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2017年12月14日

●どこまでも勉強する心で…

教会の厨房を改修工事をさせて頂く時、保健所に出向いて、どのようなことを基準にすればよいかをご指導頂けるようにこちらからお願いをして多くのご指摘を頂きました。ご指導頂いた事をそのまま全て守らせて頂き、再度点検して頂いたのでした。すると、上役の責任者の方から「こちらが伝えました点をすべて実行されました。大変結構です。これまで多くの所に指導致しましたが、指摘したことをすべて実行されることはまずありませでした。今回は指導のし甲斐があります。」と喜んで頂いたのでした。有難いことに、今日まで便利に都合よく、使わせて頂いております。

★色々と維持管理をするには、正しい順序を踏んで標準に合わせるために勉強し、教えて頂いたことを守らせて頂く必要があります。

★本当に幸せな生き方とは、神様に可愛がって頂き、人からも厳しく教えてもらえるような人間にならせて頂けるように、ならせて頂くことです。神様に認めて頂けるような人間になるには、神徳・人徳を頂くようにご修行をすることですね。どんなに苦しい難しいことでも、力強く乗り越えていける徳と力を頂いてゆき、またほんのわずかな過ちもすぐに教えてもらえる、咎めてもらえるということが幸せなことなのです。「この人間なら」と見込んでもらって、教え鍛えて頂けるという事が有難いことであり、考え違いは正して下さり、生活全体が改まるように仕向けて頂けるのが幸せの元なのです。

★反対に「こんな苦しいことは嫌だ。」「こんな勉強は嫌だ。」と辛い苦しい問題を避けて通っておりますと、決して実力は身につかず、不幸せになる元を作っているのと同じです。重たい物を持つのでも、力がある人が持ちますと、軽々と持てますね。力がない人が、重たい物を持とうとしても、持つことができません。それは鍛えていないからです。鍛えることにより、実力がついてゆくのですから、何事も逃げずに勉強し乗り越えてゆきましょう。
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2017年12月13日

●ご修行を決めて参拝させて頂く

『まめな時くり合わして参詣してご神徳をいただいておき、病苦災難の時には、天地金乃神、金光大神様の手続きをもって願い、直々に聞いてもらうようになければ、信心は間に合わん。どこでも一心に頼みなさい。神様は直におかげをくださるのである。』

★先日はある霊様の10年祭を仕えさせて頂きました。平成19年の12月24日に91歳でお国替えなさったのですが、神様に請願をお立てになり、毎月欠かさず御本部参拝を続けさせて頂かれたのです。昭和31年の5月から、お国替えなさった平成19年の12月まで、なんと連続620回を参拝させて頂かれたのでした。入院中でも外出許可を頂いて、御本部参拝なさったこともあられました。よほどの覚悟を決めて、お願いを立てさせて頂かないと、620回も連続で欠かさずお参りさせて頂くことは出来ませんね。体調のこともありますし、仕事の都合もあられます。しかし、そうした中を神様にご都合を付けて頂けるようにお願いなさって、参拝させて頂かれたのです。そのお徳は有難いことに、子孫のご信心に受け継がれているのです。

★私達もご信心のお徳を頂かしてもらおうと思いましたら、『神参りをするのに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ』とみ教え頂いておりますように、それぞれにご修行を決めさせて頂いて、しっかりとご信心を進めさせて頂くことが大切ですね。

★その中でも毎日の朝参りが続けさせて頂けることは大変有難いですね。心も体も健康にならせて頂けますし、家は円満にして頂け、家業は繁盛させて頂ける基になっていきます。日参と聴教というのは、信心の稽古でありますが、自分自身の心と体に栄養を頂いて、良い方へ良い方へと作り変えて頂く、そのための有難いお参りになっているのです。あるいは間違っているところを正して頂いたり、病んだ心を健全な心にして頂くおかげも頂けます。心を癒して頂き、直して頂き、正して頂く、また体も癒して頂き、治して頂く。お広前に参拝させて頂くことは大変有難いおかげを頂けるのですね。

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2017年12月12日

●『神様は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる』

先日、あるご家庭で一年間の御礼のお宅祭がお仕えになられました。そのご家庭のお子さんにお話させて頂いたことです。

★[年末には大掃除をしますね。昔からの言い伝えで、家中に埃や塵がたくさんありますと、貧乏神が来ると言いますね。ゴミが片付けられずにたくさん置いてあったり、整理整頓出来てなかったり、或いは埃がいっぱいだと、病気を生み出す元となり、身体にも悪い影響を与え、心にも良くありません。

病気災難を自分で引き寄せることになるのです。神様は、荒地荒れ屋敷をお嫌いなさるとみ教え頂いておりますとおり、天地の親神様のお体の一部を使わせて頂いて、お土地を使わせて頂いているのですから、丁寧に扱い維持管理をさせて頂いて、毎日拝んで使わせて頂いておりますと、神様も喜んで頂き、心も体も健康にならせて頂いて、繁盛させて頂く元に繋がるのです。

例えば工場でも、ゴミや埃だらけの工場だと良いお仕事が出来ると思いますか?綺麗にしてある工場や会社であれば、他所から人が来て下さっても「ここの会社は素晴らしいな!手入れが行き届いて出来ておられるな!」と信用して頂けるでしょう。

人からも信用して頂けるということは、次から次へと責任のある仕事を任せて頂けるようになるのです。ですから、心や体に良いこと、さらに神様からも人からも信用して頂ける良いことをずっと続けていきましょうね。

また、良い種をしっかりと撒かせて頂きましょう。例えば人の悪口を言うと、自分も人から悪口を言われることになるので、口からでも悪いことは言わない様にしましょう。年末だけではなく、常平生の生活も常から整理整頓して心と身体の掃除をするつもりで、心掛けてさせて頂きましょう]とお話しさせて頂いたことでした。

★平生はきれいにさせて頂いているつもりでも、布団の上げ下げや、衣服の着脱等、人間が生活する以上、自然に塵やほこりが溜まりますね。人間の心も同様に、我情我欲で以て我が心に塵が積もります。

日々心に塵が積もらないように、今日一日今日一日、根気強く信心を油断なく進めさせて頂きましょう。

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2017年12月11日

●全てに神様のお繰り合わせを願う

 『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ。』

★お商売なさっておられる方は、年末は特に、集金やお支払いのご都合お繰り合わせをお願いされることでしょう。それはとても大切なことです。資金繰り等、お金に関するお願いをすることも、決して欲どおしいことではありません。

★伊藤コウ師は、生活の全てを神様にお願いさせて頂くことの大切さを、常にみ教え下さいました。神様にご都合お繰合せをつけて頂くようにお願いしてから、集金に行かせて頂きますと、「ちょうど良いところへ来られた。今なら払うお金が手元にあります。あなたのところに一番に支払わせて頂きますよ。」と、言って頂けるようになるのです。そうなれば、こちらも助かり相手も助かることになりますね。そのような双方が立ち行くおかげを頂けるようにお願いすることを教えて頂いております。

★「その才ありと云へども、その力無きときは、行なわれず」「その才その力ありと云へども、その徳無きときは、行なわれず」才能はあったとしても、その人の気力も体力も充実しなければ、それを生かすことは出来ません。人とのご縁のご都合、時間のご都合、何一つとして、自分の力だけで出来ることはありません。ですから、神様を忘れて自分だけで抱え込んでしまい、心配ばかりするのも神様にご無礼な話であり、物事も成就してゆきません。神様からしっかりご信用頂けるだけの信心の稽古を積ませて頂き、万事万端、神様からご都合お繰り合わせをつけて頂けるよう、日参と聴教にはげませて頂きましょう。

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2017年12月10日

●小さい頃からの積み重ね

本日10時より子供会日曜例会が開催されます。

★「赤ちゃんの頃からでもお広前に連れてお参りさせて頂きなさい。お徳を頂きますよ」とみ教え頂いておりますが、最初は寝ているだけかもしれません。それでも有難いことに、お徳は毛穴を通してでも頂かせてもらえます。

そうしてお徳の中に浸からせて頂いて、育てさせて頂きましたら、自ずとみ教えが身について神様の道を歩ませて頂けるようになるのです。また、神様の道を歩んでいくということは、人の道を歩んでいくということになりますから、知らず知らずのうちにおかげを頂いていく道に導いて頂けるのです。

★さらに小さい頃からお参りを積み重ねさせて頂きますと、み教えが身に付いて離れないように、また神様の綱を離さないようにならせて頂けるのです。『痛い時には神に信心いたし、痛まぬ時には信心なし』という姿ではなく、『時の信心よりは常の信心。時の追い肥より常の地肥。時のお百度参りよりは、その日参りにおかげを受けるがよいぞ』という信心の姿にならせて頂けることは実に有難いことですね。

★常にみ教えを頂いておりますと、心を清く正しく保たせて頂ける事が出来ますし、人のことを祈らせて頂くことが出来るようになります。「今日一日、喜んで元気な心で過ごさせて頂こう!」と神様におすがりして日々を過ごさせて頂くことができるのです。

また、願いをしっかりと立てさせて頂くことが出来ますので、その願いに沿って、最大限の努力をさせて頂くことが出来るようになっていきます。正しく大きなお願いを、立てさせて頂けるということは有難いですね。「もうだめだ」とか「もうこれ以上はどうにもならん」ということは思わないようになるのです。そして「さあ、ここからおかげを頂こう!明日は良くなる、明後日はもっと良くなる!」と自分自身に言い聞かせることが出来るのです。

御神酒や御洗米でおかげを頂く、と言う心にならせて頂くことも大切ですね。常に良い事を思ってよいことをお願いさせて頂けるように、自分も周囲の方々をも正しい方向へ導かせて頂きたい、と願わせて頂きます。

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2017年12月09日

●先に先にと間に合うように

昨日は、みかげ会例会にて、津田氏の有り難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★津田氏はご結婚を機に、奥様と義母様のお導きを頂かれ、ご信心をなさるようになられたのでした。奥様は、嫁入りの時にご神殿をおともしてこられ、毎朝、御神水と御神飯をお供えなさっておられたそうですが、お子さんが生まれて奥様が育児に忙しくなってからは、御神水と御神飯をお供えすることを、ご主人である津田氏が、何の抵抗もなく自分の役目とされたそうです。そのように大変素直なお方で、結婚当初は、教会の参拝といえば、越年祭、元日祭、春秋の御霊祭くらいだったそうですが、次第に御本部参拝も親戚一同と参拝されるようになり、節目にはお取次ぎを頂いて、頂かれたみ教えを素直に守ってこられました。

★以前は森之宮のマンションに住んでおられましたが、お子さんの成長と共に、広い住宅を探すようになられ、お取次ぎを頂いて、教会に近いところにと、願いを立てられました。すると程なく、阿倍野区松虫に、良い転居先を見つけることが出来られました。森之宮のマンションも、売却するにも簡単にはいかないだろうと言われていたところを、二週間で買い手が見つかるおかげを頂かれたのでした。また、引越しして3年後に、勤務先の会社が大阪西区から堺市に移転し、以前よりも、大変通勤し易くなるというおかげを頂いておられます。

★引越しなさってからは、義母様を呼ばれて一緒に生活なさり、義母様は、日参できるところに娘さん家族と生活出来られることを大変喜ばれたのでした。

★親孝行第一に、今日まで素直にご信心を進められ、お仕事の上にも、ご家族の健康、生活全般においても、先へ先へと間に合うようにおかげを頂いておられますことは、真に有り難いことと思わせて頂いております。

★『金光様がお一人おかげを受けられたので、今日のように諸人万人が天地金乃神様のおかげをもらうようになったのじゃ。一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ。』

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2017年12月08日

●素直なご信心

5日は、真栄根会例会が開催され、齋藤氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★齋藤氏は、現在、ある病院で放射線技師としてお役に立っておられます。お父様のご紹介で就職なさったのですが、その事が周りの方に良く思われなかったのか、自分の思うような仕事は任せてもらえず、評価も人一倍厳しく、人間関係をうまく築くことが出来られませんでした。

その頃はまだご信心をなさっていなかったので、「何故自分ばかりこんな目に遭うのか…」と憂鬱な毎日を送っておられました。その後に、同じ病院で薬剤師をなさっておられた、ご信心をなさっておられた奥様とご縁を頂かれ、結婚を機に教会へお参りされ、み教えを頂かれるようになられたのでした。

★ある朝のお説教で教会長先生が「神様から与えて頂いた仕事を天職だと思ってさせて頂く事は、幸せの元を作っているのです。反対に、人の仕事が良く見えて、自分の仕事の有難さが分からずに、心が常に迷いが生じているのは、不幸せの元を作っているのです。信心に基づいた生活は、良い種を撒いて良い物を育ててゆき、先々良い物を収穫させて頂けるから有難いのです」とみ教え下さいました。

そのみ教えを聴かれた齋藤氏は、自分に与えて頂いたみ教えだと感銘を受けられ、職場の人間関係や仕事の上で困った事が起きて来ても、神様から頂いたご修行として有難く受け取る努力をされました。

また、人から何を言われても、神様が人の口を通して教えて頂いていると思い、素直な心で受け切ることが出来られたのでした。

★今年6月、医学雑誌に掲載するための論文を、放射線科から提出して下さいとの依頼がありました。それを受けて、一昨年齋藤氏が病院学会で発表なさった内容を論文として掲載することになったのです。

すると、その論文が放射線科初の優秀論文として表彰され、院長はじめ職場の方々、家族や周りの方々から大変喜ばれるおかげを頂かれたのでした。

★ご信心をさせて頂かれたことにより、齋藤氏は毎日の生活において、目が見え、耳が聞こえ、手足を自由に使って働くことが出来、何不自由なく仕事等すべての生活をさせて頂けることがおかげであり、どれ程有難いことであるかを気付かせて頂かれたのです。

日々真面目に、元気な心でお仕事に精励なさることが出来られ、素直にみ教えを頂くことを心がけておられますことから、お仕事の上にも、お体の上にも、またご家族の上にもおかげを頂いておられることは真に有難いことです。

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2017年12月07日

●心に思い浮かべて御祈念させて頂く

昨日は中井氏の御命日であられました。心筋梗塞を患っておられ、一か月入院治療を受けた方で、いつ発作が出るかもしれないので、ニトロールを常に携帯しておられました。退院後は、「御本部参拝で病気の根を切って頂こう」と決心してお願いなさり、ニトロールを持たず参拝されていたのでした。すると、ご霊地で発作が起こったのです。中井氏は、「金光様、金光様」と御祈念なさり、御神米と御神酒を頂かれ一心におすがりし、帰りの車中では大祓いの詞を53巻奉唱なさって、何とか無事家に帰り着かれたのでした。それからは、生涯発作が起こることなく、全く後遺症なしに根切れの大みかげを頂かれたのです。

★また、脳梗塞の時には、両手両足の麻痺、言語の障害が現れました。入院し治療を受けられましたが、造影検査をすることも難航し、薬を取り寄せなければ検査できない状態になりました。 しかし、その間に中井氏は夢の中で、御本部で二代教会長先生と三代教会長先生と一緒に金光様のお出ましを拝ませて頂いている光景を見られたのです。二代教会長先生と三代教会長先生が前に立って最敬礼しておられ、その後ろに中井氏が拝んでおられた夢でした。目が覚めて「今夢を見た。金光様のお出ましを拝んでいる夢だったなあ…」と思ったらその時、「金光様お出まし…」と口から言葉が出たのです。横で休んでおられた奥様がびっくりなさって「どうしたのですか?」と聞かれますと、中井氏はみられた夢の内容を話されたのです。

★それから手も足も動き、朝にはストローで牛乳を飲むことが出来、翌日には教会から月例霊祭のお下がりで頂いたバナナを二回に分けて食べることが出来られたのでした。後になって調べてみますと、頸部の詰まった太い血管はそのままでしたが、詰まった血管を回避して新しい血管が出来て、血液が流れていたのです。そして、後遺症なくリハビリする必要なしに、全快なさって退院させて頂くことが出来られたのでした。

★常々心を神様に向けて、御霊地を思い浮かべて御祈念させて頂く稽古をなさっておられましたから、病床にあっても常と変わりなくさせて頂けたのです。私達も金光様のお姿を心に思い浮かべながら、ご祈念させて頂くということを心掛けて稽古させて頂かねばなりませんね。そうさせて頂いておりますと、常に有難い心持ちになって、有難いおかげが頂けるようになるのです。

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2017年12月06日

●自分に与えて頂いている役目

先日、あるご信者のお母様で、90歳近いお方がお国替えされました。その娘さんが先日お届けに来られ、「この度は、私自身が大変有難い経験をさせて頂き、有難うございました」とお礼を申されました。

★そのお母さんはご晩年、癌が見つかり、他の部分にも転移していることが分かられました。ご高齢であられたため、医師より「積極的に手術や化学治療はせず、穏やかに日々を過ごして頂いて、頂ける分だけ食事を頂いて、変わりなく過ごして頂き、天寿を全うして頂く様に」と勧められたそうです。自宅から実家まで車で約1時間半程かかるそうですが、出来る限り行かせて頂いて、食事を作って食べて頂いていたということです。お母さんは、「あなたの作ってくれる食事は美味しい。あなたが作ってくれるから食べる気力が湧いてくる」と喜んでくださったのでした。

★しかし段々と日が経つに連れ、食事が喉を通る量が少なくなっていかれました。病院で検査を受けられましたら、「これからはホスピスに入って緩和治療を受ける方がいいですよ」との診断です。ホスピスに転院が出来られて後のことですが、その娘さんは、少しでも長く生きて頂きたいと、躍起になって工夫を凝らし、あれこれとお母さんに様々な食物を用意されました。すると、医師から「あなたの考え方を変えて下さいよ。お母さんは、あなたが横に付いて食べさせるので、無理にでも食べようと努力なさっていますが、現状は、あまり食べたくなくなってきておられるのです。それを無理矢理食べさせるのは如何なものでしょうか。以前から他の人が作られたものは、お母さんは食べられなかったでしょう?あなたが作られたものなら、美味しい、美味しいと食べられたでしょう?あなたという存在がおられるということが、お母さんにとって一番の幸せで、宝物なのです。だからあなたは、これからじっと側に付いて、祈ってあげてくれるだけでいいのです。これからあなたが出来ることは一つです。それは見守ることです。それが現在あなたが出来る親孝行ですよ」と告げられたのでした。娘さんは、お母さんに対して、何をどのようにすべきかが分かられなかったのですが、神様が医師の口を通して、教えて下さったことに気付かれたのでした。

★自分自身が、今何をしなければならないか、神様から頂いているお役目(天命)を分からせて頂くことが大切です。主人として、妻として、子供として、夫々の立場で、どのようにお役に立たせて頂けば良いのかを自覚させて頂き、自分自身に与えて頂いた天命を全うさせて頂きましょう。
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2017年12月05日

●真心を磨く 

 教会の応接セットは、60年前のものを現在も使わせて頂いております。これは、家具を扱っておられるご信者が見立てて下さったもので、長く使わせて頂ける良いものを選んで下さったことを喜ばせて頂いています。年数が経ちますと、当然不具合も起きてきますが、そんな時にも「新しいものを…」という考えに全くならず、修理に出させて頂いて、出来るだけ長く、大切に使わせて頂きたいと願っております。

★以前、応接セットの七脚の椅子を修理に出させて頂きますと、「これは昔ながらの作りですから、スプリングが使ってあります。これは良いものですね。現在、こうしたものを直せる職人は減っているのですが、是非直させて頂きましょう。」とおっしゃって、新品同様にきれいに直して下さいました。他所に行かせて頂いて、座る機会がありましても腰や臀部が痛くなることも珍しくないのですが、教会の応接室の椅子は、2時間、3時間と座る機会がありましても、少しも疲れません。真心込めて見立てて下さったものですから、金銭的な価値以上に、有り難いものを使わせて頂いていることを神様にお礼を申させて頂いております。真心を込めるということは有難いことですね。それは仕事の上にも家庭を築く上にも、人を育てる上にもすべてに有難いものを現してゆくことになるのです。その真心に対して人が応えて下さるように、真心が真心を呼んで互いに働きあうことになるのですね。

★人の心というものは、皆中心には、有り難い神心を頂いているのです。日参と聴教に励み、信心向上を願って、「ご修行させて頂こう」という心にならせて頂きますと、心が練られ、正しい心を養い、喜びを積み重ね、お礼の働きを積み重ね、いつでも誰とでも円満に、おかげを頂けるようになるのです。

★『有難いことを知らぬ者に困ったり、難儀な者が多い。信心して思い分けができて、有難いことが分かって御礼が言えるようになると難儀災難が払われ、達者にもなってくる。』

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2017年12月04日

●神様と共にさせて頂く辛抱

二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。そのご遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます」と仰せになられたのです。

★三代金光様は、数え年14才というご年令で、初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られて、神様におすがりさせて頂きながら辛抱をなさったからです。ただご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、有難いお心にはなられなかったでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、おかげの頂き方の手本を私達に表わして下さり、み教え下されたのです。

★本当の辛抱とはおかげを蒙らせて頂かねば出来ないことです。辛抱させて頂けば頂くほど、有難い信心辛抱のお徳を積ませて頂けるのです。苦労から逃げようとしたり、責任転嫁ばかりしては決して結構にはなってゆきません。み教えに基づいて生活し、心を神様に向ける稽古をしておりますと、様々なことに流されることなく、自分自身の生き方が定まっていくのですね。
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2017年12月03日

●真心で一心に

信徒総代を務められた植田氏は幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時、御本部参拝の際にお広前で「私は、小さい頃より身体が弱いですので、周囲に心配をかけております。どうぞ病気をお預かり下さい。」と一心に御祈念されました。そうしますと、清々しい気持ちになられ、「ああ!これは必ずおかげを頂かせてもらえる!」と思わせて頂いて、その時以来どんどんと良くなり根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と生涯の約束を3つされました。「1、生涯日参をさせて頂きます。2、絶えず喜ぶ稽古をします。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は文の里より、また転宅後は甲子園から日参され、6人の子宝を頂かれましたが、出産の前日も参拝され、出産後20日間は代参をたてられ、計64年間続けられたのでした。

★ある時、ご主人が工場で鉄板が倒れてきて右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまわれたのです。医師は「とても治りません。」と言いながらも一応手術して下さったそうです。植田氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい、というお願いならお取次させて頂きましょう。」と厳しくみ教えを下さいました。そのみ教えによって改まってご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、痛みがなくなり、医師が驚くほど血管も神経もつながって後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★真心・一心・信心辛抱が大切です。自分自身の信心の中身をみ教えに照らし合わせて、どのようにさせて頂いたら、より一層結構な受け物が作らせて頂けのかを見直しをして、反省と改まりをさせて頂きましょう。

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2017年12月02日

●何が何でもと願う時ほど、お礼の心を厚く

一年の締めくくりの12月を迎えさせて頂きました。この一年間を振り返らせて頂きますと、どれ程結構なおかげを頂いてきたでしょうか。大きな事故怪我過ちなく、日々お仕事をさせて頂き、あるいは学校に通わせて頂き、年末を無事に迎えさせて頂くということは、決して当たり前のことではありません。

★ご信者の中には、過去に大きな手術を受けられた日や大難を小難に、無難にとおかげを頂かれた日等を、ご自分の「命のおかげ日」として、お礼申しておられる方がたくさんあります。お命をつないで頂いた日を決して忘れず、節目として気持ちを新にお礼を申しておられますことは、真に有り難いことです。

★私自身も、32年前の8月12日、墜落事故のあった日航の123便に乗る予定であったところを、直前に出張が変更になり、難を逃れてお命を頂きました。その時以来、日増し月増し年増しにお礼の心を厚くさせて頂けるよう、生涯お礼の御用にお使い頂きたいと願わせて頂いております。

★「何としても、おかげを頂きたい!」と願う時ほど、今日までを振り返って、真のお礼、真のお詫びをさせて頂くことが大切なのです。それがさせて頂けますと、出来事を通して神様のお心が段々と分からせて頂け、今しなければならないことに打ち込ませて頂くことが出来るようになるのです。そうして、今月今日のご信心に打ち込むことが出来るようになりますと、過去一切も救われ、先々も助かる道が開かれていくのです。

★『お願い一ぺんにお礼十ぺんというようにお礼を言う心が 厚い程、ご信心が厚い。ご信心が厚い程おかげが厚い。』
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2017年12月01日

●改まりがおかげを頂く元

ある奥さんは、八百屋を経営なさっておられましたが、なかなか商売が立ち行きませんでした。そこで二代教会長・伊藤コウ師にお届けに行かれ、「どうぞ商売が立ち行きますように」とお届けされました。するとコウ師は「本当に繁盛させて頂きたければ、一軒一軒、ご用聞きに廻りなさい」とみ教え頂かれました。八百屋のご用聞きなど聞いたことがありませんでしたが、み教え頂いた通りに、こちらから一軒一軒訪ねて行かれました。そのことで奥さんが分からせて頂かれたことは、[わざわざこちらから訪ねて行って「今日は何か入用なものはありませんか」とお伺いしなくても、お客さんの方から必要なものを店まで買い求めに来て下さる、ということは本当に有難いことであったなあ]ということに気付かれたのです。そして、来て下さったお客に対して「有難うございます」と心の底から拝むことが出来られるようになったのです。

★また、その奥さんのご主人は大変に腹立てで、気に入らないお客がいれば「触るな!出て行け!」と追い返してしまうほどの喧嘩っ早い人でした。しかし、奥さんもご主人の態度を見て「これではいけない」とは思っておられましたが、打開策が見つからず、どういう風にすれば結構になっていくのか工夫が出来られませんでした。そこでコウ師は、どこが繁盛しない元であるのかを気付かせて頂くため、ご用聞きに廻るようみ教えをなされたのです。そこから改まりの生活を進められ、一かが勢信心にならせて頂き、一人ひとりのお客に対して夫婦共に丁寧に接客が出来られるようになったのです。また良い品物を選んで店に置かせて頂く事が出来られ、段々とお店も繁盛し立ち行くようになってゆかれたのでした。

★お願いさせて頂いたことが、思う通りにおかげを頂けなかったとしたら、それは自分の信心にまだまだ至らないところがあるということなのです。しっかりと今日までのお礼を申し、自分自身の至らないところをお詫び申し、改まらせて頂くところから、更なるおかげを頂くことが出来るのです。

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2017年11月30日

●み教えを素直に有難く頂く

三代教会長先生が三度目のマラリアを患われた時のことです。その症状は再発する度にきつくなり、熱が出るだけでなく、両手足の神経が麻痺しお茶碗を持つことさえ出来られませんでした。何事にも辛抱強いお方であられた三代教会長先生ご自身が「半年でも寝ていよう」と思われたほどの重い状態で、常識では安静にしている他はないようなご容態でした。

★ある時、三代教会長先生が二階の部屋で休んでおられますと、下から二代教会長伊藤コウ師が階段を上がって来られました。三代教会長先生は、「これはジュースか何か滋養になるものを持って来て下さったのだなあ」と思われました。

しかし、ガラッと戸を開けられると、コウ師の手には何も持っておられません。次に、コウ師は「あなた、いつまで寝ているのですか」と仰られたのです。さらに「大体あなたはこの頃偉くなり過ぎて、手も足も使わない。ほうきも持たないのなら手も足も要りませんね」と仰って、すうっと下へ降りて行かれたのでした。

三代教会長先生はその時「本当にその通りだ」と思われて、早速寝床を上げられ「ご用に少しでもお使い頂けますようお願い致します」とご祈念をなさったのでした。そして、まず雑巾を持つこと、廊下を拭くこと、トイレ掃除等から始められました。

すると、徐々に手足も動くようになっていかれたのでした。同じ病で半年、一年と寝ておられた方は、足が子供の腕の細さになって、完全に廃人になってしまわれました。そうならないために、神様がコウ師の口を通してみ教え下さり「これをおかげにさせて頂こう」とその厳しい教えを有難く頂かれたことにより、それがおかげとなって後々まで健康でご用にお使い頂かれる様になられたのです。

★どのようなことが起きてきても「これをおかげにさせて頂けますように」とお願いさせて頂き改まらせて頂きますと、心の眼・心の耳が開いて神様の思し召しが分からせて頂くことが出来るのです。

それは、出来事を通して教えて頂くこともありますし、また人の口をもって教えて頂けることもあるでしょう。また、心に思わせて頂くこともあるでしょう。それを、素直に有難く頂いて改まってゆく所に、みなおかげとなってゆくのです。

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2017年11月29日

●信心させて頂くものの大切なお役目

 神様・霊様と私達は深くつながっているのです。私達が悲しんでいますと神様み霊様が共にお悲しみになり、私達が難儀に陥っていますと神様・霊様も難儀に感じられることになります。辛い・悲しいということを共に感じて下さり、共に担って下さるご存在であるからです。反対に、喜んで喜んで生活させて頂いておりますと、その喜びは神様の喜びとなり、霊様の喜びともなるのです。三代金光様も『氏子の喜びは神様の喜びです。神様の喜びは氏子の喜びです』とみ教えを残して下されています。

★私達がご信心させて頂きましたら、そのお徳というものは有難いことにご先祖にも伝わっていき、ご先祖が助かって下さるということになります。また自分自身がご修行させて頂いていることは、ご先祖のめぐりの取り払いになり、助かってゆかれるのです。有難いのは、私達が信心をさせて頂くことによって、過去の霊様方が助かってゆかれ、家のめぐりが取れてゆき、子孫も助かるおかげを頂いてゆくことです。そこで私達は、金光大神様の御取次の道を開いて頂いておりますので、ご先祖のことを祈らせて頂いて、助かって頂けるような信心をさせて頂かなければなりませんね。そこに信心させて頂くものの大切なお役目・大きな使命があり、そのことを信奉者一同、一人一人が担っているのです。

★『ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。』

★自分から数えて両親は2人、祖父母は4人というように、十代さかのぼれば1024人、十五代さかのぼれば32768人もの、直接の血縁があるご先祖がおられるのです。私達が多くの霊様の働きによって、現在の私達があるということをしっかりと自覚をさせて頂かねばなりませんね。それを分からせて頂いて、しっかりと御祈念させて頂きましたら、霊様方も生き生きと働いて下さるようになるのです。


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2017年11月28日

●目には見えないところの神様のお働き

私達は、自分の身体の事でも知らない事がたくさんあります。昔は、盲腸はあまり重要な働きがないと言われ、他の手術の際に一緒に取り除く事があったようです。しかし、最近の研究によって、盲腸にも重要な働きがあるという事が分かってきました。盲腸には消化酵素を処理する働きがあるということや、虫垂は免疫細胞を作り出し、腸内細菌のバランスを保つ働きがあることが明らかとなり、現在ではなるべく残すように考えられているそうです。

★人間の身体一つとっても、神様が与えて下さっているそれぞれの臓器には与えて頂いている役目があり、それは実に複雑に関連しあって、共に働き合って全体を生かしているのです。つまり、神様がお作りになった人間の身体に、無駄な部分はないということです。私達はその働きを知らないだけですが、全て必要だから与えて下さっているのです。まして、天地全体の働きというのは、目に見えない未知の部分で大きな働きがあるからこそ、すべてが成り立って維持されているということを理解しなければなりませんね。

★すべて神様のおかげによって生かされて生きていることを自覚し、何事も神様にお断りを申して生活させて頂きましょう。

★『この大地もその他の物もみな神の物であるのに、我が物でする我が金ですると思い、神にお願いをしないでするから叱られるのも無理はない。家を建てるにも神にお願いして神のお土地をお借りし、今までの無礼をお詫びして建てれば差し支えはない。』『昔から、あの人は神様のような人じゃ、仏様のような人じゃ、人に悪いことをせぬ正直者じゃと言われる者でも、だんだん不幸なことが重なったりして、どういうものじゃろうということがあるのも、みな、神に無礼粗末があるからぞ。なんぼう人に悪いことをせぬ正直者でも、信心せねば神には無礼粗末ができるぞ。人のよいのと神への無礼とは、また別ものぞ。信心せねば、なんぼう善人でもおかげにはならぬ。』
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2017年11月27日

●努力と工夫は、骨折り損ではない

あるご信者は、家業で布団の丸洗いや乾燥をなさっておられ、通常業務の他に福祉関係の仕事も請け負っておられます。行政からの仕事は入札があり、一番安く仕事をする業者が請け負うことになっており、利益が薄い場合も少なくないとのことです。相手先は、一人住まいの高齢者の方など様々だそうですが、日時を事前に打ち合わせて行っても、家に人がいなかったり、段取りが思うように運ばないことも、しばしばあるとのことです。

★元々利益も薄い仕事ですし、「決まった日時に出来なければ無理です」と、言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、それでは相手が立ち行きません。ご信者は、どんな場合でも親切丁寧に、相手の立場に立ってお仕事なさることを、ずっと心掛けておられます。そうしますと、事前の打ち合わせをきちんと詰めること、段取りをうまく組むこと、急な事態への対応能力など、仕事に必要な力を付けて頂いていることを実感なさるそうです。先々に必要な経験を積ませて頂かれ、実力をつけて頂いて、家業繁盛のおかげを頂いていることを改めてお礼申しておられます。

★せっかくのお仕事も、効率ばかりを追い求めていると、有り難さが薄れてしまいます。「この仕事ほど有り難いものはない」という心持ちで、家業を通しておかげを頂く覚悟を決め、相手の為に努力と工夫を惜しまず、精励させて頂くことが、有り難い徳業となるのです。家業を通して、人徳(人からの信用)神徳(神様からのご信用)を頂けるよう、信心の稽古に励ませて頂きましょう。

『骨折り損のくたびれもうけというが、信心する者はまるもうけぞ。せっかく、どうぞと思うてご信心してやっても、おかげがなかったと言うたりすると、骨を折ってやっただけ損のようなけれども、損じゃないぞ。ご信心してやっただけは、こちらがおかげを受けておるのぞ。人のためにご信心してやると、自分もおかげを受けておるがなあ。』


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2017年11月26日

●正しい願いを持つ

11月23日は、28才の時に交通事故でお国替えになった、私の家内の兄の御命日でした。まだ結婚されて間もない新婚家庭であられたそうです。家内の兄は、1男5女の6人兄弟の統領息子で、当時神戸の第五管区海上保安庁に勤めておられました。

★昭和55年、兄は仕事の帰りに車にはねられ、意識不明の状態で病院に運ばれましたが、28才という若さでお国替えされました。相手の方は20才くらいの若い方で、その父親は家内の父に土下座して謝罪されたそうです。家内のご両親は統領息子を不慮の事故で突然失われ、悲痛極まりないことであられたと思います。しかし家内の父は、警察へ行かれて「相手の方はまだ若く将来がありますから、なるだけ罪を軽くしてあげて下さい。」と、事故を起こした相手の青年の将来を考えられ、嘆願書を出されたのでした。その後、父は家族の間でも恨みごとは勿論のこと、事故の話を一切話題に出されることはなかったそうです。父は相手を恨むのではなく、相手の立ち行きを願われ、後々にめぐりを残されぬように祈りに変えられたのでした。辛い出来事から、恨みや更なる悲しみを生むことなく、お徳を頂く方向へと進んでいかれる手本となる在り方を、示しておられたのだと思います。つまらない事を言わず辛抱なさってお願いに変えていかれたところ、周囲にその心が伝わってゆき、願っておられた後継の事が有難い形で成就出来てゆかれたのです。

★自分自身の狭い小さな考えでは理解できない事が起こってきたとしても、それを心を静めて穏やかに神様にお願いさせて頂いておりますと、その後について神様は一番良いように整えて下さるのです。その元になってゆくのは正しい願いを持つことです。そして正しい願いを持つことと同時に、しっかりとしたご修行を定めさせて頂きますと、めぐりを取って頂いてお徳を頂いてゆくことに繋がるのです。
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2017年11月25日

●親様・神様が喜んで下さるご信心

『みな、親のありがたいことを知らないで、神のことを知ろうとしても、それは知れない。』『神のことが知りたければ、親のありがたいことから先に知ったら、神のありがたいことも知ることができる。飛び越して、知れるようなことはない。』

★親から教えて頂いてきたことを振り返らせて頂きますと、若い時には分からなかったことも「あれは本当に大事なことであったなあ」等と段々と分からせて頂けるようになってきます。ご信心も同じで、み教えを何度も何度も頂き直しをさせて頂きますと「こういうご意味で仰って頂いたのだな」と分からせて頂けるようになってくるのです。幼少期・10代・20代と同じみ教えでも頂きようが違ってくるのです。分からせて頂く範囲がより広く深くなっていきますから、より一層有難さが増していくのです。

★お取次を頂いてお願いをさせて頂きますと、次々とおかげを頂いてまいりますが、「より一層のおかげを頂きたい」と願うのが人の心ですね。それは決して欲深いことではありません。より一層に心を込めて、熱心に信心をさせて頂いている行届いた氏子のことは、神様の方から心配してやるとまで仰って下さっておられます。神様から、先に先に心を配って下さり、「あれもしてやろう、これもしてやろう」として下さるのです。そうして有難いおかげを頂く道を開いて下さっておられますのが、金光大神取次の道です。ですから、遠慮なしにお願いさせて頂けば良いのです。

★そして氏子は、神様のお願いに沿った正しいお願いにならせて頂けるように、信心の勉強をさせて頂いて、おかげを頂く方へ、舵取りをさせて頂くのです。そうしましたら、『願うことは何事も、かなわないということはない。金光大神の手続きをもって願え。何事もおかげをいただける。』とみ教え頂いているように有難いおかげを頂けるのです。氏子が一生懸命にご信心をさせて頂いて、ご信心を基に家業に出精して、結構にならせて頂くということは、神様も喜んで下さるのです。そのように、神様も喜んで下さるような信心にならせて頂けるようなおかげを頂いていくことが大切ですね。


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2017年11月24日

●ぶれることのない信念

本日は、羽衣教会の金光大神大祭に併せて開教85年記念大祭がお仕えになられます。

★羽衣教会の二代教会長・松岡安枝師は、お母様と共に阿倍野教会で熱心に御信心を進められました。亡くなられたお父様が残された多額の借金を、二代教会長・伊藤コウ師のお取次ぎを頂かれ、3年間で返済されたのです。その3年間は、ご自身の物はたとえ靴下一足であっても一切買わないということを決められて、ご修行に励まれたのでした。また、お母様は肺結核を患っておられましたが、薬は飲まずご神前にお供えになった塩水でおかげを頂こうと決心なさり、神様におすがりなさって喀血を止めて頂かれたのでした。

★松岡安枝師は、全身に重い関節リュウマチを患っておられました。どんな医師にも、「リウマチは難病ですから、治ることはありません。あなたは椅子にも座れませんよ。」と言われたそうです。そんな中、伊藤コウ師にお取次を頂かれ、「必ずおかげを頂きましょうなあ。」と仰って頂かれたのでした。松岡先生は、コウ師から頂かれたみ教えを心に刻み、覚悟を決められて神様を杖にして、「何が何でもおかげを頂こう!」と願いを持たれたのです。

★初めは便所にも四つん這いで這ってゆかねばならず、椅子に座ることも出来られなかったそうですが、椅子に座る稽古に取り組まれました。そうしますと、椅子に座ることが出来られるようになり、今度は大きめのお茶の缶に座られ、段々と小さい缶に替えて座ることが出来ていかれ、遂には正座が出来るようになられたのです。そして御晩年には段々と目も見えにくくなられましたが、阿倍野教会へは電車に乗って日参を続けられました。そして、月例祭では「親教会では最後まで正座をして御祭典に就かせて頂けます様に。」と神様にお願いなさって、最後まで座礼で祭員の御用に就かれたのでした。その願いに少しでも近づかせて頂けるようにと一心に願っておられますから、決してぶれることはないのです。ですから、少々の事が起こってきましても信念が揺るがれることがなく、迷いのないご一心でおかげを頂かれたのです。
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2017年11月23日

●京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん

 二代教会長・伊藤コウ師のご母堂であられる伊藤ハル氏は、ご主人が3人の娘を残して亡くなられた時、生活がなかなか成り立たないので「大阪に残ろうか、親戚を頼って京都に帰ろうか」と悩んでおられました。

★そこで、難波教会のお結界でお届けをなさいますと、お手代わりとしてご用なさっておられた井上先生より、「伊藤さん、信心しなさいや。信心しなさいや。しっかり信心しなさいや。」とみ教えを頂かれたのです。み教えを頂いたハル氏は、「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。大阪で鳴らん太鼓は京へ持って帰っても鳴らん。破れ太鼓は張り替えねば鳴ることは無い。今必要なことはしっかり信心させて頂いて、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことなのだ。信心でもってやぶれ太鼓の張り直しをさせて頂くのだ。」と悟られたのでした。

★ハル氏は覚悟を決められ、ご信心を元にして、生活の全面にわたって徹底して改まっていかれたのです。3人の娘さん方も、そのご信心をしっかりと受け継がれ、私たち子孫の者にも伝えて頂いておりますことは、真に有り難いことでございます。例えば、お醤油の一滴でも粗末にすることのないように、多く入れすぎることのない様気をつけさせて頂き、少し残った時には、お茶を入れてすべて頂くように教えて頂きました。それは、家での食事だけに限らず、出先で食事を頂く時にも同様に、天地のお恵みを粗末にすることのないよう、工夫することを教えて頂きました。

★私もおかげを頂きまして、幼少の頃はよく熱を出し胃腸も弱く、親にも心配をおかけすることが多かったのですが、小学校から高校までの12年間、学校を無遅刻無欠席で通学するおかげを頂く程に、丈夫な体に作り変えて頂きました。今後とも、破れ太鼓を張り替えさせて頂くつもりで、日々自らを振り返り、有り難い一心で、改まりのご信心に励ませて頂きたいと思います。

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2017年11月22日

●神様からのお手紙

70代のあるご信者が過日、乳癌の手術を受けられ、無事に成功され、退院後、自宅で養生なさっておられます。ご信者は、今日まで寝る間も惜しんで家業に精を出して励んで来られましたが、ご自身のなさっておられる仕事を後継の方に引き継がれた後に、乳がんを見つけて頂かれ手術を受ける時期を頂かれたのです。そうして、今だからこそさせて頂けるという有難い時期に手術のおかげを頂かれ、静養させて頂ける時間を与えて頂かれたのでした。自分の身体とはいえ、いつ変調をきたすというのは誰しも分かるものではありませんね。人間では計り知れないことを、神様が環境も心も身体も整えて下さっていることが分からせて頂けます。

★ご信者は、「入院をさせて頂いて、身体もお手入れをして頂きましたが、心にもメスを入れて頂き、心の垢離も取って頂きました。長年、ずっと凝り固まった部分をお取り払い頂くことができ、大変有難い機会を頂きました。有難うございました。」と御礼届けをされました。

★与えて頂いた出来事には、神様からのお手紙がついているのです。神様からのお手紙には、何と書いているのでしょうか。出来事が起きてきた時に、お礼を申し上げて取り組ませて頂きますと、神様は「もう一段進ませてやろう」と次から次へと分からせて下さるのです。そうしてコツコツと真面目に信心の稽古をさせて頂きましたら、神様の御神意を悟らせて頂くことが増えていって、常に神様と心が通じ合ってゆくことができるのです。

★『生神金光大神といっても、今までは形があったから暑さ寒さも感じたが、これからは形を去って真の神になるから、一目にすべての者を見守ることができる。』『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。金光大神も生身であるから、やがては身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさないで、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせてくださる。』
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2017年11月21日

●やれ痛やという心でありがたし

先日、あるご婦人が、卵巣の悪性腫瘍摘出の手術を受けられ、無事成功のおかげを頂かれて、ご家族がお礼届けをなさったことでした。

★開腹手術を受けて数日後から、なるべく歩くよう指導を受けておられるようです。傷口はまだまだ痛むそうですが、歩くことによって、癒着を防ぐことが出来る等、回復に必要な良い効果があるということです。また、手術の後は抗癌剤治療に入るということで、治療に伴う副作用の説明も丁寧に受けられ、「覚悟して、前向きに治療させて頂きましょう。」と、諭して頂かれたそうです。ご信者は、それらの医師や、看護師の方々のご指導を素直に受け入れられ、神様におすがりなさりながら、治療を進めて頂いておられます。

★『やれ痛やという心でありがたし、今 みかげをという心になれよ』とみ教え頂いております。辛い、苦しいと思える治療も、「はい、有り難うございます。この治療を受けて、また元気にならせて頂けますように。どうぞおかげを頂かせて下さい。」と、神様にお礼とお願いを申しながら、受けさせて頂く心にならせて頂きますと、一番必要な治療を一番良いように受けさせて頂くことが出来、自分が思う以上の効果が上がるおかげを頂くことが出来るのです。「こんな痛い苦しい治療はごめんだ。必要ない」と、後ろ向きな考えをしていては、神様からおかげを頂かせてやろうとの思し召しであっても、それを十分に受けさせて頂くことが出来なくなるのです。

★日々健康で、思うことが思うようにさせて頂けるということは、どれほど有り難いことか分かりません。火災、盗難なくお守り頂いていること、毎日食事が頂ける事、お仕事がさせて頂けること・・・一つ一つを決して当たり前と思わず、日々新たな気持ちでお礼申す稽古をさせて頂きましょう。そして、日々真剣にお取次ぎ、み教えを頂いて、何事も神様におすがり申してさせて頂き、おかげを頂いてまいりたいと思います。 

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2017年11月20日

●神様からのお知らせ

『人間が食い飲みする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。体に相当するのである。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神様へ対しご無礼ではないか。また、食い過ぎ飲み過ぎして、嘔吐をする者もあるが、これも悪い考えである。信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。食い飲みをむたいに強いるのが親切ではない。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい。百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。』

★私達は日々、日常茶飯な所で神様からお知らせを頂いているのです。しかし、その有難いことも知らずに、自分勝手に振る舞ったり、様々な悪癖・悪習慣が出てきてしまうことがあります。そうしたものをお取り払い頂かねばなりません。

★三代教会長先生が、お広前ご建築中に、あるご信者のお宅祭に行かれまして、ご祭典が終わられ、今からお話をさせて頂こうと、神様にご祈念なさいましたら、「すぐに教会へ帰れ」と心に教えて頂かれたのでした。そのみ教えを守られ、御装束を入れた風呂敷包みを小脇に抱えながら、小走りに教会の建築現場に着かせて頂かれましたら、屋根の下地として引いてある薄い木の板が燃え出した途端であったのです。

それに気が付いて「金光様!」と御祈念なさりながら、地面から大屋根まで届かせようと水をかけられましたが、なかなか届かないので、その周辺にあった缶の中に水を入れてかけさせて頂かれましたら、火が消えたのでした。見ておられた大工さんも「これからどんどん燃えるという状況でしたのに、よう消えましたなあ」と感心して仰られたそうです。

その場に間に合わせて頂けるように神様が教えて下さったのでした。ご信者のお宅祭に行かせて頂いて、お祭りをお仕えしてお話しをせずに帰らせて頂くということはなかなか出来ることではありません。人に心が向かっておりましたら「ご信者に申し訳ないなあ」と思います。しかし、その瞬間に神様に教えて頂かれたことを守らせて頂かれたので、火事にならないようにおかげになったのです。神様のなさることは本当に有難いですね。

★神様がお知らせ下さっていることは、様々な場面であるはずなのです。しかし、それをこちらが受け取らせて頂けるだけの心にならせて頂くかどうかが問題ですね。毎日の信心の稽古とは、日参と聴教により神心・正しい心を養っていき、おかげを受けさせて頂く受け物を作らせて頂くことなのです。
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2017年11月18日

●迷信を打破し、天地の道理に合う生き方

昔は出産に対しての迷信が多くありました。例えば、「母屋では出産をしてはいけない。産後横になってはいけない。産後すぐに母乳を飲ませてはいけない。産後は五香をすぐ飲ませ、団子汁を飲ませる。」などという迷信があっようです。しかし、教祖様は迷信を打破され、天地の道理に合う生き方をみ教え下さったのでした。

★教祖様は『女の身上のこと。月役、妊娠、つわり、(締め付ける為の)腹帯をせず、腹痛まず、産前身の軽し。産後よかり物、団子汁、子に五香いらず、母の乳をすぐ飲ませ、頭痛、血の道、虫気なし、不浄毒断ちなし。平日の通りに相成ること。』と女性に賜りたるみ教えを残して下さっております。

★島之内教会・三矢田守秋師のご教話の中に次のような内容が見られます。[国立岡山病院名誉院長であられた山内逸郎医師は、新生児医療に取り組み、昭和52年に岡山県の赤ちゃん死亡率の低さ、日本一を達成され、WHO(世界保健機構)の「赤ちゃんにやさしい病院」第1号に認定され、世界の名医と称された人です。金光学園の父母教師会で講演なさった内容ですが、「昔から最初に出るお乳は粘っこくて少し黄色くがかっているので、赤ちゃんには飲ましてはいけない」と言われていました。ところが、最初に出るお乳には、大事なものが含まれていると研究によってわかりました。病気に罹らないための予防接種のような成分があるということです。教祖様は、百何十年も前から『最初のお乳を飲ませなさい』と仰っているのですが、よくも仰られたことだと思います。]山内氏は、ご晩年、母乳運動に打ち込まれ、その研究によって、産後すぐに母乳を飲ませた方がよいという事がわかられたのです。母親の初乳を与えると髄膜炎、敗血症などの感染症の予防効果があり、安全で抗感染効果があるということが分かったということです。神様から直接み教え頂かれた教祖様は、135年以上も前から、『母の乳をすぐに飲ませ』と氏子にみ教え下さっていることは、大変有難いことだと分からせて頂きます。

★さらに、教祖様は男尊女卑の時代に『女は神に近い。』とまで仰っておられます。それほど女性は尊い能力を神様から頂いており、子宝を授かり生み育てることが出来るということは有難い事ですね。
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2017年11月17日

●お下がりを有難く拝んで頂く

竹本嘉十郎という人は、高橋富枝師の六条院教会のお広前で日参なさっておられました。その息子さんが大病を患われた時に、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方がよく効くだろうと思って、教祖様の元へ参拝されました。すると、教祖様のお口を通してご裁伝があり、神様は『辰の年、酒は酒屋のほぞにある。此方の酒が効くのではない。その方の所の出社を何と思っているのか。その方は、若い婦人と思って軽しめて、子守りのように思っているであろう。その婦人は此方の出社であり、金神の眷族である。神と尊め。おかげを受けるのも受けないのも、その方の心にある』と仰せられました。嘉十郎は恐れ入って帰り、その後に、高橋富枝師のもとへ「御神酒をいただかせてください」とお願いに参られました。そうして改まった心で御神酒を頂かれ、息子さんは間もなく全快されたのでした。

★11日の金光大神大祭で、ご神前にお供えさせて頂きました皆様の真心からのお供え物は、御神米、ご神酒、お鏡餅や小判餅、乾物、お野菜、果物、お菓子、全てにおいてご祭典が終わりましたら、御祈念を込めさせて頂き、御祭典のお徳に満ちたお下がりとして、御信者皆様にお下げさせて頂いたことでございます。少しずつですが有難く拝んで頂かれまして、神様のご庇礼を蒙られます様、お願い致しております。そのお徳に満ち満ちたお下がりを心から拝んで有難く頂きますと、どれ程結構なご庇礼を頂けるでしょうか。私達は天地のお恵みの中で生活させて頂いており、神様の賜り物で生かして頂いております。食物やお水一杯でも、額まで上げて拝んで頂かせて頂きますと、食物やお水の中に含まれている天地のお徳を、自分自身の体に頂くことが出来るのです。薬も天地のお働きによる様々な賜り物から抽出されたものです。「祈れ・薬れ」の心で一心に御祈念し有難く拝んで投与して頂きますと、どれ程有難い効果を生み出すことになるでしょうか。

★御祈念の込められたご神縁徳に満ちたお下がりを、頂く方の銘々の真心で以て、一層有難いご庇礼を蒙らせて頂きましょう。

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2017年11月16日

●数多く参って、神様からおかげを頂ける信心を

14日は、三代教会長先生の同級にあたるご信者の御命日でありました。その方の奥様は、ご結婚されてから入信されました。ご主人のお導きでお参りされるようになりましたが、最初はおかげというものが本当にあるのだろうか、と疑いながらの参拝であられたそうです。奥様はなかなかみ教えの実践ができず、ある時三代教会長先生にお届けされ、ご主人に対する不平不満を洗いざらい申されたのでした。すると、三代教会長先生は、今まで奥様に向いておられた顔を横を向けてしまわれ、何も仰らなくなられたのでした。奥様は「こんなに愚痴不足を言っていてはダメだ。」と思われ、それからは愚痴不足を慎もうと思われ、日参を続けられたのです。そして、信行期間には、「参拝すればどんなおかげを下さるのだろうか。神様を試してみよう。」と不純な気持ちがありながらも、120回以上参拝なさって信心の稽古に励まれました。

★なんと有難いことに、信行期間が終わった後に、一日3箱吸っておられたご主人が自ら「たばこをやめる」と言って下さるようになられたのでした。ご主人に理由を聞きますと、「お金を貸して長年返してくれなかった人から、全額返金して下さるおかげを頂いた。それは、あなたが信行期間中120回参拝していてくれたおかげだ。これから、御本部参拝もさせて頂く。」と言って下さったのです。奥様はあまりに著しいおかげを体験させて下さったお礼に、より一層お礼の信心に励まれたのでした。その後、ご主人は会社勤めを辞められた後に、短期大学の客員教授として声をかけて頂き、その学校に認めて頂き正式に教授として迎えて頂かれたのでした。

★『私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心という。また、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。』
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2017年11月15日

●今、この瞬間を真剣に

三代教会長先生は、「日々の生活は平穏であっても、薄氷を踏む思いで、緊張感を保って心中ご祈念をさせて頂く」ということを、み教えくださいました。戦時中を例にお話しなさっておられますが、戦時中のような非常時は、誰しもが生きることに必死で、日々緊張感をもって一日一日を生きますが、平時は、つい、「これくらいは大丈夫だろう」というような油断が随所に出てきてしまいます。そうした油断の心を戒めておられるのです。

★高橋茂久平師は、阿倍野教会二代教会長伊藤コウ師が金光教学院を卒業なさる際に、二首の歌を書いて贈って下さいました。その一首が、『荒波の 逆巻く灘を乗りしくも 船に真舵の あればなりけり』というものです。生きていくということを、荒波の中の航海に例えたお歌ですが、これは決して、非常時のことだけをおっしゃっているのではないと、思わせて頂きます。

★今は無事なようでも、次の瞬間、何が起こるかわからないのが、世の常です。家庭においても、職場においても、常に心中ご祈念を欠かさず、いつでも、何事に於ても信心に基づいて、よいお手本となる生き方とならせて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。また、金光大神様のご信心のお徳が世の中全体に広がって、一人でも多くの方に助かって頂くお役に立たせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『水は方円の器に従い、人は善悪の友によるというが、家庭は器のようなものである。水は円い物に入れれば円に見え、角の物に入れれば角に見える。家内中が真の心を持ち、神様の氏子がわが胎内におるという尊き心持ちで家業を潔く働き、親兄弟に親切をして信心に油断なく、教育に油断がなければ、先祖へご無礼なく、国家繁盛のもととなるから、日々家業働く心と真心とを失わぬよう、今月今日で信心するがよろしい。』

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2017年11月14日

●気付かせて頂くことがおかげ

教祖様ご在世中の御頃のことです。国枝三五郎師は、片目がうずいて困った時に教祖様にお届けされますと、『春の花の四日(旧三月四日)を楽しめ』とみ教えを頂かれたのでした。治ることを楽しみになさっておられた国枝三五郎師は、四日になっても痛みがとまらず、五日に参られてそのことを教祖様にお届けなさると、

『午の年(国枝三五郎)、不足信心をするな。その方の命は、花の節句には花のごとくに散るのであった。それを助けてやったのである。命がなくては目はいらないであろう。生きておればこそ、目が痛いのがわかるのであろう』とみ教え頂かれたのでした。

さらに教祖様は続けて『五月の菖蒲を楽しめ』と仰せになられたのでした。その日までにはよほどよくなられ、その時には『七月の七日を楽しめ』と仰せになられたのでした。すると、七月には痛みも全快のおかげを頂かれたのでした。

★国枝三五郎師は、六年間に三度盲目になられましたが、熱心にご信心をなされて晴眼のおかげを頂かれました。信心の初めには、「拝み信心」「不足信心」を教祖様から戒められたこともあられましたが、み教えを頂かれてより心を改めるよう信心の稽古をされたのでした。

そして小さな信心から広く大きな信心へと進まれ、長期に亘ったお願いを持たせて頂く事が出来られたのでした。すると、二十年後には「乙島の金光様」と呼ばれるようになられたのです。

★国枝三五郎師は『氏子はかわいそうなものである。瓶にひびが入っていることに気がつかずに水を入れている。瓶のひびを焼き接ぐ心で信心せよ』とのみ教えも頂かれました。ここが至らないところだと分からせて頂けることや、考え違い、間違いに気が付かせて頂くことがおかげです。

ですから、国枝三五郎師は『今、天地の開ける音を聞いて目を覚ませ』ともみ教え頂かれておられます。み教えを頂きましたら、今までが自分中心の我情我欲に偏った狭い狭い世界に閉じこもっていたことに気付かせて頂け、御神徳に満ち満ちた広い世界に住ませて頂いていると分からせて頂けるのです。

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2017年11月13日

●計画、準備、実行、後始末

何事も早速にお礼を申すということが大切なことでございます。そうしてゆけば次のおかげを頂いていく基を築かせて頂けるのです。お礼のご信心とは、次のおかげを頂いていく為の有難いご信心ですね。

★二代教会長伊藤コウ師は『計画・準備・実行・後始末』とみ教え下さっておられました。計画をしっかりと早くから立てさせて頂いて、行き届いた準備をさせて頂きますと、神様は有難い時節を与えて下さいます。常平生に何の準備もしないで、いざ問題が起きてきた時に、慌てふためいて「なぜ私ばかりこんな苦労をせねばならんのか」と嘆いたり、人のせいにや世の中のせいにして恨んだりするような生き方をしておりましても、何の解決にもなりません。

★『物事に時節を待たず苦をすること』とみ教え頂いておりますが、苦をするのはなぜかと言いますと、自分が苦を生み出すからです。難儀を生み出すようなことにならないように早くから計画を立てて、早くから準備をする。そして有難い時節を与えて頂きましたら、その機会を逃さぬように掴ませて頂くのです。そうして細心の注意を払って物事を実行させて頂きましたら、有難い成就のおかげを頂くのです。そして有難い成就のおかげを頂きましたら、早速にお礼を申し上げることが大切です。そのお礼を丁寧にさせて頂くことが後片付けですね。

★先日の金光大神大祭を奉行させて頂いた日の夕方から夜にかけて、ご信者皆様が、今日のうちに出来ることは今日のうちにさせて頂きましょうと、遅い時間まで後片付けをして頂きました。真に有難い事を毎回続けて頂いています。

★金光英子師の御講話の中に「出来ることは何なりと喜んでさせて頂く。出来ないことにはお詫びを申す。そして出来たことにはお礼を申す。」という高清姫様のお言葉についてお説き下さいました。私達が、今まさにさせて頂かねばならないことだと感じております。有難い御大祭をお仕え申し上げることが出来た御礼をしっかりと申し上げ、まだまだ至らないところにお詫びを申し、そして次のお願いをさせて頂くということになりますね。

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