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2019年03月21日

●日々のお礼が次のおかげを頂く準備

先日、あるお方が「毎日のお仕事を有難いと思ってさせて頂いておりますが、締めの日がくるとどのようにして支払いをさせて頂いたらいいだろうか…と、心配で心配でたまりません。明日は繁盛するだろうか?支払いは出来るだろうか?働いて下さっている方々に給料が払えるだろうか?と考えたら、毎日が苦しくてたまらず、寝るにも寝られず、食欲も湧きません。」とお届けされました。それからそのお方は、毎日お届けをさせて頂かれるようになられ、毎日み教えをノートに書かれて、頂き直しをさせて頂かれるようになられたのでした。

★そのお方に[今、生かして頂いているからこそ、お仕事もさせて頂けているのです。「お命を頂いて有難うございます。」「今日も働く場所を与えて頂き、お仕事をさせて頂いて有難うございます。」「今日も家族が健康で生活させて頂いて有難うございます。」と、まずお礼申す事から稽古させて頂きましょう。あなたが扱わせて頂いている商品を、しっかりと手を合わせて拝ませて頂きましょう。拝むことの基本はお礼を申すことです。例えば野菜でしたら何日間かお店に置いておりますと、傷が入ったり、鮮度が落ちて傷んできますね。しかし、あなたが扱っている商品は傷むということがありませんね。それをしっかりとお礼申しなさいよ。品物を求めておられる方々がお店に来て下さって、品物を吟味して下さるのですから、その方々に「こんな良い商品に出会わせて頂いて嬉しい!」と喜んで頂けるように、商売をさせて頂きましょう。毎日ご祈念させて頂いて、その品を必要とする方々を神様がお引き寄せ下さるようにお願いをさせて頂くのです。そして品物を拝み、来て頂いた方々を拝み、お土地を拝み、住宅を拝み、従業員の方を拝み、万物を拝むのです。あなたは、毎日覚えず知らず呼吸させて頂いているのですから、空気にお礼を申しましょう。食事を頂くときやお茶を頂くときに、額まで押し頂いてお礼を申して頂きましょう。お礼を申すことを基本として積み重ねさせて頂いておりますと、その有難いことが子孫に伝わって、子供も心から慎み深く手を合わせてくれるようになってゆくのです。そのことを毎日心掛けて稽古させて頂きましょう。]とお話しさせて頂いたことでした。

★次のおかげを頂く準備というのは、お礼とお詫びです。本気でお礼とお詫びが申せますと、正しいお願いがさせて頂けるようになり、その願いが神様に通じてゆくのです。
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2019年03月20日

●真正面から受けきる

 金光教学院でご修行中、学院長の内田守昌師から、「問題を真正面から受ける稽古を」というご内容のお話を聴かせて頂きました。「問題に直面した時、こちらの心に緩みがあったり、信心が抜けていると、問題から逃げたい、楽をしたい、自分は良い子になって人に責任を被せたい、難しいことは人にしてもらいたい、というような弱さが出る。『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ。』と、教組様がみ教え下さっておられるところをしっかり頂いて、問題が起きたら逃げることなく、真正面から受け切らせて頂く稽古をさせて頂くことが大切である」と、教えて頂いたことでした。

★二代教会長伊藤コウ師は、人から泥棒だと言われた事があられました。それをふれ回ったのは、あろうことか修行生の一人だったのです。その話が親教会にまで伝わり、吉田新太郎師がコウ師をお呼びになられましたが、一切弁明するようなことをなさらず、「全て私の不徳の致すところでございまして、申し訳ございません。」とお詫びだけを丁寧に申されたのでした。

★後に、その件は事実無根のだと分かったのでしたが、コウ師は相手を責めるようなことを一切なさいませんでした。それどころか、「あの人は、もっと自分を大事に思って欲しいと思っているのです。私の親切が足りなかったのでしょう。」と仰り、その修行生の縁談のお世話までなさったのです。大きな受け物で受け切って、修行生のご無礼を神様のご試験として有難く頂き通されたのでした。

★問題に直面した時ほど、心を落ち着かせて神様に向かわせて頂き、問題を真正面から受ける覚悟を決めさせて頂きますと、問題の本質、自分の為すべきこと、改まるべき所が分からせて頂けるのです。そして、今頂いている親神様の広大なおかげに気がつかせて頂ける様になり、有り難いお礼の心、真のお詫びの心が湧いてきて、更なるおかげの受けものがしっかりと出来るのです。

★『人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。』

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2019年03月19日

●一切成就の信心

 『金光様は、有難き、恐れ多き、勿体なきの三きを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、この有難き、恐れ多き、勿体なきの三きの心に、新気、根気、(御礼の)働きが立ち添うてこそ一切成就のご信心がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』(片岡次郎四郎師)

★有難い、恐れ多い、勿体ないという3つの言葉をそれぞれ辞書で引いてみますと、全てに「有難い」という意味もありますが、たとえば「恐れ多い」や「勿体ない」でしたら、ただ有難いというだけではなく、お詫びの心も含まれています。「日々、おかげを頂き有難いことでございます。このような程度のご信心でありますのにおかげだけは思う以上に頂いており、恐れ多いことでございます。」「こんな程度の信心では相済まないことですので、より一層ご信心が進ませて頂きますように、お願い申し上げます。」というように、お礼を申すことと、お詫びを申すこと、さらに信心向上のお願いをさせて頂くことの大切さを含んで頂いている御内容であると理解出来ます。もらうことが大切です。ただ、有難いという言葉だけでは、その喜びと御恩に報わせて頂きたいという心を、表現しきれないということですね。

★(1)新気・・・三代金光様は「日々がさらである。」とみ教え下さっているように、日々新しい命を頂いているつもりで、日に日に新たな気持ちで信心生活を進める。

(2)根気・・・根気強くみ教えを頂き続ける。「継続は力なり」と教えて頂いているように、継続させて頂くことにより、信念が生まれ、力がついてゆきます。飽きることなく、ムラ気のないように、どこまでも願い続け、御修行を続けさせて頂く。

(3)御礼の働き・・・天地の御恩を感じ、今日までの御礼の心で日々働かせて頂き、お礼を申しながら身体を使わせて頂く。お礼の働きを常に心がけさせて頂く。

心の底から「有難い、恐れ多い、勿体ない」と思い、一段一段成長させて頂けるように、新気、根気、御礼の働きを心掛けさせて頂きましょう。
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2019年03月18日

●真のおかげとは

 先日より、強風が吹く日もあれば、大雨が降ったり紀伊水道を震源地とする弱い地震があったりと、神様より油断することなく御祈念をさせて頂くようにとお知らせを頂いておりました。そのような中、16日には婦人会例会が無事に開催され、また昨日には、団体列車とバスが無事運行のおかげを頂き、天候を初め万事万端に御都合お繰り合わせを頂きまして、御本部御礼参拝をさせて頂くことが出来ましたことは、大変有難いこととお礼を申し上げさせて頂きました。

★教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師でしたが、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

★さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までには大分よくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのです。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。教祖様から日を切ってご祈念頂かれ、その都度み教えを頂いて、心を見直し信心を改める稽古を積まれたのです。 真のおかげ、真の信心とは何でしょうか?病気が治るということが真のおかげではありません。病気を通して自分自身の至らない点に気付き、神様に心を向けるということが真の信心であり、自身の心を改まることができるということが真のおかげなのです。

★『信心していてもおかげが遅い、まだかまだかと思ってうろたえて、真の心が大事であるということを知らない。神様にお頼みして、一週間たっても治らなければ、まだ治らない、おかげがないと言って神を恨む。三年、五年、医者にかかり薬を飲んで、まだ治らなくても、医者には不足を言わず、また頼みすがっていく。神様はお気の毒なものである。』

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2019年03月16日

●信心の継承

 アメリカの34代大統領であるアイゼンハワー大統領が、ある大学に招かれた際に次のような内容の講演をされました。「人間は先人が残して下さったものから、しっかり学ぶことが重要である。しかしそれだけではいけない。そこから誰も極められなかった道をさらに研究して、一歩進めていくことが大切である。 すなわち、先輩が残したものを十分に受けると共に、さらに真理を求め、新たに道を切り開いてゆくということを、人間は生涯求めてゆくことが大切なのだ。しかし、それだけでもまだ足らない。それを後に続く人たちに伝え、残してゆくということが重要である。その努力が出来なくては、一人前の社会人であるとはいえない。」

★これは、信心の上においても同じことです。教祖様のご信心を二代金光様、三代金光様、四代金光様、現五代金光様へと、信心の継承によって大切なものが伝わり、表して下さっておられますことは、真に有難く尊いことです。また、教祖様が開いて下さったこのお道を、直信先覚の先生方がご自身の信心の上での経験を通して、のちの方々に伝えて下さったことにより、私達も有難いこの御教えに触れさせて頂くことが出来ております。親・ご先祖が残して下さったご信心をしっかりと受け継ぎ、そこからさらに一歩進めてゆくことが大切です。それだけではなく、自分自身が向上、成長していって、次の世代により良い生き方を伝え残してゆくことが私達の重要な役目なのです。それは、お導きの親からお導きの子や孫へという伝え方もありますし、家庭の中で、親から子・孫・曾孫へという伝え方や、また兄弟や親戚にという伝え方もあります。横にも縦にもご神徳に満ちた世界が広がってゆく為に、広く伝えさせて頂くお役目を頂いていることを、各人が自覚させて頂くことが大切です。ただ自分自身がおかげを頂けばそれでよい、ということではなく、まだご神縁を頂いておられない方や、世の中全体に伝えさせて頂けるように道を広げてゆくのです。そうしますと、本当に助かっていかれる方が次々と増えて、世の中全体が助かり、有難い世界が開けてゆくのです。

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2019年03月15日

●み教えを素直に頂く大切さ

当時、学校に勤めさせて頂いていた23才頃のことです。私が片側一車線の道を運転中に、渋滞して全く動かなくなり停滞しておりました。すると、反対車線の車が私の車だけに接触し、車体の右前から後まで側面を擦って停車したのです。相手の方が降りて来られないので、車を路肩に止めて行きますと、そのお方は放心状態でした。こちらから話しかけますと、そのお方は「申し訳ありません。居眠り運転をしていました。すべて私が悪いですので弁償させて頂きます。」とのことです。「それでしたら修理の見積もりができましたら、また連絡させて頂きます。」とお話しして、名刺を頂き帰宅させて頂きました。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、「あなたが全額を払ったらよろしい。」と仰っしゃいますので、私は「相手のお方が加害者で、全額弁償するとのことです。」と申し上げると、重ねて「あなたが支払ったらよろしい。」と仰っしゃいました。「はい、そのようにさせて頂きます。」とすぐに返事が出来なかった私は、数秒考えました。このことは私のこれまでの車、ガソリン、時間の使い方が間違っていると神様がお気付けを下さり、三代教会長先生のお口を通して神様がみ教え下されたのだ、と思い分けをして「はい、その通りにさせて頂きます。」と返事が出来たのでした。そして頂いたみ教えを守り、相手の方に伝えて喜んで頂き、私は日々の生活を改めさせて頂く良い機会を神様から頂いたのだと思い、車を修理に出させて頂いた事でした。後に私は何度も、命のないところを危険からのがれさせて頂いて、助けて頂いたのです。

★私達は、お取次ぎを頂いてみ教えを頂くことにより、起きてきた出来事の御意味を悟ることができることは大変有難いことですね。神様は私達に助かってほしいと願って下さっておられるですから、自分自身に今必要なみ教えだと素直に有難く頂きますと、後の生活を神様が間に合うように整えて下さるのです。
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2019年03月14日

●心を治す

 二代金光四神様のご時代に、備中では一番という程の納税家があり、家は大変繁盛していました。しかし、息子が病気で五年もの間、各地へ病院巡りをしておりましたが、一向に治りませんでした。とうとう医師からさじを投げられてしまったのです。そこで「どうせ死ぬのなら親の元へ帰りたい。親が信心している天地の親神様におすがりしてみよう」と考えたのでした。

★二代金光四神様の元へ参り「金光様、お助けくださいませ」とお願いしますと「助かりたいと思うのなら、これから毒を止めて、薬を食べなさい」と仰せになりました。「五年もの間一日もお薬を食べない日はありません」と申しますと「それは毒を食べたのじゃ。幼い時から食べて大きくなった好きなものを薬だと思って食べなさい。これまで食べて治らなかった薬は、一週間止めてみなさい。」と仰せになりました。

★そのご信者が、体に合っていない薬を飲むことは止めて、素直にみ教えの通りになされますと、一週間目にはだんだん良くなり、その後もみ教えの通りに続けてゆきますと、なんと五年の難病をたった二十日程で治して頂かれたのでした。親子は共に三里(12km)ほど歩いて御礼参りをさせて頂いて御礼届けをいたしました。「金光様、恐れ入りました。こんなにうれしいことはありません。何か神様へお礼させていただきとうございます。…金ですることなら何でもいたします」と申し上げますと、四神様は「命の代わりのお礼を、神様へ供えたければ、今後、神様へ不足をお聞かせ申さぬようにせよ。それが真のお礼じゃ」とみ教え下さったということです。

★二代教会長伊藤コウ師はこのみ教えに関して「神様に二度と同じような病気で心配をかけんようにしなさい。同じような姿に戻ってしまっては神様に申し訳ないことです。」と仰いました。本当に助けて頂きたいと思うなら心を改めていかなければ結構にはなりません。この神様は病治しの神様ではない、心を治す神様だと教えて頂いておりますから、日参と聴教によって心を治していくことが神様に一番喜んで頂けるのです。

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2019年03月13日

●心行により自分自身に打ち克つ

ある時、孔子が「剛(つよ)い人間がいないなぁ」と嘆いていました。すると、それを聞いた門人達は皆、申棖(しんとう)という者を思い浮かべました。申棖は大の負けず嫌いで、議論になると先輩であっても遠慮せずに相手を圧倒し、思う存分のことを言ってのける門人でした。申棖のことを言うと孔子は、「申棖は剛くはない。欲が深い。」と仰いました。門人は「申棖は、お金に対して冷淡であり、金銭欲もないし、欲があるとは思えません。」と答えますと、孔子は続けて、「私は申棖は誰よりも欲が強いと思う。金銭がほしいばかりが欲ではない。欲は様々な形で表れる。申棖は負けず嫌いで我執が強いというのもその一つである。欲というのは、人に克とうとする私心をいう。私情にかられて人と争うのはまさに欲である。欲がきつくては剛いとは言えない。剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことである。素直に天地の道理に従って、どんな難儀な目にあっても、安らかな心を持ち続けることである。」と門人達に説いて聞かせました。

★本当に剛い人間というのは、どんなことが起きてきても和らぎ喜ぶを持ち続けて、打ち克つことであると教えて下さっているのです。そのためには、現在与えて頂いている家庭や職場で、自分の心の中に深山幽谷を作り、人や物や出来事に対して不足に思わず、不自由を行とさせて頂くことが大切です。また、分相応な生活を維持するにも、自律自戒をして我欲に負けないことが必要です。そうして、食物を有難く拝んで頂き、与えて頂いた環境を喜ばせて頂き、自己顕示欲にふけることなく生活させて頂くことが心の行となり、自分に打ち克ってゆき、我情我欲を取り去ってゆくことができるのです。

★『世の中に表行はだんだんする人があります。寒行して拝んで歩行しておる人もあるが、心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を潔く勤め、分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これが心行である。』
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2019年03月12日

●天地の働きの中の私達の命

 8年前の平成23年3月11日、東日本大震災で多くの方が犠牲になられ、今日も5万人を超える方々が、避難生活を余儀なくされておられます。被災者の方々の助かりと、立ち行き、被災地の早期復興、そして、亡くなられた霊様方の助かりをどこまでも願わせて頂きたいと思います。

★教祖様は、『天地のことをあれやこれやと言う人がありますが、人では天地のことはわかりませぬ。天地のことが人でわかれば、潮の満ち干がとまりましょう。』と仰せになっておられます。今日でも、天災がいつ、どのような形で起こってくるのか、予測するのは難しいのが現状のようです。また、地震や津波にしましても、地殻変動があってプレートが沈み込み、そのエネルギーによって起こるものだと教えて頂いております。天地のお働きの中に地殻変動というものがあって、現在の日本列島が形成されており、その上に私達は生活をさせて頂いている事実は理解しているつもりですが、まだまだその有り難さを分からせて頂いておりません。私達はそのような天地の間に生かされている者として、謙虚な心にならせて頂き、慎み深い生き方をさせて頂く必要があります。大きな天災を通して、一人一人が己の姿を見つめ直させて頂くことが大切だと思わせて頂きます。

★あるご信者は、被災地で車の販売店に勤めておられました。何日か避難生活を送られた後、ご家族だけは地元の関西に返され、ご自分一人被災地に残って、津波の被害の激しかったところに出向いて、被災した車の後処理等をなさったのでした。食べること、着ること、寝ること等、ご自分の最低限の生活を保つこともままならならない中、被害の激しい地に出向いて更に厳しい現実を毎日目の当たりになさると、目の前の人々の助かりと立ち行きを、ひたすらに願わずにおられない、という経験なさったそうです。

★三代教会長先生はご自信の戒めとして、『天は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあって、無駄なことは何一つない。敢然として試練に堪えよ。たとえそれが天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と受け取り、困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を持て。』と、み教え下さっておられます。常平生から、天地の道理に即した生き方を心掛け、天地のお恵みを有り難く頂くと共に、天地のお働きを謙虚な姿勢で受け入れさせて頂き、銘々が改まりを忘れないことが私達のあるべき姿であると思わせて頂きます。

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2019年03月11日

●迷いを取り払い、本物のご信心にならせて頂く

『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ』

★疑いの心や迷いを取り払って頂くことが大切です。そうして心がより一層に穏やかになり、一心に神様にお縋りさせて頂く心にならせて頂いて、段々と本物のご信心に近づかせて頂けるのです。これは老若男女を問わないものであり、信心歴の長い・短いが関わることでもありません。受け物によるのです。「どうあってもおかげ頂こう。何が何でもみ教えを頂こう!」という心にならせて頂けるかどうかです。

★例えば「今のうちにこれをさせて頂こう」と気が付かせて頂いて、すぐにさせて頂けばよいのですが、「後からしよう」とか「誰々にしてもらおう」と思うのは、神様から頂いたみ教えを逃してしまうことになるのです。また腹八分目であることに気が付いているのに「もう少し食べたいなあ」と食べてしまったり、飲んでしまったりする我食い我飲みも同じです。そうした一瞬一瞬が、自分自身の我情我欲に打ち克っていく大切な瞬間なのです。

★本物のご信心にならせて頂けますようにと願って、ご修行をさせて頂くことが大切です。本当に真心で一心にならせて頂く為には、必要なことはしっかり入れさせて頂いて、不必要なものは省かせて頂いて心の掃除をさせて頂くのです。悪いことを思ったり、つまらないことばかり耳に入れていては、心も汚れますし信心も抜けていきます。

神様から与えて頂いている最高の賜りものは生命です。与えて頂いているのが当たり前になって、自分を生かすことをせず、生命を疎かにしていては申し訳ないことですね。有難いことがしっかり分からせて頂いて、「明日は良くなる!明後日はもっと良くなる!」と、おかげを頂いていく方向へ自分自身を舵取りさせて頂きたいですね。
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2019年03月10日

●己の成長を信じる

 先日もある方が、国立大学合格の御礼届に来られました。

★その方は、二次試験の5日前には、「志望校の過去の受験問題が全く解けません・・・」と、泣いてお届けに来られたのでした。そこで、「まだ試験当日まで5日もあります。5日あったら、どれだけの準備がさせて頂けることでしょうか!どこまでも諦めず、一日一日成長させて頂けることを信じて神様におすがりさせて頂き、『私には足りない所ばかりでございますが、どうぞ精一杯努力させて頂いて、実力を付けさせて頂けますように。試験当日には、実力以上の力を発揮させて頂けますように』と、お願いさせて頂きながら、試験までの5日間、最大限の努力させて頂きましょう。いつも感謝と笑顔を忘れないようにすることが、実力以上のおかげを頂くもとですから、しっかりそのようにおかげを頂きましょう」と、お話しさせて頂いたことでした。

★有り難いことに、お取次を頂いて心を前向きに切り替えて努力させて頂かれ、無事に合格の結果を頂かれたのでした。受験ということを通して成長し、学力だけでなく、心も鍛えて頂き、信心も進ませて頂けることは、有り難いことでございます

★どんな状況におかれても、自分の可能性を自分で限ってしまうことほど、ご無礼なことはありません。自分の実力以上と思えることに向かわせて頂く時には、「徳も力も足りませんが、どうぞこのことを通して一歩一歩成長させて頂けますように。そのための努力をどこまでも諦めずさせて頂き、有り難い結果を出させて頂けますように。」とのお願いを持たせて頂き、何事も神様にさせて頂く心で取り組ませて頂けば、「出来ない」ということはありません。「あれもさせてやろう、これもさせてやろう」と思し召し下さる親神様と一つ心にならせて頂き、不成心を取り去って、銘々に起きてくる出来事を通して、真心で一心に神様におすがりする稽古をさせて頂きたいと思います。

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2019年03月09日

●神様は氏子の先々まで願って下さっている

昨日は、みかげ会総会が無事に開催され、小池氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★小池氏は、お父様が叔父様にお導きを頂かれ、昭和32年に入信のおかげを頂かれました。小池氏が4歳の時に、お父様の仕事の関係で大阪へ戻ってこられ、それ以来ご両親と参拝され、子供会・学生会・青年会へと進まれ、現在は青少年後援会の副会長として御用にお使い頂いておられます。

★小池氏は、高校生の時に三代教会長先生にお取次ぎを頂かれ、高校の体育教師を目指すことを決心なされたのです。大学に進学される際には、剣道を得意競技にすることをみ教え頂かれ、剣道初段から大学卒業までに4段に昇段され、現在錬士6段のおかげを頂いておられます。そして、卒業後は高校の体育教師として、またクラブ活動では剣道部の顧問として、様々な問題もあられる中、その都度お取次ぎを頂かれ、お役に立たれたのです。

★平成21年に全国高等学校総合体育大会剣道大会が開催された時には、その準備責任者として抜擢され、その後は管理職に就かれました。教会長先生のお取次ぎを頂かれ、昨年3月を以て35年間奉職してこられた大阪公立高校の教員を定年2年前に早期退職されたのです。そして、小池氏は4月1日より公立大学の職員として再就職させて頂かれたのでした。

★小池氏は、定年後は再任用で教員をさせて頂こうと考えておられましたが、一昨年夏に両膝の軟骨がすり減ってなくなっていることが分かり、かけ足もできない状態となられ、将来のことを改めて考え直すようになられたのです。そうした時期に、秋季霊祭の前日に、元上司より「大学職員の募集があるが、受けてみないか」というお話を頂かれたのでした。受験資格は、管理職経験のあるもので、職務内容も小池氏にピッタリであることを教えて頂かれました。小池氏は、まさか定年より2年早くに退職することは微塵にも考えておられず、戸惑われましたが、秋季霊祭の日に教会長先生にお届けされますと「結構なお話です。神様は小池さんにこのような道を用意して下さったのですね。是非その方向に考えさせて頂いたらどうですか。」とみ教えを頂かれたのでした。小池氏は、有難くそのみ教えを頂かれ、準備なさって無事に試験に合格のおかげを頂かれたのです。そして、現在の職場で今まで積んでこられた経験が最大限に生かされ、お役に立っておられます。小池氏は、一家勢信心のおかげを頂かれ、御礼の信心、御礼の御用に励んでおられ、身体、家庭、仕事の上に様々にご都合お繰り合わせを頂いておられます。

★何事もお取次ぎを頂き、素直にみ教えを守らせて頂きますと、何十年先につながるように、万事にお繰り合わせを下さっていることが分からせて頂きます。
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2019年03月08日

●すべてを有難く頂く心

『食物を粗末にするくらいもったいないことはない。食べられるまでにするのは、たいていじゃあるまいが。みんな、何のためにえらい目をしておるのか。安気に食べられるようになろうと思うてであろうが。それなのに、口に入れるばかりになっておる食べ物を捨てたり粗末にするのは、神様のお恵みと人の骨折りとを粗末にしておるのじゃ。ようく試してみるがよい。食べ物を粗末にする者に達者な者があるか。出世する者がない。食を粗末にするから職を離れるのぞ。』

★あるご信者のお家で、可哀そうな人だからと女中さんに雇って頂かれた女性がありました。ところが給料日になると、働き盛りの年頃の息子さんが、母親であるその女中さんの給料をむしり取って行くので、女中さんはいつもお金に困って、難しい顔をされていたのだそうです。かまどでご飯を炊いていた時代の話ですが、この女中さんがご飯を炊かれましたら、必ず焦がしてしまわれるのでした。そして、毎回その「おこげ」をゴミ箱に捨ててしまわれるので、家の主人であるご信者は「私は「おこげ」が好きだから捨てずに残しておいて下さい。」と女中さんに仰いました。しかし、食事の後にゴミ箱を見てみると、そう言ったにも関わらず「おこげ」が捨てられてあったのです。ご信者が再度同様に女中さんに言われると、今度はゴミ箱には捨てられていませんでしたが、汲み取り式の便所に捨てられてあったということでした。

★二代教会長伊藤コウ師はそのご信者に「その女中さんに辞めてもらいなさい。何回言っても理解が出来ず、改まりが出来ない方を家に置いておくと、あなたの家のめぐりになります。」とお話しになりました。このように仰るとはよっぽどのことですね。与えて頂いているものを有難く思って、大切にさせて頂く生き方がご信心です。その反対に、与えて頂いているものを粗末にして毎日めぐりを積み重ねて、自ら不幸の元を作ってしまい、さらには周囲が結構にならない元を作ってしまっていては助かりません。それが続けばさらに恐ろしいことが起こってしまうのです。

★私達は食物を拝んで頂きますが、それだけではなく職もまた拝んで頂かねばなりません。毎日拝んで頂くことを積み重ねることにより、仕事もさせて頂けるのです。すべてを有難く頂く心が、体の丈夫と家の繁盛の元になっていくのです。

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2019年03月07日

●今日一日今日一日と積み重ねるお礼の働き

現在のお広前のご建築の時に、中心となって御用なさった酒井氏は、70歳になられた時に、お結界で伊藤コウ師に、「大工の仕事は引退させて頂き、郷里へ帰って大根でも作ろうかと思っております。」と、お届けなさったのでした。すると、コウ師は、「大根を作るのも結構ですが、あなたはこれまで大工の仕事でおかげを頂いてこられたのでしょう。でしたら、今日までのお礼に、その技術を生かして出来る、あなたにしか出来ないお礼の働きをなさったらどうですか?」と、み教えを下さったのです。

★それから後に酒井氏は、旧広前の東隣りに拡張された40畳の教場を作らせて頂く仕事の御命を頂かれたことを手始めに、現在のお広前ご建築の時には、二代教会長先生と三代教会長先生のお考えになるところを、図面に現してくださり、また、大変優秀な宮大工の方々に声をかけて下さって、教会との間を取り持って、ご建築が完成するまでの全体の采配を振るって下さったのでした。

★そのようにして、70歳から新たに出発なさった酒井氏は、大工の仕事で度々声をかけて頂かれ、80歳の時には、阿倍野区から豊中まで自転車で走って、お仕事にいかれたこともあったというほどに、大変お元気に大工仕事を通してお礼の働きをなさったのでした。

★今日一日今日一日、神様から与えて頂いている家業に精励させて頂き、油断なくお役に立たせて頂くことを中心に、生活を進めさせて頂くことが大切です。今日を喜び明日を楽しむことを心掛けて、今日までのお礼の働きとして日々稽古をさせて頂く心に、大きなおかげを蒙らせて頂くことが出来るのです。今月今日の信心を一生懸命させて頂いておりますと、過去一切が救われ、また先々が開けてくるのです。皆夫々に信心を基にして、先祖代々からの知らず知らずに積み重ねてきたご無礼をお詫びを申し上げ、過去のめぐりをお取り払いを頂いて、現在の日々の生活にお礼の働きを心掛けさせて頂きましょう。
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2019年03月06日

●実意・丁寧・正直

 戦後、日本の重立った宗教が、進駐軍に呼び出されて、戦時中の活動について質問を受けるということがあり、金光教を代表して当時の教監であられた和泉乙三師が出向かれたのでした。その時に和泉乙三師は、質問されたことに対して、一切ごまかしなく、包み隠さず全てを丁寧に答えられたそうです。当時、それは決して当たり前のことではなかったようで、その時通訳をなさったのは東京大学の名誉教授となられた岸本英夫博士で、あまりの正直さに驚かれた程であったと伝えられています。そして、和泉乙三師の回答のなされ方と、態度に感じ入られ、後に金光教について研究され、自ら御本部に参拝され三代金光様にお会いになり、お話を承れ、深く理解なさる機会を持たれたのでした。また、進駐軍の中でも金光教の評価は高まり、理解を得ることが出来たということです。

★信心とは、実意丁寧正直親切を、銘々の家業の上で現していくことだと、教えて頂いております。その時に大切なことは、いつも「生神金光大神様、天地金乃神様」と御神号を唱えさせて頂きながら、神様がお働きになるお手伝いをさせて頂くつもりで、つとめさせて頂くことです。「自分がする」と思うと、いつの間にか我情我欲に偏ってしまい、無理を生じてしまうのです。神様にお願いしてさせて頂くことには無理がなく、自分も助かり、相手にも喜んで頂く事が出来、有り難い働きが広がっていきます。「今日生命を頂き、結構な家族、結構な仕事を与えて頂いて有り難うございます。どうぞ今日一日、神様にお使い頂き、有り難い働きがしっかりさせて頂けます様に」と、日々お願いさせて頂きながら、有り難いご信心のお徳を現させて頂けるよう、稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『毎日の家業を信心の行と心得て勤め、おかげを受けるがよい。世のため人のため、わが身の上を思って、家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神様のみ心にかなうのである』

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2019年03月05日

●油断なく手厚い信心をする

あるご信者は腎臓に癌が見つかり、2つある腎臓を1つ切除されました。術後、医師より「今まで100%の力で仕事をしておられましたが、これからは60%の力で仕事をして下さい。残った1つの腎臓が2つ分の働きをするわけではありません。1つ分の働きしかしませんので、働きすぎますと、1つの腎臓に負担がかかります。」と教えて頂かれたのです。身体の悪い部分を取り除いて頂いたから、術後すぐに元の健康な身体には戻りません。無理のない生活を続けてゆくことが必要ですね。病気回復には、時間を要するということが分からせて頂きます。道理に適った生き方を学び、正しい努力を根気強く続けてゆくことが大切です。

★教祖様は、近藤藤守師に『一週間でおかげを頂いたとか二週間でおかげを頂いたとか言っているが、それは一時、神様がその病をつかまえていて下さっているのであって、治ったと思うと当てが違う。大体、重い病気は三年とか五年とか、また十年もたたなければ治るものではない。あなたは、おかげを頂いて一、二年になるが、十年たたなければもとの身体にはなれない。その代わりに、もとの体になれば、もう患うことはない。神が病を助けて下さるというのは、病の根から取り払って下さるのである。』と仰せになっておられます。

★日々油断なく心掛けて良い生活習慣を続けていかなければ、すぐに元の姿に戻ってしまうのです。起きてくる出来事も同じことです。出来てきた問題がすぐに解決し、元の良い状態に戻りたいと思っても、修復してゆくには時間がかかるものです。倦まず、弛まず辛抱強く願い続け、その間自分自身の心を改めてゆくことにより、足りないところは神様が足して下さり、少しずつ状況は改善され、問題も解決してゆくのです。

★『信心は手厚くせよ。うちで信心しておりますと言うのは、信心の抜けたはじめじゃ。手厚く信心するものは、夢を見ても、うかつに見るなよ。神は、夢にでも良し悪しを教えてやるぞ。』
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2019年03月04日

●何事にも不足を言わず、謙虚に

 伊藤の家の信心の初めは、コウ師のご母堂ハル氏お一人の、熱心なご信心によるもので、ご主人の房次郎氏は信心に大反対でした。しかしハル氏は、どこまでも諦めず、心が変わって頂けるように一心におすがりなさいました。

★ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なくして房次郎氏の愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのです。毎日人力車に乗せて医師・薬・針やお灸など色々手を尽されましたが、一向に良くなりません。とうとう、房次郎氏が「どうしたら良かろう…」とハル氏に尋ねる心になられました。するとハル氏は、「お父さんが教会に参拝なさってお取次を頂いて下さったら、きっと良くなります。」とすすめられ、その時初めて教会へ一緒に参拝なさったのでした。

★房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し、「どうぞ助けて下さい。」と願われたのでした。するとお結界の先生は、「伊藤さん、貴方の心は神様に届きました。帰ってご覧なさい。」と仰せになりました。自宅へ帰ると、それまで手足も動かず、水もまともに喉を通らない状態であられたカツ氏が、「お父さん、お帰り!」と玄関まで飛んで来たのでした。そこで親子が抱き合って泣いて喜び、そこから、家族中が勢を揃えてご信心なさるようになられたのです。

★ハル氏は一つ一つの出来事に不足を言われませんでした。「どういうご意味があってこの出来事は起きてきたのか、神様は何を教えて下さっているのか、どうぞ分からせて頂ける人間にならせて下さい。私の信心はまだまだ至りません。どうぞ本物のご信心にならせて下さい。」と願い続けられたのです。そこに実に尊いところがあられるのですね。そうして物事の本質を見抜いて思い分けが出来ていかれ、心眼が開けていくというお姿になっていかれたのです。

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2019年03月03日

●奇跡的なおかげの連続の毎日

先日、大変有難いおかげを頂いておられる、あるお父さんがお礼のお届けをされました。その息子さんは現在30歳代半ばであられますが、6年程前に悪性の腫瘍が見つかったのです。その腫瘍は、最新の治療を研究している国際がんセンターでも、積極的な治療が出来ない程の非常に珍しいタイプの癌であったそうです。そして、その癌が肺に転移して、肺の機能がだんだんと低下して両肺に移り、酸素吸入をしなければ生活できない状態に陥られました。発症した当初は、余命半年と宣告されたほどに非常に厳しい状態であられましたが、現在発症して5年以上もお命を延ばして頂いておられるのです。その息子さんは、結婚なさって3人の子宝を頂いておられます。そのお嫁さんはご主人の癌が発症してから後に、看護師の専門学校へ行かれ、免許を取得されて看護師としてご主人の看護をなさり、さらに看護師の仕事もなさりながら3人のお子さんを養育なさっておられるということです。ご両親も3人のお孫さんをお世話されながら、皆が夫々の立場で出来ることを協力して、支え合いながら生活なさっておられるということは、なんと素晴らしい有難いことでしょうか。

★そのお父さんは、「医師も手をこまねいて治療が出来られないところを、息子は神様からお命を頂いて結構に生活をさせて頂き、皆が和気あいあいと立ち行かせて頂いておかげを頂いております。私も65歳になりますが、新しく資格を取得させて頂き、再就職させて頂いて、現役で働かせて頂いておりますことは大変有難いことです。毎日、奇跡的なおかげを頂いておりながら、何のお礼らしいお礼も出来ておりませんので、しっかりとお礼のご信心が出来ますように。」とお礼とお詫びとお願いをされたのでした。

★私達は、毎日奇跡的なおかげを頂き続けている連続ですが、なかなかそのことに気付かず、そのお礼が十分に申せていない毎日です。毎日何の支障もなしに、家族も平穏無事に生活させて頂いていることは、どれほど有難いことか分かりません。そればかりか、100のうちの1つが気になって夜も寝られない、というような状態に陥りやすいものです。そういったところを神様におすがりしてお願いしながら、今日一日今日一日の積み重ねで、毎日おかげを頂いておりますと、それがひと月となり二月となり、一年となって立ち行かせて頂くことが出来るのです。
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2019年03月02日

●親孝行の有難さ

以前、初めて教会にお参りなさったあるご婦人が、二代教会長・伊藤コウ師のお説教の中で、『親は親たらずとも、子は子たれ』とのみ教えを聴かれ、「主人には、自分の両親を大切にしてもらっているのに、主人の両親には、何の親孝行も出来ていない」と、深く反省されたのです。と言いますのも、ご主人は、幼い頃に他家に預けられて育ったために、常々「実の親は親とは思っていない」と言われ、親御さんとは音信不通となっていたのでした。ご婦人も、その状態をただただ受け入れておられたのでしたが、「何としても親孝行をさせて頂きたい」という思いに変わられたのです。

★色々調べていくと、お母様の住むところが分かり、会いに行くことが出来られたのでした。お母様は、娘さん(ご主人の妹にあたる方)と暮らしておられたのでしたが、その娘さんは体に不自由を抱えておられ、お母様は、健康な息子さん(ご主人)は、他家に託し、娘さんを一人で育てる覚悟をして、生活保護を受けながら、身を隠すように二人で生活してこられたということだったのです。

★ご婦人は、ご主人には内緒でお母様のところに通われ、美味しいものを届けたり、時には生活の足しにと、お小遣いを渡されたりと、出来る限りの親孝行をなさったのでしたが、遂にご主人にそのことを告げる時がきたのです。お母様が体調を崩され、いつ息を引き取るか分からないという状態になられたので、奥様はご主人に、全てをお話しになったのでした。

★お母様がお国替えになったことを機に、奥様は、金光教の教徒にならせて頂いて、お母様の霊様をお祀りしたいとご主人に頼まれました。長年の恨みが簡単に晴れることは難しく、始めは渋々了承したご主人でしたが、お母様を合祀して頂いた頃から、お宅祭にも参列出来るようになられ、夫婦で共に拝むことが出来るように、変わっていかれたのです。そうしますと、お仕事の上で驚くような利益があがるというようなことも起こり、親孝行の大切さ、霊様のお働きのあらたかなことを、改めて感じることとなられたのでした。

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2019年03月01日

●霊神様の助かりと立ち行きを願う

2月26日は三代教会長先生の実姉であられます、大黒トクさんの御命日でした。

トクさんは、胆石の痛みを患っておられました。その痛みというのは、突然背中や腹部に激痛が走り、七転八倒するような強い痛みでした。

ある時、御本部参拝の日に御霊地でその痛みが起こり、ご祈念して御神酒や御神米を頂かれましても、なかなかその痛みは治まらず、大変苦しんでおられました。そこで、そのことを随行の先生にお伝えなさると、先生は二代教会長伊藤コウ師にご報告してお取次ぎをお願いされました。

すぐに御祈念して下ったコウ師は、「この飴でおかげを頂くように心中ご祈念してから頂くことをお伝え下さい。」と飴をお下げになられたのでした。早速そのことをトクさんにお伝えなさると、トクさんはそのお下げ頂いた飴を一生懸命ご祈念して頂かれました。すると、その日以来一度もその胆石の痛みが再発することなく、御霊地で病気の根を切って頂かれたのでした。

★痛み止めでも漢方薬でもない飴ですが、「コウ師からお下げ頂いたということは、神様がお下げ下さったのだ!これでおかげを蒙らせて頂こう!」という心になられたところに、有難い神様のご庇礼を頂かれたのですね。

★『世に勢信心ということを言うが、一人で持ちあがらぬ石でも、大勢かけ声で一度に力をそろえれば持ちあがる。ばらばらでは持ちあがらぬぞ。家内中、勢をそろえた信心をせよ。』
とみ教え頂いております通り、今生かして頂いている私達だけでなく、霊神様も勢を揃えてご信心して頂きますと、有難いご庇礼が頂けるのです。

そのようなお徳の高い霊神様に進んで頂けますよう、生きている私達が霊神様の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くことが大切です。ご先祖は、子孫が助かり幸せになることを願って下さっています。

霊神様にご安心頂けますように、ご先祖をお祀りしご命日を大切にして、毎日拝ませて頂いておりますと、霊神様が助かってゆかれ、さらに霊徳高くなられて生き生きとお働き下さり、後々の子孫のことや縁につながる方々に至るまで、付きについて守って下さるのです。

★日々お働き下さり、お守り下さっている霊神様にしっかりお礼を申させて頂き、どこまでも行き届いたご信心に進ませて頂けますよう、日参と聴教に励ませて頂きたいと思います。

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2019年02月28日

●心掛けるべきは徳の貯蓄

 二代金光四神様は、ご信心させて頂く者の心得として、『嘘をつくこと。盗みをすること。腹を立てること。』の三つをしないように心掛けることが大切だとみ教え下さっています。簡単な言葉を使って頂いておりますが、真にこのみ教えを守らせて頂くことは、容易なことではありません。

★人に嘘をつかない事も大切でありますが、神様に嘘をつくことのないように、心掛けて生活を進めさせて頂くことが大切です。例えば、切羽詰ったお願いをさせて頂く時には、「このように改まらせて頂きますので、どうぞおかげを頂かせてくださいませ!」と、必死になって改まりに取り組むことをお願いしているかもしれません。ところが、お願いが成就した途端に気が緩んでしまい、改まらせて頂く前の自分にいつの間にか戻ってしまうのは、神様とのお約束を守りきれたとは言えません。

★また、「自分は盗みなんかしたことはない」と思うかもしれませんが、お仕事をさせて頂いて給料を頂くときに、本当に給料に見合った働きがさせて頂けているでしょうか。給料以上の働き、ただ働きをさせて頂く位のつもりで働かせて頂くことによって、その働きは、天地にお徳の貯蓄として神様が受け取って下さいます。そして、ここぞという時に、常々の徳の貯蓄によって、間に合うようにおかげをお授け下さるのです。

★また、『腹立てば心の鏡のくもること』とみ教え頂いておりますように、腹を立てるということによって、己の徳を失うことになるのです。貴金属や土地家屋といったこの世の「財産」呼ばれるものは、霊となる時には全て置いていかなければなりませんが、天地に積ませて頂いたお徳は、霊となった後も持って行くことが出来、子孫にも残して頂くことが出来、安心、繁盛の有り難いおかげを頂けるのです。日参と聴教のお徳、生神金光大神様の御取次を頂くお徳、御用奉仕のお徳、お導きのお徳等々、日々信心させて頂いてお徳を積ませて頂くことを願わせて頂きましょう。

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2019年02月27日

●揺るがぬ信心

 三代教会長先生が62歳の御時、くも膜下出血の発症により、40日間絶対安静を必要とする状況になられました。私はベッドのそばで御祈念させて頂いておりましたが、心配や不安で離れることができませんでした。私は「今晩徹夜してでもかまわない。御祈念させて頂く。」と思っていましたら、奥様が「あなたが一晩徹夜しても治られるわけではありません。明日学校へ行かねばならないでしょう。一人では何も出来ません。皆が交代しながら長期に亘ってお世話をさせて頂き、おかげを頂かねばならないことです。気が済むまでお広前でしっかりと御祈念させて頂いて、すべて神様にお任せして寝させて頂きなさい。先生は必ずおかげを頂かれます!」と言って頂いたのでした。その後、お広前で1時間半ほど御祈念させて頂いておりますと、有難いことに「あとは万事お任せ」と思わせて頂くことが出来ました。

★三代教会長先生は「今日まで60年間お生命を頂き、身体を使わせて頂いたお礼をさせて頂こうと思ったら60年かかる。これから60年間かけてでも御礼の働きがさせて頂けますように。」と新たに願いを立てられ、40日後、歩く事からリハビリをなされ、お説教やお結界の御用を通して徐々に回復のおかげを頂かれたのでした。しかし、10年間は常に頭痛を抱えておられ、冬場でも頭を氷枕で冷やさなければ、休むことが出来られない状況であられました。そのような状態にもかかわらず、不足を一切口に出されず、お礼の御用に専念されたのです。そうして、以前と変わらずに毎日御用にお使い頂かれた結果、くも膜下出血の出血は自然吸収され、後遺症なく全快のおかげを頂かれ、90歳6ヵ月まで天寿を全うされるまで、御用にお使い頂かれたのです。

★三代教会長先生と奥様が、「必ずおかげが頂ける!」と神様にすべてをお任せされ、どんな状況になられても揺るがないご信心を示して下さり、信念を現わして下さいました。そのお姿を拝ませて頂き、私の心に有難い衝撃を与えて下さったのです。

★私共も生命を頂いている御礼に、しっかりと御礼の働き・御用に励ませて頂き、有難い信心の灯をともさぬように、次の代へと伝えてゆく信心をさせて頂きましょう。
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2019年02月26日

●信心を基にして

 初代教会長・伊藤徳次師は大正15年にお国替えになられました。二代教会長となられた伊藤コウ師が真心で一心に神様におすがりなさって、昭和2年に旧広前新築のおかげを頂き、喜びに満ちて御用にお使い頂いておられました。昭和4年3月18日のことです。阿倍野教会のことを心配なさっておられたのでしょう。甘木教会初代教会長・安武松太郎師が阿倍野教会に参拝して下さり、旧広前の柱を撫でて喜んで下さったそうです。

★その折に天王寺公園を訪れられ、蓮の池を御覧になられて、「私達も蓮のような信心をさせて頂かなければならないなあ」と仰りました。蓮の根は泥にうまっていますが、蓮根が育ち人の口に食され、葉は育ち、綺麗な花を咲かせます。どのような環境にあっても、難儀や厳しい環境の下でも信心で以て活き活きと育ってゆかねばならないと教えて下されておられます。

★安武師は何を見られてもご信心を元に受け取られ、神様のみ教えとご自身に頂かれて、私達に「信心を基にしてこうした取り方をしなさいよ」とみ教えを下されておられるのです。心の耳をもって聞かせて頂き、心の眼をもって見させて頂くということは、頂きようが違われるのですね。私達もそのようにならせて頂きたいものです。

★『初めに聞いてありがたかった話が、いつ聞いてもありがたかったら病なしの信心である。初めに聞いてありがたかった話が、ありがとう聞けぬようになったら病の信心である。病の信心にはおかげはない。三つの歳に食べた米の飯が、四十、五十になってもおいしかったら病気はないのである。』心が病んでる状態ですと有難さが薄れていくのです。

★『氏子、忙しければ信心をせよ。壮健ならば信心をせよ。とかく氏子は反対をするから、真のおかげが受けられない。』忙しければ、つい理由をつけてお広前への参拝が遠ざかったり、順風満帆な時には何もお願いすることはないと思ってしまいますと、何事も自分でしてきたという気になってしまうのです。それは大きな間違いです。「ここまでおかげを頂いてきました。有難うございます」と日々謙虚な気持ちで生活をさせて頂き、「お礼の働きがさせて頂けますように」と信心を元にさせて頂きますと、間違いは起こってきません。そのようなおかげを蒙らせて頂きたいですね。

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2019年02月25日

●神様のお気付けを素直に頂く

私が大学を卒業して大阪に戻り、学校へ勤めさせて頂いた時に、花粉症を発症しました。★それはひどいもので、両眼ともアレルギー性の結膜炎になり、夜中も呼吸困難で寝られませんから、苦し紛れに薬を服用しますと、その薬の副作用で膵炎を起こしたことがありました。「薬れ祈れ」の状態だったのだと思います。その薬の副作用はとてもきつく、涙や鼻水等の粘膜から分泌させるものを止める成分は、内臓から分泌されるものをも止めてしまう作用があったようです。そこで、病院で診察して頂き膵炎の治療を受け、医師から薬を処方して頂いたのですが、その抗アレルギー薬を飲むと、嗅覚が全く利かず、甘い物が苦く感じるようになり、味も匂いも全く感じなくなったのでした。

★医師に、「一回服用しただけですが、このような症状になりました」と伝えますと、「珍しいですね。このような副作用が起こるのは10万人に一人です。早速その薬を止めましょう。食事で改善していきましょう。」と仰って頂きました。腸壁が荒れているところから、アレルギーの元となる異形たんぱく質を取り込んでしまうらしいのです。焼いたり、揚げたり、炒めたりした魚や肉でなく、煮炊き物を中心に頂いて、腸を整える食事に変えていくようにしました。『体の丈夫を願え、体をつくれ、何事も体が元なり』とみ教え頂いておりますように、それからは、日々新たな心持ちで実に30年以上、体質改善するために、毎日気を付けながら生活させて頂いておりますと、有難いことにアレルギー体質も大幅に改善のおかげを頂いているのです。

★一つの症状から、神様が「今のうちに改まらせて頂きなさいよ」とお気付けを下さっているのですから、病気であろうが、会社の抱えている諸問題であろうが、人間関係であろうが、様々な厳しい辛いと思えることも、おかげの元になるのです。神様から色々とお知らせ下さっているところに、気が付かせて頂ける人間になるか、そうでないかで神様は大きく違ってきます。「今あなたにはこれが必要ですよ」とお知らせ下さっている時に、それを「ありがとうございます」と素直に有難く受け切って、何事も改まらせて頂きますと、素晴らしいご庇礼を頂くことが出来るのですね。
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2019年02月24日

●幸せを築くもと

 先日は、天候の上にも結構なご都合お繰り合わせを頂いて、三代教会長先生の11年廻れる例年祭をお仕えさせて頂き、多くの参拝の方と共々にお礼を申させて頂けましたことは、真に有り難いことでございました。

★お祭り日とは、御恩を忘れない為の大切な日と教えて頂いております。天地の親神様の御恩、霊様方の御恩、親様、国家社会の御恩など、私達は様々な恩恵の中にお命を頂き、日々生かして頂いているのですから、御恩を忘れた生き方は、決して先々結構にはなっていきません。

★三代教会長先生は、「本当の幸せとは、神様からも可愛がって頂き、人からも厳しく教えて頂くことです。どんな困難に直面しても、『生神金光大神様、天地金乃神様』とご祈念させて頂きながら、力強く乗り越えさせて頂けるのが、有り難いのです。そのように徳も力も頂くためには、ほんのわずかな過ちでもすぐにとがめられ、すぐ改まるように仕向けて頂ける方が幸せであり、生活全体が結構な方向に変わらせて頂けるのです。反対に不幸せとは、辛い、苦しいことを避け、少々の過ちをしても、何事もなく過ごすことが出来てしまうことなのです。」と、み教え下さっておられます。

★油断なく日参と聴教に励ませて頂き、毎日の生活の在り方や考え方が、御恩を忘れたご無礼なあり方に少しでもなっていたら、すぐさま改まらせて頂き、活き活きとお役に立たせて頂いて、御恩を感じ、御恩に報いる有り難い生き方にならせて頂きたいと思います。

★『祭り日は、信心を忘れないための大切な日である。この祭り日を忘れさえしなければおかげがある。忘れたらおかげはない。親の恩を忘れないための法事のようなものである。何事にも恩を忘れてはならない。』

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2019年02月23日

●み教えを心から有難く頂く

昨日は、三代教会長・伊藤良三大人霊神の十一年廻れる例年祭をお仕え申し上げました。ご生前中にお取次ぎ下さり、み教えをお説き下さいまして、御霊神となられてからも日々お守り下さって、私共が今日有り難いおかげを頂き続けております御礼を、共々に申させて頂いたことでした。

★三代教会長先生が、ご自身の戒めとしておられた心構えとして『天は私に必要以外の何ものも与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあって、無駄なことは何一つない。敢然として試練に堪えよ。たとえそれが天災や病気や怪我であっても、或いはあらぬ中傷であっても、また気の進まぬ仕事であったとしても、何事も御神意と受け取り、困難を困難とせず、明るく生き抜く覚悟を以ってせよ』と残しておられます。

★三度目のマラリアの症状が出られた時のことです。神経の麻痺がおこり、手足が動かなくなられ、何事にも辛抱強い先生が「半年は寝ることになるか・・・」と思われた程の症状であられました。ある時、部屋で休んでおられるところに伊藤コウ師が来られ、「いつまで寝ているのですか!近頃すっかり偉くなって、ほうきも雑巾も持たんようになったから、もう手も足もいらんわなあ」と、厳しいみ教えを頂かれたのでした。三代教会長先生は、「その通りだ」と、素直に得心され、這いながらでも布団から出られたのでした。

★み教えを頂いて「何が何でもおかげを頂くぞ!」と金光様とお願いなさったわけです。教えを守らせて頂いておかげを蒙られたのです。み教えは厳しいように思えますが、それを自分自身が本当に有難く頂かない事には結構になっていきません。『神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ』一心とは改まらせて頂くということに迷いがないということです。

★晩年に三代教会長先生が「私は親先生(二代教会長伊藤コウ師)が仰ったことを、不足に思ったり、『なんて意地悪なこと言いはるんや』と思ったことは一度もない」と仰っておられました。三代教会長先生は不自由を行となさって、常にご修行をなさっておられ、私共に有難いお姿を示して下さっておられたのです。三代教会長先生にお喜び頂けるようなご信心を進めさせて頂きたいですね。
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2019年02月22日

●幼少の頃からみ教えを頂く大切さ

 連日のニュースの報道を拝見致しておりますと、日々様々な問題が噴出している今日の社会の現状であります。学校の現場に於きましても、生徒同士のいじめだけでなく、教師が学生さんや児童に対していじめを助長するような、真に残念な事件が報道されています。そのような問題がクローズアップされるずつに、「この世の中にご信心が満ち満ちて、み教えを頂くということが世の中に満ち満ちていけば、どれほど有難い世の中全体になるだろうか…」と願わずにはおれません。

★『人が人を助けるのが人間である』とみ教え頂いておりますのに、人を騙したり、殺めたり、また親が子を虐待して死に至らしめたりと、口にするだけでも恐ろしい痛ましい事件が、世の中には次々と起こってきております。そうした現状を目の当たりにさせて頂きますと、ご信心を基にした家庭教育や学校教育、また社会教育が為されるように、変わらせて頂くことが大事なことであるなあと思わせて頂きます。幼少の頃からお参りしてみ教えを頂き、早くから天地の道理を学ばせて頂いて成長させて頂く、ということは実に大事なことである、と痛感させて頂きます。

★二代教会長伊藤コウ師が、あるご家庭にお宅祭に行かれた時のことです。コウ師が大学を卒業なさった息子さんに対して「あなたもご信心させて頂きましょうな」とみ教えなされますと、そのお母さんは「いや、この子にはまだ信心は早すぎます」と言われたのでした。コウ師は、その青年の成長とご家庭の発展を願って「今のうちにみ教えを頂きなさいよ」と仰っておられますのに、そのお母さんは、「今は自分の好きな様にさせて、何か問題が起こってきたら信心すればよいだろう」という、全く間違った考えをしているのです。一日でも早く、毎日の生活がみ教えに基づいた生活になりますと、おかげを頂く近道になるのです。生命にかかわるような難儀なことが起こり、どうにもこうにもならず、勤めることも出来なくなるような八方塞がりになってからでの信心では、遅すぎます。

★「毛穴からでもみ教えは入る」と教えて頂いております通り、赤ちゃんの頃から親がお広前に連れてお参りさせて頂いて、親も子も共に願い合い、み教えを頂くということは、どれほど有難いことであるかと思わせて頂きます。信心教育は実に大事なことで、また信心相続の実現ということは、末広がりに有難いおかげを頂ける近道とならせて頂けるのです。

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2019年02月21日

●御礼の足りぬお詫びとは…

先日、虫垂炎で入院しておられたご信者が、手術には至らずに無事に退院のおかげを頂かれました。まだ、軽度の炎症であったため、薬で散らして頂いて、快復のおかげを頂かれたのです。以前は、虫垂炎に罹らずとも、腸ヘルニアの手術の折に、盲腸も切除する手術をしていたこともあったそうですが、近年はなるだけ盲腸を残す治療の方針に変わっているようです。近年分かったことですが、盲腸は働いていない臓器ではなく、消化酵素を処理する働きをしている場所だそうです。段々とそれぞれの臓器の役割が分かってきているようですが、それぞれの臓器同士の関わりがまだすべて解明されていないそうです。神様が与えて下さっているすべての臓器に無駄はなく、すべての関わり合いによって生かされて生きていることが分からせて頂きます。

★ご信者は、退院なさってお礼届けに来られ、「虫垂炎に罹って、初めて虫垂の正常に働いて下さっていた有難さが分からせて頂けました。日々御礼の申し足りないことが分からせて頂き、お詫び申し上げます。」とお詫び申し上げられたのでした。身体が痛んで初めて、それぞれの臓器がすべて正常に日々働いて下さって、元気で生活させて頂いている有難さが分からせて頂けます。

★人間は、目の前の思い通りにいかないことや、不自由さに目を向けて不平不足を言ってしまいがちです。神様に心を向け、自分の至らない部分や見えない部分に目を向ける稽古をしておりますと、広大無辺な神様のお働きに気付き、今まで気付けなかったことに気付かせて頂くことができるのです。

★数え年14才というご年令から、70年間お結界に恪勤なされた三代金光様は、『天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって、早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が、座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて、泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事も、いつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます。』とみ教え下さっておられます。
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2019年02月20日

●家族円満に難を乗り切る

 18日には教徒会例会で、野元氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。ご両親が、近所の方にお導き頂かれ、ご神縁を頂かれました。そのお父様が、38歳で急性心不全でお国替えなさり、当時32歳だったお母様は、親戚の方々の勧めで、現在のお父様と再婚されたのでした。それでもお母様は、三人の幼い子供のことや、商売のこともあって、うつ状態になられ髪も白くなってしまわれたほどでしたが、二代教会長・伊藤コウ師より、「三人の子供を育てるのに、そんなことをしていてはいけません。手に職を付けなさい」とみ教え頂かれたのです。また、お父様も、「辛抱できますか。しっかり信心しなさいや」と、優しく力強いみ教えを頂かれたのでした。それから、弟さん、妹さんも生まれ、5人兄弟の7人家族で、仲良く助け合って生活させて頂かれました。

★ご両親は、弟さん家族と同居しておられますが、お母様が平成24年1月から29年12月までの間に三度に亘って脳梗塞を発症され、二度目の脳梗塞を発症した後から、お取次を頂いて、リハビリの出来る施設に入所することになられました。それからも、ご家族は毎日のように面会に行かれ、出来る限り外出をさせてあげて一緒に教会にお参りなさったり、外泊をさせてあげられたりと、お母様の介護を通して、一層家族親族が円満に、団結していくおかげを頂かれたのでした。またお母様も、「5人も子供を産んで育てて、苦労もいっぱいしたけど、私ほど幸せな人間はいない」とおっしゃって喜ばれ、ご家族に親切に介護して頂かれながら、平成30年2月にお国替えなさったのでした。

★今日も、家族親族そろってご信心なさり、御用にもお使い頂かれ、円満におかげを頂いておられることは、真に有り難いことでございます。

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2019年02月19日

●御霊地のお徳を頂いて帰る

17日には、天候初め万事万端に御都合お繰り合わせを頂きまして、有難い御本部御礼参拝をさせて頂くことが出来ました。私自身も今回有難いおかげを頂いた参拝にならせて頂きました。実は16日から胃の調子が悪かったのですが、17日には腸の調子が悪く、朝からお腹を下しておりました。熱もなく苦しさもなかったのですが、腹部に少し力を入れるだけでもトイレに行かなければいけない程でした。

御本部に於いて、朝から夕方まで幾度も体の悪毒病毒をお取り払い頂き、御神水でもっておかげを頂き、翌18日には清々しい朝を迎えさせて頂きました。御本部参拝の道中や御霊地で起こってくることは全ておかげです。御霊地で解毒をして頂き、御霊地のお徳を頂いて帰らせて頂いたのです。普段何事もなく食事を頂くことで出来、消化吸収させて頂けることは、どれほど有難いことかと改めて体感させて頂きました。

★『病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸替えをするのに八・九分替えて退屈してやめれば掃除はできぬ。それでやはり水は濁っているようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで一心にまめで繁昌する様に元気な心で信心をせよ。』

★途中で井戸掃除をやめては、水はきれいにはなりません。最後の最後までやり通さないことには、井戸の水はきれいにはなりませんし、どこまでも信心のお徳を積み重ねてゆきませんと、病気災難の根は切れません。御霊地にてめぐりのお取り払いを頂き、御霊地のお徳を頂いて、心も体も作り変えて頂いて帰らせて頂けるのです。そうして有難い方へお導き頂ける、そういう参拝にならせて頂けるのです。

★阿倍野教会では初代教会長先生が「何が何でも毎月御本部参拝をさせて頂きたい」というお願いを立てられ、月々の参拝を続けられました。その願いを今月も受け継ぎ、願い続けさせて頂いておりますので、天候や列車・バスの上にも万事に御都合お繰り合わせ頂いて、毎月おかげを蒙らせて頂いておりますことは本当に有難いことです。

一回一回のお参りで体も心も整えて頂き、何が何でもおかげを頂かせてもらう、という受け物を作らせて頂きましょう。そして油断のない信心・揺るぎのない信心をさせて頂いて、次から次へとおかげを蒙らせて頂ける生活にならせて頂きたいですね。
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2019年02月18日

●親から子へと伝えられた信心の徳

 16日には婦人会総会が開催され、二井氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★昭和28年、お母様がおみちびきを頂かれ、入信させて頂かれたのでした。二代教会長・伊藤コウ師より、『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ』のみ教えを頂かれ、病気がちであられたお父様の回復と、生活の立ち行き、一人娘の二井氏の無事の成長と信心相続を一生懸命に願われ、信心辛抱なさったのです。

★小学校3年生の時、お母様が、伊藤コウ師よりお結界で、「日曜日だけでも子供会に参拝させて頂きなさい」とみ教えを頂かれ、二井氏は、堺市より阪和線、阪堺線を乗り継いで、子供会に参拝なさるようになったのです。そのうちに、日曜日だけの参拝であったのが、毎日参拝させて頂くようになられ、お母様は、後ろ祈念を欠かされず、堺市の駅に帰り着く時には、いつも駅の柵から身を乗り出すようにして出迎えて下さったそうです。また、月例祭の日には、子供会が終わった後、お広前の隅で勉強しながらお母様を待たれ、一緒に月例祭を拝んで帰られる等、一生懸命に二井氏にご信心を伝えられたのでした。

★二井氏は、昭和57年に中学校の英語教員になられてより、今年度で教職生活37年目を迎えられ、現在は小学校の校長として勤めておられます。二井氏は、中学の教員時代から長年、子供会日曜例会で「やさしい英語」のご指導にあたって下さっています。そのご経験が、思わぬ形でお役に立たせて頂かれ、ご自身も驚かれるほどに、小学校での勤務に順応出来ておられるということです。お取次を頂かれながら、一人ひとりの児童と実意丁寧に向き合われると共に、ご信心を基にして学校全体の課題に取り組まれ、明確な目標と願いを持たせて頂いて、有り難い働きを続けておられますことは、真に有り難いことでございます。

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