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2018年07月21日

●我を出さず、何事も神様にお願いをさせて頂く

『無理はめげるもとじゃ』とみ教え頂いておりますが、それは自分の力でしようとするから、無理になるのです。神様にお願いをしてからさせて頂きましたら、神様がさせて下さり、無理は起こってこないのです。

★先日あるご信者が「じっとお願いをして待たせて頂く、ということはなかなか辛抱のいることですね。どうしても自分勝手にしたくなり、我が出てしまいます。そこをどうぞご修行させて頂けます様に」とお願いなさっておられました。『何事にも無理をするな。我を出すな。我が計らいを去って神に心を任せよ。天地の心になっておかげを受けよ。』『いかなる大しけの時でも、金光大神を頼んで、助けてくださいと言って、船の向く方へやるがよい。船の行かぬ方へわが力でやろうとするから、命を失うこともある。』とみ教え頂いております。我執が強いことで周囲との関係や自分の体、家庭をも壊してしまうことになりかねません。神様が導いて下さる方向へ進ませて頂いて、神様がして下さるところにお任せをすれば有難いおかげを蒙らせて頂けるのです。

★『天地日月の心になること肝要なり』お土地は全てのものを受け入れて下さいます。汚いものでも分解して肥やしにして下さいます。大きく受け止めて下さる包容力があり、寛容であられます。天地のお心ということは大変広いお心のことですね。日月と書きますが、日と月の漢字を合わせますと、「明るい」という字になります。明るい心で先を見通せるように、また思い分けのできる賢さを身に付けさせて頂きますように、ということも教えて下さっているのです。

★「今神様が与えて下さっていることはこういうことである」とご意味がしっかりと分からせて頂ける氏子にならせて頂けますように。『悪いことを言うて待つなよ。先を楽しめ。』『今月今日で頼めい。おかげは和賀心にあり。』といったみ教えをしっかりと頂かせて頂きましょう。

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2018年07月20日

●素直にみ教えを頂き、根気強く願い続ける

18日の教徒会例会でおかげ話をして下さった柴田氏は、ご実家の岡山でお祖母様から三代目のご信心を頂いておられました。また奥様も阿倍野教会で三代目のご信心を頂いておられましたので、結婚後も夫婦揃ってお参りされて信心を進めてこられました。

★しかし、40才の時にお友達と興された会社が、阪神大震災の頃から商売に陰りが見え始め、そんな頃に、仕入先から不渡りを出され借金を抱えることとなられたのです。ご家族揃って三代教会長先生にお届けさせて頂きますと、「その程度の金額なら返済出来ます。5年で返済させて頂きましょう。保証人になった分の返済だけでなく、ご迷惑をかけた全ての所への返済をさせて頂きましょう。」とのみ教えを頂かれました。その時に覚悟が決まられたのです。み教えを素直に頂かれ、ご家族揃って一層改まりの信心に励まれました。そして10年後の平成19年の開教85年の記念大祭の年に、無事借金完済の大みかげを頂かれたのでした。

★神様を杖に、借金返済の覚悟を決められた頃、お結界の先生より、「朝だけではなく、夜もお参りさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれ、毎朝の朝参りとお届けに加えて、夜のお参りも続けられ、お礼のお掃除の御用にお使い頂いておられます。それを、今日まで21年間続けておられるのです。その間に、新しい仕事の上で万事ご都合お繰り合わせ頂かれ、借金を完済させて頂くだけでなく、71歳になられた現在も元気に勤務のおかげを頂いておらます。頂かれたみ教えを素直に守らせて頂き、行くべき道を分かり、正しい願いを持ち続けるということは、真に有り難いことですね。後のことは身体の上にも仕事の上にも、神様が引き受けて下さるのです。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ』
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2018年07月19日

●改まりを重ねて一心になってゆく

あるご信者がお宅祭の席で、二代教会長先生に「私の懺悔を、神様に聞いて頂きとうございます。」と話し出されました。そのご信者は目が見えない時期があり、神様にお願いをさせて頂かれ、一日に2度3度とお参りをなさり、手術を受けて目が見えるようになりました。その後も一人息子さんが家業を継がれ、家業も子孫も繁盛させて頂いているお礼を申されました。

★そして「振り返らせて頂きますと、祖父母に大変な親不孝をしておりました。祖父母は貧しかったのですが孫の私を引き取り、住んでいた村では高等学校に行くような人は無いような時代に、高等学校まで卒業させて下さいました。村の人から、貧しい家であるのに分を越えていると指をさされ笑われながらも、辛抱して私を育てて下さったのです。しかし私は、祖父のお酒を買いにお使いに行っていた時、そのお金の中から五厘ずつごまかしていたのです。当時では飴玉が6つほど買えるほどの金額です。高等学校を卒業したら大阪に出させて頂きましたが、御恩になった祖父母をだまし、御恩返しも出来ない状態で大阪に出てきて、その後も何のお返しもせずに生活をしておりました。申し訳ないことでした。」

★入信前は「なんでこんな苦しいことになるんだ」と思っていたご信者が、入信後には、自分の間違っていた部分に気が付かせて頂けるようになったのです。「どうぞ御恩の返させて頂ける人間に、真心のある人間にならせて頂けます様に。こんな不行き届きな私をお許し頂けます様に」ということでした。

★おかげを頂く秘訣はここにあるのです。「こんなことでは相済まん、こんなことでは申し訳ない」と改まりに改まりを重ねていくことが、一心になっていく生き方なのです。そうしますと神様がご信用して下さり、人様からもご信用頂けるのです。『神に一心とは迷いのないことぞ』とみ教え頂いておりますが、改まりに迷いがないということです。神様も『もっと改まって、結構になっていけよ』と願って下さっているのです。ですから、信心が進んでいくように、何かと御修行や材料を与えて下さるのです。その神様の思し召しが分からせて頂けましたら、おかげになっていくのですね。

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2018年07月18日

●神様がさせなさるご修行

あるご信者が、以前は子供さん家族とも円満に生活なさっておられましたが、行き違いが起こり、子供さん家族は、一切話をしてくれない、何も受け入れてくれない状態となったのです。ご信者は「私の信心が至らないという事は、重々承知なのですが、どうしてこうなったのか分かりません。」とお届けに来られたのです。そこで、「これは、神様から有難い材料を頂きましたね。この度のことを通して、自分の真心が足りない、親の心得が違っているところを神様にお詫び申し、改まらせて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。」とお話しをさせて頂いたことでした。

★ご信者は「神様の氏子をお預かりしているという心持ちでなく、いつしか自分が産んだ、自分が育てた子供だと思い違いをしておりました。しっかり改まらせて頂きますので、どうぞ神様から本人に必要なことは伝えて頂きますように。」とお願いされ、改まってお参りなさっておられました。すると、先日有難いことに子供さんから連絡が入り、これまでのことをお詫び申され、話し合うことができられたのでした。相手のことを思い、願い合いをしている親子であるはずですが、ボタンの掛け違いというようなことが出てくるのです。それは、どこかお互いに行き届かないところがあるのです。そこを、お互いが自覚し改まらせて頂けば、一番有難いのですが、なかなか思うようにはなりません。それは、信心を進めさせて頂いている親の方が先に改まらせて頂きますと、あいよかけよで立ち行くという姿になってゆくのです。

★教祖様は、何事も、神様がさせなさるご修行であると受け切られ、腹を立てることもなく、逃げる事もなさらず、神様に心を向けられたのです。出来てくる問題、ご修行というのは、自分にとって一番必要なことを、神様が与えて下さっているのだという事を分からせて頂きましょう。
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2018年07月17日

●自然の行

『人の心も直うに持てば尊い。ゆがむと、けんか口論せねばならん。打つ墨縄の一筋に神様に信心する時のように、いつも真心が大切である。婦人が木綿を織るには、よい糸と自分の真心とをもって、人のほめるような木綿もできる。また、座敷、押しこみ、板場にちりが積もるごとく、人間、我欲のためにわが心にちりが積もる。わが心わが身が汚れぬように、心と体の掃除をするごとく、今月今日で信心をしなさい。』

★あるご信者は、自動車に乗っているところを、突然「コツン」と、当たり屋に自転車で当てられたそうです。相手から当たってきたのにもかかわらず、「今当たったな。病院にいくようなことになってもええんか。困るんやったら、今、財布に入ってるお金で解決してやる。小銭はあかんで」と言われ、困りながらも、それもめぐりのお取り払いと思って、お財布のお札を差し出されると、「あんたもこれから仕事やろうから、これで勘弁してやる」といって、立ち去っていったそうです。ご信者は、「常平生の仕事の上に、私にまだまだ至らない点がたくさんあるに違いありません。まだまだ信心が至りません。お金で済むことで、めぐりをお取り払い頂くのなら、一番軽い形でのお取り払いと教えて頂いております。有り難うございました」と、お礼を申しておられました。

★このお道のご修行は、『家業が行』つまり、自分に与えて頂いているお役目、起きてくる諸問題(人間関係の問題、仕事上の問題、等々)を、神様にお礼とお詫びを申しながら、有り難く受け切らせて頂くことがご修行だと、教えて頂いております。「自然(じねん)の行」という言葉がありますが、自分から、断食をしたり、水垢離をとったりする修行ではなく、文字通り、自然に起きてくることを、心を乱すことなく、自分の為すべきご修行として、有り難く日々取り組ませて頂くことが、心と体の掃除になり、お徳を頂くことにつながるのです。

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2018年07月16日

●本当の修行・本当のおかげとは… 

昨日は、天候気象の上にも、団体列車とバスの運行の上にも全てに於いて万事万端にご都合お繰り合わせを頂きまして、七月の御本部御礼参拝を共々におかげを頂きましたことは、真に有難いことでございました。また、この度の参拝は、西日本豪雨災害の被災なされた方々の助かりと立ち行きと、被災地の早期復興に祈りを込めさせて頂いた参拝でした。

★二代教会長伊藤コウ師は、ご自身が金光教学院でご修行なさった頃のことを、次のようにお話し下さっています。「学院では、一日中足を崩さずに正座をさせて頂くと、座りだこがたくさん出来るおかげを頂きました。」「手がひび割れて血が出るようなおかげを頂きました。」「寮では女子の世話役にして頂き、自分の事だけでなく人様のこともさせて頂くなど、お世話をさせて頂けるおかげを頂きました。」等というように、出来てくること全てをおかげとして有難く頂かれたのでした。

★学院卒業の日には御本部のお広前で「さまざまなご修行をさせて頂くおかげを頂き、有り難うございました。」と、御礼のご祈念をなさいました。すると、神様から「今までは形の上での修行をさせてやったが、これからは本当の修行に入らせてやるぞ。」とのお知らせを頂かれたのです。

★まさに、その直後のことです。卒業されたコウ師を、御本部に迎えに来られていた初代教会長先生が、高熱を出され御霊地で倒れてしまわれました。そして「3日ともたない命である」と医師より告げられたのです。金光様のお取次ぎ、御祈念を賜わり、各先生方のお祈りを受けて初代教会長先生は次第に良くなられましたが、教会へ戻られてからも養生が必要であられた為、学院を卒業したばかりのコウ師が、すべての御用を代わりに勤められることとなられたのでした。

★「本当の修行をさせてやる」という神様のお言葉通り、次から次へと厳しい出来事が起こってきたのです。コウ師の「おかげを頂いた」と仰るご意味は、「楽にして頂いた、人にして頂いた」という事ではありません。「神様から厳しいご修行を与えて頂けるおかげを頂いた」というご意味であるのです。「この事を通して育ってほしい」という神様の親心を十分に理解しておられたのですね。
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2018年07月14日

●薬となるか毒となるか…

あるお母さんがまだ1歳に満たない赤ちゃんを連れて参拝されました。その赤ちゃんが、視力が通常より悪くどうあっても全快のおかげが頂きたいと願われてのことでした。赤ちゃんを連れてお参りされました。そして、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました時、コウ師は「あなたが赤ちゃんにあげている母乳が、有難いおかげを頂いたものであれば子供はおかげが頂けます。今のあなたの母乳は汚れて、毒気が含まれているのです。ですから、子供の身体の諸器官が正常に育たず、何ヶ月も病院で治療を受けても治らないのです。これから、1週間の日を切ってお願いさせて頂きましょう。今日から病院へ連れていく代わりに、お母さんが赤ちゃんを抱いて毎日お広前に連れて来なさい。そして、お母さんがみ教えを頂いて、心の掃除をさせて頂きなさい。赤ちゃんが泣けば、土間で立ってあやしながらでもみ教えを頂きなさい。そうして、自分の心の汚い部分をお取り払い頂きましたら、神様のおかげを頂いた、有難い滋養に富んだ、素晴らしい立派な母乳を神様が授けてくださいますよ。1週間お参りさせて頂いて、あなたの心の垢や醜いごみを一つ一つ取らせて頂いて、きれいな心に変わらせて頂いて、良い母乳が出るようにおかげを頂きましょう。必ず、赤ちゃんの目はきれいに治らせて頂きますよ。」と仰せになられたのです。お母さんはコウ師より頂かれたみ教えを素直に守られて、朝に昼に赤ちゃんを連れてお参りされ、み教えを頂かれますと、赤ちゃんの目の状態が1週間で次第に良くなり、視力が出させて頂けたのです。コウ師は、このことについて、「神様ははっきりしておられます。氏子が改まらせて頂きますと、改まっただけのおかげを授けて下さるのです。それは、如実に表れてきます。」と仰っています。

★この母乳のお話は、一つの例でありますが、家族に対して仕事や土地や家に対して、生活の全てにおいて、愚痴不足や不平不満が自分の心にあることにより、その毒が身体に蓄積され、自分自身はもちろんですが、周囲をも傷つけているのです。言葉や表情を通して、また生活や仕事ぶりを通して周囲に薬となるのか、毒となるのかを考える必要があります。例えば、家族に料理を作らせて頂く際にも、祈りを込めて愛情を込めて作らせて頂けば、天地のお徳がそこに現れ、頂く側は天地のお徳を頂くことができ、薬となって家族は健康を保つことができるのです。不足が先にある生活は、そこに毒気が現れて、天地のお徳は現れませんね。み教えを頂いて、自分の心にある汚れている部分を掃除させて頂きましょう。

★『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる。』
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2018年07月13日

●人間中心の願いから、正しい願いへ変えて頂く

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長先生と二代教会長先生がお留守で、お広前には御隠居様(二代教会長のご母堂・ハル刀自)が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★御隠居様は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。虫一匹、草木一本にしてもみな生きたいと思っている。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」

★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。御隠居様は「喜んでさせて頂きましょう。3日間、日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★ご信心させて頂いておかげを頂いていくということは、自分勝手な人間中心のお願いのあり方から、正しい願い・正しい心に変えて頂けることなのです。すると神様もお喜び下さり、さらに正しい方向へお導き下さるのです。そのようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

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2018年07月12日

●心も身体も手入れをして磨かせて頂く

先日、一年以上受診しておりませんでした歯医者へ、定期検診に行かせて頂きました。別段痛むところも無かったのですが、歯石などを綺麗に取って頂きました。そして、医師から「綺麗に磨けていますね。どこか気になるところはありますか?」と尋ねて頂きましたので、「1週間ほど前に、一番奥の上の歯から出血し、心掛けて丁寧に磨かせて頂くと出血は止まったのですが、そこがどうなっているか診て頂けますか。」と申しました。すると「確かに出血した様な跡はありますが、今は治まっています。歯肉炎もありませんし、歯周病もありません。行き届いて丁寧に磨けていますから、このまま続けていきましょう。」と言って頂いたのでした。

★さらに「あなたは歯ぎしりをなさいますね?」と尋ねて頂きました。以前に、三代教会長先生の隣のお部屋で休ませて頂いた時に「あなたの歯ぎしりで夜中に起こされる。」と言われた程に、自分では気付きませんが歯ぎしりをするようです。「その歯ぎしりによって、歯の根元が剥離して知覚過敏になっているので、よく気を付けて下さい。」と注意して頂いたのです。

★毎日変わり無く生活をさせて頂き、身体に負担の無いように心掛けて食事も頂いておりますが、全く気付いていないところで、身体に変化が起こっていることに驚かされます。そして一生懸命しているつもりでも、何事に於いても行き届かないところが多々ある事に気付くのです。その行き届かないところを、客観的に診て頂く必要があります。客観的に見て頂いて、心も身体も手入れをさせて頂くことは、実に大事なことであるなあと改めて思わせて頂きました。

★私達は、日参と聴教に励み、自分自身の姿を見つめ直す稽古をさせて頂いております。 『磨きても なお磨きても 磨きても 錆びて果てなき わが心かな』と甘木教会の初代・安武松太郎師がみ教えを残しておられますが、毎日自分では磨けないところを、改め磨いてゆく必要があるのです。厳しいと思える様なみ教えも、また厳しいと思える様な出来事も、出来事を通して神様のみ教えを頂くのです。それは、人の口を通して頂く事もありますし、ふと自分の心に気付かせて頂く事もあるのです。夫々に心も身体も手入れをさせて頂いて、鍛え磨かせて頂きましょう。
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2018年07月11日

●ご恩の分かる人間に

昨日は、二代教会長・伊藤コウ師の御母堂であられる、伊藤ハル刀自のご命日でした。伊藤家の信心の初代であられ、病気がちな娘さん方の体の丈夫と家の繁昌を願って、「私一代でめぐりのお取り払いを頂けますように。その為ならどんなご修行もいといません」との覚悟をもって、ご信心をお進めになったのでした。

★娘さんのスエさんが、ある年の夏、暑さしのぎに冷たい物を食べ過ぎたり、物干しにござを敷いて寝たりと、体を冷やすことばかりしてしまった為に、秋口に腰が立たなくなられたのでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、ハル刀自は、以前お世話になったご恩返しにと、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間ハル刀自が帰られるまでにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★ハル刀自は、学問といえば寺子屋で学ばれただけのお方でしたが、娘さん方は口を揃えて、「何でもお母さんのおっしゃる通りにしていれば間違いない。お母さんはいつも正しいことを教えて下さる」と、おっしゃっておられたそうです。伊藤家の、そして、阿倍野教会の信心の礎を築いて下さった、ご信心のお徳を偲ばせて頂き、更に代を重ねて信心が進ませて頂けますよう、日々稽古に励ませて頂きたいと思います。

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2018年07月10日

●我が身我が心に克つ信心

 昨日は、天候を初め万事万端のご都合お繰り合わせを頂きまして、二代教会長・伊藤コウ姫の36年廻れる例年祭を、お仕え申し上げることが出来ましたこと、真に有り難いことでございました。ご生前中にご教導頂き、御霊神となられてからも日々付きに付いてお守り下さり、助かり立ち行きを願って下さっていることにお礼をしっかりと申させて頂き、ご安心頂ける信心に進ませて頂きたいと思います。

★二代教会長伊藤コウ師が小学校にお勤めになっておられた時、同期の男性の先生だけが昇給されました。コウ師は、自分が評価されていないと不足に思っていたところ、友人から、別の学校で良い給料で働く誘いを受けられたのです。そのことを御母堂・伊藤ハル氏にご相談されますと、ハル氏は穴のあくほどコウ師のお顔を見られ「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。今の学校で役に立たん人間が他の学校へ行っても役に立たん。」と仰せになられたのでした。コウ師は、そこでご神前で神様にお詫び申されますと、ふと心に神様から気付かせて頂かれたのでした。「働きが足らないものは、どこへ行っても働きが足らないのだ。働きも足らないのに、給料をあげて欲しいと思う考え自体間違っている。それは月給泥棒と同じことだ。クラスが、学年で一番成績が悪いのを、子どもの責任にしておるのではないか?自分が本当にまともな働きが出来ているのか、良く考えなければならない。」と神様から教えて頂かれたのでした。そこでコウ師は、「これからしっかり改まって、お役に立つ働きが出来ますように努力させて頂きますので、どうぞご無礼不行き届きをお許し下さい。」と、一生懸命にお詫び申されたのです。

★それからは、一番早く学校へ行って掃除をしてから授業の準備をされ、そして子供たちを放課後に残して分からない所を教え、これまでよりも輪をかけて丁寧に教えていかれたのでした。すると、学年で一番成績が悪かったクラスが、一年も経たない内に学年で一番の成績のクラスになったのです。そしてなんと次の年に、二段階の昇給をして頂くことが出来られたのでした。

★コウ師ご自身も全く間違いがあられなかったというわけではなく、考え違いや取り違いをあられたところを神様に心を向けられ、反省と改まりを繰り返し稽古なさったので、我が身我が心に克つ信心となってゆかれたのです。『信心は我が身我が心に克つことを心掛けよ。』
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2018年07月09日

●家業と信心相続のおかげ

本日午後2時より、二代教会長・伊藤コウ師の36年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族親族揃って御礼の参拝が出来られますようお祈り申し上げます。

★昨日は、みかげ会例会が開催され、木下氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。木下氏は、熱心なご信心のあるご家庭にお育て頂かれました。木下氏が生まれる時には、母子共に命のない危険なところを助けて頂かれました。また、三歳の頃には、下半身に広く大火傷を負われました。ご両親が毎日お取次を頂いて、御神酒を浸した御剣先を患部に付け、神様に一心におすがりなさったところ、40日後には跡形もなく全快の大みかげを頂かれたのでした。このことをきっかけに家族中改まられ、毎日日参出来るようにと、勤めていた鉄道会社を退職して独立開業し、鶏肉の販売業を始められました。それからは、毎朝お届けをし日参と聴教に励まれました。開業当初は大変苦労をなさりましたが、神様におすがりなさり、伊藤コウ師のみ教えを素直に守られて、徐々に繁盛のおかげを頂かれたのでした。

★木下氏は、お兄様と共にご両親から家業を受け継がれました。そして、何度もご自身の身体の上に次々とおかげを頂いて来られました。左前庭神経炎に罹られた際にも、仕事に支障がないように、入院することなく大病を小病におまつり替え頂かれました。また、ある時には仕事中に誤って機械のチェーンに右手親指が巻き込まれてしまいました。ほぼ切断された状態で、再び付かないかもしれなかった所を、御神酒でおかげを頂かれ、すっかり元の状態に戻らせて頂いたのです。さらに、急性喉頭蓋炎を患った際にも、各医師より最善の治療をして頂いたおかげで、最小限の症状で済ませて頂くことが出来たのでした。

★木下氏は、これまでおかげを頂いてこられた御恩を忘れることなく、ご家族揃って毎月の月例祭と御本部参拝には欠かさず参拝なさっています。さらに、息子さん達や娘さんも数年前より家業相続のおかげを頂かれ、共に家業と信心相続のおかげを頂かれ、子孫繁盛・家繁盛のおかげを頂いておられます。

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2018年07月08日

●油断のないように信心を進めてゆく

『氏子、十里の坂を九里半登って、それで安心してはいけない。十里を登り切って向こうへおりたら、そこで安心せよ。途中で気を緩めると、すぐに後へもどるぞ』

★ご主人に連れられて参拝された方があられました。二代教会長先生、三代教会長先生からみ教えを頂いておられたら、「どんなおかげが頂けるのだろうか?ちょっと試してみよう!」と思われ、信行期間中に住吉から阿倍野教会に1日に4回、5回とお参りなされ、ひと月で150回ほどのお参りをなさったのでした。

最初は神様のおかげとはどのようなものかと、試そうと思われたわけですが、み教えを頂いているうちに夫婦の間柄での言葉の使い方、お金の使い方、子供のしつけの仕方等、今までの生活がどれほど間違っていたのかが分かり、考えてみたら無駄ばかりだったと気付かせて頂けるようになったのです。

★信行期間が終わった翌日のことです。ご主人が「おかげを頂いた!」と驚きながら帰って来られたそうです。それが、3年間も音沙汰のなかった方が会社に訪ねてこられ、借金を耳をそろえて持って来て下さったそうです。その時に「奥さんがお参りしてくれたおかげだ」と感じて、1日60本以上も吸っていたタバコを「やめる」と仰ったそうです。さらに、ご信心の有難いことが分からせて頂けたので、「御本部参拝をさせて頂こう!」とも言って下さったのでした。

★平成3年、奥様が胆石の手術を受けられて無事成功した後に、急性の胃潰瘍になられた時のことです。2日間(一日に洗面器一杯ほど)血を吐き続け、医師は「この状態があと一日続いたら命がもちません。緊急手術をして胃を全摘するか、それとも死ぬかです」と仰ったそうです。それを聞かれた息子さんが、お広前に一日中座り通して御祈念なされ、お取次ぎを頂かれましたら、3日目は1回も吐血することなく、手術も必要なくなるおかげを頂かれたのです。医師も「こんなことは考えられない!まさに神様のおかげですよ!」と仰ったのでした。

★有難さを体験させて頂き、勢信心に繋がらせて頂けたのですね。目の前のことのおかげを頂いたら終わりということでは、神様にお喜び頂けることにはなっていきませんね。『生涯が修行である』とみ教え頂いておりますが、何が起こるか分からない日々ですから、おかげはその時々で頂いていかねばなりません。しっかりとご信心をさせて頂き、神様のおかげを続けて蒙らせて頂けるよう、共々にご信心を進めさせて頂きましょう。

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2018年07月07日

●常平生に徳積みの信心を

先日来、梅雨の激しい雨が日本各地で降り続いております。昨年は、九州地方で大雨による大規模な被害があり、一日も早い復興が願われる中、この大雨を無事にしのがれます様に、また、日本各地において、大難を小難・小難を無難におかげを蒙られますよう、共に願わせて頂きたいと思います。

★以前、大雨で長良川が決壊した際に、周辺の広い地域が浸水被害を受けられたことがありました。その地域に、家業で木材を扱うご信者がおられました。水害に遭われた時、そこらじゅうが水浸しで、多くの木材が流されました。そのご信者の会社も木材がどこに流されていってもおかしくはない程の状況であったのにもかかわらず、水が引いた後に材木の全てが敷地内に留まったままに、おかげを頂かれたのでした。普段から手厚くご信心なさっているお徳によって、いざという時にお守り頂かれたのですね。常平生から、信心辛抱のお徳、御用のお徳、お導きのお徳を積ませて頂いておりますと、いざという時には、人の智恵では考えも及ばない、常識には当てはまらないようなおかげも頂けることが分かります。

★お道の信心のご修行は日常の中にあって、不自由を行とさせて頂くのです。雨に濡れたり、交通事情が悪くなったりすると不自由を感じたりしますが、その時こそ、心行に取り組み、心を乱すことなく、有難いご修行にさせて頂きましょう。病気、災難に遭ったり、人から身に覚えのない誹謗中傷を受けたりするようなことがあっても、「これで一つ、めぐりのお取り払いを頂き、有り難うございます」と、神様にお礼を申し、み教えを元に受けきらせて頂いておりますと、めぐりをお取り払い頂き、有り難いお徳を身に頂くことがでます。常平生から、信心の地を肥えさせて頂くことが大切なのです。

★『神を親と思って信心をしていれば、神の方から子と思う。たとえて言えば、子供のそばに、親がいなければ、悪い者に棒でたたかれることもあろうが、親がついていればたたかれることはない。悪事災難は棒を持って来るのではないから、しのごうと思ってもしのげないけれども、神を父母と思って信心していれば、目に見えないところは神が守って下さる』

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2018年07月06日

●この世に「徳切れ」ほど恐ろしいものはない 

二代金光四神様は、桂松平師に「桂さん、世の中で何が一番恐ろしいかのう」と問われた時「さようでございますなあ・・・、昔から、地震・雷・火事・親父と申しますが、私もそれが恐ろしゅうございます」と申し上げました。すると四神様は、「そうじゃのう。それもあるが、世の中に徳切れということがある。その徳切れが一番恐ろしいものじゃ。ちょっと見は立派な顔をして、髭の一つも生やしている旦那さまで、牢の中で赤い着物を着て苦悶している者がある。これは徳切れのために、めぐりが出てきて、白いものが黒う見え、黒いものが白う見え、悪いことが面白うなったのじゃ。信心も広大なおかげを受けた時は、これまでの信心の徳によって助かったのであるから、それからは、また改めて一心に信心させていただいて、徳を積んでおかぬと、後の大難が来たとき助からぬわい。」とみ教えなされたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、「徳切れの姿になると、前へも後ろへも進むことが出来ず八方塞がりになるのです。また、生きたくても生きられない、死にたくても死なれない、というような状況になってしまう人がありますよ。お世話になり恩恵を受け続けて生活しているのですから、そのご恩に報いる生き方をさせて頂くことを願わせて頂かなくてはなりません。今日まで頂いているご恩の有難さが分からず、御礼をさせて頂くことを忘れていると、恩詰まりになり、恩詰まりは徳切れになるのです。徳切れほど恐ろしいものはありません。」と常々み教えを下さいました。

★徳切れにならないために、私達は日々しっかりとお徳を積む生活を心がけさせて頂き、前々の悪習慣や悪癖によるめぐりを取って頂かねばなりません。そして、おかげを頂いたら徳の貯蓄はゼロになったと思って、一からまた改まってお徳を積む生活を心掛けてゆくことが大切です。自分自身がしっかりと信心させて頂いて、家業の行に励ませて頂き、積徳の心行を心掛けさせて頂きますと、自分自身だけでなく周囲の方も助かってゆくのです。
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2018年07月05日

●夫々に与えて頂いているご修行を有難く

ある家庭で、高校生である息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、両親が大層悩んでおられました。そこでお導き頂かれ、お参りなさるようになられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。すると、「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれたのでした。

★しかし、これまでお父さんは「自分が働いて息子をここまで育ててきた。」という思いや、「真面目に働いて育ててきたのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか」という感情の方が先に立つ為、なかなか息子さんを拝む事が出来られませんでした。そこで、お父さんは日参され、毎日「どうぞこの息子を心の底から拝めますように。」とお届けしてお願いなさる稽古をされたのでした。毎日み教えを頂かれるうちに、段々と自分自身の根本的な考え方が間違っていたということに気付かれたのです。今まで自分の家庭、自分の子供だと思い、神様から授けて頂いた家庭・子宝、という尊い考え方ではなかったという事に気付かれ、改まってゆかれたのです。

★しかし、息子さんを目の前にすると、心の底から拝む事がなかなか出来られません。そこを繰り返し繰り返し年月をかけて、神様におすがりして拝む稽古を続けられるうちに、いつしか家庭内暴力も収まっていったのです。さらにその息子さんは立派に成長なさり、大学を卒業して就職し、また結婚もされて子宝を頂かれ、ついにはその子供を連れて、教会へお参りしてくれるようになられたのでした。

★そのお父さんは晩年、「私は、おかげだけは人一倍頂いております。今息子は親の事を祈ってくれるようになりました。勿体ないことでありますが、私はまだ本当に心から息子のことを拝むことが出来ません。どうぞお許し下さい。」とお礼とお詫びを申され、入信の初めに頂かれたみ教えを、生涯かけて素直に、また謙虚に守り通されたのでした。

★お父さんがお国替えされた後は、息子さんはお母さんを大事になさり、信心を受け継いでおられます。

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2018年07月04日

●神様の願いが氏子の願いとなるように

阿倍野教会では、「体の丈夫」「子孫の信心教育」「豊かな生活」「平和円満」「徳と力」の五つのお願いを掲げさせて頂いております。これは、自分一人だけの助かりを願うものではありません。一年勝り代勝りにおかげを頂き、家族・親族中が代を重ねて理想の姿に近づかせてゆくように、長期に亘ったお願いをしてゆくのです。五年、五年と五ヵ年計画を立ててお願いします。両親、祖父母…と代を重ねて願ってきて下さっていることも、自分の代の願いとして願わせて頂き、神様にご安心頂き、お喜び頂ける家になることを願わせて頂くものです。

★三代教会長先生はお国替えされます時に、御遺言として、「皆が互いに相手を尊重し合い、円満に協力してゆくこと」をみ教え下さいました。それは、親が願い続けて下さったことですが、私共も神様、親様にご安心頂けますように、日々お願いさせて頂いております。

★教会では、初代・二代・三代と、大切に残して頂いておりますみ教えを、有難いことに今日まで伝えて頂いています。良いことは続けること。神様にお約束したことは、固く守り続けてゆくこと。物事に柔軟に対処してゆくこと。無理・無駄・ムラのない生き方をすること。飲酒・喫煙をしないこと。毎月、御本部御礼参拝をさせて頂くこと。また月例祭等の祭典の日は、決して変えることなく、また省略をしないということ等々、初代から、二代、三代、四代と今日まで守り続けさせて頂いております。それぞれにご信心を頂いて、神様を第一にさせて頂く心を養い、神様の願いと氏子の願いが一つとなりますように、神様にお喜び頂ける氏子にならせて頂きましょう。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげはなし。カンテラに油いっぱいあっても、芯がなければ火がともらず。火がともらねば夜は闇なり。信心なければ世界が闇なり』
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2018年07月03日

●家業を通して心を磨く

朝に10時に2時に晩にと、ご信者皆様が元気に参拝のおかげを蒙られ、夏の信行に取り組んでおられますことは、真に有り難いことでございます。朝参りをさせて頂こうと思いましたら、前の晩から段取りをつけさせて頂き、しっかりとした願いを持たせて頂くことが大切です。

★心身共におかげを頂いて、朝参りをさせて頂き、一日のことをお願いさせて頂きますと、その日一日、時間のご都合も、人手のご都合も、何もかもにご都合お繰り合わせを頂くことを、実感させて頂けるのです。難しいと思われた仕事もスムーズに進み、段取りが次々とついていき、会いたい人には、相手の方から連絡を頂き、その相手からは、自分の思う以上の働きをして頂ける…というような、有り難いお届けを聞かせて頂きます。改まった信心をさせて頂けば、天地に満ち満ちた神様のお徳を、身にも心にもしっかりと頂くことが出来るようになり、全てに助かる道が開かれていくのです。

★何事にも不足を言わず、頂いた役目を潔く有り難くさせて頂き、誰に対しても親切丁寧に応対させて頂きましょう。小さな仕事でも、利益の薄い仕事でも、変わりなく実意丁寧にさせて頂いておりますと、神徳人徳を頂き、繁盛の元を築くこととなるのです。

★教祖様は、断食や水行などの『表行』より、家業を通して日々ご修行させて頂く『心行』をせよと、仰せになっておられます。現在ご信心を頂いておられる各ご家庭には、ご信心にご縁を頂いてから、それまでの間違った生き方、考え方を、み教えに基づいて改まられ、おかげを頂いてこられた歴史があることと思います。そうした、おかげの歴史、改まりの歴史を、後々の方もしっかりと受け継がせて頂き、信心を向上させて頂くことが、心と体の掃除をさせて頂くことになるのです。今日のおかげの元となった、初代・二代のご信心を大切にさせて頂いて、より一層有難いおかげを蒙らせて頂きたいと思います。

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2018年07月02日

●心配も腹立ちもご祈念に変えさせて頂く

7月1日より夏の信行期間が始まりました。有難いご修行をさせて頂く、という心持ちで日参と聴教に励ませて頂き、心と身体の掃除をし、鍛錬をさせて頂くつもりで、日々のご信心を進めさせて頂きましょう。そうして心を正しく・清く保たせて頂けるようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

★しかし、人間のすることでありますから、常にみ教え通りに出来るかというと、そうではないところがあります。「あれも至らなかった、これも至らなかった」ということは出てくるものです。その時に「ただいまは考え違いを致しました。申し訳ないことでございました。まだまだ至りませんが、何卒よろしくお願い致します。」と神様に心を向けて、ご祈念に変えさせて頂くのです。

★『腹立てば心の鏡の曇ること』とみ教え頂いておりますが、腹を立てないようにすることはなかなか難しいですね。腹を立てたことを人に話してしまいますと、より一層に増幅してしまう場合もあります。では、どうすれば良いかと言いますと、ご祈念をさせて頂いて神様にお取り払い頂くのです。さらに相手の助かり・立ち行きをお願いさせて頂くのです。

★私は以前「私が間違ったわけではありません。あの人が間違いを起こしたのです」と、三代教会長先生に申し上げたことがあります。しかし三代教会長先生は「それをあなたがお詫びするんや」とみ教え下さったのです。その時は腹を立てていますし、そうなんだろうなと理屈では分かっているつもりですが、み教えを心から有難く頂けておりませんでした。今思えば浅はかなことで、恥ずかしいことだったと振り返らせて頂きます。

★相手の助かりをお願いしていくというのは、容易なことではありませんね。辛抱強くお願いし続けていかねばなりません。しかし、稽古を重ねていきますと、段々と心からそう思わせて頂けるようになるのです。毎日反復練習させて頂き、つまらないことを言わないように稽古をさせて頂き、腹を立てて自分の体を壊してしまう、ということのないように、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年07月01日

●商業繁栄十訓

商業繁盛する為の十訓
1)信用第一…手堅い商売をさせて頂く。商売が傾くような悪い縁につながらないよう、正しい判断が出来、全てにおいて良い縁を頂けるだけの、徳と力を頂く。
2)いつも自信をもってにこやかに…信念をもってさせて頂く。神様にお願いさせて頂けば、必ず一番良いようにさせて頂ける、ということを信じて疑わない。
3)商品は金銭と同様丁寧に扱うべし…これ以上ない有難いものを扱わせて頂いていると思って、お店を拝み、商品を拝み、お得意先を拝み、全てに御祈念を込めて大切にさせて頂く。 
4)今日の仕事は今日のうちに整理すべし。…忙しさにかまけて先延ばしにしない。
5)急がず怠らず、一歩一歩前進すべし。…常に心中ご祈念をして、今必要なことをさせて頂き、そうでないことは辛抱できるように。
6)創業時代の心持ちを忘れないように…常に初心に戻り、創業時代の厳しいご苦労を忘れないようにすることによって、今日のお礼がしっかり申せるようになる。  
7)石にかじり付いてでも努力せよ。…覚悟を決めて、出来ないと思えることも、神様にお願いしながら一生懸命させて頂きましょう。
8)省みて天地に恥じない商売をせよ…常に神様がご覧になっておられることを自覚して、天地の道理に沿った実意丁寧、健全な商売をさせて頂く。
9)人より恨みをかう元を作るべからず…人を目当てにせず、神様を目当てに、自分自身の神心に正直に、是々非々の判断をする。
10)困難は神が示す試練と思うべし…神様がさせて下さるご修行を疑わず、神様におすがりして乗り越えさせて頂く。

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2018年06月30日

●心中ご祈念して御礼の働きを

先日、ある若いご信者が研修も終了して、いよいよ部署に配属が決まり、「有難いことでございます。喜んでお礼の働きが出来ます様に」とお礼届けに来られました。そして「良い職場で働かせて頂いております。有難うございます。しかし、まだ配属されて間もないですから、分からないことばかりです。どういうことを心掛けて、このお仕事に当たらせて頂いたら宜しいでしょうか?」とお伺いなされました。

★そこで「いつも心中ご祈念して仕事をさせて頂きましょう。自分から進んで尋ねさせて頂きなさいよ。『この場合はこう考えさせて頂きますが、これでよろしいでしょうか?』と丁寧に確認をさせて頂きましょう。上司に『あの人には言うてあげやすい、注意もしてあげやすい』と思って頂ける、教えてもらいやすい人にならせて頂きましょう。

そして言って頂いたことを有難く聞かせて頂くということが大切です。自分の決められたお仕事を、責任をもってさせて頂くということはもちろんのことですが、自分から心中ご祈念して進んで心配りをして、お仕事をさせて頂くということを心掛けて、頂いているお給料以上の値打ちのあるお仕事をさせて頂きましょう」とお話をさせて頂いたことでした。

★一年目でしたら知らないことばかり、教えて頂かないと分からないことばかりだと思います。そういう状況でも常に笑顔で有難く御礼を申してさせて頂きましょう。新気・根気・お礼の働きが大切ですよ。「一度聞いたから分かっている」というような気にならずに、常に新しい心持ちで当たらせて頂くのです。根気強く、反復練習させて頂き、御礼の働きを心がけましょう。

★小さなことをいい加減にしておりますと、大きなことは出来ません。『大事をなさんと欲せば、小なる事をおこたらず勤むべし。小つもりて大となればなり。』(二宮尊徳の教え)そうしたことを心掛けさせて頂きましたら、健康な心・身体を維持させて頂くことが出来て、喜んで働かせて頂いて、お礼の働きが出来、自他共におかげを蒙らせて頂けるのです。

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2018年06月29日

●霊様のお働きを頂いて

平成15年10月18日のことです。初代教会長伊藤徳次先生の甥にあたる、池田司氏の3年祭をお仕えする日の朝、夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿で正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。御礼を申し上げます。」目が覚めた私は、どういう御意味かはわかりませんでしたが、すぐにノートに書き留めさせて頂きました。

★その年は、司氏のお孫さん2人が受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、司氏のご命日である10月23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、10月21日、初代教会長先生のお父様である池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★池田家の方は、代を重ねて熱心にご信心をお進めになり、その信心のお徳によって、霊様となっても徳高く、安心のおかげを頂き、子孫を守って下さっているということが分からせて頂きます。

★私達も日々神様の恩恵を授かり、霊様方のお守りを頂いて、結構に有難い生活をさせて頂いていますが、肉眼で物事を見ておりますと、なかなか気付きません。心眼を開く稽古をさせて頂きますと、今まで「自分の力でしている」、「自分の努力でここまできた」と考え違いをしてきたことに気付かせて頂きます。毎日の生活は、霊様方のお徳によって、お守りを頂き、またお祈りを受けてご都合お繰り合わせを頂いている連続であり、足りないところを足して下さっていると分からせて頂き、御礼を申すことができるようにならせて頂けるのです。そして、生神金光大神様が大きな広い世界へと導いて下さり、霊様方のお守りを頂いているということを、体験を通して実感させて下さるのです。ご先祖の分け霊を頂いて、自分の生命があるのですから、霊様方の御命日を忘れず、ご先祖、両親の信心を有難く頂き、子孫が繁盛のおかげを頂ける信心に成長させて頂きましょう。

★『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。』

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2018年06月28日

●今こそ、一心に…

熱心に日参なさっておられた御信者が70歳を超えられた時に、脳梗塞になられ左半身のマヒが残られました。しかし強い願いを持って日参を欠かさず、リハビリのつもりで毎日参拝なさっておられたのです。その後、左足の甲が腫れ、足首やふくらはぎまで腫れてきました。入院されますと、糖尿病と痛風の合併症と診断され、足の甲だけだった化膿が全身に広がっていきました。更に大腸にポリープが見つかり腸閉塞を起こされていることが判明したのです。しかし全身に膿が広がっているため、手術が出来ないので最悪の場合、2・3日のお命だと医師から宣告を受けたのでした。

★その夜に、家族中が泣いてお届けにこられました。そこで、その家族に「泣いている暇はありませんよ。今こそ真剣に、神様・霊様にお願いさせて頂かなければなりませんよ。子供や孫の真心からのお願いを神様はお受け取り下さいますから、これまでのお礼とお詫びを申し上げさせて頂き、長生きして頂いて親孝行が出来ますようにと、本気になってお願いさせて頂きなさい。」とお話しさせて頂き、一緒にご祈念をさせて頂きました。

★するとその夜に夢かうつつか、その御信者が入院なさっておられる病院のベッドの周囲を、白いお装束を付けられた4・5人の先生方が囲むようにお立ちになって、ご祈念して下さっている光景をご本人が見せて頂かれたのでした。その翌朝、肛門から茶色の液体をお取り払い頂かれ、宿便が出て、手術をせずに腸閉塞全快のおかげを頂かれたのです。後に検査されると、肛門から45センチ奥にあった大腸のポリープが、跡形もなくきれいになくなっていたのです。それからちょうど一年間お命を延ばして頂かれ、その間にお孫さんの結婚式の報告も聞くことが出来、安らかな最期を迎えられる大みかげを頂かれたのでした。

★医師から「2,3日の命だ」と告げられたのは、神様が日を切って下さったということです。この2,3日で、どうあってもおかげを頂かねばならないと、必死になり一心におすがりさせて頂きますと、神様・霊神様がお働き下さって、命を延ばして頂かれる結果となったのです。
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2018年06月27日

●本心の柱に虫を入らせなよ

あるご信者の息子さんが、お商売の勉強をさせて頂くために、他の店に修行に行かれました。

★そこで、お商売を仕込んで頂いたのですが、その店のご主人から「お前は正直者すぎて困る。真面目に働いてくれるのは良いが、夕方のお客さんが立て込んでいる時に、いわば稼ぎ時なのだから、品物を量ってお客さんに渡す際は少しずつ少なめに盛るのだ。それを10回もすれば、だいぶ稼げるだろう。それが、商売というものだ。お前みたいに馬鹿正直にしていれば、一向に儲からない。」と苦言を呈されたのです。店のご主人に、秤の目をごまかせと言われたご信者の息子さんは、小さい頃から教会へ参拝され、実意丁寧正直親切な生き方を教えて頂いておられますので、ご主人の言われたことを、そのまま飲み込むことができられませんでした。

★そこで、店の番頭さんに尋ねたのです。そうしますと、番頭さんは、「それがうちの大将の方針だ。私は長年ここで働かせてもらっているが、大将の良いところはしっかりと学ばせて頂き、これはしてはダメだと思うところは習わないようにしている。あなたも自分が正しいと信じているところを、勉強してゆけばよい。」と言われたのです。息子さんは、どうすれば良いのか分からず、家に帰ってご両親に尋ねられたのです。

★ご両親は「いくら店のご主人がそう仰っても、あなたは、み教え通りに実意丁寧正直親切に働くことを貫き通しなさい。世間ではこういうことがあるのだという事を学ばせて頂きなさい。秤の目をごまかせば、目先は得をしたように思うかもしれないが、不当に得た利益は、結局はどこかで清算しなければならないのです。天地が裁かれるのです。入ってはいけないところから入ってくれば、必ずその何倍にもなって出ていくのです。例えば、商売で損をするとか、人から騙されるとか、病気をするという事は、自分が積み重ねてきた結果で、そういう目に遭わなければならないのです。それが天地の道理なのです。人の目はごまかせても神様の目はごまかせません。」と仰り、息子さんは今後の生き方の指針を、考えさせて頂く機会を頂かれたのです。

★『若い者は本心の柱に虫を入らせなよ』正しい願いをしっかりと持っておりませんと、人の意見や人の行動に流されてしまうのです。若い時に本心の柱に虫を入れないように、正しい願いを立て、毎日お届けに書かせて頂いて常に再確認し、今日も一日願い成就に近づかせて頂けるようにご修行させて頂きましょう。そうして、神様に心を向けてご修行させて頂いておりますと、どんなことが起きてきても、迷うことなくお願いの方向へ正しい舵取りができ、神様にお喜び頂ける生き方がさせて頂けるのです。

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2018年06月26日

●無意識のうちに頂いているおかげ

茨木市に住んでおられる80歳を超えられたご信者がおられます。そのご信者が、いつも家で食事を頂く際、食器をたくさん収納してある背の高い食器棚と、ダイニングテーブルの間に座っていつも食事をされるそうです。

★しかし、地震が発生しました18日の朝食時には、なぜかその日に限って、いつも座っている席と反対側の席に座って朝食をとられたそうです。何がきっかけで、そうされたのかはご自身でも判然としないということですが、何となくいつもと反対側の席に座られたというのです。そして、朝食を頂いておられる最中に地震が発生したのでした。茨木市ですから、揺れが大変強く、食器棚が食卓の方に倒れてきて、中に入っていた食器がほとんど割れてしまったそうです。ところがそのご信者は、いつもと反対の席に座っておられたので、全くの無傷で大難を無難におまつり替え頂かれたのでした。もしも、いつもと同じ席に座っていますと、食器棚とテーブルの間に挟まれ、大きな怪我をしていたところだったということです。

★日々、無事安全に過ごさせて頂いているということは、知らず知らずのうちにおかげを頂いているということであり、その有難さに気付かせて頂く事が大切です。人間は意識をして生活をしていることがおよそ2割、無意識の内に判断していることがおよそ8割だそうです。強く意識をもって行動していなくても、何となくしていることの中に、私達は知らず知らずの内におかげを頂いている事がたくさんあるのです。そのような有り難い神様のお知らせを、受け取る受け物を生まれながらにして備えているのです。

★常に心中ご祈念をさせて頂く事を心掛けておりますと、無意識にしてしまっているところも、少しずつ意識的にさせて頂けるようになり、より一層に有難いおかげを受ける受け物を作らせて頂けるのです。
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2018年06月25日

●ひびを焼き継ぐ心に

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師でしたが、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

★さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までには大分よくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。教祖様から日を切ってご祈念頂かれ、その都度み教えを頂いて、心を見直し信心を改める稽古を積まれたのです。 そして、ご自分のことだけをお願いする小さな信心から、次第に広く大きな信心へと進まれ、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★貧乏になる人(佐藤範雄師)
(1)人の欠点のみ数えて己の欠点を改めない人。
(2)百芸に器用にして一芸に通じない人。
(3)くだらない長話をして要領を得ない人。
(4)夜更かしをして朝寝をする人。
(5)金銭・物品の貸借を延び延びにする人。
(6)いたずらに希望のみ大きくして実行に努力しない人。

★自分の心に、おかげを受け漏らす元となるひびが入っていないかどうか。どのようなところを改まらせて頂くべきなのか。日々み教えを頂いて丁寧に見直させて頂き、改まりの信心を進めさせて頂きたいと思います。
『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびの入っていることに気がつかずに、水をくみこんで安心しているから、蓋をあければからっぽである。水をくみこむ心で、焼き接ぐ心になればよい。』

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2018年06月24日

●信心辛抱のお徳 

コウ師のお父上・房次郎氏は信心に大反対のお方であられましたが、コウ師のご母堂ハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。神様を拝むくらいなら、わしを拝め」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通りにくい状態になられたのでした。毎日色々手を尽されましたが一向に良くならず、とうとう房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられたのです。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、必ず良くなります。」と信念を持って伝え、初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し「どうぞ助けて下さい。」と願われたのです。するとお結界の先生は「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せられました。急いで帰られると、それまで口もまともにきけない、水も喉を通りにくい、身体も自由に動かない状態であられたカツ氏が、お父さんが帰ってこられる下駄の音を聞いて「お父さん、お帰り!」と玄関まで出たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから家族中が勢信心のおかげを頂かれたのです。

★もしハル氏の心が人に向いていましたら、「あなたがご無礼なことをしたせいで、こんなことになってしまったのですよ!」と責めてしまうところです。しかし神様に心が向かっておられましたから、辛抱なさり難をみかげにさせて頂くことが出来られました。『何事も辛抱ということが肝心である。信心においてはなおさらのこと、辛抱が弱くてはおかげが受けられない。』と教えて頂いておりますから、ハル氏のような信心・辛抱を見習わせて頂き、一家勢信心のおかげを頂き、信心を進めさせて頂きましょう。
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2018年06月23日

●本心の玉を磨く稽古

6月21日は、平成16年に73歳でお国替えなさった内尾氏の御命日でありました。この方は3代目の信心であられましたが、縁あって大分県に嫁がれました。阿倍野教会の毎月の御本部御礼参拝には、日を合わせて大分県より参拝され、また春秋の御大祭には、信心友達である陶山氏の家に泊めて頂かれ、参拝なさる熱心なご信者であられたのです。

★晩年、内尾氏は癌を患われ、末期状態であるということが判明し、ホスピスで治療を受けられることとなったのです。6月1日内尾氏の娘さんから陶山氏に連絡があり、「母が陶山さんに会いたがっているので、お見舞いに来て欲しい」とのことでした。その時の内尾氏は昏睡状態で食事も出来られず、意識が無い状態が続いておられたそうで、いつどうなってもおかしくないとのことでした。陶山氏は早速教会へお届けされますと「是非行ってあげなさい」とみ教えを頂かれ、6月4日に会いに行かれました。すると、会いに行かれた日は意識が回復しておられ、内尾氏は待ちかねていたかのように、大変喜んで歓談が出来られたのです。更に昼食が用意されましたら「美味しい、美味しい。」と完食することが出来られたのでした。後になって判明したことですが、内尾氏は陶山氏に会われた3時間だけ、意識を取り戻されたというのです。その後、お国替えなさるまで、話が出来る状態になるということはあられませんでした。

★私達は現在、お命を頂いておりますが、神様から分け霊というものも授かっております。ご信心の稽古に励ませて頂いておりますと、分け霊と分け霊が通じ合っていくことが出来るのです。『信心は本心の玉を磨くもの』とみ教え頂いておりますが、真心で一心におすがりなさったから、通じていかれたのですね。真心とは実意のことです。御恩を知って御恩に報いていく、というあり方ですが、御恩返しにもうこれで十分ということはありません。自分のあり方を、見直し、聞き直し、考え直しをさせて頂きながら、ご信心の稽古に励ませて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

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2018年06月22日

●正しい繁盛の道

昭和の初め頃、セルロイドの工場を経営なさっておられたあるご信者が、お導き頂かれて阿倍野教会に参拝するようになられました。セルロイドというのは、重ねて置いておくと、気温の上昇で自然発火しやすい性質があります。その工場も入信前に三回火事を出しており、三回目の火事の時には、十代の若い工員を含む4名の工員が亡くなっていたのでした。

★多額の借金もあり、大変な中をお導き頂かれて参拝なさり、二代教会長伊藤コウ師のみ教えを聴かれますと、それまでの考え方・生き方が、天地の道理に反することばかりであるということが、段々と分かっていかれたのです。亡くなられた従業員の方々に申し訳ない思いで一杯になって、毎日涙を流しながらみ教えを頂かれたのでした。

★そして、お宅祭もお仕え頂くようになられたのですが、最初の頃はお宅祭を拝まれるのは奥様一人で、従業員の方々は、お宅祭をお仕えになられる後ろで、車座になって煙草を吸って、雑談しているような状態だったのでした。しかし、段々と回を重ねる毎に、ご主人も、従業員の方々も、正装して参拝し、み教えを頂くように変わっていかれたのです。また、家の霊様だけでなく、火事で亡くなられた4人の従業員の霊様方をお祀りされて霊祭を仕えさせて頂くまでにおかげを頂かれたのでした。

★先に借金をしてでも、使いたいことにお金を使い、使った分のお金の返済に追い立てられるように働く「使い儲け」の生き方から、出来るだけ始末できることは始末し、出来た資金の中で工夫しながらやり繰りする「儲け使い」の、結構な生き方に変わらせて頂かれ、工場も拡大し発展のおかげを頂かれたのでした。また、我が力でする、我が物である、我が金でするというような考え方から、神様にお断りを申してお願いして使わせて頂く生活に変わられたことにより、火事も起こらないようになり、めぐりを積む生活から、正しい繁盛の道を歩ませて頂けるように変わらせて頂かれたのでした。

★『この大地もその他の物もみな神の物であるのに、我が物でする我が金ですると思い、神にお願いをしないでするから叱られるのも無理はない。家を建てるにも神にお願いして神のお土地をお借りし、今までの無礼をお詫びして建てれば差し支えはない。』
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2018年06月21日

●何事もみ教えと有難く受けていく稽古

昨日は、梅雨らしいお湿りを頂きました。その中でも傘をさし、雨靴を履いて、ご信者方がいつもと同じように、朝に昼に晩にと参拝させて頂かれるお姿は、真に有り難いものでした。阿倍野教会が布教させて頂く以前、伊藤ハル刀自(伊藤コウ師の御母堂)は、お湿りの日や雪の日は「いつもの倍も三倍もお徳を頂ける日だ!」と、喜び勇んで教会に参拝させて頂かれたそうです。どんな時にも喜んで、不自由を感じたら、その不自由を有り難いご修行とする稽古を積み重ねさせて頂きますと、次第に信心が進み、お徳と力を頂くことが出来るのです。

★あるご信者のご家庭では、18日の北大阪を震源とする地震が起きて以来、お子さん方が出勤なさる時などに口々に、「お母さん、いつまた地震がくるかも分からないので、地震がきたら、台所の机の下が安全だから、そこに入って身を守って下さいよ」と、言って外出なさるということです。互いに知ってか知らずか、異口同音におっしゃっておられるわけですが、ご信者はその都度「有り難う、気を付けます」と、お礼を言って、家族が夫に々気遣ってくれることを喜んでおられます。

★もし、普段から喜ぶ稽古ができておりませんと、「子供のあなたからそんなことを言われんでも分かります!」などと言ってしまったりして、気まずい空気になってしまうおそれもあることでしょう。

★信心が至らない時には、み教えを頂いても、重荷になったり、煩わしくなったりして、必要な時に必要なみ教えを聞く耳を持つことが出来ないものです。信心がだんだん進んできますと、み教えを聞かせて頂いたら、なるほど、そうだなあと納得出来るようになります。気づかせて頂いたこと、人から言って頂いたことを、み教えとして頂く稽古が出来ており、信心が練れておりますと、いざという時に時間のご都合も、人手のご都合も、何もかも間に合うようにおかげを頂くことが出来るのです。

★『信心は素直な信心をせよ。また信心はしとやかな信心をせよ。言う通りを守らないからおかげはない。言う通りを守らずに、まだ治らない、おかげが無いというてきても神は知らんと申される。おかげの無い時には、我が心をよく調べてみよ。』

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2018年06月20日

●自分の事よりも、先に人の事を願う

18日の朝には、大阪北部を震源とする地震が起こりました。大きな被害を受けて現在も被災されている方々が大勢いらっしゃいます。大変痛ましいことに、亡くなられた方もおられ、ただただご祈念させて頂く他ありません。御霊様や被災された方々の助かりと立ち行きをお願いさせて頂いております。また、家屋の崩壊や、ライフラインの未復旧等、被災された方々に置かれましては、一日も早く安心して落ち着いた生活がさせて頂かれますよう、願わせて頂いております。

★18日に、教会の朝参りから帰る途中、阿倍野筋で地震に遭われたご信者があられました。地震が起こる前のことです。信号待ちをしていた三人の女学生の一人が、突然意識を失って倒れてしまったのです。一緒にいた友達がうろたえる中、道路の反対側におられたご信者が駆け寄られて、介抱されながら救急車の手配等をなさいました。救急車が到着し、搬送しようとしたその時に、地震が起こったのです。その後、ご信者は歩いて天王寺に到着なさったのですが、全ての電車が運休しており、枚方へ帰れない状態だったため、ご信者は再び教会へ戻られて、帰宅出来るまでお広前で待機が出来られたのでした。

★参拝の帰りに阿倍野筋を歩いておられる間に、人を助ける働きが出来られた事は、大変有難いことです。神様は、その時、その瞬間に、ご信心のあるそのお方を差し向けて下さったのです。そのご信者も他人の助かりに心を配られたことにより、電車の中で長時間居らなくても済むようになられたのでした。

★いつ何時、何事が起こってくるか分かりません。その時に、咄嗟に「金光様!」とご祈念がさせて頂けるか、自分の事よりも人の事を考えられるかは、常平生の信心が大切であるのですね。

★『信心する人は、わがことより他人のことを先に願え。そうすれば他人も助かり、わが身にもおかげがたくさんある。』『真の信心をする人を見よ。慈悲深くするので、おかげで無病息災諸事良いことが子孫に続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』
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