っても人に助かって頂く喜びや、御用奉仕させて頂いてお徳を積ませて頂く有難さは分かりません。自分の心を磨く稽古を、日参と聴教を通して、共々におかげを蒙らせて頂きたいと思います。

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2019年10月27日

●心と体の悪毒病毒をお取り払い頂く

あるご信者は、眼がよく見えなくなり、医師からは手術を勧められていました。そこで、二代教会長伊藤コウ師にお届けされますと、「一週間様子を見られたらどうですか?その間にどうあってもおかげを頂きましょう。ご神酒を眼に頂いて、眼の中の悪毒病毒をお取り払い頂きましょう。それと同時にご神酒のお徳によって、心の中の悪毒病毒のおかげを頂きましょう。それが大事ですよ。きっとおかげが頂けます。」とみ教え頂かれました。

★そのご信者は、み教えを頂かれてから、毎日眼にご神酒を付けられて一週間様子を見られました。するとその間に、なんと有難いおかげを頂かれたのです。早速コウ師にお届けされ、お礼を申し上げたのでした。[親先生、結構なおかげを頂きました。早速ご神酒を眼に頂きますと、ご神酒が眼に染みて涙が次から次へと溢れて来まして、眼がスキっとして楽になりました。また、先日お参りした時に頂いたみ教えが、自分の心にピッタリ当てはまりました。そのお話は、眼を患って目が見えなくなった方がおられたのですが、その方には憎んで憎んで殺したいぐらい憎んでいる人がいました。それがみ教えを頂かれて、「私が間違っておりました。改まらせて頂きますので、どうぞ眼が見えるようにならせて頂けます様に。」と、神様に今日までのご無礼をお詫びなさったら、再び視力を頂いたというお話でした。そのお話を聞かせて頂きましたら、「これは私の事だ!」と思いました。私もどうしても許すことが出来ずに、ずっと恨み続けている人がいるのです。これが、こんなに不自由をしなければならない原因なんだということが分かりました。そこで神様に「神様、私は今日まで間違った考えでご無礼を重ねて参りました。本当に相済まんことでございました。これから改まらせて頂きます。人を恨んだり憎んだりしません様に。」と、お広前で一生懸命お詫びしますと、眼の曇りが取れまして、スッキリと見えさせて頂くことが出来ました。有難うございました。]と、一週間後にお礼届けが出来るようになられたのでした。

★体の悪毒病毒をお取り払い頂くことをお願いすると同時に、み教えを頂いて気付かせて頂き、心の悪毒病毒をお取り払い頂くことになられたのです。お話の批評ばかりしておりましたら、そのようなおかげを頂くことは出来ません。毎日お参りをして、自分自身に本当にみ教えの中身を頂かないと、結構になっては行かないのです。それを私達は、お広前で心の中の悪毒病毒をお取り払い頂けるように、心を改め磨いてゆく稽古をさせて頂くのです。また、心の弱った部分を癒して頂き、気力も体力も満ちてゆくおかげが頂ける受け物が出来てくるのです。
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2019年10月26日

●み教えを守らせて頂く有難さ

 あるご婦人が、お結界で三代教会長先生に、「先生、主人が信心に凝って困ります。近頃、一生懸命に教会にお参りするようになって、変わったことを言うようになりました。『今までは、儲け主義に走り過ぎて、利益を追求することばかりを考えていたように思う。これからは、実意丁寧を心掛け、お客様には親切に対応させて頂いて、喜んで頂くために、利益を少しにしてサービスするような気持ちでさせて頂きたいと思う。』と言うのです。そんなことでは、ただでさえ赤字なのに、商売が成り立ちません。何とか言うてやって下さい。」と、言ってこられたのでした。

★三代教会長先生は、「あなたは、普段み教えを聴いておられないから、ご主人と考えが食い違っているのですね。ご主人がそこまで心を決めておっしゃっていることならば、あなたも覚悟を決めて、ご主人の信心の足を引っ張らんように、まずは一年、ご主人を応援してあげて下さい。そして、どのような結果になるか、よく見てあげて下さい。心配ならば、あなたも一緒にお参りして、商売が繁盛するようにお願いさせて頂きましょう。」と、み教えになられたのでした。

★ご主人は、商売の仕方をご信心を元に改められ、誰に対しても実意・丁寧・親切を実践していかれました。すると、商売は以前より繁盛し、赤字経営を脱して、黒字に転じさせて頂くことが出来られたのでした。

★ところが奥さんは、「先生、商売は繁盛するようになりましたが、信心は訳が分かりませんわ」と言うだけで、お礼を申されることも出来られなかったということです。普段からみ教えを頂くことなく、愚痴や不足の多い生活をしておりますと、おかげを頂いていても、その有難さが分からないのです。日々、油断なくお届けをさせて頂き、自ら求めてみ教えを聴かせて頂いて、「慢心、疑い、怒り、愚痴不足、貪欲」などの不成心をお取り払い頂きたいと思います。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』

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2019年10月25日

●改まりの生活

あるご信者のお家で、可哀そうな人だからと同情されて、女中さんに雇って頂かれた女性がありました。給料日になると、働き盛りの年頃の息子さんが、その女中さんの給料をむしり取って行くので、女中さんはいつもお金に困って、難しい顔をされていたのだそうです。

★気の毒な人で幸せな生活が送れない方ですが、それには原因があったのです。かまどでご飯を炊いていた時代の話ですが、この女中さんがご飯を炊かれましたら、必ず焦がしてしまわれるのでした。そして、毎回そのお焦げをゴミ箱に捨ててしまわれるので、家の主人であるご信者は「私はお焦げが好きだから捨てずに残しておいて下さい。」と女中さんに仰いました。しかし、食事の後にゴミ箱を見てみると、そう言ったにもかかわらず、お焦げが捨てられてあったのです。ご信者が再度女中さんに言われると、今度はゴミ箱には捨てられていませんでしたが、汲み取り式の便所に捨てられてあったのでした。

★二代教会長伊藤コウ師はそのご信者に「その女中さんに辞めてもらいなさい。何回言っても理解が出来ず、改まりが出来ない方を家に置いておくと、あなたの家のめぐりになります。」とお話しになりました。このように仰るとはよっぽどのことですね。与えて頂いているものを有難く思って、大切にさせて頂く生き方がご信心です。その反対に、与えて頂いているものを粗末にして毎日めぐりを積み重ねて、自ら不幸の元を作ってしまい、さらには周囲が結構にならない元を作ってしまっていては助かりません。それが続けばさらに恐ろしいことが起こってしまうのです。

★『食べ物を粗末にするから食べられないようになる。勤めをなおざりにするから仕事は逃げ、働けないようになる。みな、無礼粗末の心がもとでそうなるのである』と、み教えを頂いていますので、私たちは日々の生活の中に、改まりを心掛けていかねばなりません。「ご無礼は一切ございません!」という家はありません。生活してゆく上で、何処かにご無礼が生まれてくるものです。「どうぞ、ご無礼の少ない生き方にならせてください。」と、お願いさせて頂きながら、心配りの出来る生活をさせて頂きましょう。
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2019年10月24日

●心の眼・心の耳を開く

 10月23日は、初代教会長伊藤徳次師の甥にあたる、池田司氏のご命日でした。

★平成15年10月18日、池田司氏の3年祭を神戸でお仕えする日の朝のことです。午前4時前頃に、私の夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿で正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。御礼を申し上げます。」目が覚めた私は、どういう御意味かは解りませんでしたが、すぐにノートに書き留めさせて頂きました。

★その年は、司氏のお孫さん2人が受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、司氏のご命日である10月23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、10月21日、初代教会長先生のお父様である池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★池田家の方は、代を重ねて熱心にご信心をお進めになり、その信心のお徳によって、霊様となっても徳高く、安心のおかげを頂き、子孫を守って下さっているということが分からせて頂きます。

★心を神様に向けて御祈念をさせて頂きますと、ふと心に気付かせて頂くことがあります。それは神様のお知らせだと教えて頂いております。そして、そのお知らせをそのまま実行させて頂きますと、間に合うようにして下さるのです。ですからいつも神様と二人連れで、御祈念しながら心に教えて頂くことを稽古させて頂きますと、先へ先へ間に合うように気付かせて頂くことが出来るのです。

★食事を拝んで頂きます時に、神様から「ここで腹八分目ですよ。」とお知らせを頂いているのに、「もう一杯飲もう、もう一口食べよう。」と思うのは我情我欲です。我食い、我飲み、大酒、大食は、神様が与えて下さった身体に対するご無礼であり、体を壊す元です。神様のみ教えを守らせて頂くことで、私達の身を守って下さるのです。

★お広前で心の眼を開き、心の耳で聴けるように稽古させて頂いておりますと、神様の深い思し召しを悟らせて頂くことが出来るようになります。その為には、日参と聴教に励ませて頂いて、お取次ぎを頂き、目に見える範囲を広げていって、大きな視野でもって万物を見させて頂けるように、おかげを頂いて参りたいと思います。

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2019年10月23日

●真心を神様に向ける

 阿倍野教会の初代教会長・伊藤徳次師の実父であられる池田太市氏は、甘木教会でご神縁を頂かれ、熱心にご信心を進められました。

★太市氏は、吉井町から甘木教会へ参拝なさる途中、筑後川を渡って参拝されていました。小料理屋を営んでおられた太市氏は、金光四神様の10年祭の時に、生きた鯉をお供えさせて頂こうと、藁つとに入れて下げ持っておられたのです。川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと船べりから水につけたところ鯉が逃げてしまったのでした。船には他のお客も乗っていますから、船を止めてもらう訳にはいかず、いったん向こう岸についてから、太市氏は探し回って投網を借りて来られ、船頭さんに熱心にお願いをして、もう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られたのです。すると、川の流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまって水面から一尺ほどの所にいるのを見つけたのでした。そして、網で捕らえて甘木教会へお供えさせて頂くことが出来られたのでした。

★甘木教会の安武松太郎師は、ことのほか喜んで下さり「あなたが真心からお供えをと願ったので、途中で神様が水に付けねば鯉が死ぬかもしれんというので、そのようになさったのです。それで鯉は元気になりました。あなたの真心を神様は受け取って下さったのです。」と仰って下さったのでした。祭典後、鯉をほどかれますと、まだ元気に生きていたので、甘木教会の池に放されたそうです。それが、なんと10年後の金光四神様の20年祭の時には、三尺(90センチ)にまで育っていたとうことです。

★『神の子が 神にならずはいかにせむ 瓜には瓜の なる世なりけり』(安武松太郎師)氏子が一心の真心を神様に向けさせて頂くことが出来れば、神様はその真心を必ず受け取って下さいます。生涯かけて、清い真心を大きく育てさせて頂けるよう、日参と聴教、御用とお導きに励ませて頂きたいと思います。
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2019年10月22日

●根気強く、日に日に新たに願う

 昨日10月21日は、教祖様が160年前の安政6年10月21日に天地金乃神様から『立教神伝』をお下げ頂かれた立教の日でした。阿倍野教会では、21日は天地金乃神様に対し奉ります月例祭を月々仕えさせて頂いております。その祭詞を奏上させて頂いた中でも、御神慮のまにまに『立教神伝』を授けて下さり、生神金光大神様の取次ぎの道を開いて下さり、神人共に助かり立ち行く世界を開いて下さったことに、御礼を申し上げたことでした。生神金光大神様のお取次によって、立ち行かない人も立ち行くようにして下さる尊いお道です。それは、教祖様が神様をどこまでもお立てになり、何事も仰せのままに受け切ってゆかれ、生涯かけて御修行なさったことにより開けたのです。その真心を受けて下さって、神様が教祖様を『生神金光大神』としてお立てになられ、『神からも氏子からも両方からの恩人は此方金光大神である』とまでご信用になられ、あいよかけよで助かり立ち行くことになられたのです。教祖様が神様からご信用頂かれた内容を私達も習わせて頂き、少しでも近づかせて頂けるよう信心を進めて参りたいと願わせて頂いております。

★二代教会長・伊藤コウ師のご時代のことです。あるご信者が入信前には、任侠の世界にあこがれて、喧嘩が好きで、家賃も払わずに、何でも付けで買っては借金を踏み倒していました。誰からも信用されず、借家もボロボロで、立ち行かない生活でした。息子さんがお導きを頂いて、教会の子供会にお参りするようになり、息子さんのお導きによってお母さんとお父さんが入信されたのです。

★どんなひどい目に会おうが、生き方を変えることをしてこなかったご本人でしたが、子供が次々と亡くなるという憂き目に遭い、次第に神様に心を向けていかれたのです。

★その方は、ブリキ職人でありましたので、コウ師から「一軒一軒、御用聞きにまわりなさい。」とみ教えを頂かれ、そのみ教えを守らせて頂こうと御神米をお伴して御用聞きに廻られました。最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に奥様がちりとりを注文して下さいました。信心によって心を改めていったことにより、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていったのです。長年積み重ねてきた借金を完済させて頂き、お礼のお宅祭を仕えられ、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★「私はこんな人間だから、どうしようもない」と、自分自身を諦めてしまったら、家族親族、縁につながる方々皆が助からなくなってしまいます。「お願いしても、なかなか出来ない」の繰り返しではありますが、根気強く、日に日に新たに願っていくということが大切です。『死んだと思うて欲を放して、天地金乃神を助けてくれ。』という、神様からのお頼みをお受けになられた教祖様にも、どれほどの御修行があられたでしょうか。私達はその万分の一でも習わせて頂く心になっていけば、有難い御庇礼を頂けることと思います。

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2019年10月21日

●十年先、二十年先をお願いさせて頂くために

私の娘が生まれさせて頂いた時に、お礼のお届けに行かせて頂きましたら、三代教会長先生から「この子が良いご縁を頂けるように、今からお願いさせて頂きなさいや」とみ教え頂きました。娘が生まれるまでは「五体満足で健康に無事に生まれてきますように・・・」とお願いさせて頂いておりましたし、生まれてからは「母子共が産後の肥立ちが良いようにお願い致します。無事成長しますように・・・」とお願いしておりましたが、生まれてすぐに「良いご縁を・・・」とは思いもよらない内容でした。

少なくとも20年以上先のことですね。しかしそのことをお願いさせて頂くことを教えて頂いたということは、「その間にどのように育てさせて頂いたら良いのかを、あなたはしっかり考えさせて頂きなさいよ」と私に仰ったのだと思わせて頂きました。そうしましたら、そのお願いに基づいて、自分自身がどのような親にならせて頂けば良いのか、どのように育てさせて頂けば良いのか、ということを真剣に考えるようになっていきました。

★現在の生活に於て、目前のことを真剣にお願いさせて頂かねばなりませんが、長期に亘ったお願いも重要なのです。10年先、20年先を真剣にお願いさせて頂くために、五ヵ年計画のお願いがあるのです。五ヵ年計画のお願いをさせて頂けば、お願いに向けてこの五年はどうさせてもらうのか、今年は何をお願いさせて頂けば良いかということを、現実的に見直しをさせて頂き、大切な所に目を向けさせて頂くことが出来てくるのです。

★また五年先に、自分やわが子が何歳にならせて頂いているか、ということを考え、その時に自分はどうあるべきか、我が家はどのようにおかげを頂いていかなければならないか、ということを考えさせて頂くのです。そうしましたら、今からどのような準備をさせて頂かねばならないか、ということが分かるようになります。そうして段々と信心が生活に即したものになっていき、お願いに基づいて正しい舵取りをさせて頂けるようになっていきます。大きなお願いを立てさせて頂くということは実に大事なことですね。
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