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2008年01月10日

●一生がご修行

★1)『信心は立ち聞きする心で信心しなさい』(二代金光様)

み教えは聞き漏らさない様に、心から耳をそばだてて聴かせて頂く姿勢が大切です。

2)『信心はわが身わが心に克つことを心がけること』

毎朝有難い気持ちで朝参りさせて頂き、毎日勇み立って仕事に行かせて頂くこと、これも結構な一つのご修行ですね。

★3)『言いたいことは明日言えということあれど、明日も明後日も一生涯言わぬように心がけること』

感情にまかせて考えもなしに言いたい事を人にぶつけてはいけません。
言わねばならぬ事は、相手に真意が正しく伝わるように何十回となくご祈念してご祈念して、時節をみて言わせてもらいましょう。

4)『堪忍辛抱を去って自己の不行き届きを悟るを心掛けること。』

自惚れ心を捨て去り、何時如何なる時でも「和らぎ賀(よろ)こぶ心」で心をこめて日参させて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成19年の「み教え」

2007年12月31日

●今年一年を振り返って・・

皆さん今年一年はいかがでしたでしょうか?

どれほど神様のお心に添った生き方がさせて頂けたでしょうか。この一年神様にお守り頂いたことを「有難い」という言葉だけではとても表現することができません。

おかげは願う以上に頂いておりますのに、なかなか神様のお心に添う生活が出来ていません。実に畏れ多く勿体ないことです。

★これまでの御恩を知って御恩に報いさせて頂き、
さらに新気(新しい心持ちで、新たなお命を頂いたと思って)・

根気(長期に亘った細くても長く続いていく信心)・

お礼の働き(御用に使って頂く)

の御意味を理解させて頂き、来年に向けてのお願いをさせて頂きましょう。

今日一日しっかりと一年間のお礼を申して、すがすがしい気持ちで平成20年の初春を迎えさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成19年の「み教え」

2007年12月30日

●「食」を大切に

お正月に頂くお節料理は健康、長寿、繁盛などのおかげが頂けるように一つ一つに願いが込められています。

例えば、「煮豆や照りごまめは一年間『まめ』で健康に過ごす」という意味があり、海老は腰の曲がったひげの長い老人に模して長寿の象徴としてお正月に食します。

この様な伝統的な食文化というのは、食材や調理方法だけでなく「祈りを込める」「人の働きを大切にする」といった深い意味があるのです。

決して疎かにすることなく、大切にしていきたいものです。

★食事中に(もうこれぐらいでいいな)と思う事は、神様の御分霊がお知らせ下さっているのですよ。

それ以上に「我飲み・我食い」する事が体を壊す元になってしまいます。

お米の一粒も決して粗末にしないよう、有難く天地のお恵みを頂いて、ともに体の丈夫のおかげを頂きましょう。
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2007年12月29日

●真心・一心

「真心」とはどういうことでしょうか?

辞書で調べても「本当の心」としか書かれていません。

思いやり?親切心?心配り?忠誠心?等々でしょうか。それは一部分を表した内容です。

教会長先生は「御恩が分かった人間が、どうぞその御恩に報いさせて頂けます様にと願う心である」と教えて下さいました。

これまでして頂いた事、お世話になっていることが分かり、「どうぞご恩に対して報わせて頂けますように」と願わせて頂くと、すること為すこと神様に通じるようになります。

また、自分のことよりも先に人のことを願い、どうあっても助かって頂けますようにと、願う心は神様に通じます。

★一心とは神様に通じる正しい願いを持って、どこまでもその願いを離さないことです。

二心(信頼して頂いている人を裏切る心)になってはいけません。口でお願いしていても、心の中ではどうせ無理だ、と思っていては神様に通じません。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成19年の「み教え」

2007年12月28日

●微力は有力

「自分だけが一生懸命に努力しても、世の中も会社の中も家も何も変わらない」という人がありますが、実はそうではないのです。

例えば、家の中に一人でも良い習慣を心掛けて、神様を目当てにみ教えに則した生活をさせて頂いていると、家族中が助かり、そのお手本に習う人が縦にも横にも広がっていきます。

お願いを持ち続けて実践させて頂く事は、微力で留まるという事はないのです。

★まず自分自身が良いお手本にならせて頂く事が大切です。徳を頂くと良い生き方が周りに自然に伝わり、大きな影響を与えていきます。

自分自身は、微力でも神様が足りない所を足して下さり、おかげを蒙らせて頂ける家にならせて頂けます。

家中を良い方向へ導く事の出来る舵取りにならせて頂けるお徳と力を頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:37 | 平成19年の「み教え」

2007年12月27日

●本当に剛い人とは…

人の心に害を与える事。

1)人に勝つ事を好む。
2)過ちを聞く事を嫌がる。
3)口で言い負かしたがる。
4)賢こぶる。
5)いばりたがる。

★論語の話。
ある時、孔子が「剛(つよ)い人間がいないなぁ」と嘆いていました。

すると、それを聞いた門人達は皆<しんとう>という元気者を思い浮かべました。

<しんとう>は大の負けず嫌いで、議論になると先輩であっても遠慮せずに相手を圧倒し、思う存分のことをいってのける門人でした。

<しんとう>のことを言うと孔子は、「<しんとう>は剛くはない。欲が深い。」と仰いました。

続けて、
「欲というのは、人に克とうとする私心をいう。負けず嫌いで私情にかられて人と争うのはまさに欲である。

欲がきつくては剛いとは言えない。剛いというのは、人に克つことではなくて、己に克つことである。

どんな難儀な目にあっても、安らかな心を持ち続けることである。」
と門人達に説いて聞かせました。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成19年の「み教え」

2007年12月26日

●共に成長していく

毎月25日には青年会 学生会の例会が開催されます。

おかげ話と講演を聞かせて頂いて、親から子、子から孫へと信心が受け継がれていく有難い姿を拝ませて頂きましょう。

★『父母(ちちはは)も 子供と共に 生まれたり 育たねばならぬ 子も父母も』
(四代金光様)

子供は神様が「あなたの家なら大丈夫。」と認めて下さってお授け下さるのです。

ですから、「自分の子供や孫を育てる」という考えではなく、「神様からお預かりしている氏子の成長をお手伝いさせて頂く」ようにお願いする気持ちが大切です。

神様の大みかげの一端にでも報いさせて頂けます様に、子供といっしょにみ教えを頂き、親も子も共に御広前でお育て頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 平成19年の「み教え」

2007年12月25日

●商業十訓

1)信用第一(手堅い商売)2)いつも自信を持ってにこやかに(どれほど愛情を持って仕事に打ち込んでいるかが表面に現れる)

3)商品は金銭同様であるから丁寧に扱う4)今日の仕事は、今日のうちに整理すべし5)急がず焦らず一歩一歩前進すべし

6)常に創業時代の心持ちを忘れず(創業時代は、一番苦しかった時代。今の有難さに自分の心が間違ってしまわないように)

7)石にかじりついてでも努力する8)顧みて天地に恥じない商売をする(神様が見ておられるという事を忘れない)

9)他人より恨む元を作るべからず(全ての物に命があり、その命を大切にする。)

10)困難は、神が示す試練と思うべし(色々な出来事は神様が示して下さる御試験です。一回一回合格点を取るつもりで、有難く納得して一歩ずつ進める心構えを持つ。)
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 平成19年の「み教え」

2007年12月24日

●おかげを頂く姿

おかげを頂かれている方の姿とは一体どの様なお姿なのでしょうか?

まず第一に、素直であるということです。

人生の経験を積むと、世の中の垢にまみれてしまうことがあります。

信心を続けておられる方も、有難いことが分からせて頂かれる部分と、「これだけ信心しているのになぜおかげが頂けないのか」と、不足に思ったりなさる部分があったりします。

信心はいつも初めの心を忘れずに、まだまだ足らないという気持ちで、純真にみ教えを頂ける素直さがあると、早くおかげが頂けます。

★次には謙虚であるということです。

謙虚とは、心を空にして常に柔軟に教えが受けられる姿です。改まらせて頂く謙虚さ、その後の熱烈さが早くおかげを頂く元です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成19年の「み教え」

2007年12月23日

●難をおかげに・・・

病気になると食物も食べられなくなったり、水も飲めなくなったりして辛いですね。

しかしそんな時、不自由なことは神様から与えて頂いた御修行だと思うようにしましょう。

「有難うございます。今までのお礼の心が足りませんでした。」と改まる心になると、自分の心が柔軟になり大きくなって、普通の生活がいかに有難いことだったんだ、ということが分かるのです。

それがまさにおかげなのです。

★自分の勝手にしておきながら、目こぼしを頼んだり自分の我欲のままにゴリ押しをして、言うことを聞いてもらうのがおかげではありません。

それはめぐりを積んでいるのです。間違っているところに気付かせて頂き、早速改まってゆくとすぐにおかげになります。

悪い事は思わず「明日は良くなる、明後日はもっと良くなる」と思って毎日を有難く過ごさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 平成19年の「み教え」

2007年12月22日

●常に足して頂ける幸せ

自分一人でお願いしておりましても、おかげを蒙らせて頂くのも遅いのです。

また、どこにどの様なご無礼、不行き届きがあるかもしれません。

日々、教会のお結界でお届けし、お取次ぎを頂いてお礼もお詫びもお願いもご祈念を足して頂くのです。

足らない所を足して頂き、おかげを蒙らせて頂くことが出来る私達は幸せです。

★12月21日は二代 金光様の例年祭・歴代金光様の例年祭を仕えさせて頂きます。

教祖様の御取次ぎの御用を二代金光様、三代金光様、そして四代金光様が脈々と受け継いで下さったおかげで、私達は天地金乃神様の御神徳を変わることなく受け続けることが出来ております。

実に有難く勿体ないことです。日々神様につきについて頂いて、より一層有難いおかげを頂いてまいりましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成19年の「み教え」

2007年12月21日

●全てを拝む生き方

私達が、天地のお世話になって生かされている事は、変わりようのない真実です。

環境・家族・仕事・住まい…全てを拝み、御礼を申すことの出来る不足のない生活をさせて頂きましょう。

いくら時代が移り変わったとしても御神徳は変わらずに頂く事が出来ます。

★信心をさせて頂くと…1)常に心を神様に向ける事が出来る。2)心を清らかに保つ事が出来る。

3)人間中心の考え方から、神様中心の生活に変わっていく。4)神様から信用頂ける事を一番に考えて天地に恥じない仕事ぶりになる。

5)段取りよく無駄のない仕事がさせて頂ける。6)出来てくる事全てをおかげにさせて頂ける。

7)自分が神様から与えて頂いている役割を果たす事が出来る。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成19年の「み教え」

2007年12月20日

●陰徳を積む

御隠居様は「陰の徳を積む」ということを徹底してなさっておられました。

陰徳とは、人の見ていない所で善い事をさせて頂き、善行を続けることによってお徳を頂くということです。

近辺の道路の掃除をなされる時も、人に礼を言ってもらわなくてもいいように、人目につかないようにお掃除なされるなど、徹底しておられました。

しかし、人にお世話になった時には、すぐにお礼をなさるなどの心配りをなさってお徳を積まれたのです。

★信心して積み上げたお徳は我がものとなって、身に付いて離れません。

そしてその積み上げたお徳が、子孫に幸せとなって返ってくるのです。

『先の世までもっていかれ、子孫まで残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:37 | 平成19年の「み教え」

2007年12月19日

●新しい信心

『おかげを受けるにはおかげを受ける元がある。
 おかげを落とすにはおかげを落とす元がある。』
と前の親先生はみ教え下さっています。

日々お取次ぎを頂いて、油断なく信心をさせて頂いておりますと、一言のみ教えで自分の考え違いしている事がすぐに気付かせて頂ける様になります。

そして、頂いたみ教えを即座に守らせて頂きますと、おかげは神様が請け負うて下さいます。

★停滞した水は腐ったり、濁ったりしますね。

停滞しないようにするには、毎日新しい水を入れなくてはいけません。

信心も同じ事で、毎日生まれ変わったように新しい気持ちでみ教えを頂き直す事が大切です。

日々新しい信心をして、おかげの受け物(道理に基づいた心の持ちよう)を作らせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成19年の「み教え」

2007年12月18日

●憎しみを取り去るのが信心

教祖様は、例え自分に悪意をもって接してくる人に対しても、その人の事を祈ってあげなさい、とみ教え下さっています。

その人が正しい心になり、助かって頂けるように願い続けるという信心に徹しておられました。

★日々の生活の中で、つい自分中心の考えになったり、どうしても相手を許せない…という心も起こってきたりします。

しかし、そんな心を取り去ってゆくのが、信心させて頂くということなのです。

こんな辛抱は出来ない!と決めてしまうのではなく、
「どうぞ信心辛抱させて頂けますように、相手のことを願えますように」
と御願いしましょう。

お徳に満ち満ちた、有難い生き方にならせて頂けますよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 平成19年の「み教え」

2007年12月17日

●若いうちからの辛抱が末の楽しみ

現教会長先生は小学校6年生の時に、ご両親の元を離れられ、教会に入所されました。

入所なされてからは、実家へ帰られたこともなく、全身全霊で教会の為に尽くされ、覚悟を決めてご修行をなされてこられました。

★また奥様も小学校4年生の時にご両親の元を離れられて、教会に入所されました。

『今のうちに辛抱しておきなさい。辛抱していると後々が楽になります。』

という親先生のお言葉を信じて辛抱され、73歳の現在まで寝込まれる事なくお元気で、台所の御用や教会長先生の補佐をなさっておられます。

お二人とも幼少の御頃から将来を楽しみにご辛抱してこられたことが、「信心辛抱の徳」を頂かれたお姿になられた元です。

★私達のことを考えてみますと、両親の愛情を受けて育てて頂き、衣食住に恵まれ、何の御修行もないのと同じです。

現在豊かな日本で恵まれた環境の下で生活させて頂いていますが、この豊かな中でのご修行や辛抱を何かさせて頂くことが、先々結構な繁盛の道に進ませて頂けるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成19年の「み教え」

2007年12月15日

●御礼の心に満ちて…

16日は、今年一年間の御礼に御本部参拝させて頂きます。

一回一回の御本部参拝は、習字の手習いと同じで、家でしっかり練習した清書を金光様に御覧頂き、足りない所を教えて頂くつもりで参拝させて頂くのです。

日々おかげを蒙っている御礼を申して、次のおかげを頂く準備をさせて頂くつもりで参拝させて頂くと、めぐりが取れて、有難いお徳を頂く姿にならせて頂けます。

★教祖様の御時代も、現在の教主金光様の御時代も変わりなくお取次ぎ下さり、その御神徳に変わりはありません。

参拝させて頂く道中の会話も、御霊地で御用させて頂く姿も神様は見抜き見通しなのです。

不足のないように心掛けましょう。私達が一切疑いを持たずに、一心におすがり出来る信念を養う事が大切です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:02 | 平成19年の「み教え」

2007年12月14日

●親孝行が一番大切!

ある御信者は学生時代からずっと熱心に親孝行をされました。

家業であった衣料品の商売を手伝ったり、毎日父親を風呂屋に背負って連れて行かれる、そして体を洗わせて頂かれ、背負って帰られる等徹底しておられました。

高校進学の時には、前の親先生から
『親を助けるために定時制の学校に行き、昼は商売の勉強、夜は学校の 勉強をして、一刻も早く一人前にならせてもらいましょう。』
とみ教え頂かれました。

その方はみ教えを素直に守って進学なされ、17歳の時には一人で税務署の方への応対が出来るまでになられました。

当時は野原一面であったお店の周りも、後から次々と住宅や市場ができて環境が整い、商売は軌道にのって次々と拡大のおかげを頂いておられます。

★厳しいみ教えでも素直に守り切ることが、自分自身を鍛えていくのです。それが、神様から大きなおかげを授けて頂く一番の近道ですよ。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:55 | 平成19年の「み教え」

2007年12月13日

●合わせ鏡の間

『天地金乃神のおかげで生かしてもらっている人間は、合わせ鏡の間に置いてもらっているようなものである。悪いことも善いことも、みな鏡に映るように神はご承知である。信心して真の心にならなければならない。』

★神様は見抜き見通しです。もうこれで良いと思わずにどこまでも謙虚に、自分自身をみ教えの鏡に照らし合わせ、何度も顧みる事が大切です。

もし子供が病気をしているなら、「子供の病気が治りますように」と願うだけでは神様に届きません。

親が自分自身の生活を見直し、どこをどう改まれば良いか考え直すと、おかげが頂けます。

自分の我がまま・気ままな部分を取っていかないと結構にはなりません。

常に心を神様から離さず、頂いたみ教えを素直に、また謙虚に頂く姿勢を神様は受け取って下さいます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成19年の「み教え」

2007年12月12日

●神様からご信用を頂く

毎月11日は教祖生神金光大神様に対し奉る月例祭が執り行われます。

教祖生神金光大神様が生涯ご修行して下さり、私達は有難いおかげを楽々と頂ける様になりました。

月毎の祭り日は御恩を忘れない為の大切な日です。それは、私達が親の恩を忘れない為に法事をする様なものです。

祭り日を忘れずに参拝して神様にご信用を頂くと、神様は「向かう倍力の徳」を授けて下さいますよ。

★さらに祭典後のお説教は、現在の自分に一番必要な御教えを頂き直す絶好の機会です。

祭典後すぐに帰ってしまっては、まるで「買い物に行ってお金を支払い、品物を置いて帰る」ようなものです。

是非とも信心向上をお願いして、少しでも多くみ教えを頂いて帰る参拝をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 平成19年の「み教え」

2007年12月11日

●あなたなら出来る!

自分が出来ると思う事だけはするけれど、出来そうもない事は諦めてお願いしない。

それでは自分の出来る範囲を狭くしている事になります。

事の大小に関わらず、
「去年は出来なかった事でも今年は出来るようにならせて下さい。」
とお願いさせて頂くのです。

これまでと違った内容の仕事を与えて頂いても
「あなたなら出来るぞと神様が見込んで下さって与えて頂いた。
 有難うございます。」
と御礼を申せるようになります。

★周囲の人々のことを、自分の事のように御礼、御詫び、御願いを申せるようになるには、心が豊かで、広く、柔軟でないと出来ませんね。

心を広く大きくさせて頂けますように。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成19年の「み教え」

2007年12月10日

●手を合わせて拝む

小さい頃から信心教育を受けていると、何に対しても拝む癖が自然と身に付いてきます。

例えば食事をする際や、電車など乗り物に乗る際、さらに信心が進むと、郵便物をポストに投函する際にも「無事に郵便物が届きますように」と拝むことが出来るようになるのです。

★最近では個食の家庭が増え、家族がバラバラになりつつあります。

しかし私たち信心させて頂いているものは、家庭に手を合わせる場所「御神殿」があります。

そこが中心となって親も子も互いに同じ方向に向う事が出来、共に成長させて頂くことが出来ます。

ですから「拝む」という事が、どれほど大切なことだということが分かりますね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 平成19年の「み教え」

2007年12月09日

●神様に使って頂く

私達の日々の生活は、どこでどのような事が起こってくるかわかりません。

自分の力を発揮すると言っても、周りの人と歯車が合わなければその力も発揮出来ませんね。

努力するといってもおかげを頂かなければ、その努力が実を結ぶとは限りません。

おかげを頂く…という事は、常平生から油断なく信心をさせて頂き、積ませて頂いたお徳がいざという時に表れるのです。

★仕事でも家庭でも「自分がしないといけない」と思いがちですが、お願いして神様に使って頂くという一番基本的な考え方を持ち続けなければ、おごりが出てしまいます。私達は、完全無欠ではありません。

ご無礼・不行届きな所はないだろうかと、反省と改まりを心がけながら、いつも謙虚に日々の信心を怠らない事が大切です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 平成19年の「み教え」

2007年12月08日

●もうひとふん張り!

『おかげを受けても もうひとふん張りというところで止めるからお徳が頂けぬ。

何事によらず成就するのとせぬのとは ひとふん張りの違いであろうが。

神信心も初めは元気を出しておるように見えるが おかげを受けるところまで行かぬ途中で一服する。

おかげを受けるとやれやれ一服となる。この一服がいけぬ。

肝心なのはいつでもそこからひとふん張り、元気の出る御信心を頂くことじゃ。そうするとお徳が頂ける』

★「どうあっても!」という気持ちで、力を尽くせる人がおかげを頂く事が出来るのです。

生涯、細くても長く続く信心をさせて頂き、末広がりにおかげを頂いて下さい。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 平成19年の「み教え」

2007年12月07日

●初めを忘れぬ心

本日は福岡県の甘木教会に御礼参拝をさせて頂きます。

阿倍野教会の初代教会長先生が甘木教会で16歳から約8年間御修行させて頂かれ、初代安武松太郎師から御薫陶を受けられました。

その御恩をどこまでも忘れず、御礼参拝させて頂けます様お願い致しております。

★阿倍野教会は「毎日、御祈念・御説教がある教会に」という方針を初代先生がお立てになられました。

そして、先の親先生、現教会長先生が全く変わることなくお続けになられ、御教えを頂いてたくさんの御信者が助かってこられました。

御信者がおられない時は、畳の目を御信者だと思って御説教をするように残して頂いております。

初めを忘れぬ心が大切ですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:33 | 平成19年の「み教え」

2007年12月06日

●親切・丁寧に

来年の1月6日から始まる寒修行信行期間に向けまして、教会長先生より御教えを頂きました。

来年は教祖125年という御年柄です。

そこで、教祖様の御信心に習わせて頂くことをお願いし、
『親切・丁寧に根気強く御導きをさせて頂く。』
とみ教え頂きました。

★「難儀な人々を助ける」という神様の願いを受けられた教祖様は、人々の助かりを一心にお願いして下さいました。

私たちも「人の助かりを一心に願う」御信心を神習わせて頂きましょう。

どんな時も心穏やかに、落ち着いて相手を立てる、相手を祈ることが大切です。

自分だけの信心に終わってしまっては、神様が悲しまれますから。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 平成19年の「み教え」

2007年12月05日

●人に寛大に、自分に厳しく

「良い人生を送りたい」「良い事を行いたい」と思う事は尊い事です。

しかし、その取っている行動がいつも必ず正しいとは限りません。
「我よし」と思う心は慢心です。

知らず知らずのうちに人を批判したりする事はありませんか?人を批判して自分の値打ちを上げようとする心を戒めましょう。

★今、難儀の中にいるなら、それを受け切る覚悟を持ちましょう。

1)ごまかさない

2)言い逃れしない

3)人のせいにしない

4)逃げない、という自分に打ち克つ心が、進歩・向上させて頂く生き方に繋がっていきます。

★「人に寛大に、自分に厳しく」は、生涯御修行させて頂くテーマですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 平成19年の「み教え」

2007年12月04日

●今ある環境を喜ぶ

中山亀太郎師は幼い頃、事故で両腕片足をなくされ苦しい時代をお過ごしになられました。

しかし金光教の御信心に出会われ、進めてゆかれるうちに願いを持つことを教えて頂かれ、その中で3つの幸せを見出されたのです。

第一の幸せは『ありがたいということをわからせて頂いてから、ますます健康にならせて頂いたこと』

第二の幸せは『不自由が少ないこと』

第三の幸せは『朗らかであること』です。

両手が使えなくても、身の回りのことは全て御自身で出来られるように神様にお願いし反復練習なさって、不自由をおかげに変えられたのです。

★仕方がないから出来ないと諦めるのではなく、出来るようにお願いし、体も心も生かして使うことが信心です。

全てに喜ぶ稽古をし、幸せを毎日見出しましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:55 | 平成19年の「み教え」

2007年12月03日

●人形(ひとがた)のご祈念

大晦日の越年祭に向けまして、それぞれが人形(ひとがた)に氏名、年齢、えと等を書いて、ご祈念して頂けるように提出させて頂きましょう。

顧みて数々のおかげを頂いてきた「お礼」、
ご無礼・不行き届きの「お詫び」、
そして来年への「お願い」のご祈念を込めて提出させて頂きます。

神様は至らない信心の私達に対して、先へ先へと有難いおかげを下さっています。本当に勿体ないことです。

これはまるで、手付金だけ払った状態で先に品物を頂いている様なものですから、手付流しにならぬ様に、これからしっかりとお礼の信心に励ませて頂きましょう。

★『今はもう、ちょっとした小さいおかげは、おかげのように思わぬよ
うになった。

よほど大きいおかげをもらわぬとおかげを頂いたと言わないが、もったいないことである。

毎日、神様のお徳の中に生かされてある大きなおかげは、なかなか分からないものとみえる。病み患いが治ったのが、大きなおかげではない。

平常壮健(まめ)なが大きなおかげである。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成19年の「み教え」

2007年12月02日

●先を楽しみに

『昨日を忘れ今日を喜び明日を楽しめ』

★11月はお願い以上のおかげを頂き、教会長先生も大変お元気で、御大祭には信奉者一同の真心を結集させて頂けましたことは、大変有難く嬉しいことでありました。

12月もお礼の心を忘れず、先を楽しみに信心を進めさせて頂きましょう。

★苦しい事や辛い事を忘れて、前向きになるにはどうすれば良いでしょうか?

それには「許す」という事が大切です。

時間がかかる事ですが、相手の助かりを祈らせて頂くのです。願う気のある人には神様は成就させて下さいます。

1)人を見捨てる事のない様 
2)財の恨みのない様 
3)利益を専らにすることのない様 
4)恨みを貯えることのない様
5)約束事を守る 
6)いい加減なことを言わない 

★悲しい苦しい思いを残さないよう、今日を喜んで、来たる明日を楽しみに待ちましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成19年の「み教え」

2007年12月01日

●御礼・御詫び・御願い

いよいよ師走です。

年の初めから今日までを振り返って、いかがでしたでしょうか?

病気全快のおかげを頂かれた方や、足が痛い方が痛み無く歩けるようになられた方、また良縁成就のおかげを頂かれた方等々、この一年間で多大なおかげを頂いたお礼をしっかりとさせて頂きましょう。

お礼の足りない事は恩詰まりとなって徳切れに繋がります。ですからお礼は出来るだけ早く、喜んでさせて頂きましょう。

★『御礼(報恩)6分・御詫(改まり)3分・御願い(おすがり)1分』(安武松太郎師)

足が痛いことも足があるから痛むのであって、今日まで使わせて頂いたことをお礼申し、これまでの不行届きを御詫び申し、そして痛みの全快を神様におすがりさせて頂きましょう。

締めくくりにふさわしい御信心をさせて頂かれますように。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 平成19年の「み教え」