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2018年09月19日

●何が何でも…という心

 熱心に日参と聴教に励まれました中井氏が、脳梗塞の時に両手両足の麻痺、言語障害の症状が現たのでした。入院し治療を受けられましたが、造影検査をすることも難航し、薬を取り寄せなければ検査できない状態になりました。 しかし、その間に夢の中で、二代教会長先生と三代教会長先生と一緒に、御本部で金光様のお出ましを拝ませて頂いている光景を見られたのです。二代教会長先生と三代教会長先生が前に立って最敬礼しておられ、その後ろで中井氏が共に拝んでおられた夢でした。目が覚めて「今夢を見た。金光様のお出ましを拝んでいる夢だったなあ…」と思ったらその時、「金光様お出まし…」と口から言葉が出たのです。横で休んでおられた奥様がびっくりなさって「どうしたのですか?」と聞かれますと、見られた夢の内容を話されたのです。

★それから手も足も動き、朝にはストローで牛乳を飲むことが出来、翌日には教会から月例霊祭のお下がりで頂いたバナナを、二回に分けて食べることが出来られたのでした。後になって調べてみますと、頸部の詰まった太い血管はそのままでしたが、詰まった血管を回避して新しい血管が出来て、血液が流れていたのです。そして、後遺症なくリハビリする必要なしに、全快なさって退院させて頂くことが出来られたのでした。

★心筋梗塞での入院中の日記には、「御庇礼の高い教会の親先生のお祈りを頂きながら、ようおかげを受けられない鼻たれの信者ではいけない。私は鼻たれの信者にはならない。阿倍野教会の信者である。信心がぼけるとおかげがぼける。 退院をするには、病気に打ち克って治さなければならない。何としてでもおかげを頂かねばならない。み教えを求め、目的に信念に燃える心、これが元気な心だ。神様にすがる、一心にすがるということだ。」と病床にありながら、自らの信心を奮い立たせておられたのでした。

★そこには不安や心配は一切なく、何としてでもおかげを頂いていかねばという思いだけですね。神様を杖に一心におすがりする、ということに中心を置かれたので、おかげを蒙らせて頂くことが出来られたのです。

★『これほど信心するのに、どうしてこういうことができるであろうかと思えば、信心はもうとまっておる。これはまだ信心が足らぬのじゃと思い、一心に信心してゆけば、そこからおかげが受けられる。』

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2018年09月18日

●全てにお世話になっての自分である

16日には9月の御本部御礼参拝を、天候気象の上にも万事にご都合お繰合せを頂いて、怪我人・病人なく参拝のおかげを蒙らせて頂きましたことは、大変有難いことでした。

★ちょうど1年前の9月の御本部御礼参拝の際には、台風18号の接近の為、急きょ列車が運行できないという事態が起こりました。前日の午後4時ごろに電話があり、JRの山陽本線が当日午後より運休するとの連絡が入ったのです。早速、先生方、参拝会の方々と打ち合わせをさせて頂き、バス会社にバスを2台増発して頂くように段取りをし、先生方が手分けして午後9時半ごろまで列車で参拝される方々に連絡をさせて頂き、座席を用意して頂きました。列車に乗る予定であった方々のうち約120名の方々がバスに移行して、バス8台と新幹線や自動車で共々に無事参拝させて頂く大みかげを頂きました。神様に、私共の御祈念の足らなかった事のお詫びと、無事に参拝させて頂けたことの御礼を心から申させて頂いたことでした。

★このように振り返らせて頂きますと、自分達がさせて頂けることというのは、ほんの一部分であることがよく分からせて頂けます。事前の準備をさせて頂く上でも、心配りをさせて頂いているつもりでも足らない所ばかりなのです。また、天候気象や交通機関、運転手の方々の健康…等の上に万事万端ご都合お繰り合わせを頂かないことには、無事安全に列車やバスを運行して頂くことは出来ません。全てにお世話にならねば、参拝させて頂くことが出来ないのです。それは、家庭の中でも仕事の上でも同じことです。ですから、いつも神様や周囲の方々に御礼を申させて頂き、実意丁寧な生き方をさせて頂くことが大切であるのですね。

★『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』
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2018年09月17日

●食を粗末にするから職を離れる

 あるご信者のお家で、可哀そうな人だからと同情されて、女中さんに雇って頂かれた女性がありました。給料日になると、働き盛りの年頃の息子さんが、その女中さんの給料をむしり取って行くので、女中さんはいつもお金に困って、難しい顔をされていたのだそうです。かまどでご飯を炊いていた時代の話ですが、この女中さんがご飯を炊かれましたら、必ず焦がしてしまわれるのでした。そして、毎回そのお焦げをゴミ箱に捨ててしまわれるので、家の主人であるご信者は「私はお焦げが好きだから捨てずに残しておいて下さい。」と女中さんに仰いました。しかし、食事の後にゴミ箱を見てみると、そう言ったにも関わらずお焦げが捨てられてあったのです。ご信者が再度同様に女中さんに言われると、今度はゴミ箱には捨てられていませんでしたが、汲み取り式の便所に捨てられてあったのです。

★二代教会長伊藤コウ師はそのご信者に「その女中さんに辞めてもらいなさい。何回言っても理解が出来ず、改まりが出来ない方を家に置いておくと、あなたの家のめぐりになります。」とお話しになりました。このように仰るとはよっぽどのことですね。与えて頂いているものを有難く思って、大切にさせて頂く生き方がご信心です。その反対に、与えて頂いているものを粗末にして毎日めぐりを積み重ねて、自ら不幸の元を作ってしまい、さらには周囲が結構にならない元を作ってしまっていては助かりません。それが続けばさらに恐ろしいことが起こってしまうのです。

★コウ師はお説教の中で「女性の皆さんは、女として生まれた喜びを噛みしめて、[どうぞ家老としての大きな使命を全うさせて下さい。家の中のあらゆることは私の責任です。私の信心の改まりが十分にさせて頂けますように。しっかりと家を治めさせてください]と一生懸命に神様にお願いしてさせて頂きましょう。女性の皆さん、一人一人が大切な使命を自覚して、どうぞ立派な機関車になって下さい。女に生まれてつまらないなど決してありません。神様から頂いている使命を果たさせて頂きましょう」とお話し下さいました。ご信心をさせて頂いている私達は、万物を生かしていくことを稽古させて頂かねばなりませんね。

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2018年09月15日

●神様の御機感にかなう願いとは?

 ある娘さんのお父さんは、大層酒乱でお酒を飲むと、お母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。親戚も「あの酒呑みは焼き直さなければ治らない」というほどでした。そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で、教会へお参りなさり「お父さんが飲酒をやめますように」とお届けなさいました。しかし、なかなかお父さんの酒乱は治らず、お届けされました。

★するとお結界で、[神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ私の家は結構になるのに…等と思っていませんか?それでは神様のお心には適いません。心で殺していることになるからです。神様のお心に適う願いとなるには、「どうぞ父親が健康で長生きして頂けますように、そのためにはお酒を止めてくれますように」とお願いさせて頂きましょう。それが神様のお心に適うのです。]とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対しての責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、有難いことにお父さんは自らお酒を止めてくれるようになられたのです。そして、お父さんが熱心に信心をして下さるようになり、家庭が円満で健康な姿になってゆかれたのでした。

★阿倍野教会では、「体の丈夫」「子孫の信心教育」「豊かな生活」「平和円満」「徳と力」の五つのお願いを掲げさせて頂いております。なぜ、教会ではこのような五つのお願いを掲げさせて頂いているのでしょうか?それは、この願いは神様が一人ひとりの氏子にかけて下さっている願いであるからです。「身代と人間と達者」が揃って代々続く家とならせて頂き、神様の御機感にかなう願いを立てさせて頂くことが大切ですね。

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2018年09月14日

●人に心が向かないように

信心させて頂いて、何を稽古させて頂くのでしょうか。自分の受け物を大きくさせて頂くということや、めぐりをお取り払い頂き、徳と力を頂くことを稽古するのです。しかし、人はもっと自分の思うようになってほしい、もっと楽になりたいと思ってしまいがちです。ですから、何か起きてきますと、物事にとらわれて「なぜこういうことが起きてくるのだろうか」とか、人に心が向いている時には「あの人にこんなことを言われた。」「あの人がこう言ったからこうなった。」というような捉え方になってしまうのです。

★二代教会長伊藤コウ師は「神様に心が向いております時には、信心になっております。しかし、神様に心が向いておらない時(人や物事に心が向いている時)には、信心にはなっておりません。」と端的に仰せになっておられます。物事や人に心が向いておりますと、それにとらわれてしまって心が乱されてしまいます。人が言うことは、その時の都合によって変わります。また、その時代の価値観によっても判断は変わってきます。しかしながら、神様が氏子にそれぞれに願って下さっているお心は、どこまでも変わられることはありません。神様のお心を目当てにさせて頂けば、心は乱されることなく、迷うことがありません。それには、日々み教えを真剣に頂いてゆくことが必要です。人間の考える範囲というのは狭いものです。どのようなことが起きてきても、み教えを頂いて正しい生き方を教えて頂きましょう。その姿こそ、神様に心が向いている姿であり、有難いことに本筋を外れることがなく、間違いかけても正しい道に戻らせて頂けるのですよ。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。』
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2018年09月13日

●心に直接働きかけて下さる

先日、あるご信者が「これまで私は大変な親不孝をしておりました。いくら親が言うて聞かせて下さっても、逆らって長年に亘って親に心配をかけておりました。また反発心によってご信心も出来ずにいたことを、ご無礼であったとようやく分からせて頂きました。改まらせて頂かなければ、私は助からないと思わせて頂きます。」とお詫びのお届けに来られました。そのご信者の親御さんは、以前に「私の言うことに反発して聞いてくれず、親として何をどのようにさせて頂きましたら、神様に届いていくお願いになるのでしょうか。どのように子供に言うて聞かせればよろしいのでしょうか。」とお伺いに来られたことがありました。

★そこで「今何を言わせて頂いても受け入れてくれないということは、こちらの徳と力も足りないということですから、神様におすがりさせて頂きましょう。[私には徳と力も足りませんので、何を言うても聞く耳をもってくれません。申し訳ございませんが、神様から直接本人に伝えて頂けるようにして頂きたく存じます。私は親として改まってご修行させて頂きますので、神様から直々に子供に伝えて頂けるおかげを蒙らせて頂けます様に]とお願いをして、心を込めて日参と聴教に励ませて頂きましょう。そうしましたら、親の足らないところは足して下さいますから、日々お届けをしておすがりをさせて頂いて、おかげを蒙られたらどうでしょうか?」とお話しさせて頂いたことがあったのです。

★そしてこの度、神様から直接伝えて頂いて、本人が自らお届けが出来られるようになられたのでした。神様が時節を与えて下さったのです。この折に親も共に「子供がこのように神様から分からせて頂く機会を与えて頂きまして、有難うございました。私は親として、さらにここから子供と共に改まらせて頂きます。」とお礼を申して、お願いをさせて頂く生き方が、おかげを蒙らせて頂けるのですね。「あれは子供が悪い、子供の自業自得だ」と言っていては、結構にはなれません。それぞれに信心向上させて頂ける有難い機会を与えて頂いている、ということを分からせて頂かなければなりません。有難いことに神様はちゃんと聞き届けて下さいます。きっかけを与えて下さり、心に直接働きかけて下さるのです。「私が至りませんでした」と分からせて頂けることが心の開けるおかげなのです。

★『心のおかげが大事じゃぞ。心のおかげを先に受けたら、身のおかげは自然に受けられるのじゃ』(二代金光様のみ教え)

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2018年09月12日

●『今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。』

昨日は、月例祭に併せて合祀祭をお仕え申し上げました。

★二代教会長伊藤コウ師は、昭和7年ご母堂であられるハル刀自がお国替えになられ、合祀祭をお仕え頂かれた時、御祭典の後に、「今日ご隠居様はきれいに髪を結われて、紋付の羽織を着て、実に穏やかなお顔でお出ましになられ、お祭を喜んで下さいました。」とお話しになられました。 霊神となられたハル刀自のお姿が、コウ師の心眼に映られたのです。心を込めてご生前中のお礼を申され、徳高き霊神となって頂くようにと一心にお願いされましたら、ハル刀自のお姿がコウ師の心眼に映られたということなのです。

★私達もご信心が進ませて頂き、ご修行させて頂きますと、神様、霊様に心が通じ、近づかせて頂くことが出来るのです。そうしますとご先祖・親様が望んでおられることが分かるようになり、手を差し伸べて下さり、助けて下さることを日々感じさせて頂けるようになるのです。

★私達の目に見えている範囲というものは実に狭いのです。目に見えていない部分を大切にし、み教えを頂き直して、心を清めて磨く稽古を生涯のご修行にさせて頂いておりますと、有難い道が開けてきます。また、心の凝りを取り除きませんと、人の意見も耳に入らず、自分の殻を破ることは出来ません。一口に、「心の凝りを取る」と言いましても、なかなか自分一人で出来るものではありません。日々み教えを頂き、天地の道理を悟らせて頂くことによって、少しずつ結構な姿に生まれ変わらせて頂くことが出来るのです。ご信心させて頂きますと、今まで気づかなかったことに気づかせて頂け、見えなかったところが見えるようにならせて頂けることは真に有難いことです。

★『今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。』
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2018年09月11日

●どんな時も神様と共に

 昨日9月10日は、上田氏のご命日でした。上田氏は、ご生前中におかげ話の中で、どんな時にも心中ご祈念をしながら、心に思わせて頂いたことを素直に実行することの有難さをお話しなさっておられます。

★ある日、子供さんと教会へ参拝された帰りの事です。教会を出られて、地下鉄の昭和町の駅に着いた時に、お母様から頂いた形見の櫛がないことに気付かれたのです。どこかで落としたことに気付かれた上田氏は、すぐに心中ご祈念をされました。すると、心に上町線の線路のところに、櫛が落ちている光景が浮かんだのです。急いでその場所まで戻られますと、何と心に浮かんだ通り、線路のレールのところに落ちていたのでした。

★また、平成2年には、ご主人のご両親のお世話をさせて頂く為に、4人のお子さん方を連れて市内から堺市へ住居を移されました。ご主人は7人兄弟であり、上田氏は「夫は二男だし、うちの商売のこともあるし、私達夫婦がお世話に行くことは無理だろう…」と思っておられましたが、三代教会長先生にお取次ぎ頂かれますと、「親孝行に行かせて頂きなさい。あなた達が親孝行させて頂けば、4人の子供さんが皆おかげを頂かれますよ。」とみ教えを頂かれたのでした。ご夫婦共に、み教えを素直に有り難く守られ、常に心中御祈念されながら、実意丁寧にお世話をなさったのです。

★お父様が転倒して頭を切る大怪我をなさったり、お母様が急に意識不明のこん睡状態になられるということがあられたのでしたが、その都度、お取次を頂き、心中ご祈念を欠かさずお世話をなさって、おかげを頂かれたのでした。お母様は、奇跡的に意識が戻られ、段々と回復のおかげを頂かれました。お母様が、床ずれになっておられる体を診察して頂いた時に、上田氏は、自身の胸のしこりを医師に相談されますと、それが乳癌の早期発見のきっかけとなり、無事手術成功のおかげを頂かれたのでした。

★常に心中ご祈念を欠かさず、大きいことから小さいことまで、全てにお願いを先に立てて行い、ご神意にかなう生き方になるように稽古させて頂きたいと思います。

★『人間は小天地で、自分の頭をいつも天地の神様がお守りくだされてあるゆえに、自分の体を思うように使われるのである。信心も仕事も同じことで、信心に進めば神徳もおかげも一日まさりである』

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2018年09月10日

●万物を見て、神様のお声を聞く

熱心にご信心をなさっておられたお母さんが終戦前に家移りをなさったことがあられました。ご家族は「戦争中で空襲もあって、これからどうなっていくか分からないという状況なのに、なぜ家移りをせねばならんのですか?」とお母さんに質問なさいました。するとご信者は「親先生(二代教会長先生)に[ここの場所はどうでしょうか?]とお伺いしたら、『結構なところですな』と言うて下さったのです。

親先生が言うて下さったということは、神様が言うて下さったのですから、誰がなんと言おうと移らしてもらいます。」と言われ、ご神殿をお供して家移りをなさったのでした。戦後、その場所は大変繁盛され、そのご信者の家の軒先を貸して下さいと商売なさる方々が集まられたのです。そして毎日、「お借りした場所代です」と日銭が入るようになられたのでした。

★世の中が移り変わる中で、先を見通す力は人間にはありませんが、ご信心のお徳を頂いていけば、良い方へ良い方へとお導き頂いて、結構なところへお引寄せ頂くことが出来、有難いことにご都合お繰り合わせをつけて下さるのです。

★阿倍野教会の現お広前のお土地を購入させて頂いた際も、「なんでこんなに奥まった場所のお土地を購入なさるのか?」と思われた方もおられたそうです。しかし、都市計画で広い道路が計画され、目の前に広い通りが出来たのです。次から次へとおかげを頂き周囲を良い方向へ変えて下さったのです。

★『四季の変わりは人の力におよばぬことぞ。物事、時節に任せよ。』とみ教え頂いておりますが、何もせずに指をくわえて待っているというのではおかげは頂けません。邪心を出さず、無理をせず、日々油断のないご信心をさせて頂いて、実意丁寧にコツコツと真面目に働かせて頂きましょう。精一杯の努力をさせて頂き、お礼の働きを心掛けてさせて頂くことが大切です。

★人と比べることをせず、自分自身がどのようにおかげを頂いていけば良いのか、物事を心の眼で見させて頂き、み教えを心の耳で聞かせて頂く、そのようにさせて頂くことがご信心だと教えて頂いております。万物(色々な出来事や様々な現象)を見て、その奥にある天地の親神様のみ教え・お声を聞かせて頂き、神様の深い深い思し召しが分かるように信心の稽古をさせて頂きましょう。
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2018年09月09日

●朝参り・日参・聴教のお徳

 昨日は、みかげ例会にて、高松氏の大変有難いおかげ話を聞かせて頂きました。高松家の信心の初代であるお祖母様は、高松氏が幼い頃から子供会に連れてお参りなさり、信心の基礎を築かれました。

★高松氏は昭和51年に26歳でご縁を頂かれ、一男一女の子宝を授かり、勢信心のおかげを頂いておられます。高松氏の奥様は平成17年より、高松氏は平成22年より朝参りをさせて頂くようになられ、今日まで続けておられるおかげで、何かある度に夫婦の心が揃い、神様におすがりさせて頂いておかげを頂いておられるのです。

★娘さんは、もともと地元の公立中学校へ進学なさる予定でしたが、塾の先生から教会の近くの私立中学校への進学を勧められました。奥様は「そんな遠い学校へ行かなくても…」と思われましたが、その直後に見た夢に、三代教会長先生がお出まし下さり、首を横に振られたそうです。丁度その時、教会から子供会日曜例会のおかげ話の御用を頂かれました。娘さんはみ教えを守らせて頂くような気持ちで、おかげ話をさせて頂かれ、教会近くの私立中学校への進学を決意されたのでした。そしてその学校への進学が、後に大きなおかげとなったのです。

★娘さんが高校生の頃に、摂食障害と不登校を経験することになったのです。毎朝、奥様が娘さんを車に乗せて朝参りをし、教会長先生にお届けさせて頂いてから高校まで送るという生活を続けさせて頂かれ、高校を無事卒業されて、短期大学への進学のおかげを頂かれました。その後、仕事の上にも良縁の上にもおかげを頂かれ、住宅購入のおかげを頂き、大変有難い家庭を築かせて頂いておられますことは、真に有難いことです。それも、中学・高校の6年間、毎朝日参なさり、教会長先生にお取次ぎを頂いてから通学させて頂いたことによるものと御礼申されています。

★ご家族中が毎日の朝参りを生活の基本とし、み教えを素直に頂かれたことで、起こってくる出来事を乗り越えるお徳を積ませて頂かれたのですね。

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2018年09月08日

●問題を信心の目で見直してゆく

大変熱心なご信者でありました土井つちの氏のご家庭は、長女・光子さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた折、病気全快のために、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然にも阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ、門をくぐられたのが参拝の始まりでした。

★初めて、二代教会長伊藤コウ師にお届けをされた時、コウ師より「娘さんが胸の病気ということですが、家庭の中で胸を悩まされているようなことはありますか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸し業と小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっていることをお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に無期限の定期を作ったと思って、後は催促はせずに時節を待たせて頂きなさい。その後のことは神様にお任せして、あなたはしっかりと信心をして、家の中が円満になるように、神様を杖にして娘さんの病気全快をお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのです。

★それからはご夫婦で熱心に西区九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていたところから未払いの分を2回に分けて全て支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期に長女さんの病気も全快のおかげを蒙られたのでした。

★そのお礼につちの氏は、周囲の助かりを願われ、信心の有難いことを伝えていかれました。つちの氏のもとには、近所の方がよく身の上の相談に来られていました。そんな時土井氏は、じっくりと相手の方のお話を聞いてあげられた後に「私はこのようにおかげを頂いてきました。」と言って、ご自分の体験を通して信心を基におかげを頂かれたお話を丁寧になさったのです。そうして、相手の相談事に対して具体的に解決策を示すのではなく、じっくりとお話を聞いて助かりを願われ、神様の有難さを話されて、お導きをなさったのでした。

★『人間はみな生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。』『これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心は止まっている。これは、私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげが頂ける。』
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2018年09月07日

●実意を以て願う

 あるご信者が随分以前、三代教会長先生のご在世中に、阿倍野教会でおかげ話をして下さったご内容です。

★その信者は、30才の時、三重県名張で月見をしている最中に、突然月に雲がかかってきたように感じたかと思うと、そのまま両眼とも失明してしまわれたのでした。幼い頃からご神縁は頂いておられましたので、眼が見えるように、当時のご自分なりに一生懸命神様にお願いなさったそうです。しかし、なかなか改まることは出来ずにおられたようです。そのうちに、段々と自暴自棄になってしまい、自ら命を絶つことが頭をよぎった時、お母様のお顔が浮かんできたのです。

★「ここで死んだら、お母さんはどれほど悲しむだろうか…。年老いた母のお世話をするべき自分が、先に命を絶つようなことをしては申し訳ない…。」と思い止まられたのです。そして、「どうぞ、親にご恩返しの出来る人間にならせて頂きとうございます。これからは、身に贅沢なものはまといません。どんな仕事でも厭わずさせて頂きます。どうぞ生まれ変わらせてください。命の親様であられる天地の神様に、ご安心頂ける私にならせてください」と、地面にひれ伏して心の底から涙ながらにお詫びとお願いが出来られたのでした。

★そうしますと、ほのかな光に照らされた新聞の見出しがうっすらと見え始めたのです。それから次第に視力が戻り、心の眼が開けることによって、肉眼も開ける大みかげを頂かれたのでした。それからは、神様とお約束したことを守り通され、生涯ご信心に励まれたということです。

★真心を行いに現すのが実意です。この度の台風を通して、教会としても見直し、考え直しをさせて頂き、また、先々の為に神様がどのような準備をせよと仰せなのかを、しっかりと分からせて頂きたいと願わせて頂いております。

★『天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい』『常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる』

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2018年09月06日

●後始末は御礼の信心

4日は、広い範囲で猛威を振るった台風21号が通過しましたが、大阪市内も今まで経験したことのないような、猛烈な雨風の影響を受けました。

★お昼から教会の雨戸をすべて閉め切りましたが、それでも防ぎようのない竜巻のような風により、被害を受けたのです。真栄根館と北拝殿、また東苑と西苑の教職者の屋根瓦が一部損傷したのでした。4年前に、会堂屋根瓦葺き替え工事をさせて頂き、お広前は屋根全体の瓦を一枚一枚固定して頂いておりましたので、お広前の大屋根の瓦は全く傷つくことなく、そのままの状態を保たせて頂くことが出来ました。そうこうしている内に、北拝殿と北の駆け出しの間から雨漏りし、最初はバケツで雨水を受けていたのですが、とても追い付かず、プラスチックの箱をズラッと並べて受けることになりました。その後も、夜の6時過ぎまで先生方を初め職員の方々・子供達・御信者の皆様と、教会の内外の後片付けをさせて頂きました。そして、掃除が終わり、大過なく済ませて頂いたことにお礼を申して、夜のご祈念の時間となったのでした。

★何事も準備と後始末が大切です。行き届いた準備をさせて頂きますと、神様は有難い結果を与えて下さいます。常平生に何の準備もしないで、いざ問題が起きて来た時に、慌てふためいておりましても、何の解決にもなりません。また出来てきたことを通して良い勉強をさせて頂き、次に何を考えてどのようにさせて頂けば良いか、お知らせやお気付けを与えて下さっているのです。

★御礼の心を込めて、丁寧に掃除と整理整頓・後片付けをさせて頂くことが、御礼の信心となるのです。
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2018年09月05日

●今月今日の信心に油断なく…

 雨垂れの一滴というのは、手で受けようと思えば受けることが出来ますし、その一滴を受けたからといって特に影響はありません。しかし、その一滴が何十年も同じ場所に滴り落ちましたら、岩をも穴を開けてしまうほどの力を持っているのです。

★信心も同じことです。一日お参りをしたからといって、体質も性質も一朝一夕に変わる事はないように思えます。しかし、日々日参と聴教を積み重ねさせて頂きましたら、どれ程のお徳を積ませて頂けるでしょうか。反対に、み教えに反した我情我欲な生活を日々積み重ねておりましたら、どれ程めぐりを積んだ生活になることでしょう。

★あるご信者は、夏休み期間中から親子で朝参りが続いておられます。朝参りをさせて頂く前までは、夜遅くまで起きていた小学生のお子さんが、「一緒に朝参りをさせて頂きたい!」と早く寝て、朝5時に起床し、共に参拝されるようになったそうです。一方、高校生のお子さんの方は、「朝参りをするなら、パンのご褒美を買ってくれ。」とかわいらしいお願いをなさるそうです。年を重ねるにつれて、どんどん磨かれていく部分と、余計なものが付いていってしまう部分とがあります。小さい頃には純粋に心が神様に向かっていたのが、だんだん我情我欲が付いてしまうところがあるのです。それは、私達大人も同じことです。信心をさせて頂く者が、日々気を付けなければならない所ですね。

★今月今日、今日一日の行いが、わが身を救い助けるものとなっているでしょうか。ずっと悪い事を思い続けているということは無くても、その時その瞬間にふと思うことが、我情我欲に満ちていたり、神様のお心に叶っていないことは多々あります。それを取り払うご修行をさせて頂き、日々めぐりをお取払い頂いて、お徳を積む生活にならせて頂くことが大切ですね。

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2018年09月04日

●敬う心を大きくする

教祖様ご在世中のお話です。竹本嘉十郎という人は、高橋富枝師の六条院教会のお広前へ参拝なさっておられました。その息子さんが大病を患われた時に、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方がよく効くだろうと思って、大本社である御本部の教祖様の元へ参拝されました。すると、教祖様のお口を通してご裁伝があり、神様は『辰の年、酒は酒屋のほぞにある。此方の酒が効くのではない。その方の所の出社を何と思っているのか。その方は、若い婦人と思って軽しめて、子守りのように思っているであろう。その婦人は此方の出社であり、金神の眷族(けんぞく)である。神と尊め。おかげを受けるのも受けないのも、その方の心にある』と仰せられました。嘉十郎は恐れ入って帰り、その後に、高橋富枝師のもとへ「御神酒をいただかせてください」とお願いに参られました。そうして改まった心で御神酒を頂かれますと、息子さんは間もなく全快されたのでした。

★高橋師を女性だからと軽くみて、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方が、息子の大病も治るであろうという心を、神様は見抜き見通しであられたのです。また、手続きの大切なところをおろそかにしてしまっていたのです。常平生お参りさせて頂いている教会でお取次ぎを頂くということは、お結界の先生が、その氏子の御礼・お詫び・お願いの足りないところを足してくださり、生神金光大神様にお取次ぎを下さるのです。そして、その願いをお受け下さった生神金光大神様が、天地金乃神様にお取次ぎ下さるのです。そうして、何重にも氏子の願いを足して頂いているのです。おかげを頂けるのも、頂けないのも我が心にあるのです。自分の受け物をきれいにし、敬う心を大きくさせて頂くことにより、おかげはいくらでも授けて下さいます。ひびが入っておりますと、そこに水を入れても漏れていきますね。ですから、ひびを見つけて焼き付く心で信心をさせて頂く事が大切なのです。それには、日々改まりを重ね、敬う心を大きくさせて頂くという事です。

★『敬いのある人ほど、早くおかげが受けられる。人を敬うてわが身に徳を受けるとは、この事である。敬いの少ない人は、せっかく神様のおかげを受けるに、入れ物を改めておらんという事になる。』

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2018年09月03日

●ご神意にかなう生き方の稽古を

 ご神意にかなう生き方と、そうでない生き方とは、人の目から見れば、大差がないように思うこともあるかもしれません。だからこそ、日々お取次を頂いて、み教えを頂き、油断なく信心をさせて頂きませんと、知らず知らずのうちに、間違った生き方、おかげを受け漏らす生き方になりやすいことを、自覚しておかく必要があります。

★教祖様は、『病人でも、これは大病でとても助からないなどと言うが、これが心で殺すことになる。氏子の心では、助かるか助からないか、わかりはしないであろう。また、あの人は死ねばよいと言ったりもする。それがみな心で殺すのである。それよりは、どうぞ向こうが改心しますようにと、神様に祈念してやれ』とみ教え下っておられます。これを油断なく実践させて頂くには、日々の稽古と、信心辛抱が必要になってくるでしょう。

★あるご信者は、近所でも有名な気難しいお舅さんと同居しておられ、日々辛く感じておられました。そんな時、ご神縁を頂かれて、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいますと、「あなたは神様から結構な宝物を頂いておられるのですよ。お義父様はあなたの家の宝物です。あなたがご信心を元に、真心込めて孝行なさるか否かで、家が結構に栄えていくかどうかが決まります。」とみ教え頂かれたのでした。

★ご婦人は、「お義父さんのことを第一にさせて頂いて、何事も逆らわないことをご修行にさせて頂こう」と有り難い決心が出来られ、生活の全面に渡って実行していかれたのです。すると次第に、「主人を苦労なさりながら育てて下さり、私のような至らない者を嫁にして頂いて、長い間辛抱して下さっている。こんなに有り難いことはない。しっかりお義父さんに喜んで頂かなくては申し訳ない」と、心底思えるようになられたのでした。そんな日々を送っておられますと、お義父様が80才を過ぎた頃に、教会に一緒にお参りしたいとおっしゃったのです。そして、伊藤コウ師に、「うちの嫁を、こんなに立派に育てて下さって有り難うございます。これからは、日参させて頂きます」と、おっしゃって下さったのでした。

★日参と聴教に励み、小さなことから大きなことまで、神様のお心にかなう生き方にならせて頂けますよう、稽古させて頂きましょう。

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2018年09月02日

●繁盛する道

阿倍野教会初代教会長・伊藤徳次師の、兄・庄五郎氏が泌尿器の病気を患われ、病気平癒のため父・池田太市氏は、片道4里(16キロ)ある甘木教会へ歩いて参拝され、お取次を頂いて全快のおかげを頂かれたのでした。

★ある日の夢に、棍棒、鶴嘴を手に無頼漢が十数名「庄五郎の命はもらった」と追いかけてきます。庄五郎氏は逃げ回った挙句、教会に飛び込んだのでした。御神殿の裏へ隠して頂きますと、無頼漢が押し寄せて入ってきて「庄五郎を出せ。」と怒鳴ったのです。その時に、安武松太郎師が[庄五郎は確かにここに来た。しかし、すぐに装束を着せて御本部へ行かせた。」と言って下されたところ、無頼漢たちは立ち去ったそうです。あまりにも鮮明な夢であったため、庄五郎氏は安武松太郎師に夢の内容をお伺いされますと、「棍棒・鶴嘴を持って、恐ろしい形相の無頼漢がきたという事は、お前の家のめぐりじゃ。また、追われて教会へ逃げ込んだという事は、神様に救われにきたのじゃ。お前の家のめぐりは、一筋縄や二筋縄ではとても手に負えぬほどに手強い。お取り払い頂くためには、道の教師となって、人を助けさせて頂く徳によって救って頂くのじゃ。その理由に「庄五郎は装束を着せて御本部へ行かせた。」と言うたことではっきりしている。]と仰せになられたのでした。

★庄五郎氏が病気全快され、神様の御用に使って頂かれるはずでありました。しかし、読み書きが出来ませんから家族で話し合いをした結果、庄五郎氏の代わりとして、弟の徳次師が「私がご修行に入らせて頂くことで、家族中が助かるならば行かせて頂きます。」と覚悟を決められ、家のめぐりのお取り払いの為に家の代表として、徳次師が16才から23才まで、足掛け8年甘木教会で御修行して下さいました。そして、コウ師とご縁を頂かれ、大阪で布教して下さったのです。そのご修行のお徳というものは、家族や親族にまで伝わりました。親族が戦争に行かれても、戦死者は一人も無しにおかげを頂かれ、危ないところを何度も助けて頂かれたのです。現在もそのご信心のお徳によりまして、池田の家も伊藤の家も、縁に繋がる家が結構におかげを頂いているのです。

★御先祖は木で例えますと、根の働きをして下さっておられます。根の働きが鈍ってしまっていては、幹も太らず枝葉も茂りません。根の働きが十分になされる様、また枝葉も茂る様にならせて頂く為には、親様を大切にさせて頂き、伝えて頂いてきた信心を守らせて頂くことが大切です。

★『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である。』『木のもとへ肥をやれば、枝振りまで栄える。ご先祖や親を大切にすれば繁盛させてくださる』
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2018年09月01日

●恨みに報ゆるに徳をもってす

 阿倍野教会の信徒総代をなさった山階氏は、幼い頃に実母を亡くされ、義理のお母さんに育てられたのでしたが、「義母はいつも義弟ばかりを大事にし、自分は疎んじられている」と思い続けておられたのでした。そして、10代の終わりに家出をされ、「成功して親を見返してやりたい」という一念で、小さな鉄工所を営んでおられましたが、多額の借金を抱え、中之島公園でアイスを売って、日銭を稼がなければならない苦しい状態に陥られたのでした。

★そうして、30年以上も親に音信不通の状態が続いておられたのでしたが、49才の時にお導き頂かれ、伊藤ハル刀自より「何十年も音信不通になっているとは、どれ程親は心配されていることでしょう。それは、親不孝の極みです。そこにあなたが結構にならない元があるのです。親の御恩のわからない人間にどうして天地の親神様の御恩が分かるでしょうか!まず両親にお詫びに行かせて頂き安心して頂きなさい。これからは親孝行させて頂けるように改まりなさい。」と熱心にみ教えを下さったのでした。

★山階氏は、ハル刀自のみ教えを素直に頂かれて、早速実家に戻られてお詫びをされました。30年以上積み重ねてきた親不孝の心から、真に親孝行を願う心に切り替えることが出来られ、神様におすがりしながら、どこまでも真心で孝養を尽くされたのです。

★そうして一心にお礼とお詫びの信心に打ち込まれますと、鉄工所は10年の間に目覚ましい発展を遂げ、従業員100名を超える大きな工場に繁盛のおかげを頂かれたのでした。また、お義母さんには一番良い部屋を用意させて頂かれたのでした。

★山階氏はこれまでの恨み等をお取り払い頂いて、自身を改まらせて頂き、「どうぞ親孝行させて頂けます様に」という心に変わらせて頂くおかげを頂かれたのです。親孝行、ご恩返しという中心となる願いから外れることなく、神様を杖にして、有り難いおかげを頂く道を歩ませて頂きましょう。

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2018年08月31日

●我を出すことなく…

昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に、三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことを、あらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、20代であられたご長男・金光鑑太郎様は腹が立って腹が立って、ある日、お母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。その時に鑑太郎様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。」と気付かれたのでした。三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさっておられたのです。

★「私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。金光様は少しもお変わりになっていない。ただ段々とお年をお取りになっている。」と後になって鑑太郎様は残しておられます。お子様がお国替えなさった時にも、お結界をお下がりになられることなく、お結界でお取次ぎの御用をなさっておられたのです。三代金光様は、日々「自分を出さない」ということを徹底的に心掛けておられたということです。

★どんな瞬間でも神様に心を向ける稽古をさせて頂いておりますと、何か事が起きてきた時に心が乱れることなく、神様のお心が分からせて頂くことができるのです。ご家庭でも、どこでもどんな状況でも、ご自分の感情を表に出されることなく、我を放す稽古を徹底してなさり、常に神様に心を向けておられたということです。大きな願いをお立てになられて、教祖様、二代金光様のご信心を頂いておられたという事が分からせて頂きます。
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2018年08月30日

●神様と共にさせて頂く

 教祖様が、大人2人以上で取り掛からねば、ひけないほどの大きな唐臼を、教祖様お一人でひかなければならないことがあられました。神様が「手伝うてやる」と仰られ、「休め」と教えて頂けば急に唐臼が回らなくなり、「今ひけ」と言われてひき始めると回りはじめたのでした。そして息が切れずに多く唐臼をひく事が出来られたということです。

★物事の大小にかかわらず、全てにお願いをさせて頂けば、神様が手伝って下さるのです。「この出来事を通しておかげを頂けよ」「この出来事を通して家族中が結構になっていくように、有難いご信心に進ませて頂きなさいよ」と出来事を通して教えて下さるのです。ですから、『出来てきたことは皆おかげである』『難はみかげである』ともみ教え下さっているのです。

★この『難はみかげである』というみ教えは三代金光様が残して下されたみ教えです。三代金光様は、数え年14才というご年令で、学校への通学をおやめになって、お結界で奉仕をなされたのです。『初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事であります。』と後に残されておられます。神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方のお手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★『何事にも無理をするな。我を出すな。わが計らいを去って神任せにせよ。天地の心になっておかげを受けよ』とみ教え頂いておりますが、無理をするとは自分でしようとすることです。「自分がする」と思ってわが力でしてしまいますと、無理が生じてくるのです。「徳と力もなく、行き届いたことが出来ず、まだまだ至らないところがたくさんある私でございますが、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のお徳を頂けますように」と謙虚な心でお願いしてさせて頂けば、有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。

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2018年08月29日

●目・耳・口の葉刈り

8月は「葉刈りの信心」と教えて頂いております。葉刈りとは、枝葉が伸びた木の風通しを良くしたり、虫が付くのを防いだり、要らない方向に伸びたものを切って形を整えるために行います。私達人間も、年々少しずつ変化しております。ですから、日々生活を見直させて頂き、驕りがましいところのないように改まらせて頂いて、無理・無駄・ムラを省く「葉刈りの信心」をさせて頂くことが必要です。

★まず、私達の目、耳、口の葉刈りをさせて頂き、良いところを見て、良いことを聞き、良いことを口に出すことを心掛けさせて頂きましょう。つまらないことや、人の悪いところばかり見ないで、人の良いところを見て、聞いて、伝える努力をしていくのです。そのために、一回でも多く教会に足を運ばせて頂き、神様に御祈念し、心を神様に向けて一言でも多くみ教えを頂いて、心を洗い、心の掃除をさせて頂きましょう。

★「管子」の中に、『四体(したい)既に正しく、血気既に静かなれば、一意専心、耳目淫(じもくいん)ならず』という言葉があります。これは、「身体を健全に姿勢を整えて、はやる気を抑えて冷静になって、一つの事に精神を集中すると、他のくだらないことは耳にも目にも入らなくなる。」という意味です。神様に御祈念させて頂いて、邪心(横道へそれる)をお取り払い頂き、集中して物事に取り組めるように、心と姿勢を整えて頂くということはとても大切なのです。そして、実意丁寧にご祈念させて頂くことを稽古してゆきますと、神様と通じてゆくようになり、神様からお伝え下さる瞬間が多くならせて頂けるようになるのです。

★『神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ』
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2018年08月28日

●おかげは真に映る影

 平成2年1月末のことです。ちょうど、宿直の御用の日、深夜に電話のお届けを受けました。

★あるご信者が、心筋梗塞と、脳梗塞を併発し、入院先の医師から、「あと、2、3時間の命かもしれません」と、宣告されたということでした。電話をしてこられたご家族の方に、「こんな時こそ、家族で心を揃えて神様にお願いさせて頂くのです。2、3時間の命と言われたのならば、2、3日に延ばして頂き、更に2、3週間に、また2、3ヶ月に、そして2、3年にと、おかげを頂かれるよう、しっかり神様に心を向けてお願いさせて頂きましょう」と、お話しさせて頂いたことでした。ご信者のご家族は、一生懸命、心を揃えて神様におすがりさせて頂かれました。すると、見事に回復させて頂かれ、およそ1ヶ月後の3月3日に無事退院、後遺症もなしに、元通りの生活がさせて頂けるまでにおかげを頂かれました。そして、2年8ヶ月お命を延ばして頂かれ、80才8ヶ月でお国替えなさるまで、有難いおかげを頂かれたのでした。

★私たちは、天地全体をお守り下さる親神様をご信心させて頂いているのです。どんなに難しいと思える問題でも、私達氏子が、今日までのお礼とお詫びを丁寧に申し上げ、真心から一心にお願いさせて頂けば、必ず神様に通じていきます。「こんなことはお願いしても無理だろう・・・」というような、不成心を取り去り、真心をもって一心に神様におすがりすることが、私氏子としての実意なのです。

★『広大なおかげ、広大なおかげと言うが、おかげとは氏子のめいめいの真に映る影のことじゃから、神様に大きな真を向けて見よ、大きなおかげがわが身にいただける。小さな真で大きなおかげはもらえぬぞ。影は形にそうと決まったものじゃ』

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2018年08月27日

●根気強く願い続ける

細菌学者の野口英世博士が梅毒ウイルスを発見された時、10000枚の標本を用意され、毎日根気強く見続けられた結果、9996枚目で発見出来たそうです。その後に最初から見直しますと、全てにそのウイルスを見出すことが出来られたということです。今まで断片的に黒い点としか見えていなかったものが、何度も見続けることにより、立体的に頭の中に浮かび、それが梅毒ウイルスであることが分かられたのです。

根気強く継続なさるその熱意が、大きな発見が出来られた元だと考えさせて頂きます。京都大学総長であった方が、「根気強く続けてゆくということは、不可能を可能にする。野口英世氏は天才ではないが、尊い鈍才、恐るべき鈍才である。超人的な努力家である」と評されました。

★私達の生活も同じですね。何事もお願いさせて頂いても、すぐに理想の形になっていくということはありません。結果が出ない中でも、信念をもって根気強く願い続けさせて頂きましたら、分からなかったことが段々と分かるようにならせて頂けます。自分自身が進歩向上させて頂いているということです。有難いですね。

どういう風にさせて頂きましたら、理想の姿になっていけるのかと見出せない中にありましても、真剣にお願いをさせて頂いて、取り組ませて頂いているうちにだんだんと開けてくるものがあるのです。それを楽しみにさせて頂けばよいのです。

★「真の信心をさせて頂ける信者にならせて下さい」とお願いさせて頂くことが大切です。人間が成長していくには時間が必要ですし、努力も工夫も辛抱も必要です。辛抱強く願い続け、根気強くみ教えを頂き続けるということが大切です。自分自身の心が神様に向かわせて頂いて、日参と聴教により、有難いことを分からせて頂き、正しい心・神心を養ってゆく、ということにならせて頂けますよう、おかげを蒙らせて頂きましょう。

★『肉眼をおいて 心眼を開けよ』

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2018年08月26日

●日々生まれ変わる自分

 昨日は、学生講演会が無事開催され、中学生・高校生・大学生6名の学生さん方の有り難い講演を聴かせて頂きました。老若男女を問わず、大勢の方々が参拝なさり、学生さん方の純真、熱烈、素直なご信心に触れさせて頂き、おかげを蒙られたことは、真に有り難いことでございます。

★同じお話を聴かせて頂くのでも、幼少期に聴くのと、青年期、壮年期、老年期に聴くのとでは、頂き方が異なってくるものです。経験の違い、心の成長の度合いなどによって、自分に受け取らせて頂けるもの、心に響く内容が違ってくるのです。また、昨日の自分より今日の自分は、一歩ずつでも進歩向上させて頂けるよう、信心が進ませて頂けるように、真剣に願っていけば、そのようなおかげを頂くことが出来るのです。日々心を新たに、改まりを願い、心の成長、信心の成長を願わせて頂くことによって、自ずと時間を大切に出来るようになり、目の前に起きてくることを、有り難いご修行とさせて頂くことが出来るのです。

★三代教会長先生が十代の頃、日常の心得として決められた事
(1)何事も好きなことをするつもりでさせて頂く。(好きなことをする時には、時間も忘れ、疲れも覚えず、ひたすら一心になることが出来る)
(2)今日出来ることを明日に延ばさない。(するべきことを先延ばしにせず、時間を大切にして、先手を打って準備できるように)
(3)足るを知る。(分相応を過ごさないように、今ある環境を喜んで生活させて頂く。)
(4)目前の事に迷わない。(み教えに沿った判断をさせて頂く。)
(5)腹が立てば、三度「金光様」と御祈念する。(三度で治まらなければ、治まるまで何十回でも御祈念させて頂く。)

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2018年08月25日

●真という種を蒔く

三代教会長先生の同期で、子供会の頃から共にご信心なさり、共に住吉中学へ進まれ、共に軍隊へ行かれたご信者がおられました。そのお方は国税局の監察官をなされ、税務署の署長を歴任されて、後に税理士として開業しお役に立たれたのでした。

★そのご信者は、[世の人々にご信心が満ち満ちて、天地の道理に基づいた生き方がさせて頂ける方が増えますと有難いですね。そして「たらいの水の信心」が世の中に次々と伝わって、お広前にお引き寄せ頂かれて、おかげを頂く道を教えて頂けることが出来ましたら、どれほど有難いことでしょうか。また「めぐりのお取払い」ということを、皆がしっかりと分からせて頂いたら、どれほど結構な世の中になるでしょうか。]と、生前中しみじみと仰っておられました。

★ご信者の事務所は所長さんを初めとして、所員、事務員の3人で仕事をなさっていました。先々、若い所員のお方に事務所を任せると伝えておられたのです。しかし、その所員さんは、事務員さんを連れて、無断で事務所をやめ、担当の顧問先をもって独立されたのです。

★ご信者は、2人に対して一切腹を立てずに「これまで積んできためぐりを、神様がお取り払い下さったのだと思います。不行届きをお詫び申し上げます。どうぞ、やめた方々が立ち行かれますように。これをおかげにさせて頂いて、後々の人手の御都合を頂かせて下さい。」と神様にご祈念され、やめた方々を恨む事無く、得意先に対しても悪いことを一言も言わず、立ち行かれることを願われたのです。するとすぐに、心配りがよく出来られる有能な2人のお方が事務員として来て下さり、以前にもまして、丁寧親切なお仕事が出来られるようになったのでした。また、顧問先が「やはりあなたに仕事をして頂きたい。」と戻って来られたところも出てきたのでした。

★何かことが起こってきた時に、「これをおかげにさせて頂こう!」と考えて、思い分けをして人を責めることなく、元気な心でより一層信心に励まれたので、その真が神様に届いておかげを頂かれたのですね。私たちも日々の信心生活の中で、真というよい種を蒔いて育ててゆくことが大切なのです。
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2018年08月24日

●相手を責めるのではなく

 二代教会長伊藤コウ師のお父上・房次郎氏がある時、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われ、家にお祀りしてあった小さなお社を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。コウ師の御母堂ハル氏は房次郎氏に代わって、神様にお詫びを申されたのです。

★すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのでした。医者に診てもらい、色々手を尽されましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさって、お取次を頂いて下さったら、必ず良くなります。」と信念を持って伝え、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのです。するとお結界の先生は「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もまともにきけない、水も喉を通りにくい、身体も自由に動かない状態であられたカツ氏が、お父さんが帰ってこられる下駄の音を聞いて「お父さん、お帰り!」と玄関まで出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから家族中が勢信心のおかげを頂かれたのです。

★もしハル氏の心が人に向いていましたら、「あなたがご無礼なことをしたせいで、こんなことになってしまったのですよ!」と責めていたでしょう。しかし、ハル氏は神様に心が向かっておられましたから、房次郎氏を責める事をなさらず、娘さんの症状を通して、これが勢信心させて頂けるきっかけとなるのだ、とおかげにされたのです。ハル氏は、「私一代でめぐりのお取り払いが頂けますように。これがおかげになりますように。」とご主人に代わって神様にお詫び申され、自身の信心の至らないお詫びを申されたのです。そして、孫の代が結構になるように、家のめぐりを取って頂くために、一生懸命に改まりの信心をされ、また陰の徳を積むことを徹底して心掛けておられました。ハル氏は、近所近辺の道路の掃除をなされる時も、人からお礼を言ってもらうことのないよう、人目につかないように朝早くからお掃除なさっておられました。また、ご自身のことは徹底して質素倹約した生活を心掛けておられました。そうして、ハル氏の信心のお徳によって、子孫端々まで信心が伝わり、結構におかげを頂いております。

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2018年08月23日

●徳切れにならぬために…

植物の種が発芽する為には、「光」「温度」「水」の3つの条件が揃わなければなりません。

信心の上でもおかげを頂く為には心の状態が揃ってゆくことが大切ですね。

★「光」・・・「明るさ」つまり、思い分けの出来る賢さのことです。み教えを頂いて、様々なことに囚われず、思い訳が出来て、心が晴れやかになり、打ち込むべきことに打ち込める聡明さを、身に付けさせて頂きたいと思います。

★「温度」・・・熱のこもった信心をさせて頂きましょう。日を切ってご信心に励ませて頂くということは、その日に向かって一層熱を込めて神様に向かわせて頂くということです。

二代教会長・伊藤コウ師は、「線香の火でご飯は炊けません。大きなおかげを頂きたいと思うならば、それだけの熱を込めたご信心をさせて頂かなくてはなりません」と、み教え下さっておられます。

★「水」・・・水は万物に潤いを与える生命の源です。心に潤いを頂く為には「み教え」を頂かなくてはなりません。み教えを頂いておりませんと、些細な問題でも心が滅入ってしまい、そこから先になかなか進むことが出来ません。

常平生からみ教えを頂いておりますと、どんな問題も信心向上の為のご修行と、有難く受けさせて頂くことが出来、我執に囚われたり、人を憎んだりすることなく、全てをおかげにさせて頂くことが出来ます。

★徳切れにならないために、私達は日々しっかりとお徳を積む生活を心がけさせて頂き、前々の悪習慣や悪癖によるめぐりを、取って頂く様に改まらせて頂かねばなりません。そして、おかげを頂いたら徳の貯蓄はゼロになったと思って、一からまた改まってお徳を積む生活を心掛けてゆくことが大切です。

自分自身がしっかりと信心をさせて頂いて、家業に励ませて頂き、積徳の心行を心掛けさせて頂きますと、自分自身だけでなく、周囲の方々も助かってゆくのです。

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2018年08月22日

●徳積みこそ信心の目標

 二代金光四神様は、『世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい』と、み教え下さっておられます。

★ご信心させて頂く上で一番大切な事は、有り難い生き方を積み重ねさせて頂いて、身にも心にもお徳を頂くことなのです。ともすると、目先の問題を解決すること、苦難を乗り越えることを信心の目標にしてしまいがちですが、一番の目標は、神徳・人徳を頂いて、神様のお心に近づかせて頂くことなのです。一心に神様におすがりさせて頂き、おかげを頂いたことを周囲の人々にも伝えさせて頂くことで、有り難い助かりの輪が広がっていくのです。

★二代金光四神様のみおしえ
一、信心は、立ち聞きする心で信心することを心がけること。
一、信心は、わが身わが心に克つことを心がけること。
一、言いたいことは明日言えということあれど、明日も明後日も一生涯言わぬよう心がけること。
一、堪忍辛抱を去って、自己の不行届きを悟るを心がけること。
一、ただ一心に願って、わが心に諸々の思い来るくもりを払うことを心がけること。
一、めぐりが来てもわが心を苦しめず、明日の幸福の来ることを楽しみ願うことを心がけること。
一、真の信心は、従来の悪しき風習をよろしく変えて、家内の者に(良い)くせを示すことを心がけること。
一、信心は苦労して人に同情を寄せ、わが身の苦労することを心がけること。

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2018年08月21日

●どこまでも一心・信心辛抱・実意丁寧

19日には、716名の方々と共に8月の御本部御礼参拝を天候気象の上にも万事にご都合お繰合せを頂いて、怪我人、病人なく参拝のおかげを蒙らせて頂きましたことは、大変有難いことでした。子供会列車を編成させて頂き、幼児が30名、児童の方が56名、子供さんのお世話の御用にお使い頂かれた男女学生の方45名、大人の方117名の方が様々に心配りをして頂き、行き届いた御用を賜り、神様霊様に厚く御礼申し上げさせて頂いたことでした。

★朝の集合時には、保護者の方々に子供さんの当日の体調や、アレルギーの有無などを、健康チェックシートに記入して頂いて、ご信者の医師や看護師の方にも情報を共有し心配りをして頂きました。車中では、英語やクイズや紙芝居をして頂き、そして、昼食後には爽やかな風が吹く中、御霊地でスポーツラリーもみな元気で参加させて頂くことができましたことは、金光様の御祈念を賜り、御用される方々が親切丁寧に御用奉仕をして頂いたおかげです。

★私たちは、御本部へお参りさせて頂いて、何を習わせて頂くのでしょうか。金光様のご信心に神習い、どこまでも一心になる稽古、どこまでも信心辛抱をさせて頂く稽古、どこまでも実意丁寧にならせて頂く稽古をさせて頂くのです。そして、現在の自分自身の信心の在り方を見直しさせて頂くのですね。

★二代教会長伊藤コウ師が「お徳と力を頂くにはどうすればよいか。まず、第一には信心辛抱だと思います。み教えに『辛抱しなさい、辛抱という棒は強い棒じゃ、何を担うても折れることがない。もし折れたり曲がったりしたら、それは辛抱じゃない。金光様は信心辛抱と言うてござったが、おかげを受けようと思えば辛抱でなければならない。長うて強い信心辛抱にはどの位なおかげが担えるやら分らぬぞ。先を楽しんで信心辛抱させてもらいなさい。』とあります。ご信者のお姿を見せて頂いても、信心辛抱のできておられる方が、結構におかげを頂いておられることを分からせて頂きます。信心は長く続けなければ、本当の値打ちも分かりませんし、本当のおかげも頂けません。また徳も力も頂けないのです。」と仰せになっておられます。

★家族、親族の端々まで、代を重ねておかげが頂けますように、正しい大きな願いを強く持ち、どこまでも一心に、信心辛抱、実意丁寧になる稽古をさせて頂きましょう。
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2018年08月20日

●葉刈りの信心

 昨日は、天候初め万事にご都合お繰り合わせ頂き、無事に御本部御礼参拝のおかげを蒙らせて頂きました。また、子供会列車を編成して頂き、有難い子孫の信心相続の機会を与えて頂きましたことは、真に有難い事でございました。

★昭和38年8月のことです。ある学生さんが、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさり、「7月は有難うございました。8月も宜しくお願い致します。今月は何日からキャンプに行かせて頂く予定になっております。どうぞ無事故でおかげを頂けます様に。」と一月間の予定をお届けをされました。するとコウ師は「あなたは御本部参拝はされないのですか?」とお尋ねになられました。その学生さんは「キャンプに行かせて頂きますので御本部参拝は出来ません。」と答えました。するとコウ師は「今あなたの言ってることは、自分の都合を第一にして、神様を後回しにしていますね。そこのところを何とか考え直しをしましょう。」とみ教えなされたのでした。

★暫くしますと、その学生さんが再びお届けに来られ「御本部参拝させて頂きます。絶対にお参りさせて頂きます。」と、心が変わられてお届けが出来られたのです。コウ師は「結構やな。金光様有難うございます。よくその覚悟が出来られましたね。有難うございます。」と神様にお礼を申されたのでした。

★その瞬間その学生さんは、良い所を伸ばさせて頂いて、余分な所は省かせて頂く葉刈りが出来られたのです。楽しいことは一生懸命に力を入れてさせて頂けますが、本当にしなければならないことは後回しにしてしまい易いものです。あれもしたい、これもしたいと欲にかられて思うことを、思い切ってやめさせて頂くのは、相当に力がいります。しかし、信心の力を身に付けさせて頂きますと、間違っていることにはブレーキが利く人間になって、自分勝手なことが少なくなり、おかげを頂く方へ舵取りをさせて頂く事が出来るのです。

★共々に、月々の御本部御礼参拝が続かせて頂けますよう、ご都合お繰り合わせを願わせて頂きましょう。そして御霊地に満ち満ちた有難いお徳を身一杯に頂いて、船にも車にも積めぬほどのご神徳を頂いて帰らせて頂きましょう。

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2018年08月18日

●我流にならないように…

 16日には、婦人会例会が開催され、植苗氏の有難いおかげ話を聴かせて頂き、吉備楽を奉納させて頂きました。植苗氏は幼少の頃より信心を頂かれ、結婚後も熱心な信心を続けられ、起きてくる艱難辛苦に打ちのめされることなく、何事もお取次ぎを頂かれて、神様を杖になさっておかげを頂いてこられました。

★また、阿倍野教会の楽は、布教間もない時に二代教会長伊藤コウ師が、難波の春琴亭という所に通われて八雲琴を習われたのが始まりです。コウ師が教会の御用の合間をぬって稽古に通われ、そうして身に付けられたお琴が代々口承で現在に受け継がれています。昨日は、18名の方(小学生から婦人会の方)が練習を積み重ね、心の揃った楽を神様に奉納されました。楽の練習も我流を出して、自己流にひきますと、上達もしませんし、今まで伝えてきて頂いたものも次の代へは伝わりません。さらには、心の揃った楽の奉納にはつながりませんね。

★信心も同じことで、日々み教え・お取次を頂き、金光様のご信心をお手本として稽古をすることが我流を放してゆくことになるのです。み教えに照らし合わせて自分を見直すことをしなければ、知らず知らずのうちに我流が生まれ、天地の道理から外れた生き方になってしまうのです。同じみ教えを何度も何度も繰り返し頂き、身に付いて離れないようになりますと、どんな事が起こって来ても、神様の思召しに沿う頂き方が出来てゆくようになるのです。

★論語の中に「過てば 則ち 改むるに憚かること勿かれ」「過ちて改めざる 是を過ちと謂う」とあります。過ちを犯すことは誰しもありますが、その過ちを犯したことに気付いた時、すぐに改まることに躊躇する事はありません。過ちと気付いても改められないことこそ、これが過ちなのです。改まりを躊躇することのないように、そしてその改まりを続けさせて頂くことが肝心です。

★『我、日に三省す』という言葉がありますが、それは「一日に三度省みる」ということではなく、「一日に何度も省みる」という意味です。常に自分自身の心の内を見つめ直し、反省と改まりを重ねてゆき、我流を放してゆき、正しいことが子孫に伝わってゆくように、信心を進めさせて頂きましょう。

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