金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年05月13日

●有り難く頂く心にご庇礼が現れる

 11日には、天地金乃神大祭を共々に拝ませて頂きまして、真に有り難いことでござました。ご神前にお供えさせて頂きました真心からのお供え物は、御神米、ご神酒、お鏡餅や小判餅、乾物、お野菜、果物、お菓子、全てにおいてご祭典が終わりましたら、御祈念を込めさせて頂き、御祭典のお徳に満ちて御祭典のお下がりとしてお下げさせて頂けるよう、早速に整えさせて頂いたことでございます。少しずつですが有り難く拝んで頂かれまして、神様のご庇礼を蒙られますようお願い致しております。

★二代教会長・伊藤コウ師の御時代に、あるご婦人が両脇を抱えられたような状態でお参りになりました。まだ40代だったそのご婦人は、胃も腸も子宮も具合が悪く、お腹が硬く凝り固まって、半年間も床を離れられず、10歳の息子さんがおられたのにもかかわらず、密かに死ぬ準備までなさっておられたのでした。また、ひどい冷え性で、お布団には湯たんぽを入れ、カイロを体につけて生活しておられたのでしたが、当時とても寒かったはずのお広前に朝から昼過ぎまで座ることができられ、段々と体が温かくなるのを感じられたのです。「『神信心してみかげのあるを不思議とは言うまじきものぞ』これがご神徳というものですよ」と、み教え頂かれ、それから毎日お参りなさり、家の用事も段々と自分で出来るようになられたのでした。また、湯水も喉を通りにくかったのが、神様のお下がりとして何でも拝んで頂く心になられますと、お漬物でお茶漬けを美味しく頂くことが出来られたのでした。

★そのような有り難い初参拝から一週間ほどして、息子さんが一人で参拝されました。伊藤コウ師は大変喜ばれ、お供えのみかんを2つお下げになりました。息子さんは、帰ってから早速お下がりのみかんをひとつお母さんに渡されると、拝んで拝んで、有り難く頂かれたのでした。しばらくすると、便のお取り払いをどんどん頂かれ、あまりにも出続けるので驚いて見てみると、なんと血膿が出ており、硬く膨れていたお腹がすっかり楽になられ3週間の後には家の用事も一人で出来るようになられたのでした。

★お徳に満ち満ちたお下がりを拝んで心から有り難く頂きますと、どれ程結構なご庇礼を頂けるか分かりません。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」

2017年05月07日

●信心の地を肥やす

 『お天道様のお照らしなさるのもおかげ、雨の降られるのもおかげ、人間はみな、おかげの中に生かされて生きている。人間は、おかげの中に生まれ、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのである』

★朝、目を覚まさせて頂くことから、一日は始まります。それから服を着ることが出来、食べることが出来、歩くことが出来る。おかげを頂いているからこそ働くことが出来、難儀に対処させて頂くことも出来るのです。「おかげを頂いているからこそ」ということが、全てにおいての土台にあることを、心に留めさせて頂きたいものです。そして私達氏子は、いつでもどんなことでもお広前に参って願わせて頂くことが出来、お結界でお取次ぎを頂いて祈って頂くことが出来ることは、大変幸せなことなのです。

★『とかく、信心は地を肥やせ。常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥をせんでもひとりでに物ができるようなものぞ』常平生から、その日一日のことをお取次ぎ頂くことによって、信心の地が肥やされます。信心の地が肥えてきますと、自分の役割を明らかにして責任を果たさせて頂けるようになり、お徳を頂くことにつながります。また、難儀な事柄もお取次を頂くことによって、災いから転じて幸せの道が開けるのです。

★お取次を頂かなければ、些細なことであっても、あれもこれも重荷に感じてしまい、自ら難儀を大きくしてしまいます。そして、ねじけ根性、不足の心が次第に大きくなっていくのです。お取次を頂きますと、生神金光大神様・天地金乃神のお徳、また、歴代の教会長先生のお徳によりまして、足りないところは足して頂けるので、難に負けず、大きな願いに向かって最大限の努力をさせて頂き、全てを信心向上の材料とさせて頂けるようになります。

★5月11日の御大祭に向けまして、一層ご信心に励ませて頂き、共に信心向上のおかげを頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成28年の「み教え」

2017年05月05日

●自分も助かり、人も助かる願いをもつ

 御隠居様(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、教会から頂かれる通知状や御祭典の案内等を御神前にお供えして、その日付まで御祈念をなさっておられたそうです。コウ師が子供の時に「お母さん、どうして教会から頂いた案内をご神殿にお供えしておくのですか?毎日何をご祈念しているのですか?」とお伺いになりますと、御隠居様は「よう考えてみなさい。世の中にどれほどたくさんの人がお命を頂いていますか。その中で私達は有難いことにご神縁を頂いて、金光様のお広前にお参りをさせて頂けるようになったのです。神様から願いをかけて頂いて、こうしてお引き寄せ頂いた私達はどれほど幸せか。神様から願いをかけて頂いているのだから、その願いに基づいて、しっかりと信心を進めさせて頂けます様に、神様のお心に適う氏子にならせて頂けます様に、この御用奉仕を頂いているお祭まで、しっかりと御用させて頂ける心と身体にならせて頂いて、さらに一段と行き届いたことがさせて頂けます様に、とお願いをさせて頂いています。」と仰ったそうです。

★私達は何のためにご信心させて頂くのでしょうか。生まれた時から親に連れられて…、病気をしたから治して頂きたいと願って…、友人にお導き頂いて…、等々、それぞれの家で信心のきっかけがあられますでしょうが、神様から願いをかけて頂いてお参りをするようになったという点においては、皆共通なのです。神様が「どうあってもこの氏子に助かって欲しい」「この家がおかげを蒙ってほしい」との願いをかけて下さっているのです。そういう中に私達はご神縁を頂いているのです。

★『不仕合わせな者を見て、真に可愛いの心から、我が身を忘れて他人を助ける。その可愛いと思う心が、神心じゃ。それが信神ぞ。その神心におかげが頂けるのぞ。人の難儀を助けるのが、有難いと心得て信神せよ。』信心が進ませて頂きましたら、「自分も助かり、人も助かる働きをさせて頂けるようにならせて頂きたい」という願いをもつようになるのです。御隠居様にはその願いがあられたのです。どうあっても人の助かる御用にお使い頂きたいという風に願わせて頂けるようになれば、それが真のご信心になっていくのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成28年の「み教え」

2017年05月03日

●いつでもどこでも変わりなく 

 先日、ある学生さんがお母さんと共に参拝なさいました。今、高校では就職に向けて先生方に教えて頂いて面接の練習をなさっているそうです。そして「どのような事に気を付けさせて頂いたらよろしいでしょうか?私自身は、大きな声で挨拶をする事や質問に対して的確に答える事、またきちんと返事をする事などに気を付けさせて頂こうと思っています。」とお尋ねになりました。

★そこで、「それは良いことですね。学校の先生方が練習をつけて下さることは有難いことですが、今おっしゃったそれらの事を家族に対して稽古なさったらどうですか?なぜなら、大きな声で挨拶をする、返事をするのも家族に対しては一番甘えが出やすいでしょう。両親に呼ばれた時に『はい!』と素直に返事をする事ひとつ出来ない事が多いものです。ですから、家で練習するのが一番よろしいですね。また、面接のときに笑顔になる稽古をする事も大切です。それも家族に対して稽古させて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことです。

★就職面接に於いて面接官の方々がどこを見ていらっしゃるのか、部屋に入ってから出ていく所までだけを見ておられるのではありません。他の所、例えば控室や玄関の出入りの態度等、全体を見ておられるのです。

★あるご信者は、400人中で1人だけ就職面接に合格されました。休憩室で皆がおしゃべりをしている際に、お茶を入れて下さった方にそのご信者だけが丁寧に御礼を申されました。そのお茶を入れて下さった方が実は上役の方であったという事が後になってから分かったのです。面接官の方々は、普段の行動が現われる所を見ておられます。面接の場だけで判断をなさっているのではありません。そして、ふとした時に表れる普段の行動というのは、その時だけ練習をして出来るようになることではありません。取り繕ったところで、そのお面はすぐにはがれてしまいます。ですから、一番甘えの出やすい家庭に於いての練習が大切なのですね。

★就職の方々だけでなく、私達も同じです。お広前だけで信心が出来ていれば良いのではありません。神様が常にご覧になっておられるという事を意識させて頂き、いつでもどこでも変わりなく信心を表してゆくことが大切です。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成28年の「み教え」

2017年05月02日

●おかげは自分の手元から生み出される

 あるご信者が、真面目にコツコツと商売をなさってこられたのですが、人の負債を引き受けなければならないことになりました。1000万円を超える莫大な負債を引き受けることとなり、真面目に商売されてきたご信者は納得がいかず、三代教会長伊藤良三師にお届けされました。

★良三師は「それがおかげというものですよ。他の店の尻拭いができるまでに、あなたのお店が大きくなり、実力がつかせて頂いたという事です。負債を支払うことは、今後どれ程神様から大きなお徳を頂けるやらわかりません。世間では、自分の手元に残った物だけを財産というかもしれませんが、自身の働きを出すことにより、人が助かって頂くことは大変有難いことなのです。それは、すべて自分の財産となるのです。あなたはこの度、大きなおかげを頂かれますよ。

1000万円の支出は、損失になる場合とならない場合があります。あなたの場合は、出すことで大きなお徳を頂くことができます。その証拠にあなたのお店は、隆々と繁盛させて下さっているでしょう。後になればよくわかりますよ。決して損にはなりません。これからどれほど大きなおかげとなって、一粒万倍となって返ってくるやらわかりません。それを、信じて喜んで出させて頂きなさい。それだけの働きがさせて頂けたということが分かる人間になりなさい。我が手元に入ってきたものばかりがおかげではないのです。財産というものは、自分の手元に入るものよりも、むしろ、出させて頂いたものの方が価値が高いのです。」と仰ったのでした。ご信者は、心を180度変えられて、有難く負債を引き受けさせて頂いた結果、商売も家も繁盛のおかげを蒙られたのです。

★本当のおかげとは、自分の手元から生み出されるのです。人の嫌がる仕事でも「はい、させて頂きます!」、どんな御用でも「はい、私がおかげを頂きます!」と自ら願いを立て喜んでさせて頂くことにより、積徳の信行となり、めぐりを取って頂き、お徳を積ませて頂けるのです。それこそが、自身の財産となるのです。目先の欲得を取るよりも、先々の徳を頂くことを考えさせて頂いて、喜んで嬉しく働かせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 平成28年の「み教え」

2017年04月28日

●円満な家庭を築くには…

 製造業を営んでおられるご夫婦があります。先日奥様がお参りなさってお届けにこられました。御主人が製品を作られ、奥様も手伝っておられる中で、御主人は仕事をしながら色々と指示を出されるのですが、奥様は「今、これをしているのに…なぜ、私に今言うのか」と思ってしまうそうです。作り手の中心となるご主人が出される指示に対して不足を思ってしまい、職場も円満にいかず、奥様はお結界で「これではダメだと思いながらも、我が出て仕方がありません。どうさせて頂けばよろしいでしょうか。」とおっしゃったのでした。

★私は奥様に「何事も稽古が必要ですね。一朝一夕に出来ることではありません。御主人が仰ることを神様からのお知らせと思わせて頂いて、心中御祈念しながらさせて頂く稽古をさせて頂きましょう。御主人はプロとして長年習熟なさっておられますから、気が付いた時にすぐにしなければならないと思い指示を出されるのですが、言って頂いている側は立場が違いますから、なぜ今しなければならないのかと思ってしまうのです。御主人に言われた時に、自分のしている仕事があったとしても、すぐにさせて頂けば、お仕事は間違いなく間に合って一番良いものを作らせて頂くことができるのです。まず、笑顔で受けさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。奥様は神様にお詫びを申され、「日々稽古させて頂けますように。」とお願いして帰られました。

★以前から何度も聞かせて頂いてきたお話ですが、喧嘩が絶えないある家庭のご主人が円満なご家庭を一度見てみたいと思い、知り合いの円満な家に行かせて頂いて様子を見ておられますと、子供さんが着物につける糊を足で引っかけてこぼしたのです。子供さんは「すみません」とお詫びをしますと、お父さんが「そこへ置いた私が悪かった」と申され、お母さんが「気が付いていたのに、すぐに片付けなかった私が悪かったのです。」と三人がそれぞれにお詫びを申されたのでした。様子を見ていた方は、自分の家では自分は悪くないという人間の集まりだから円満にいかないのだという事に気付かれたそうです。

★家庭の中では甘えが出てしまいがちです。それぞれが相手を立て、謙虚な姿勢というのが円満な家庭を築くことができるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:00 | 平成28年の「み教え」

2017年04月27日

●責任感強く実意のある生き方に

 教祖様は、ご養父、義弟、お子様三人、飼い牛2頭(当時家族も同然に大切にしておられた)を次々と亡くされ、七墓築かれるという難に遭われました。しかし、「これだけお願いしているのに何故・・・」というような不足の心を神様に向けられることも一切あられませんでした。ただただご自身の在り方を見つめ直され、家長としてもっと取るべき行いがあったのではないかと反省され、「残念至極と始終思い暮らし」と、当時の思いを書き残しておられます。そのように、神様のことはどこまでも信じて、お立て申し上げ、自らを反省なさるご姿勢が、神様にご信用頂かれる「実意」となっていかれたのでした。

★困難にぶつかった時、「あの人がもっとこうしてくれれば、こんなことにはならなかった」「あの時あんなことが起きなければ問題にはならなかった」などと、自分以外のものに責任を押し付けたり、他に怒りを向けたりすることは、簡単かもしれません。しかし、それでは問題の根本は解決されません。そうではなくて、「自分が至らないが為に、このようなことになって相済まなかった」という心にならせて頂き、問題を正面から受け止める覚悟ができると、困難の中からおかげを頂く道が開かれてゆくのです。家庭においても、あるいは職場においても、問題が起きてきた時にはしっかりと責任を持たせて頂き、他の人の分まで自分がなり代わって神様にお詫び申し、立ち行きをお願いさせて頂けるような、実意のある人間に成長させて頂けるよう、ご信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成28年の「み教え」

2017年04月21日

●天地のご恩を知る

 本日は午後7時半より天地金乃神様に対し奉ります月例祭を仕えさせて頂きます。天地の間に住む人間はみな神の氏子とみ教え下さり、生命を授けて下さり、生かし育んで下さる私達の生命の親神様に御礼を申し上げるご祭典です。

★地球を直径1.5メートルの球体に縮めたと考えると、空気の層は風船のゴムくらいの薄さになり、生活に使わせて頂いている真水は、スプーン2杯分ほどしかない計算になると、聞かせて頂きました。このように貴重な空気があるおかげで、私たちは酸素を吸わせて頂き、常に太陽からの熱を浴びながらも、地上は生命を維持できる快適な温度に保たれているのです。また、世界の中でも日本は特に貴重なお水に恵まれており、潤沢に使わせて頂いております。水道水を飲むことが出来、多くの人がお風呂も毎日入らせて頂ける環境で生活させて頂いています。

★また私たちは皆、代々のご先祖様のご縁につながって、今日お命を頂いております。多くのご先祖様方から、知らず知らずお守り、お導きを頂いていることにお礼を申し上げることを、忘れてはなりません。

★このように、私たちは日々壮大な恩恵を受けながら生活させて頂いているわけですが、ご信心させて頂き、み教えを頂かなければ、有り難いおかげも当たり前のように感じてしまうようになるのです。天地に対して感謝の足らない生き方はご無礼な生活となってしまっているのです。日々み教えを頂いて、おかげを自覚し、少しでもご恩返しをさせて頂こうとする生き方と、おかげをおかげとも分からず、お礼の足りない生き方とでは、積み重ねていくとどれ程大きな差となって現れてくることでしょうか。ご恩を知って、その万分の一でもご恩に報いさせて頂き、めぐりを積む生き方ではなく、お徳を積む生き方にならせて頂けるよう、日参と聴教に励ませて頂きたいと思います。

★『昔から、あの人は神様のような人じゃ、仏様のような人じゃ、人に悪いことをせぬ正直者じゃと言われる者でも、だんだん不幸なことが重なったりして、どういうものじゃろうということがあるのも、みな、神に無礼粗末があるからぞ。なんぼう人に悪いことをせぬ正直者でも、信心せねば神には無礼粗末ができるぞ。人のよいのと神への無礼とは、また別ものぞ」と金光様が言うてござる。信心せねば、なんぼう善人でもおかげにはならぬ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成28年の「み教え」

2017年04月17日

●御恩の分かる生き方に

 先日、あるご家庭のお宅祭で年祭を仕えさせて頂き、祝詞を奏上させて頂きました。祝詞には、その方の入信の始めから、生涯どのようにおかげを蒙られたかを、振り返って奏上されるのです。お宅祭が終わりましたら、ご信者が「うちの家はあのようにおかげを頂いてきたのかということを再確認させて頂きました。私達はある程度のことは聞かせて頂きましたが、詳しいことまで聞いておりませんでした。申し訳ないことでございました。これからしっかりと、家中がおかげを頂いてきた歴史を振り返らせて頂いて、そういう中に自分たちが生まれさせて頂き、育てて頂き、ことあるごとにお取次・み教えを頂き、改まりをして下さってきたおかげで、現在があるということを忘れないようにさせて頂きたいと思います。助かってきた内容を受け継いで、どうぞ頂き直しがしっかりと出来る家にならせて頂けますようにお願い申し上げます」とお話しなさっておられました。

★ご苦労をして下さった方がおられるから、私達は現在有難い生活をさせて頂けるおかげを頂いているのです。ですから、私達は「御先祖様のおかげで今こんなに結構にならせて頂いております。有難うございます。同じような体験をさせて頂くということはとても出来ませんが、そうしたご苦労をして頂いたおかげで、後々の者がそれぞれに結構に繁盛させて頂いております。有難うございます。」と丁寧にお礼を申させて頂いて、初めて御恩の分かる生き方が出来ていると言えるのです。そうして、私達が喜んでお礼を申し上げますから、御先祖様も喜ばれるのです。「そこまで喜んで一生懸命してくれるのなら、あれもしてやろう、これもしてやろう」と御霊ながらに働いて下さり、あいよかけよで立ち行くようになるのですね。

★御先祖様を大切にさせて頂くということは、自分を大切にするということなのです。反対にご先祖様をおろそかにしているということは、自分をおろそかにしているのです。親のご信心を振り返らせて頂いて、有難いところを頂き直して、御恩を忘れない生き方を続けさせて頂いて、おかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成28年の「み教え」

2017年04月15日

●自身を振り返り改まる

 あるご信者は、息子さんと共に下駄の商売をしておられました。しかし、息子さんがお父さんのいう事を一切聞いてくれずに、何か言えばことごとく反対の意見を言ってくるので、ご信者も「こんな息子とは商売をやっていけない。こんな息子なら、いっそのこと手をかけて殺してしまいたい。」とまで思うようになってしまわれたのです。

★そこまで思い詰めたご信者は、お結界で心の内を打ち明けられ「息子が親不孝で困ります」とお届けされますと、先生は「それをこのお道では、めぐりと言います。この問題は、お金で解決できることではなく、ただただ信心させて頂いてお徳を頂いたら解決する問題です。しっかり信心をさせて頂きなさい。だいたい、子供が悪いと言っていますが、そんな悪い子供を育ててしまったということについては、あなたに間違ったところがあるはずです。子供の病は親の病。信心は自分を振り返って自身がお詫びして改まるところに、おかげを頂く道が開けてゆくのです。それをせずして、結構にはなってゆきません。」と仰ったのです。

★み教えを頂いたご信者は、結婚当初のことを思い出されたのです。その時期、奥様と縁を切りたいと思っていたところ、奥様が妊娠されました。その時にご信者は「子供さえいなければ実家へ帰らすことができるのに…」と思い、ご無礼にも早く子供が流れてほしいと願っていたことを思い出されたのでした。ご信者は「私ほど罪の深い人間はいません。子供の生まれてくる前から心で子供を殺しておりました。子供が悪いのではなく、私が悪いのです。」と神様に大変なご無礼、めぐりを重ねてきたお詫びを申され、改まりの生活を続けられたのです。そうしましたら、息子さんも段々と変わって下さり、円満に共に仕事をさせて頂けるようになったのです。

★自分ほど正しい考えの者は他にない、自分は一所懸命に努力していると思っていても、神様のお目から見れば、不遜な姿なのかもしれません。み教えを頂きませんと、自分ほど努力している人間はいないという驕りが出てきやすいものです。そういう性根を直し、自身が改まってゆくところにおかげを頂く道が開けてくるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成28年の「み教え」

2017年04月13日

●目の前の人の助かりを願う

 コンビニエンスストアで勤務なさっておられるある御信者は、長い時には10時間程立ちっぱなしで働いておられます。昼休み一時間の食事休憩の時間でも、お客様への応対で呼ばれますと、まだ食事中であってもマスクをしてでも出て行かねばならないそうです。結局昼休みが15分程しかとれないこともあるらしいのです。

★そのお方が仰ることには、「お店に来られるお客には色々な方がおられ、丁寧なお客様もおられれば、何かしら暴言を吐く人や態度の良くない荒々しいお客様もいます。それも一人や二人ではありません。おかげを頂いておりますから、強盗や泥棒に遭ったりすることはありませんが、日々来られるお客によってご修行させて頂かねばならないことがあります。」とのことでした。本当に毎日がご修行ですね。覚悟を決めてさせて頂かねば出来ないことです。

★医師や薬剤師や看護師など、人の生命に関わるお仕事に携わる方は、「どうぞこの方が助かって頂けますように。」と目の前の人の助かりをお願いさせて頂かれて仕事をなさっておられますね。他の業種、飲食業であろうが、サービス業であろうが、どんな職業であっても「今日も一日お店に来られる方が幸せになって頂けますように。喜んで頂けますように。」と目の前の人の助かりをお願いさせて頂くことが大切です。暴言を吐いておられる方に対しても、「心が穏やかに過ごされ、今日も一日助かられますように。」とお願いさせて頂くのです。

★夫々のところで相手のことを真剣にお願いさせて頂くということは、銘々に生活の中でさせて頂けるご修行です。見ること聞くこと全てお願いに変えさせて頂き、人の助かりを祈りながらお仕事をさせて頂く事におかげを頂いてゆくのです。そのことが日々神様の御用にお使い頂くということで、それが仕事の上にもお徳を頂いてゆくことに繋がるのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」

2017年04月12日

●神様におすがりする信念

 淡路島に住んでおられるあるご信者は、80才を過ぎたある年、両眼ともに白内障の症状が出られ、医師から手術が必要だと告げられたのです。阿倍野教会の御大祭の直前に、「次回の来院で手術の日時を決めましょう」という段取りになったそうです。ご信者は、長年阿倍野教会の春秋の御大祭には、大阪の知り合いの家に泊めて頂いて参拝され、その後御本部にお礼参拝をなさってから淡路島に帰られるということを続けておられました。ご信者は御本部に参拝されますと必ず御神水を頂かれ、御神水で目を洗って御祈念なさっておられ、普段からも目に御神酒をつけておられたのです。そして、御大祭に参拝なさり、御本部にお礼参拝をなさってから、眼科の診察を受けられますと、なんと、「手術の必要はありません。白内障の症状が治まって、視力が回復しています。」と言って頂くおかげを頂いておられたのでした。

★また、あるご信者は、幼いころに、下半身に大火傷を負われたのです。ご両親が毎日お取次を頂いて御神酒を浸した御剣先を患部に付け、神様に一心におすがりなさいました。すると、40日後にはケロイド状態になることなく、跡形もなく全快の大みかげを頂かれたのでした。このことをきっかけに家族中改まられ、毎日日参出来るようにと、会社を辞めて自営業をなさるようになられたのでした。それからは、毎朝お届けをし日参と聴教に励まれました。現在では、ご信者もご両親の家業を継がれ、これまでおかげを頂いてこられたお礼の信心を忘れることなく、毎朝の日参と毎月の月例祭、御本部参拝には欠かさず参拝なさっておられます。

★『祈れ薬れ』にさせて頂きますと、御神米が身代わりになって下さるという体験をさせて下さるのです。神様におすがりさせて頂く信念を貫かせて頂きますと、奇跡的なおかげを蒙らせて頂くことができるのですね。薬を頂く際も、御祈念し「神様に治療して頂いておかげを頂けますように」という心持ちで有難く拝んで頂きましょう。

★『祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:32 | 平成28年の「み教え」

2017年04月11日

●手本に似るとは我流を放れること

 9日には、御本部天地金乃神大祭に共々に参拝のおかげを頂きまして、真に有り難いことでございました。またこの度は、職員(しきいん)すなわち殿上祭員の御命を頂き、開帳役の御用にお使い頂きましたことは、もったいないことでございます。

★殿上祭員の御用にお使い頂くに当たっては、前日に行われる全体の習礼に出させて頂き、色々とご指導を頂きます。座り方、立ち上がり方、歩く速度や歩幅、杓を持つ角度等、作礼の基本となるところを一から丁寧に教えて頂きますと、気を付けているつもりでも、普段の作礼がいかに我流になってしまっているかということに、気が付かさせて頂きます。改めて基本となるところをご指導頂きましたことは真に有り難いことでございました。

★日々のご信心にも同じことが言えると思います。日々お取次を頂き、み教えに照らして自分を見直すことをしなければ、知らず知らずのうちに我流が生まれ、天地の道理から外れた生き方になってしまうのです。難儀とは、そうした、自らのご無礼の積み重ねによって生み出してしまうものなのです。

★四代金光様は、『手本に似るということは、我流が抜けていく姿だと思います。我をはるつもりはなくても、自分の思うことが中心になったり、自分の思いを通したりすることは、結局、自己過保護に過ぎない。我を通すことも、わがままをすることも、みなそうだと思います。』と、み教え下さっておられます。

★日々、繰り返し繰り返しみ教えを頂いて、素直に実行する稽古をさせて頂き、自分の都合を先に立てて我を通す生き方から、常に全体の助かり立ち行きを思い、願わせて頂ける生き方に日々成長させて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成28年の「み教え」

2017年04月05日

●生まれながらにして頂いている神心

1、惻隠の心…慈愛の心。かわいそうだと思う心。(仁)
2、羞悪の心…己の悪を恥じ憎む心。(義)
3、辞譲の心…辞して譲る心。(礼)
4、是非の心…善悪(是々非々)を判断する心。(智)

★これらは、人間が生まれながらにして頂いている尊い神心です。小さな子供であっても、教えられずともこれらの心を表すことがあります。二代教会長伊藤コウ師は、「小さい子供でも人気があって人から慕われている子がいるでしょう。あれは、生まれながらにしてお徳を頂いているのです。しかし多くの人は、その生まれながらにして頂いているお徳がを成長するに従って失ってしまいます。だから、信心させて頂いて、神様から頂いているお徳を失わないようにしてゆく必要があるのです。」とみ教えを下さいました。

★先日より入学式や入社式を迎えられたご子弟の方々の御礼届けがあり、新たな門出を迎えられ、大変有難いことと神様に御礼を申し上げております。ある高校に入学された学生さんに「新しい環境に身を置かせて頂くということは、大変有難いことです。あなたも高校生にならせて頂くのですから、いろいろな中学校から来られた方々と、新しい人間関係を築いてゆかねばなりません。ですから、しっかりと心構えを作らせて頂きましょう。是々非々という事を分からせて頂き、正しい事を正しいと思え、間違っている事を間違っていると思えるようにならせて頂きましょう。長いものに巻かれてしまうことのないように、正しいことを貫いてゆく勇気を持ちなさいよ。そのためには、何事もみ教えを基にさせて頂くのですよ。」とお話させて頂いたことです。おかげを頂いてゆかねば、正しい判断もさせて頂けませんし、正しいことを行動に現すことも出来ません。日々の生活の中で神心を表してゆけるよう、しっかりとみ教えを頂きましょう。

★『人間は人を助けることができるのは有難いことではないか。牛馬はわが子が水に落ちていても助けることができない。人間が見ると助けてやる。人間は病気災難の時、神に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが有難いと心得て信心せよ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」

2017年03月31日

●生命を繋いで頂いての今日

 年度の締めくくりの3月も無事に最終日を迎えさせて頂き、この1年間おかげを頂いて参りましたお礼をしっかりと申し上げましょう。4月は新年度を迎え、進級・進学の有難い月です。社会人であれば異動があり、この新年度に新しく環境が変わられる方もあられますが、それぞれに新たな心持ちで今日までおかげを頂いて参りましたお礼の信心を進めさせて頂きましょう。

★三代教会長先生は、戦時中、三度もない生命を助けて頂かれ、無事に帰還されました。三代教会長先生の生命を助けて頂いたからこそ、私含め子供4人が生まれ、今日子孫が生命を繋いで頂いています。私自身も乗るはずでありました飛行機を、予定を変更して頂いて乗らずに生命を助けて頂きました。私が生命を助けて頂いておらなければ、妻も娘も存在しません。また今日御用にお使い頂く事も出来ておらなかったところです。そうした、生命を助けて頂いてきた連続の中に、今日一日を与えて頂いているのです。そう考えますと、どれ程御礼を申しても足りません。

★ご信心させて頂いておられる信奉者は、どなたもそれぞれにおかげを頂かれた体験が各自にあられると思います。それは、親、ご先祖の信心のお徳によって、おかげの船に乗せて頂き、子孫が生命を頂き、おかげを頂いているのです。また、平穏無事な毎日は、知らず知らずのうちに、神様が全てにご都合お繰り合わせを付けて下さり、広大なおかげを頂き続けている日々の連続のことなのです。一日一日新しい生命を頂き、結構なおかげの中に新しい日を与えて頂いているお互いです。それを自覚し、喜びとお礼の心に満ちた日々を積み重ねさせて頂きたいと思います。

★『年が寄る程位がつく』とみ教え頂いておりますが、「真のご信心をさせて頂ますように」「一段と向上させて頂けますように」と日々お願いさせて頂きましょう。信心させて頂いておりましたら、お礼を申して、喜んで生活をさせて頂くということが上達させて頂きます。どんな時にも、どんな事も明るく有難く受け切ってゆくことが、人間の徳性を引き出し、磨いてゆくのです。与えて頂いた環境を喜び、仕事を喜び、一年一年、有難くなる信心を進めさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」

2017年03月30日

●氏子が神の用をすれば、神は氏子の用をしてやる

 先日も嬉しく有難い御礼のお届けがありました。この度、薬学部を受験なさっておられた学生さんが、第一志望の薬科大学には補欠の合格で12番目であったそうですが、先日無事に繰り上げ合格のおかげを頂かれたのです。その学生さんは、お琴の御用を頂いておられ、学校の定期テストがあろうが、模試があろうが、変わらずに御用にお使い頂いておられるのです。御本部参拝も同様に、何があっても欠かさずに毎月続けておられます。それは「今までおかげを頂いているお礼に、何としてでも御用にお使い頂けますように。御本部参拝させて頂けます様に」と自ら神様とお約束なさって、真心をお供えなさっているのです。その結果、ここぞ!と言う時にすっすっとおかげを頂かれるのです。

★先へ先へおかげを頂いているお礼のつもりで、御用にお使い頂いておりますと、神様は「そうか、そうか、それならあれもしてあげよう、これもしてあげよう」と、また先へ先へ有難いおかげを授けて下さるのです。するとまた本人も、「こんな至らない私ですのに、ここまでおかげを授けて下さり有難うございます。何としてでもお礼の働きが出来ますように。お礼の御用にお使い頂けます様に」と有難い心持ちで御用にお使い頂きますと、物事が良い方へ良い方へ循環してゆくのです。

★私達も夫々に純真に神様に心を向けて、一心におすがりさせて頂き、「新気・根気・御礼の働き」を中心にして御恩に報いる生き方に努めさせて頂きましょう。

★『今まで、長い間痛くてつらかったことと、今おかげを受けて有難いこととその二つを忘れるな。その二つを忘れさえしなければ、病気は二度と起こらない。これからは、人が痛いと言って来たら、自分のつらかった時のことと、おかげを受けてありがたかった時の事を思い出して神に頼んであげよ。自分はもう治ったから人のことは知らないというような心を出すと、またこの病気が起こる。今の心でおかげを受けていれば、病気が起こらないばかりか、子孫の末までおかげを受けられる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成28年の「み教え」

2017年03月28日

●舵を取るのは己の心

 人間が退化する因(ノーベル生理学・医学賞受賞 アレキシス・カレル
1)飲食をむさぼる。
2)他を誹謗中傷し、嘘をつく。
3)二心を抱く。信頼を裏切る。
4)つじつまの合わないことを強引に言いくるめようとする。
5)口先上手で、余計な事ばかり話す。
6)享楽にふける。
7)愚にもつかない放送を見たり聞いたりする。

★自らを退化させてしまう生き方を積み重ねてしまうということは、実に恐ろしいことですね。楽を望み、責任から逃れようとし、享楽にふけっていると、段々と徳を失ってしまいます。そして、人の悪いところ、物事の悪いところばかりが見えてしまい、あるいは悪い事を口に出してしまうようになり、悪い方へと自ら舵をとってしまうのです。

★自らを振り返ってみて、神様に与えて頂いている手、足、目、耳、口の使い方は、神様の御心にかなっているでしょうか?皆、自分の出来ていないことには目が向きにくく、反対に、人の出来ていないことはよく見えてしまい易いものです。人には寛大に、自分には厳しく、与えて頂いている仕事や役目を責任を持って全うさせて頂けるようにならせて頂きたいと思います。

★自分に甘く、人に厳しくなってしまっている自分の至らなさに気が付くことが、信心を進める大事な出発点となるのです。御大祭に向けて、改めて自分のあり様を見直し、ご修行に励ませて頂きたいと思います。
『世の中に表行はだんだんする人があります。寒行して拝んで歩行しておる人もあるが、心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 平成28年の「み教え」

2017年03月23日

●不自由を行とする

 以前、あるご信者が「まだ自分の思うようにおかげが頂けないということは、私の信心が足りていないからでしょうね。」とお届けなさいました。すると、三代教会長先生は「世の中に、信心が足りているという人があるでしょうか?そんな人は誰一人いないでしょう。教祖様でこそ『凡夫の身でありますから、どこにどのようなご無礼があるやら分かりません。』と自らを戒めておられるのです。天地の親神様、御霊様、親様、国家社会、人様にお世話になることの方が多いのですから、足らないというのは当然です。まだまだ自分の信心が足りないと思ってご修行に精励させて頂いてこそ、そこに有難いご庇礼を蒙ることが出来るのです。」とみ教え下さいました。

★不自由なこと、辛抱せねばならない事、思うようにならない事があるのは、実は有難いことなのです。なぜなら、そこからまた一段と信心を進めさせて頂き、自分自身を成長させて頂けるからです。辛いことをじっと自分の所で抱えているから苦しいのです。その苦難を全て神様にお預けしてお願いに変えさせて頂きましょう。見ること、聞くこと全てをお願いに変えさせて頂いて、不自由を行とさせて頂くのです。

★例えば、会社の上司が癇癪持ちの方で、いつも心が荒んでおられるのなら、その姿を見る度に、その方の助かりと立ち行きをお願いさせて頂くのです。ある学生さんは、学校で大層可哀そうな身の上の友達がおられ、「どうぞあの子が助かりますように」といつもお届けでお願いなさっています。自分がお願いしたところで、大した事は出来ないと思わずに目の前に人のことを願わせて頂きますと、その温かい心が周囲に伝播してゆきます。そして、周囲の方々が協力して下さり、その方が助かる道が開けてくるのです。その「気の毒だ、可哀そうに」と思う心が神心です。その神心を現し続けて下さったのが、教祖様です。教祖様のご信心を万分の一でも習わせて頂けますよう、まだまだ足らないという謙虚な心で、信心を進めさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成28年の「み教え」

2017年03月22日

●死生の安心

 初代教会長先生が御在世中のことです。あるお宅が入信前に娘さんを亡くされて、奥様が頭を病んで何も出来なくなってしまわれました。そんな奥様を見られたご近所の方が「娘さんの霊が奥様に取りついて悩ましている」という考え違いも甚だしい言葉をかけてしまったところ、あろうことかご主人が感化されてしまい、激情にかられて、「手塩にかけて育てた娘が、母親に取り付くとはどういうことか!」と娘さんのお骨をかなづちで砕いて、近くの池へ投げ入れてしまわれたのです。奥様の状態はますます悪くなられましたが、お隣に住んでおられたご信者にお導き頂かれ、熱心に信心を進められたところ、有難いことに全快のおかげを頂かれました。

★娘さんが亡くなって1年後、東京に行かれていた息子さんが、肺結核と腸結核を併発して大阪に帰って来られましたが、日に日に悪くなりお医者さんにも見放され、奥様は「せめて死生の安心を頂きたい」とご主人をお導きなさいました。高熱を出されて御用が出来られない初代教会長先生に代わって二代教会長先生がそのお宅の帰教式に向かわれました。

★しかし家に到着した途端、お医者さんが出てこられ帰って行かれました。家に入りますと、奥様が「たった今息子が息を引き取りました」と言われたのです。二代教会長先生は御神前で神様に事の次第を申し上げ、「生きている間に死生の安心を頂きたいということでありましたのに、亡くなられてからでは私の役目は果たせません。何としてでも御用にお使い頂かねばなりません。どうぞ、息子さんが息を吹き返しますように」とお願いなさいましたら、何と有難いことに息子さんは息を吹き返されたのです。

★帰教式をお仕えになられた後、一旦、息子さんは食事を頂けるまでに回復され、1週間以上命を延ばして頂かれ「先立つ不孝をお許し下さい。私はこれまで両親の愛情によって育まれました。これから御霊となって両親のことを守らせて頂きますから」とご両親に挨拶をしてからお国替えされたのでした。

★日々、正しく教えを頂きませんと、考え違いを起こしてしまい易いのが人間です。考えが間違っては恐ろしいことになってしまいます。天地の道理にかなった正しいみ教えを頂いて、毎日の生活が大きく間違わないようにさせて頂きましたら、過去の御霊様も自分自身も助からせて頂くことが出来ます。力を揃えて御霊様と共にご信心をさせて頂きましたら、過去も現在も未来も助からせて頂くことが出来ます。そういった有難いおかげを頂かせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:11 | 平成28年の「み教え」

2017年03月20日

●過去・現在・未来の助かり

 本日午後2時より、春季霊祭をお仕え申し上げます。ご先祖様、御霊様方に日々お守り頂いているお礼を申し上げ、一層のご霊徳とご安心を頂かれるよう、生神金光大神様のお取次を頂いて、共々にお願いさせて頂きたいと思います。

★生神金光大神様のお取次のおかげで、徳も力も足りない私たちの至らないところを足して頂き、御礼もお詫びもお願いも、天地の親神様に届けて頂けることは、どれ程有り難いことか分かりません。そして、み教えを頂くことによって、心の眼が開け、耳が開け、ご神徳に満ちた世界に住まわせて頂けるようになるのです。

★親神様は、天地全体のことを見抜き見通しておられ、全ての人が助かり立ち行くことを、ご慈愛に満ちた心で願い続けて下さっておられます。それに比べて人間は、物事の表面しか見ることが出来ないので、簡単に物事の善悪を決めてしまい易い危うさがあります。ですから、たとえ人から相談を持ちかけられても、安易に「それはあなたが正しい。間違っているのはあの人ですね・・・」などと、同調して発言することは、助かりにつながりません。「あちらも助かるように、こちらも助かるように皆が助かるようにお願いさせて頂きましょう」と、伝えさせて頂き、共に神様にお願いさせて頂くのです。見ること聞くこと全てをお願いに変えさせて頂くことによって、何もかも「ここから」おかげを頂くことが出来るのです。過去のご先祖様から、現在、未来の子孫に至るまで助かるご神徳を蒙らせて頂けますよう、何事も生神金光大神様のお取次ぎを頂かせて頂きたいと思います。


【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:37 | 平成28年の「み教え」

2017年03月18日

●自分の心次第でおかげは頂ける

 あるご婦人は、ご主人が信心をなさっていたのですが、ご自身はお参りをしておられませんでした。二代教会長伊藤コウ師は、そのご主人に「何が何でも奥さんにお参りしてもらっておかげを頂いてもらいなさい。」とみ教えを下さいました。

★そのご婦人は紫斑病で、足が紫色になったりあざが出来たりして毎年のように寝込んでおられました。ですからご主人は奥様を養生のため実家に帰され、その間一人で苦労しておられたのです。コウ師は、そのご婦人に「もういい加減、大人になられたらどうですか。いつまで親に甘えるつもりですか。嫁に出した娘が毎年病気で家に帰ってきたら、親はどれほど心配するでしょうか。養生しに実家へ帰って、毎年治ったつもりでいますが、根性が直っていないから同じように再発するのです。実家へ帰って養生するのを止めて、神様にお参りしてその根性を直してもらいなさい。でなければ、病気は一生治りません。」と厳しくみ教えを下さいました。

★その後、今度はご主人が病気で倒れてしまわれました。しかし、奥様が10年間ほどもお参りされていましたから、ご主人のいない間、お店を切り盛りし、ご主人の看病をされて、治療費を払っても、それでもお金が残るようなおかげを頂かれました。そして、一日中忙しく働きまわっていても、紫斑病が出なくなるという大みかげを頂かれたのです。

★商売はどんどん立ち行き、隣地も購入させて頂き拡張のおかげを頂かれました。おかげを頂きますと、その分信心が進ませて頂かねばならないのですが、そのご婦人は、信心が緩んでしまわれました。その度に、紫斑病が再発し、神様からお気付けを頂かれました。コウ師は粘り強くみ教えを下さり、ご家族中で改まって行かれました。そのご婦人は、現在は90歳に近くなられ長寿のおかげを頂かれ、有難い老後を過ごしておられます。自分の心次第で、体も健康のおかげが頂けるのです。そして家老としての徳と力を頂く為の信心は、一家の中でとても重要な働きを生み出すのですね。

★婦人の五徳
(1)平素、人と競争せず。(2)苦難の時に恨み事を言わず。(3)飲食を節する。(4)感情をむき出しにしない。(5)よく尊敬する。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成28年の「み教え」

2017年03月16日

●お広前に満ちている御神徳

 阿倍野教会が布教当初、吉野通りにお広前がありました頃、ある正月にある方が背中におんぶして頂いてお参りしてこられました。その方は、45歳でお茶やお花、裁縫を教えておられたのですが、全身が病んでおられ、頭痛はする、目は見えにくい、耳は聞こえにくい、胃腸と子宮の病気を患っておられ、6か月寝込んでおられたのです。一人で歩ける状態ではなく、お弟子さんに背負われてお参りしてこられ、神様におすがりなさったのでした。

★次の日の朝、なんと自分で歩いてこられ、昼までお広前に座っておられました。全身が病んでおられますので、身体は冷えて家では常に背中にこたつ、おなかにはカイロを入れて過ごしておられましたが、お広前は冷えているにもかかわらず、半日も座ることができられたのでした。お結界に座っておられる二代教会長伊藤コウ師に「不思議です。不思議です。何時間も冷たいお広前に座らせて頂いているのに、身体が冷たく感じません。こんなに手が温かいのです。」と手を差し伸べて、触って頂かれますと、手が温かいのです。コウ師は「それが神様のお徳、お広前のお徳、生神金光大神様のお取次ぎのお徳ですよ。今まで自分の力で何でもする、自分の身体、自分の腕だと思い違い、考え違いをしていたことをお詫びして、何でも拝んで頂きなさい。」とみ教えを頂かれたのです。それからは、何でも拝んで頂かれ、天地のお徳を頂く稽古をなさった結果、お茶漬けを美味しく頂けるようにまでなられたのです。

★ある時、10歳の息子さんがお参りなさった際に、コウ師よりみかんを2つお下げ頂かれたのでした。家に持ち帰り、親子で拝んで頂かれますと、急にトイレに行きたくなり、血膿がどんどんとお取り払い頂かれたのでした。それからというもの、腰がしゃんと立つようになり、身体に力が入り、裁縫ができるようになるまで身体を作り変えて下さったのです。

★『私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心という。また、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」

2017年03月10日

●神様を杖に

 昨日は大阪府立・市立の公立高校の入学試験日でした。試験前日、当日と次々と受験生の方々がお届けに来られました。

★「平常心」「おかげはわが心にあり」「事の大小に関わらず、心中ご祈念してさせて頂く」ということをお話しさせて頂いております。平常心で受けさせて頂くためには、和賀心(和らぎよろこぶ心)にならせて頂くことが大切です。人ばかりを見ていますと、「あの人も優秀に見える、この人も賢そうだ…」と気が散ってしまいます。また、倍率ばかりを見ていますと、数字に負けてしまいます。迷わず、目の前のことに集中させて頂こうと思えば、まず今日までお育て頂き試験を受けさせて頂ける、ということに御礼を申して、和らぎ賀ぶ心にならせて頂くことが必要です。わが心が神様に向かう時は信心になっているということであり、わが心が他を向いている時には信心になっていないということです。

★私立高校の合格発表後に、あるご信者のご子弟が、学校の先生から「君が受かるには厳しい状況だった。君よりも成績の良い子が受けたけれども不合格だったのに、君が通るとは驚かされた。本当に良かったなあ。」と言って頂いたそうです。それは、神様に足らない力を足して頂いた合格であったということがよく分からせて頂けます。心中ご祈念してさせて頂きますと、自身の力以上のことが発揮させて頂けるのですね。

★初代教会長先生80年祭の時のことです。私は、夢の中でみ教えを頂くことがありました。「決して無理をしてはならんぞ」とみ教えを頂いたのです。何事も自分でしようとすると無理が出てきてしまいます。しかし、神様にお願いしてさせて頂きますと、無理がなく神様がさせて下さるのです。私たちは事の大小を問わず、どんな事でも心中ご祈念してさせて頂き、万事に御都合お繰り合わせを頂いて日々の生活を送らせて頂くことが肝要ですね。
★『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。神は折れも曲がりも死にもせぬ』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成28年の「み教え」

2017年03月08日

●み教えを鏡に

『人間、我欲のためにわが心にちりが積もる。わが心わが身が汚れぬように、心と体の掃除をするごとく、今月今日で信心をせよ』

★先日、1年以上も受診していなかった歯医者さんに行かせて頂きました。「よく磨けていますよ。」と言って頂けたものの、歯石を除いて頂き歯を綺麗にして頂いて、歯ブラシの指導をして下さいました。手鏡を持って自分の歯を見ながら歯医者さんに磨き方を教えて頂いたのですが、普段は手鏡を持ってまで歯磨きをしませんから、少し他より磨きが足りない箇所などを的確に教えて頂くことが出来ました。具体的に教えて頂けることは有難いことだなあとつくづく感じました。

★そういう風に自分では見えていない、意識出来ていないところを客観的に見直していくことが出来るのが、ご信心だなあと有難く思わせて頂いたことです。私達は常にみ教えを鏡にして、自分自身を見直していくということを教えて頂いております。甘木教会の初代教会長・安武松太郎先生は「研きても なお研きても 研きても 錆びて果てなき わが心かな」とお詠みになられておられます。自分自身の神心を磨いて何を取っていくのか。我情我欲や我良しと思う心、不成心や偽りの心や私心を取り払って頂くのです。私達がお取り払い頂こうと一生懸命させて頂いておりましても、取れているようでなかなか取れないものです。ですから、ご信心させて頂くということは生涯かけてのことなのです。

★いつまで経っても「これで完成だ!」ということはございません。世の中にご信心やご恩返しが足りておりますという人間はおりません。ですから、信心向上を願わせて頂くのです。本日は、昼2時よりみかげ会総会が開催されます。ご家族揃って参拝させて頂き、信心向上のおかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成28年の「み教え」

2017年03月06日

●『神徳を受けよ、人徳を得よ』

 お父さんの代から工場を経営なさっておられたご信者が、ある日取引先から500万円の不渡りを受けられました。

★そこで教会へお届けに来られますと、二代教会長伊藤コウ師より「不渡りを出した相手を決して憎んだりしてはいけませんよ。恩人だと思って拝みなさい。500万円の不渡りを受けたというけれども、あなたの会社がこれまで500円、1000円という単位で無駄を積み重ねてきた結果なのです。あなたの会社にとって貴重な改まりの機会を頂いたのです。神様に一心におすがりして、必ず立ち行くおかげが頂けますようにとお願いしなさい。まず、親子で一番大きな仕入れの会社へ相談に行かせて頂き、現状を正直に伝えさせて頂きなさい。他の所へは一切何も言ってはいけません。そして、長年経営してきた工場が危機に陥っていることには何か理由があります。朝一番に起きて工場内を見直しなさい」とみ教えを頂かれたのです。

★早速、ご信者は仕入れ先の会社へ出向かれ、すべてを正直に話されますと、先方の社長は「今まで真面目に働いてこられたあなたのお父さんを信用して、力にならせて頂きましょう。20ヶ月の間に立ち直って下さい」と言って下さり、立ち直るきっかけを与えて頂き、仕入れは以前と同じ条件でさせて頂けることになりました。さらにご信者は、工場内を見直しされますと、あちこちに使いかけの材料が無駄に置いてあることに気付かれたのです。そこで、材料の無駄、時間の無駄、人の労力の無駄など、生活全般の無駄を見直し、更には親子で一番に出勤して、仕事の準備をするように改まられたのです。信心を基にして生活、仕事全般を見直しさせて頂くことが出来、現在も繁盛のおかげを頂いておられます。

★「相手を決して憎んだりせず、恩人だと思って拝む」ということは、それだけ心が広く余裕がなくては出来ることではありません。広く豊かな心にならせて頂くためには、身に神徳・人徳・学徳を積ませて頂くことを心がけ、日々神様にお願いさせて頂くことが肝要です。ご神徳を頂きますと、神様からご信用頂いて用いて頂き、また人からも信用して頂き、用いて頂くことが出来るのです。日々み教えを頂きお取次を頂いて、正しい繁盛の道を歩ませて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 平成28年の「み教え」

2017年03月04日

●子孫に残すもの 

 ある小学生の子供さんが突然に、学校の黒板に書かれてある文字が見えなくなりました。眼科医に診て頂きますと、視力が低下したのではなく、本人が見たい、見なければならないと思った所が見えなくなる「心身症」という心の病であると診断されました。ご夫妻は医師より「子供に対して高圧的か、放任かどちらかに偏っていませんか?」と尋ねられましたが、その事実もありません。

★私はご夫妻からお結界でお話を聞かせて頂いておりますと、あることに気付かされました。同居しておられるお祖父さん(実のご両親)に対してお父さんが暴言を吐き、それを諌めようとするお祖母さんに対して厳しく当たられることがあられたのです。ご両親がお届けに来られました際に「いつもお祖父さんに対してきつく当たるという事はありませんか?それを見ているお子さんは、大好きなご両親と大好きな祖父母様が円満でない状態を見て大変辛い思いをしておられます。そこを改まってゆかねばならないのではないでしょうか。次の診断までの2週間、神様から日を切って頂いたと思って、どうあってもおかげを頂く為にも、しっかり改まらせて頂きましょう。」とお話しさせて頂きました。それからご夫妻は一生懸命に親孝行を心掛けられ、円満に努められ神様におすがりなさいますと、次の診断の際には、子供さんの病気全快の大みかげを蒙られたのでした。その子供さんは無事成長し、現在は2人の子宝に恵まれ、結構な家庭を築いておられます。

★『世の中の人は親の物は子の物と言うが、これも親孝行をせねば親の物も子の物にはならんのじゃ。神様の物は氏子の物じゃというても真に真の信心をせねば神徳は下さらん。真の信心をして神様と仲良うすれば神徳はなんぼうでも下さる。』このみ教えにある「親の物」というのは、財産等の形ある物のことだけが示されているのではありません。親から子へと本当に伝えてゆかねばならないものは、信心のお徳であるのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:36 | 平成28年の「み教え」

2017年03月03日

●信じて疑わずに信心させて頂く

 桂松平師は、幼い頃から胃腸が弱く、お母様から「あなたにとって生水は毒だ。だから生水に気をつけなさい。」と教えられて育ったため、その考えが刷り込まれて「生水は毒だ」と思い込んでおられました。

★明治16年の春頃、桂松平師が初めて教祖様のもとへ参詣された時、10数人の参拝者の後ろに小さくなって御祈念しておられました。どこからお参りしたとも何も言っておられないのに、松平師に教祖様は『周防の国のお方、遠方をよくおまいりでしたなあ』と仰せられたのです。さらに御神前に進まれて御祈念なさいました時『氏子、水が毒、水が毒というが、水を毒と思うな。水は薬という気になれ。水を薬という気になれば、腹の病気はさせない』と神様のお言葉をお伝えになられました。続いて『氏子、水あたりということを言うなよ。水がなくては一日も暮らせまい。大地は何とある。みな、水がもと。稲の一穂も五合の水をもって締め固めるというではないか。水の恩を知れよ』と神様のお言葉をお伝えになられたのでした。

★松平師は、金光様のご神徳に打たれ、有難くて有難くて、身を震わせて平伏なさり、今日までの考え方が大きく間違っていた事に気付かれて、お礼とお詫びを申されました。松平師は何も分からないままお参りなさったのですが、教祖様からご理解を頂かれて、心が開かれ、水のご恩を感じ、日々お礼とお詫びを申しながら生活なさっておられましたら、胃腸の病気は全快のおかげを頂かれたのでした。そうして、ご自身の実体験を通しておかげを頂いたお礼に人々を導いていかれ、九州の地で初めて布教に出られるほどのご神徳を頂かれたのです。

★みな入信の初めは、信心の何たるかを知っているわけでもなく、み教えを頂いたこともありません。しかし、み教えを頂いて、ご恩を知り、疑いの心を去り、信心させて頂く心でみ教えを守り通させて頂くことにより、ご神徳を頂いてゆくのです。日々生神金光大神様のお取次ぎを頂き、神様におすがりさせて頂いて、常に神様と共にある生活を送らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」

2017年02月28日

●可愛がって頂ける人間に…

 ある大学院生の方は、現在卒業に向けて卒業論文や課題に一生懸命取り組んでおられます。睡眠時間も削って勉強をしている状況の中、教授から、後輩の指導や学会の手伝いなど色々と用事を言って下さるそうです。学生さんは「なぜこんなに忙しくしているのに、こんなに用事を与えられるのか…」「私の状況を一つも理解してくれていない。どうして私ばかり忙しい思いをしなければならないのか…」と段々と教授の用事を有難く頂けなくなってきたのです。

★私は、その方に[しっかりと人から可愛がって頂けるような人間にならせて頂きましょう。用事を言って頂いた時に「はい、有難うございます。させて頂きます。」と答えさせて頂いたら、相手の方は「この人に頼んで良かった!」と思って頂けるでしょう。人から頼まれやすい人間にならせて頂くことを心がけておりますと、自分のしなければならないことは時間を有効に使い、段取り良くさせて頂けるようになり、段々と周囲のことも心配りができ、用事を言って頂く前に、色々と気づかせて頂いて先に先に相手の方が求めておられることがさせて頂けるようになるのです。そんな方は、注意もして頂きやすいのですよ。それらは、損なことのように思いますが、自身の受け物を大きくしてゆき、進歩向上してゆく元です。反対に頼みにくい、注意しにくい人は「あの人間に言ってもすぐに嫌な顔をするし、反発するし、何か言える状況ではない。」と判断されているのです。色々と言って頂けるということは、有難いことなのですよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★辛い、苦しいことを避けようとする心は、自身の向上を妨げることになります。「何事もご修行である」とすべてをご修行と捉えさせて頂きますと、どんな事柄でも有難く受けさせて頂けるでしょう。人から言って頂いた時に、純真な心、素直な心、謙虚な心で有難く頂き、神様からも人からも可愛がって頂ける人間に成長させて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」

2017年02月26日

●目先の損得よりも、将来お徳を頂く道へ

 2月25日、26日と、国公立大学の二次試験が行われます。受験生の皆さんが、体調の上にも万事万端にご都合お繰り合わせを頂かれ、それぞれにおかげを蒙られますよう、ご祈念させて頂いております。

★受験なさっているご信者の中には、受験の直前であっても祭典楽の御用にお使い頂かれ、毎月の御本部参拝も続いておられる方々がおられます。それは、今日まで無事にお育て頂いたお礼の御用の大切さをよく分かっておられ、御用を通してご恩に報いさせて頂くことを願っておられるのです。大変有り難いことと思わせて頂いております。

★三代教会長先生は、中学生の時から子供会の御用を担当され、子供会が終わった後は、勉強の遅れたお子さん達に勉強を教えておられました。また、学校の試験の前日であろうとも、月例祭の時の記帳の御用と、祭典後のお掃除の御用もいつもと変わりなくなさっておられました。ご自分の勉強は、御用の合間を見つけて、普段からコツコツと、試験でも慌てることのないようになさっておられたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「目先の損得を考えて『損やな』と思うことをさせていただいていると、お徳を頂くことにつながるのです。」とみ教え下さっておられます。自分の時間を割いて、自分の手足を使って、お礼のご用にお使い頂き、人様の為になることをさせて頂くことによって、徳の貯蓄が出来ていくのです。徳の貯蓄は、いざという必要な時におろして頂け、大難を小難に小難を無難におかげを頂くことが出来るのです。

★また、お礼の働きの積み重ねによって、我情我欲をお取り払い頂くことが出来ていくのです。我情我欲、悪癖悪習慣というものは、そう簡単に取り払われるものではなく、無くなったように思っていても、常に心しておかなければ、変幻自在に現れるものだということを自覚しなければなりません。油断なく、徳の貯蓄を心掛けるご信心を進めさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 平成28年の「み教え」

2017年02月24日

●『年が寄る程位がつく』

 三代教会長・伊藤良三師の奥様は、実母を亡くされ、小学校四年生の時に、東京より1人で親元を離れて、阿倍野教会に入所されることになられたのです。教会に入所されて以来、生活の全てを二代教会長・伊藤コウ師のおっしゃる通りに習い学ぶことを修行とされました。掃除、洗濯はもちろんのこと、炊事、和裁・洋裁、編み物、布団の綿の打ち直し、畑仕事や鶏の世話など、奥の御用は全て引き受けて御用されたのでした。

★先日の三代教会長先生例年祭には、たくさんのひ孫達も静かに祭典を拝ませて頂き、玉串を奉奠させて頂くおかげを頂きました。無事お仕え申し上げることが出来ましたその御礼参拝を、当日、翌日と各教会に行かせて頂きますが、その際にも、また私が普段、御用で外に出かけさせて頂く時にはいつも、皆で見送りをしてくれます。乳児や2才3才の幼い小さい子達が母親に手本を見せてもらい、きちんと正座をして「いってらっしゃいませ!」と挨拶してくれる姿を拝ませて頂きますと、真に有難く神様に霊様に御礼ばかり申し上げております。

★奥様は孫が11人、今年にはひ孫が2人増える予定で17人にならせて頂かれます。そして86才を超える今日まで、出産以外は一度も入院なさることもなく毎日お元気におかげを頂かれています。奥様は今日までのことを振り返られて、「辛抱しなさいと言われたので、自分が辛抱したように思っていましたが、それは間違いでありました。私が辛抱して頂いてきたのです。よう私のようなものを親先生、三代教会長先生は辛抱して下さったことです。有難いことです。」と顧みて仰っておられます。

★『年が寄る程位がつく』とみ教え頂いておりますが、ご信心させて頂いておりましたら、お礼を申して、有難く喜んで生活をさせて頂くということが上手になっていきます。そして一年一年、より一層有難くなっていくのです。そのような有難い道に進ませて頂ける私達にならせて頂けますよう、日々み教えを聴かせて頂きたいと願わせて頂いております。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成28年の「み教え」

2017年02月22日

●師のお言葉を神様のお言葉と受け切る

 本日お昼の2時より、三代教会長伊藤良三大人霊神の9年廻れる例年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親戚の方々、お導きの方々揃ってご参拝になられお礼を申し上げさせて頂きましょう。

★三代教会長先生が戦地に赴かれます時に、二代教会長伊藤コウ師から「遺言と思って聞きなさい。まず、出来てくることをすべて有難くご修行として受けていきなさい。次に人を殺さないこと。殺さないということは死なせてはならんということですよ。」とみ教えを頂かれました。

★ある時、「すぐに刀を振り回したり、人の悪口を言うなど、非常に喧嘩早い人がいて、他の隊では受け入れを断られたが、君のところでどうしても引き受けてほしい」と言われ、その方を受け入れる決心をなさったのですが、半年間全く言うことを聞いて下さらなかったそうです。部下に言うことを聞いてもらえないことを周囲に笑われる等、それはそれは恥ずかしい思いをなさったそうです。しかし、「将来教会で御用させて頂くにあたって、色々な問題があるに違いない。ご信者一人一人に皆おかげを受けて頂かねばならんのに、『この人は私のところに合いません』と断るようなことでは、御用にはならん。出来てくることを全てご修行だと受け切っていかねばならん!」と思われ、ご辛抱なさったのです。

★すると、三代教会長先生がフィリピンでマラリアに罹られ、40度の高熱でうなされておられた時、その部下の方は、三代教会長先生の頭を冷やすなどして、介抱して下さったのでした。さらに「仕事は全部しておきましたからご安心下さい。いつまでも寝ていて下さい。」と言われたのです。その方の考課表には、悪いことは一切書かず、全て良いことばかり書いて提出なさったのでした。

★三代教会長先生は、コウ師のお言葉を神様のお言葉だと受け切られるご姿勢でした。ですから、頂かれたみ教えをひた受けに受けられ、過酷な戦地に於いても、100名程の部下が一人も欠けることなく、遺骨なしで帰国させて頂けるという大みかげを頂かれたのでした。

★それぞれが頂いてきたみ教えを自分自身がどのように身に付けて実践させて頂くかが大切です。三代教会長先生に「今このように有難いおかげを頂いております」と結構なご報告をさせて頂けるような例年祭にならせて頂きたいと思います。『信心をして難の根の切れるおかげを受けねばならぬのに、難の根よりも先に信心の根を切るのは、やっぱり神様の真の神徳を知らぬ者のすることぞ。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:31 | 平成28年の「み教え」