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2013年12月31日

●おかげの中に生かされて

本日午後7時半から、越年祭をお仕え申し上げます。ご家族ご親族揃って参拝のおかげを頂かれ、一年間万事にご都合お繰り合わせを頂きましたお礼を神様に申上げさせて頂きたいと思います。

★あるご信者が職場に行かせて頂きますと、自分の理想とは違う職場・人間関係で、毎日「あれがこうなったらな。」と思うことばかりだそうです。お結界で「お願いさせて頂いても無駄なんでしょうか。思う様になりません。」とお届けなさいましたので、「常平生のご信心が大切です。職場の人に自分の意見が聞き入れて頂けないのは、まだあなたに徳が足りないからです。自分はこれだけしているのに・・・と思ってしまうことは不足信心になってしまいます。自分に徳が足りないことを分かり、しっかりとご信心させて頂き、生神金光大神様のお取次ぎを頂きましたら、お願いさせて頂いたことを聞き届けて下さり、神様が自分の思う以上に整えて下さいます。こちらは行き届かないことばかりではありますがご修行させて頂こう、という心持ちになればおかげを下さいます。」とお話しさせて頂いたことでした。

★どんな状況であろうが、今命を与えて頂いている・体が思う様に使わせて頂けているのは、神様から結構な五体を頂かせて頂き、お育て頂いたからです。私達はどんな時もおかげの中に生かされているのです。有難いお命を頂いているのですから、「どうぞ神様の思し召し通り、より一層ご信心のお徳を頂いて、世の中のお役に立てる生き方が出来ますように。」と今日までのお礼に生かせて頂きますという心持ちになれば、毎日が喜びに満ちた生活を送らせて頂けます。

★私達は生涯かけてご修行させて頂くわけでありますが、神様の御心に近付かせて頂ける様に、来年もどうぞ神様に喜んで頂けるような氏子にならせて頂けますよう、共に信心向上のおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2013年12月30日

●常平生から心中御祈念の稽古を怠りなく

あるご信者が、現在高校の教師になられ、結婚なさって中学生と高校生の子宝にも恵まれておられます。先日も参拝なされ色々な話を聞かせて下さいました。

★以前のことですが、北海道に生徒を連れてフェリーで研修に向かうことがあったそうです。その生徒の中の1人に、発作症状を持っている生徒があられました。その生徒がフェリーのお風呂の中で発作が起きてしまわれ、一緒に入浴していた生徒が「ふざけて湯船の中に浸かっていると思っていたら、なかなか浮かんでこない。」と報告に来られました。急いで駆け付けてみると、沈んでおり目も開いて舌も出ていて、何人かで引き上げてもやはり意識はなく、その姿を見られた時には神様にお願いせずにはいられなかったそうです。

フェリーの乗客の中に医師もしくは看護師が乗船されていないか、放送で呼び掛けて頂き、たまたま旅行の為に乗船していたカップルが、男性が救急救命士で女性が看護師であられ名乗り出て下さったのです。そして蘇生処置をして下さり、生徒はお湯を吐いて意識を戻すことが出来られたそうです。

★その生徒を途中下船させる為に、港に寄るのか、ヘリコプターに来てもらうのか、等の判断をしなければいけなかったのですが、その救急救命士と看護師の診断のもと、予定通りの航路で港に到着してから、その生徒さんに教師が1人付き添って、すぐに帰阪させて頂かれ保護者の方のもとに無事に送り届けることが出来られたそうです。

★職場では、小さなことから大きなことまで毎日色々なことが突発的に起こってきます。そんな中でも「おかげを頂き続けております。」とお話しなさっておられ、どこに行くにも常に御神米を身につけておともし仕事をさせて頂いておられます。神様を目当てにさせて頂きましたら必ずおかげを下さいます。私達も常に御神米を身につけておともし、行く所行く所で心中御祈念させて頂き、心を神様に向ける稽古を日々積み重ねさせて頂きましょう。
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2013年12月29日

●お守りを頂いている自覚

8月10、11、12日は命のおかげ日であります。昭和60年学校に勤めさせて頂いておりました時に、8月10日から12日までの予定で出張するはずでありましたところが、10日程前に急遽変更になりました。そして8月12日に日航123便の事故が起こりました。後になってわかったことですが、その飛行機に私は乗る予定であったのです。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、三代教会長先生は増田家の霊神名簿を持ってくるように仰いました。調べてみますと、三代教会長先生の御実家である増田の家の姉様・増田のぶ霊神様(8月10日) お父上の伯母様・増田よね霊神様(8月11日)お父上の養父様・和田亀次郎霊神様(8月12日)の御命日でありました。三代教会長先生より「目に見えないところで守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教え頂きました。

★どこでどのように守って頂いて今日があるのか、知らないことばかりではありますが、御霊様方のお働きによって、お命を頂き、お守り頂き、おかげを頂き続けている私達です。

★今年も残り3日となりました。振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった」と気づかせて頂く事がたくさんあると思います。日々神様、ご先祖御霊様のお守りを受けておかげを頂いて参りましたお礼をしっかりと申させて頂きましょう。去年よりも今年、今年よりも来年というようにより一層おかげを頂いてゆくために、心を引き締め油断なく神様に心を向けさせて頂く事が大切です。

★『信心は日々の改まりが第一じゃ。毎日元日の心で暮らし、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思ってうれしゅう暮らせば、家内に不和はない。』
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2013年12月28日

●謙虚さを忘れずに

あるご信者は、この度50歳半ばで再就職のお願いをなさっておられました。そして、今年中に何としてでもおかげを頂けますようにとお願いし続けてこられたのです。

★そのお方は、最近お導き頂かれて入信なさったのですが、いつもお届けされる際に「今日まで生かして頂き、お生命を頂いておりますことを厚く御礼申し上げます。これまで天地の親神様の御神徳の中で生かして頂いておりながら、そのことも知らずに生きて参りました。今日までの50年以上もの長い間、有難いおかげを頂き続けながらそのことのお礼も申さず、自他を苦しめる生き方をしておりましたことをお詫び申し上げます。」と神様に対してお礼とお詫びを申し上げられるのです。

★先日そのお方はお届けで「面接を受ける際にどのようなことを心掛けて臨ませて頂いたらよろしいでしょうか。」とお尋ねになられました。そこで「あなたにはこれまでの経験があり実力があられますでしょうね。面接ではあなたの人柄を見て頂けるように『私は不行き届きな人間ですがどうぞ宜しくお願い致します。』と、どこまでも謙虚さを忘れずに臨ませて頂きましょう。」とお話させて頂いたことでした。先日お届けに来られ「この度、無事に採用の通知が届きました。これから実力をしっかりと身に付けさせて頂いてお役に立つ働きがさせて頂けますように。」と涙ながらにお礼のお届けが出来られたのでした。

★慢心は大けがの元ですから、どこまでも謙虚さを忘れずに神様にお願いの通りの良い氏子にならせて頂きましょう。
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2013年12月27日

●願うところに成就がある

あるご信者は、寿司屋を営んでおられました。このご家庭は結婚後20年経って40代で初めて子宝を頂かれたのです。その息子さんが成人された時には、戦後の混乱で寿司屋が出来なくなっており、「先生、父は亡くなりました。父の後を継ぎ商売をさせて頂きたいと考えておりましたが、戦争で出来なくなりました。

今は会社でボイラー炊きの仕事をしております。いつまでこんなことをしておらなければならないのか、今していることが何の役に立つのか、と疑問に思うのです。このようなことをしていて良いのでしょうか?」とお結界でお届けなさったのでした。

★三代教会長先生は「どうぞお父さんのしておられた商売をさせてください、と神様にお願いさせて頂きましょう。神様から与えて頂いている今の仕事を大切にして、最大限の努力をさせて頂くのです。今の仕事は将来の夢と何ら関係ないと思わずに、将来に向けてお願いを持ちながら、誰よりも真心込めて打ち込んでさせて頂きなさい。神様からこの氏子の願いなら聞き届けてやろうと思って頂けるような仕事ぶりになりなさい。これが実意をもってお願いさせて頂く、実意を込めた生活ということです。」とみ教え下さいました。

その通りに一生懸命に仕事をさせて頂いておりましたら、「店を持ちませんか?」と誘って頂かれ、自分の資金で良い場所にお店を持たせて頂くということが実現出来られ、繁盛のおかげを頂かれたのでした。

★「先のことなんか分からない」と思ってしまいがちですが、願いを立てることは出来ます。そのお願いに沿って、そのお願いの方向に努力させて頂くことが出来るようになるのです。『願う氏子におかげを授ける』とみ教え下さっておられますように、願うところに成就があります。

ですから、日参と聴教に励み、ご祈念を込めてお届けを書かせて頂き、先々のことを楽しみに今日一日を願いを持って過ごさせて頂きましょう。

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2013年12月26日

●現状にお礼を申し上げて

『おごりがましいことをするな。ものは、細くても長く続かなければ繁盛でない。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛である。道に草を生やすようなことをするな』奢らずうまずたゆまず、長く続けてゆく信心が大切であり、いつまでも未完成の心でご修行させて頂くように教えて頂いています。

★あるお若いご信者は医師として、ある病院にお勤めになっています。転勤させて頂いて他所でも勉強をしたいと思われ、別の病院を受けようと考えましたが、なかなかその機会が与えられません。そのご信者に「縁に従ったら良いのです。無理をしてはいけないのです。物事には時節を頂かねばなりません。良い縁のおかげを頂く為に準備をさせて頂くつもりで、今の病院で実意丁寧に仕事をさせて頂くのです。準備をしっかりさせて頂きますと必ずよい時節を頂き、チャンスをつかませて頂けるようになり、おかげになりますよ。」とお話ししたことでした。

★神様がさせなさるご修行があるのですね。仕事でも、苦労してもなかなか認めてもらえなかったりします。それは、本当に一人前にならせて頂く為の準備であり、今のうちに手直しをしておくようにと、色々と課題を与えて下さるのです。準備が出来ていないにも関わらず、自分では出来ていると考えて無理矢理に物事を進める等をして道を踏み外してはおかげを頂けません。おかげを頂くには時節を与えて頂かないといけません。その為には準備が必要なのです。時節を与えて頂いても準備が出来ていないとおかげをつかむことが出来ません。その準備がご修行です。そこに気が付かせて頂けますと、現状にお礼を申し上げてさせて頂けるのです。『真に有難しと思う心すぐにみかげのはじめなり』とみ教え頂いておりますように、おかげを頂く道が開けてゆくのです。
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2013年12月25日

●年を重ねるごとに…

伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、コウ師に「世の中で一番恐ろしいものは、人間の心です。人のものを盗んだり、人を騙したり、あるいは罪を犯して獄中に入って苦しむというような人もあります。自分の心を抑えきれず腹を立てたり、喧嘩をしたり殺めて一生を台無しにするという人もいます。妬み、恨みによって家庭が崩壊することもあります。また利害損得を中心にして国同士が戦争を起こすこともあります。

『我が心で我が身を生かすこともあり、殺すこともあり。我が心で我が身を救い助けよ。』とみ教えを頂いてますから、自分自身の心をしっかりと見つめ直し、油断なく信心をさせて頂くことが一番大事であり、一番結構になる道であります。」と仰せになっておられます。

★人間は油断をしてしまいますと、つい自分中心の考えになったり、楽な方を取ったりしてしまいがちです。み教えを頂き自分自身を律して、一年一年、年を重ねるごとに信心が向上させて頂かねばなりません。信心は、70歳、80歳、90歳になっても求め続け、先頭に立ってさせて頂くことができます。来年はどのような年にさせて頂きたいか?どのようなご信心を進めさせて頂きたいか?年令にふさわしい信心がさせて頂いているか?を考えさせて頂き、共々に信心を進めてまいりたいと願っております。
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2013年12月24日

●日々心を改め磨く

昨日は、日々信心の稽古場所として使わせて頂いておりますお広前を一年の後始末として、年末の大掃除のおかげを蒙らせて頂きました。

★生活しておりますと、知らず知らずに塵がたまってゆきます。締め切った部屋でさえ、隙間からホコリが入ります。大掃除で隅々までさせて頂きますと、普段掃除をしていても行き届いていないことが良く分からせて頂けます。金光教では掃除を洒掃と言います。洒とは器のことです。自分自身の心の器を改め磨かせて頂くつもりで、掃除をさせて頂くことを教えて頂いております。私達も、生活しておりますから心に我欲から塵が積もってゆきます。塵をほって置くと、固まって油汚れのようになかなか取れないという状態になります。ですから、日々信心の稽古によって常平生から我情我欲を取ってゆくのです。

★人の心を鈍らせるあり方、
1)我見(無心になれず、自我に執着する。自分の意志や行動を押し通そうとすること。)神様に使って頂いていると思わず、自分がしていると思ってはいけません。心を空にして、み教えを頂ける場所を開けておかねば教えが入る余地がありません。 
2)偏見(一面一辺しか見ない。多面的に物事を見ない。)様々な立場から物事を見られるように、柔軟性が必要です。 
3)邪見(よこしまな見方・考え方。ねじけ根性)。

★このお広前で汚れをお取り払い頂き、純真な心になるよう、生涯かけてご修行に励ませて頂くのです。そうして起きてきた出来事に対して、「自分自身の心を磨かせて頂くために神様から与えて頂いた出来事だ」と有難く頂いてゆくのです。日々心を改まり磨かせて頂いて、お徳の頂ける器を作らせて頂きたいと思います。
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2013年12月23日

●わが心に神がござる

ある方が、ご信心のあるご家庭に嫁がれました。お姑さんは阿倍野教会の熱心なご信者であられました。嫁いだお嫁さんはお姑さんとあまり肌が合うという感じではありませんでしたが、嫁いだからには真心を尽くさせて頂こうと心に決めておられました。そんな時、3日間連続で同じ夢を見られたそうです。その夢とは、ある方が「ご信心しなさいよ、金光様のお道でご信心しなさいよ。」とお導き下さる夢でした。あまりにも明確な夢であられましたから、阿倍野教会に初めてお参りなさいましたところ、霊様の御扉が開いてあり、その前に初代教会長先生のお写真がかかっておられたそうです。そのお写真を見られ、夢で出て来られた方だと分からせて頂かれたそうです。そこからご信心を始めさせて頂けるようになられ、日参が出来られるようになられました。

★このお道は、生神金光大神様のお取次ぎを頂いて、天地の親神様のご神徳を蒙らせて頂ける有難いお道であります。神様は私達が意識していないようなところまでお守り下さり、お導き下さいます。見えている・意識している部分は少ないものです。自分が見たものしか信じないと思いがちですが、それだけではあまりにも世界を小さくしてしまいます。

★『一心を立て抜けば我が心に神がござるからおかげがある。』と教えて頂いております。一心とは迷いのないことです。天地金乃神様に一筋に、心に迷いを持たず、うろたえ心・不安な心を取り払い、二心にならないような状態のことです。『信心とは、常平生、神の心のようになって信心するのが信心じゃ。』『金光大神が祈るところは天地金乃神と一心なり。』神様と一心を貫き通された生神金光大神様のご信心を、万分の一でも習わせて頂くつもりで日々のご信心を進めさせて頂きましょう。

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2013年12月22日

●全てを有難く頂く

以前、ご信者の地鎮祭の御用を終えて教会へ戻らせて頂きますと、お広前に泥酔された方が上半身裸で座っておられました。その方は初め声を荒げるような事もなさいましたが色々とお話しを聞かせて頂きますと、その方のお母様が他の教会の熱心なご信者であられ、その方が生後間もない頃に金光様に命を助けて頂いたということでした。

そしてその方は私に「お前は修行生か?修行生と言っても修行らしい修行もせず何をしておる。それなのに偉そうに修行生などと言うな。だいたい信心の心構えとはどういうものをいうのか知っているのか?」等々…あれやこれや一時間ほど話しかけてこられ、段々とその方は酔いが醒めてきて正気に戻られますと、服を着て御祈念をしたいと言われました。そして一緒に御祈念させて頂きますと、丁寧に御祈念されて機嫌よく帰っていかれました。その後もお酒を飲んで酔うと教会へ来られる方でしたが、いつも帰られる時には機嫌よく帰っていかれたのでした。

★私は、神様がその方を私に差し向けて下さり、私自身の至らないところをこの方の口を通して私に教えて頂いたのだと思わせて頂きました。そして神様にお詫びを申し上げその方の助かりをお願いさせて頂いたことでした。

★神様から私達に日々の生活の上でいつどのようにみ教え下さるか分かりません。「あの人がこんなこと言った。こんなことを言われた…。」と人を見るのではなく神様を目当てにして、どんな時でも有難く頂いてご信心でもって受け切っていくことが大切です。自分自身が全てを有難くご修行として頂いておりますと、有難い体験を神様がさせて下さり、そこに有難い道が開けるのです。
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2013年12月21日

●信念を持って…

本日は、夜7時半より二代金光四神貫之君120年祭・三代金光攝胤之君50年祭・四代金光鑑太郎君例年祭がお仕えになります。今日までおかげを頂いているお礼をしっかり申し、万分の一でもご信心を見習わせて頂きましょう。

★12月20日は、二代金光四神様のご命日です。阿倍野教会では、在籍教師であられた門田豊実先生のご命日でした。門田豊実先生は、警察署長を退職の後、企業に勤務なさり、その後昭和26年53才で阿倍野教会に入所させて頂かれ、昭和53年80歳でお国替えになられるまでの間、在籍教師として御用にお使い頂かれました。門田先生は、お若い頃神経衰弱を患われ、全く仕事も出来られない程の状態であられた所を、日参と聴教・お取次ぎを頂かれて全快なさったのでした。門田先生は、その御恩を決して忘れる事なく、お礼のご信心に励まれたのです。

★東京で警察学校に通われた時には、ご自分で日参の出来る金光教の教会を探され、近くに下宿を決めて日参なさることを、神様とお約束なさいました。日参なさっておられた教会のご事情で教会が別の場所に移転なさった時にも、再びその教会の近くに引っ越されて、日参を続けながら警察学校に通われたのでした。それ程の一心な熱烈なご信心のお徳によって、警察官となられてからは、お若い頃から異例の速さで出世なさったのです。同僚の方から、「何か大きなコネでもあるのでしょう?」と尋ねられた程であられたようですが、先生は、「はい、そうです。私には、『生神金光大神様・天地金乃神様』という大きなコネがあるのです。」と、お答えになられたということです。

そして教会入所後は、おかげを頂かれたお礼に生涯、お身体の続く限り神様の御用に励まれました。伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は昭和7年にお国替えなさいましたが、その晩年に言い残されたことがありました。「あの若いけれども熱心な門田さんは、将来教会に入所なさってご修行され、御用にお使い頂かれる方ですよ…。」そこお言葉通り20年も後に53才でご修行に入られることとなったのです。伊藤ハル刀自の将来を見通された御神徳にも感銘を受けるところです。

★『あなたはなぁ、精を出してお参りしなされや、遠方ならば大八車に徳を積んで帰りなされ、近くならば大広前へ参って井戸の水を汲むごとむ徳を受けなされや。』
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2013年12月20日

●世のお役に立つ為に

あるご信者は、研究所で病理診断をなさっておられます。そのご信者がある腫瘍の細胞を検査しておられました。御祈念して色々な文献を調べたり様々な検査をさせて頂いても分からず、困っておられました。後日、夢の中でその細胞の検査をしており、ある薬を使うと反応する特殊な病気であると分かったのです。目が覚めて夢と同じ薬で検査されますと反応があり、夢の中で教えて頂いたものと同じ病気であると診断させて頂くことが出来られたそうです。また、別の病理診断でも分からない時があり、頭を休める為に30巻以上もある病理に関する本の1つを取って開いてみますと、検査中の症状が載っていて診断させて頂けたということもあられたそうです。

★私達は有難いことに結構な能力を備えさせて頂いておりますから、それを生かして使えるかどうかで役立ち方が大いに変わってきます。お役に立つ人間にならせて頂けますように「学徳を積ませて頂けますように」とお願いさせて頂きますね。学徳とは以前に身に付けていることが適切に良いタイミングで表に現わせて世の為、人の為にお役に立てることです。ご祈念して一心におすがりしてさせて頂くということは、常に「自分自身の能力を最大限発揮させて頂けますように」とお願いさせて頂いていることと同じなのです。

★出来ないからといって、不平不足を言って自らを悩ませ落ち込ませてしまいましたら、良い働きはできません。『腹立てば心の鏡の曇ること』と言うみ教えは、心を乱さないように、どんな時にでも和らぎ喜ぶ心になりなさいよ、そうしたらおかげが頂けますと教えて下さっているのです。

★修行とは、1)出来ないことを出来るように、努力稽古させて頂くこと。2)物事に不自由させて頂くことに前向きに、有難い思いで辛抱させて頂くことです。神様は人のことを一生懸命願っておられる方には、出来ないようなことでも出来るようにさせて下さるのです。人のことを願わせて頂き、「私はまだまだ至りません。」と、どこまでも未完成の心持ちでご修行させて頂き、世のお役に立たせて頂けるようなご信心を進めさせて頂きましょう。

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2013年12月19日

●一心の真で心を清める

『みな、おかげを受けるために参って来ているはずであるが、中には、神が「おかげをやろうやろう」と言われるのに、「いや、結構です」と言って帰る者もある。おかげをぜひいただかなければ帰らないという気でいる者こそ、おかげがいただけるのである』

★三代教会長先生は十代の御頃、「日常の心得」を決めておられました。
(1)何事も好きなことをするつもりで喜んでする。(不得意なこと嫌なことでも、得意なこと好きなことと同様に喜んでさせて頂けるように稽古をすることが大切です。)…先日あるご信者が「夢に三代教会長先生がお出まし下さり、お結界より私達夫婦に『ご修行しなさいや』とみ教え下さいました。何をご修行にさせて頂いたらよろしいでしょうか?」とお届けに来られましたので、「私が具体的なことを決めましたら、先生が仰ったからするという心になりますから、あなた方が神様とお約束なさった方がよろしいですよ。家業が行とみ教え下されていますから、神様から与えて下さるご修行を有難く受け切ってさせて頂いたらどうですか?」とお話しさせて頂きました。ご夫婦で相談されたご信者は次の日に「出来てきたことを有難く喜んで受けさせて頂きたいと思います。」とお届けなさいました。
(2)今日出来ることを明日に延ばさない。…先延ばしにせずにその日の内にしていると、突発的に起こってきたことでも間に合うように対応できる。
(3)足るを知る。…分相応を過ごさないよう、倹約をする。思い分けの出来る賢さをもつ。今あるものを喜んで満足して生かす。
(4)目前のことに悩まない。…み教えに基づいた決断をし、正しく対処する。
(5)腹が立てば三度「金光様」と御祈念する。…三度で治まらなければ十度でも百度でも何度でも御祈念する。

★金光教のお道は、お広前で日参と聴教により神心を養うことが基本であり、そのことにより我情我欲を取り、壊れた受け物を焼継ぎ、尊い物にしてゆくことがご修行であります。大切な基本を外さない信心をさせて頂かなければなりません。自分の至らない所をどうしても見つけ出すという心におかげが頂けるのです。
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2013年12月18日

●祈りを足していく

16日は婦人会例会が開催され、谷崎和代氏、新宅登代子氏の大変有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★新宅氏のご主人は、悪性のリンパ腫を患われて危険な状態の時があられました。その折に登代子氏はお届けで「両親には心配をかけるので病気のことは伝えておりません。」と仰いました。そこで「何の報告もせずに黙っている事ほど、親に心配をかける事はないのです。ご両親がそのことを聞かれると、すぐに心を神様に向けて一生懸命お願いされることでしょう。まずお伝えさせて頂いて祈りを足して頂くのです。1人で持ち上がらない石でも大勢で一度に持ち上げれば持ち上がる。家内中が心をそろえた信心をさせて頂くことです。ご両親が長年積み上げてこられたご信心のお徳を足して頂くように、おかげを頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

そして早速ご両親に伝えられますと、ご両親は次の日から「何が何でもおかげを頂けますように。」と一心にお届けなさって下さり日参されたのです。そして家族皆が心を一つにして諦めずにお願いされました。すると、ご主人の病状はどんどんと良くなっていかれ、これまで効かなかった薬も効果が出て全快のおかげを頂かれたのです。

★ご信心させて頂く上で大事なことは、日参と聴教に励むことで、めぐりのお取り払いを頂いて信心の地を肥やしていくことです。ご信心のお徳というものは付きについて離れませんから、子供や孫にそのお徳を伝えさせて頂けるよう肉体の働きがある間にしっかりと積徳の信行に励ませて頂くことが大切です。願いを足すということ、後ろ祈念というのは伝わっていくものですから、自分自身の徳も力も足らないと思えば思うほど、お届けさせて頂いておすがりさせて頂くのです。するとお礼の足らない所もお詫びの足らない所もお願いの足らない所も生神金光大神様が足して下さって導いて下さるのです。

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2013年12月17日

●生きた信心をする

15日には、今年一年の締めくくりの御本部御礼参拝を、共々におかげを蒙らせて頂くことができました。この一年間団体列車とバスを運行させて頂き、山陽国道、新幹線、在来線、飛行機を利用なさって参拝されたご信者も万事にご都合頂かれ、おかげを頂いて無事に参拝させて頂かれましたことは、大変有難いことです。

私たち信奉者一同は、金光様のお取り次ぎを頂き日夜ご祈念を賜りまして、今日まで広大無辺のおかげを頂いてまいりました。15日もそのお礼を金光様に申し上げておりましたら、心の底から有難い気持ちになり涙があふれてきました。

金光様が、昼夜を分かたず今日までお結界で御奉仕下され御祈念下さっていることは、誠に有難く勿体ないことです。

★三代金光様が御神勤なさっておられる時代のことです。ある学院生が神習(金光様が御神勤下さるお広前で静座してそのお姿を拝み、御神勤を習わせて頂くこと)をされました。そして神習を終えられて金光様のお結界に進まれ「本日は神習をさせて頂きましたが、足が痛いばかりで神様を有難いと思う事が出来ませんでした。」とお詫びを申されました。

すると、三代金光様は「神様が好きになるようなおかげを頂いたら良いでしょう。」と仰せになられたとのことです。

★私達もどんな時にでも神様に心を向ける稽古をさせて頂きましょう。「生神金光大神様、天地金乃神様」と心中御祈念させて頂きますと、神様は直ちにその祈りを受けて下さいます。すべてに祈りを込めさせて頂くところに、天地のお徳が表れてくるのです。

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2013年12月16日

●信心・辛抱は有難い一生の修行である

日々の生活の中で、辛抱させて頂くことがあるというのは有り難いことであります。神様がおかげを授けてやろうと間に合うように鍛えて下さっておられるからです。しかし、その御神意が分からずに「私ばかりが辛抱している・辛抱させられている。」と思っていては、おかげは頂けません。そしてそう言う風に思っている人に限って、たいした辛抱はしていないように思います。

★信心させて頂いていく上でも、辛抱させて頂くことがあります。それを「いやだ」、「めんどくさい」、「自分の気性に合わない」と言っているうちは、まだまだ辛抱が足りません。辛抱の度合いがその人の信心の度合いでもありますから、まだまだ信心も足りません。人に不足を言ったり、出来事に不足を言ったり、自分の環境に不足を言ったりしていても、自分が成長する訳でも、おかげを頂ける訳でもありません。神様が徳と力を授けてやろうとしておられるのですから、「神様に可愛がって頂いております。ありがとうございます。」という心持にならせて頂くことが大切です。

★幼年期には幼年期のご修行があります。青年期には青年期の、壮年期には壮年期の、老年期には老年期のご修行がそれぞれにあります。信心・辛抱にはもうこれで充分というところがありません。まさに一生が修行であります。それを喜んで有難く信心・辛抱させて頂き、徳と力を頂けるようなご信心を進めさせて頂きましょう。

★『神参りをするに、雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。』

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2013年12月14日

●神様が見放されることはない。氏子が神様の綱を放してしまう

あるご信者が一人のご婦人を連れてお参りになられました。そのご婦人は両親の反対を押し切って結婚されたのですが、結婚二年目にご主人が突然離婚をしてほしいと申し出られたのです。そこで、二代教会長伊藤コウ師はそのご婦人にみ教え下さったのでした。

★「今起こっている問題は誰が悪いのでしょうか。ご信心の上から申しますと、みな自分が悪いと思ったら結構なおかげが頂けます。あなたは、ご主人から経済の上や食事の上等、何もかも任せておいて安心だと信頼してもらっていますか。自分の我情我欲、気随気ままが出て、腹が立ったら口もきかない、朝ご飯の準備もしない等、家内としての働きが十分でなかったから二年の間でご主人の気持ちが離れてしまったのではありませんか。奥さん、信心させて頂きましょう、しっかりご主人に全て私が悪かったとお詫びさせて頂きましょう。毎日教会にお参りさせて頂いて自分のすべきこと、守っていかねばならない道、女性は女性としての道をしっかりと教えて頂きましょう。」と応接室で二時間かけてみ教え下さったのでした。

★そしてそのご婦人が帰り際のことです。コウ師が「お広前でご祈念してお届けしてから帰りなさいや。」と言われました。しかしそのご婦人は、「ちょっと急ぎますので…。」と言って飛んで帰ってしまわれたのです。せっかく助けて頂ける場所に導いて頂かれたのに、み教えを聞く耳を持たず、神様におすがりする気にもならず帰ってしまわれたことにコウ師はお嘆きになられたのですが、「どうぞこの方が助かって頂かれまして幸せな日々がきますように。」とそのご婦人に代わってお詫びとお願いをなされたのでした。

★どんなに行き届かない人間であっても、神様は決して見放されることはないのです。生神金光大神様が足らない所は足して下さり、代わりにお礼とお詫びを申して下さってお願いして下さいます。「至らない私でありますが、どうぞ宜しくお願い致します。」とお願いしておりましたら、めぐりの深い立ち行くはずの無いところからも助けて頂けるお道なのです。
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2013年12月13日

●何事も神様にお断りを申して…

昨日は昭和36年に71歳でお国替えなさいました土井徳松氏の御命日でした。土井氏は、決めたことは必ず守られるお方で、農作業が終わって帰られますと、必ず御神前に座って大祓詞10巻奏上されてから食事を頂いておられました。

それはどんなに疲れておられようが、お腹がすいておられようが、子供達が「早く食べたい」と言われようが、決して奏上されない日はあられなかったのです。ですから、それだけの信念をもってご信心に励んでおられましたので、次々と御庇礼を頂かれたのです。

★ある時、たくさんのスズメが田んぼに実った稲穂を食べに来るので、土井氏は神様に「スズメも立ち行かなければなりませんので、スズメの餌を与えてやって下さい。」とお願いなさったのです。そうしますと、隣の松林にたくさんの虫が発生し、今まで稲穂を食べていたスズメがその虫を食べてくれたのでした。

その他にも様々な出来事や被害があられましたが、小さなことから大きなことまですべておかげとなってご庇礼を頂いてゆかれたのです。

★人間の生命もお土地も食べ物もこの世の中に存在するものは、すべて神様のものです。では、我が物とは、一体何なのでしょう。信心させて頂いて積み上げたお徳だけが、我が物となるのです。何事も神様にお断りを申して、お願いしてさせて頂く事が、そこにご神徳が表れてゆくのです。

★『大きなことだからお断りをしていらわねばならぬが、小さいことだからかまわぬとか、大きなことだからお願いしてもらわねばならぬが、このくらいのことは大事ないとかいうことはないぞ。』

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2013年12月12日

●われよしと思う心を取る

先日、九州甘木教会に本年のお礼のお参りをさせて頂きました。

★初代教会長伊藤徳次師が16才から23才まで足掛け8年間、安武松太郎師のご教導により、甘木教会にご修行に入られました。ご修行の厳しさから自宅に帰られたこともあられました。しかし、「もう一度」と改まりご修行に戻って下さいました。そのことにより今の阿倍野教会があります。

★三代教会長先生の奥様は、小学4年生から入所なさり長期に亘り御用して下さっておられます。過日「自分が辛抱してきたと思っていたけれど、それは間違いでありました。二代教会長先生、三代教会長先生にどれ程辛抱して頂いてきたことかと思わせて頂きます。」と仰っておられました。

★安武松太郎師は「慢心と不平は成功の障害」とみ教えを下さいました。心に不平・不足を思うのは、自分中心になっているからです。慢心も卑下も成功の障害になります。自分がしているという心に間違いがあるのです。その心に気が付かせて頂き取ってゆかねばなりません。どれ程神様にご辛抱して頂き、人のお世話になっているか分かりません。「至らない自分であるのにお使い頂いている」というお礼とお詫びの心を中心に、何事もお願いしてさせて頂くことが大切なのです。

★安武松太郎師は「われよし」と思う心に対して戒めの御歌を多く詠まれています。
昭和2年「われよしと 思ふ心は 道のあだ 我身のあだと いましめて行け」
昭和7年「われよしと 思ふは知恵の 行きづまり 怪我あやまちも そこよりぞ来る」
昭和9年「われよしと 思ふ心に あざむかれ ゆくての道を あやまるなゆめ」
昭和12年「われよしと 思ふ心は ちりほども 許すことなく いましめてゆけ」
昭和21年「われよしと 思ふ心を 仇として 戦ひて行け 日毎夜ごとに」
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2013年12月11日

●今の幸せより先の幸せ

あるご信者は非常に体が弱く、19歳の時に敗血症を患われ命が危ぶまれたこともあられたそうです。35歳の時に入信なさった時には、「自分の母より自分の方が先に死んでしまうのではないか。」と気になさっておられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けなさいますと「しっかり今から信心させて頂いてご神徳を頂くことが大切です。親孝行させて頂きとうございますから、親より先に死にませんように、親より長生きさせて頂けますようにとお願いさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれ、不安に思っていた心が元気になられて熱心に信心を進められ、入信2年目にお母様がお国替えなされました。

★また、このご信者が今後のことについてお届けなさいますと、コウ師は「あなたには子供がいませんが、人間として生まれたからにはお礼に子供を育てなければいけません。たとえ人様のお子様でもそれがお礼になってお徳を頂けます。今の百より先の千です。今の幸せより先の幸せです。」とみ教え頂かれ、これから生きていく上でとても大切なことを教えて頂かれました。そしてみ教えの通りに、四国の親戚のお子様をはじめ次々と真心込めてお世話をなさって、入信からお国替えなさるまでの約40年間で40人の方のお世話をなさいました。ご信者が50歳のときに乳癌を患われて、医者から「手術はしますが、命の保証は出来ません。」と告げられました時、お世話なさった中の方々が、入れ替わり立ち代わりに教会へのお届けと、ご信者の看病をなさって下さったのです。まさに今の幸せより先の幸せのおかげを蒙られました。コウ師のみ教えによって生き方がはっきりと定まり、何が大事かを教えて頂かれました。有難いことに乳癌の発症から26年も命を延ばして頂かれ平成12年に76歳でお国替えなされたのです。

★み教えを頂くという事は、自分の生き方も変わってゆきます。三代教会長先生は「疑うことは一人前、信じることは半人前の信心をしてはならぬ」とみ教え下さいました。頂いたみ教えはどこまでも信じきってゆきましょう。また、『生きたくば神徳を積みて長生きをせよ。』とも教えて頂いておりますから、生きている間にしっかりとお徳を積む稽古をさせて頂きましょう。
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2013年12月10日

●初心を忘れずに

先日、就職5年目の若いご信者が、「就職させて頂きました当初は、どんな仕事でも有難く喜んでさせて頂こうと思って仕事をしておりました。しかし、この頃は初心が抜け始めているように思います。」とお話しされました。

★初心とは「初めの心」「うぶな心」です。その意味は、純真さ、熱烈さ、素直さ、謙虚さということです。会社に入らせて頂き仕事をしますと、上司や部下に目が向き、また仕事の量が多い少ないと不足に思うことがあります。それは神様に心が向いていないからです。実意を込めて責任を全うさせて頂かなければ、徳は頂けません。それは、仕事を与えて下さる神様からのご信用を失うからです。神様から与えて頂いた仕事を天職だと思ってさせて頂くことは幸せの元を作っているのです。反対に、人の仕事が良く見えて自分の仕事の有難さが分からずに、心が常に迷いが生じているのは不幸せの元を作っているのです。信心に基づいた生活は良い種をまいて良い物を育ててゆき、先々良い物を収穫させて頂けるから有難いのです。

★先日、四国でお宅祭をお仕えになられましたご信者は、一昨日早速お礼参りに来られました。そのご信者は、お勤めに行かれる中、時間を作って農業をなさっておられます。入信前に育てておられたにんじんは色々と工夫をしても小指程にも育たなかったそうです。しかし、教祖様のみ教えを実践して育てさせて頂きましたら、驚くほど育ち、今期の売上は去年の2倍にもなったそうです。喜んでご信心をなさり、純心にご信心を基に仕事をなさっておられるお姿は実に有難いものです。いつも明るい心で先を楽しみに、日々を大切に信心生活を進めさせて頂きたいと思います。
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2013年12月09日

●日参と聴教・お取次のお徳

昨日は、みかげ会例会にて今村佐太郎氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★今村氏は、ご病気や交通事故など、何度も命の危険があられたところを常日頃からの熱心なご信心のおかげで助けて頂かれました。平成17年7月には、肝臓癌のため生体肝移植という大手術を受けられました。血液型の違う次男さんの肝臓を移植してもらうため、手術が失敗する確立が35パーセントと医師から告げられたのです。手術を受けないでおこうと思いながら今村氏はお取次ぎを頂かれましたが、「65パーセントも成功の確率があるのです。一番良い時期に、医師の手をお借りして神様に手術して頂きましょう。」とのみ教えを素直に頂かれました。

そして、手術の成功を家族中で一心に神様に願われたのです。すると、今村氏も次男さんも体調が万全に整われ、また、血液型不適合の場合に大変効果が高いとされる新薬の認可が手術の直前に下りるという大みかげを頂かれ、無事大手術を成功させて頂かれたのでした。

★また昨年、病院で定期検査を受けられている際に、年一回の区役所の定期診断を一度も受けていないということを医師に話されました。すると医師はその場ですぐに胃カメラと大腸カメラの予約を入れて下さったのでした。結果、胃は異常あられませんでしたが、大腸に三センチの癌が見つかったのでした。早速病院で内視鏡手術を受けられたのですが、わずか一週間だけの入院で全快の大みかげを頂かれたのでした。

★今村氏は現在、軽トラック運送業をなさっておられます。毎日朝晩にお届けをさせて頂き一日の御礼を申し明日のお願いをさせて頂いておられます。仕事で中長距離へ行かれる時は必ず教会へ電話のお届けをされ、無事納品が終わられて深夜に帰阪された時も、必ず電話でお礼のお届けをなさっておられます。何事にも神様にお願いしておすがりなさっておられることにより、いつもご自身のお身体の上やご家族の上、さらにはお仕事の上に於いてご都合お繰り合わせを頂いておられるのですね。
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2013年12月08日

●出来てくることはおかげの受け始め

ご信心を基に生活させて頂きましたら、毎日がどれほど有難いことでしょうか。何か事が起きてくるということはおかげの受け始めであります。何も事がなければ油断してしまい、今のままでよいと思ってしまうこともあるかもしれませんが、そのような心持ちでは人間は成長しません。

『鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、鍬でも刃先の焼き直しをしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのが刃先の焼き直しじゃ。と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、なにもなかったら信心が寝入る。』と教えて頂いておりますように、常に「この程度の私の信心では神様に申し訳ない。」と自身に言い聞かせて、見直し、考え直しをし、常平生の信心をしっかりとさせて頂くことが大切です。

★私達はどういう神様を拝ませて頂いて、どのようにご信心すればよいかを、教祖様から実に分かりやすく教えて頂いています。あとは素直に日々み教えを頂き直し、それを守らせて頂く事に努力すればよいのです。自分に与えて頂いている全てのことに対して、「これほど有難いことは他にない」と喜んでさせて頂きましょう。

教祖様のみ教え下さっているご内容を素直に頂き、疑いの心や不安を取り払って、表わして下さっておられます道を正しく踏み辿らせて頂くだけで、必ず結構なおかげを頂いてゆけます。一心におすがりさせて頂けるように、良い事を思って良い事を口に出してお願いさせて頂きましょう。
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2013年12月07日

●信念に燃える心

昨日は平成7年にお国替えなされた中井久夫氏の御命日でありました。中井氏は、心筋梗塞、脳梗塞を患われましたが、両方とも熱心な信心のお徳により全快根切れのおかげを蒙られたのでした。

★昭和46年12月11日心筋梗塞を患われた時、12日が御本部参拝でありました。家族に代参を頼み、無事一人で留守番をなさったのです。そして、13日に入院をなさり、約一ヵ月間治療を受けられました。入院時の日記には、「御庇礼の高い教会の親先生のお祈りを頂きながら、ようおかげを受けん鼻たれの信者ではいけない。私は鼻たれの信者にはならない。阿倍野教会の信者である。信心がぼけるとおかげがぼける。 退院をするには、病気に打ち克って治さなければならない。何としてでもおかげを頂かねばならない。み教えを求め、目的に信念に燃える心、これが元気な心だ。神様にすがる、一心にすがるということだ。」と自らを鼓舞し、決意なさっておられたのです。

★翌年1月29日退院後、いつ発作が起きるか分からない状態になられ、ニトロールという薬をいつも持ち歩くことになられました。「御本部参拝で病の根を置いて帰らせて頂き、根切れのおかげを頂きたい。」と強く願われ、「御神酒と御神米でおかげを頂かせて下さい。」とお願いなさり、ニトロールを携帯せずに参拝されたのでした。

★昭和50年6月の御本部参拝の行きの列車で発作が起こり、苦しくて岡山で列車を降りられ、引き返し帰宅されました。そのことが悔しくて「こんな弱い信心でおかげを頂けるはずがない。」と、願いを新たにされました。同年9月御霊地で発作が起こり、6月の3倍も苦しまれましたが、御神米と御神酒を頂き、生命のことは神様にお任せされて帰りの列車では53巻大祓詞を唱えさせて頂かれ無事帰宅されたのです。なんと、それ以来一度も発作が起らず病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★疑い、心配を放して一心に神様におすがりさせて頂けば、後は必ず神様が良いようにして下さるのです。そのように信念を持ち、先のことに悩まず、今出来ることを一生懸命させて頂くことがおかげを頂いてゆく道であります。
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2013年12月06日

●死生の安心を頂く

昨年お国替えなさった故・加川一夫師(元教会在籍教師)の妹さんにあたられる家城千代子氏が、今月2日に89才11ヶ月でお国替えされました。御母堂であられる加川たつの氏は大変熱心なご信者であられ、御信心の有難いことを常日頃から家族にお伝えになっておられました。

★たつの氏が93才でお国替えなさる日のお昼、家族に対して「今日、私はお国替えします。金光様がお迎えに来られておられますから行かねばなりません。」と仰られ、その夜10時30分にお国替えされたのでした。
★たつの氏がお国替えされた翌月、昭和62年2月の末のことです。10年ほど前に購入していた白梅の鉢植えに、一枝にだけ紅梅の花が咲いたのです。お孫さんのお嫁さんである古澤さんがたつの氏の夢を見られ、夢で梅のことを尋ねられますと、たつの氏は「あの花は私が咲かせました。」と仰ったそうです。

★古澤さんの家は、8坪の2階建ての自宅に住んでおられ、たつの氏よりご生前中に「朝に隣家のお掃除をして、隣の家が購入させて頂けるように毎日お願いしなさい。」と教えて下さっておられましたので、その通りなさっておられました。するとたつの氏がお国替えなさった半年後、先方から「あなた方に土地を購入して頂きたい」と言って来られたのです。その後、古澤さんはたつの氏の夢を見られ、「おばあさん、隣の家を買って欲しいと仰っています。」と話されると「おかげを頂きましたね。」と言われたそうです。

しかし先方に返事を渋っておられると、また夢の中にたつの氏が出てこられ「早く決めないとこうなります。」と言われ、隣家が無くなっており隣は絶壁で暗闇になっている夢を見られたのです。慌てて次の日に購入の返事をされると、また次の日の夢にたつの氏が出てこられ、はっきりと4桁の数字が表れ、後日先方から提示された土地の金額と全く同じだったそうです。そして無事にお土地購入のおかげを頂かれ、現在も使われているのです。

★生きている間もお国替えした後も御霊は生き通しですから、生命を頂いている間にしっかりとお徳を積ませて頂いて永世生き通しのおかげを頂きましょう。
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2013年12月04日

●その日その日のおかげ

 中央市場でお仕事なさっているご信者は、毎朝3時に起床して中央市場に出発なさいます。そしてお仕事・後始末までなさると遅い時では夜の6時頃までかかられ、帰宅して家事をなさると就寝は9時以降になってしまわれるそうです。そんな中でも、毎日仕事帰りには必ず参拝なされ、今日のお礼と明日のお願いをなさっておられます。

★そのご信者が先日、おかげ日のお礼届けをなさいました。2年前の12月28日、家族3人で乗用車に乗って中央市場に向かっておられ信号待ちをしている際に、後ろから大きなトラックにブレーキ無しで追突されたそうです。

勢い余って車は前に飛ばされ、後ろのトランクはぺしゃんこになり車は廃車になるほどの事故であられたそうです。そして警察の方が来られた際に、車から3人が歩いて出てくる姿を見られて「よくこの事故で骨折も無しに歩いて降りて来られましたね。また、後ろのガソリンタンクからもよく火がつかなかったものですね。」と仰られたそうです。

★毎日油断なく生活させて頂いているつもりでも、予想もつかない事態が起こり得るのが人間の生活であります。しかし信心を強くしておりましたら、大難を小難に小難を無難におまつりかえ頂けるのです。

また、色々なことが起きる中をお繰り合わせ頂けるのです。常平生のご信心をしっかりとさせて頂き、いざと言う時に間に合うようなおかげを頂いてゆかねばなりません。それがご信心をさせて頂いている者の結構なおかげを頂いている姿であります。
★「今日一日も万事に都合良くおかげを頂かせてください。」とお願いしてゆきますと、振り返らせて頂いたときに「あれもおかげであった、これもおかげであった。」と分からせて頂けます。

『日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けたら何十年何百年も立ち行こうが。』と教えて頂いております。その日その日を油断なくご信心させて頂き、日々変わらないおかげを蒙らせて頂きましょう。
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2013年12月03日

●日々実地の学問

先日、リウマチを患われているご信者が参拝されお礼届けにこられました。ご信者は「11月の御大祭にお直会として金光キクヨ姫様の『神徳』というご本を頂きまして、拝読させて頂きました。キクヨ姫様もリウマチを患わられる中、一生懸命工夫なさって御用しておられるご内容を読ませて頂いて、有難く尊く、私も見習わせて頂かねばならないと思わせて頂きました。」とお礼申しておられました。ご信者は、指の関節が曲がって物も持ちにくいし歩きにくい状態ですが、工夫され会社勤務と家事を両立して、日々喜ぶ稽古に励んでおられます。

★キクヨ姫様は『リウマチの私が「病気だからできない」と言ってしまえばそれだけのこと。そこをお願いして掃除させて頂けた時の喜びは、元気な者が掃除させて頂く喜びより何倍の喜びかわかりません』と仰せになっておられます。『喜び上手がおかげの頂き上手』と教えて頂いておりますように、どんな境遇にあっても有難い所を練り出し喜んでゆくことがおかげを頂く道なのです。

★『神は一つ一つ実地の学問をさせるのじゃから、その日その日はみな手習いじゃなあ。手習いは坂に車を押すがごとくという、油断をすればあとへ戻ります。信心も同じことじゃなあ。』

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2013年12月02日

●締めくくりの月 

いよいよ師走を迎えさせて頂き、平成25年締めくくりの月を迎えさせて頂きました。年の初めから11カ月間無事におかげを頂いてまいりました。思い返しますと、お礼を申す事ばかりで、神様が先へ先へ必要なことを教えて下さり、間に合うように準備をさせて下さり、万事万端ご都合お繰り合わせ頂いて参りました。この12月は、新しい年を迎える準備として、お礼の信心をしっかりとさせて頂きたいと思います。

★「一年の計は元旦にあり」と言われておりますが、二代教会長伊藤コウ師は「一年の計は前の年の年末にあり」と教えて頂いております。この一ヶ月間、どのようなお礼のご信心をさせて頂くか、どのような改まった生活を送らせて頂くか、新年はどのような一年にさせて頂きたいかをしっかりと考えさせて頂き、願いを新たにすることで正月元日から良いスタートを切らせて頂けることになるのです。

★この締めくくりの月に、自分の心にある汚いもの(不足心、心配や不安心、妬む心、憎しみ心)を全てお取り払い頂けますよう心の掃除をさせて頂くのです。また、お金の使い方、仕事の段取り、時間の使い方、食べ物に対して無理・無駄・ムラや、ご無礼不行き届きがなかったかを見直しをさせて頂き、反省と改まりに努めさせて頂くのです。そして、来年も夫々健康で円満に生活させて頂けますよう、新たなお願いを立てさせて頂きましょう。そうしますと、清々しい心持ちで平成26年の初春を迎えさせて頂くことが出来、有難いご庇礼が頂けるのです。

★来年は教祖様・御生誕200年のお年柄に当たり、また立教155年という大変意義深い年を迎えさせて頂きます。1カ月間、お礼とお詫びをしっかりと申し、締めくくりの月にふさわしいご信心を進めさせて頂きましょう。
【日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2013年12月01日

●お気付けを下さる御心

神様が私達氏子に注意して下さることを「お気付け」と言います。『神様は親、人間は子、親子の情はどこまでも変わるものではないぞ。親神様は人間氏子がかわゆうてなられぬのぞ。』と教えて頂いておりますように、私達を可愛いと思って下さっておられるからこそ、お気付けを与えて下さるのです。

★人間でしたら、赤ん坊がお乳が欲しい時や、おむつを替えて欲しい時に泣きますと、親が「はいはい」とお乳を与えたり、おむつを替えたりします。それは親としては子供が可愛いからこそ、してあげたいと思うのです。ですが、いつまでも赤ん坊でいて欲しいと思う親はいません。「這えば立て 立てば歩めの 親心」と言うように、親は子供の成長を願っております。また、赤ん坊がストーブの方へ手を伸ばして触ろうとしますと、親は注意をしますがそれでも言う事を聞かない時には、手を叩いてでも触らないようにして、怪我をしないよう先へ先へと間に合うように教えてゆくのです。

★そのようにして、親は子供がどんなところへ行っても生き抜いてゆく力を身につけて欲しいと思い、一生懸命色々なことを教えます。社会的にも色々な経験をさせて下さるのは、人として尊い存在になれますように、世の中の役に立つ人に育ちますようにと願って下さっておられるからです。親が子にかける願いを考えさせて頂くと、神様が私達にどれ程の願いをかけて下さっておられるかが、改めて分からせて頂けます。

★信心も同じことで入信当初の信心がどれほど行き届かなくても、神様は尊い御慈愛をもっておかげを授けて下さいます。しかし、神様は「信心が進むように」「助かってくれよ」との願いを込めて、氏子にお気付けを下さるのです。私達は神様の御心を知ってその御心に適う生き方が出来ますように願わせて頂き、お気付けを取り違えることなく有難く受け切って、日々のご信心を進めさせて頂きましょう。

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2013年11月30日

●お礼と後始末

あるご信者のご家庭には、以前にご主人が借りられた借金があったそうです。その借金返済をご主人の両親が立て替えて下さったということでした。しかしご主人は、月々、小遣いを自分の為には使うのですが、両親に返済のためにはお金を使おうとはせず、自分の親だからお金は返さなくてもいいだろうという考えだったそうです。そこで、奥さんはご主人にどのようにしたら理解して頂けるのかと思案しておられました。

そんな折、教会に参拝なさってお結界でお取次頂かれますと、「ご主人の借金返済はもちろんのことですが、あなたは夫々の両親に対して月々のお礼をなさっておられますか。しっかりとお礼のさせて頂ける人間にならせて頂きましょう。」とみ教え頂かれたのです。そのみ教えを頂かれた奥さんは、今まで思いもつかなかったことを教えて頂かれ、これまで自身が全く出来ていなかったことに気付かれたのでした。早速その奥さんはみ教え頂かれた通りに実行され、今日までのお礼を手紙に書かれ、月々のお礼と共にご両親に手渡されたのでした。するとご両親は何とも穏やかな表情をなされ、大変喜んで下さったのでした。

★その奥さんが先日お参りされ、「先日、結構なみ教えを頂きまして有難うございました。先日来、阿倍野誌を読ませて頂いて、色々と改まるところが見えてきました。お話の一つ一つが全て自分に当てはまり自分自身に頂き直しております。何と結構な場所に御引寄せ頂いたことだとお礼を申しております。」と御礼のお届けをなさったのです。さらに「これからは健康な体に作り変えて頂いて、体に合うような仕事をさせて頂き、家計を支えられるようなおかげを頂いて参りたいと思います。そしてしっかりとお礼がさせて頂けますようにお願い致します。」と新たにお願いを立てられたのでした。

★明日、師走を迎えさせて頂き、一年の締めくくりの月を迎えさせて頂きます。今日一日、一月間のお礼を申し上げ、付けが溜まっているところがあれば丁寧にお礼を申し上げ、支払わせて頂いた上で新しい月を迎えさせて頂きましょう。

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2013年11月29日

●根気強く熱のこもった信心を

細菌学者の野口英世博士が梅毒ウイルスを発見された時、10000枚の標本を用意され、毎日根気強く見続けられた結果9996枚目で発見なさったそうです。その後に最初から見直しますと、全てにそのウイルスを見つけることが出来られたということです。

はじめは見えていても気付かなかったものが、同じ作業を継続して行ったことにより気付くようになられたのです。根気強く継続なさるその熱意が、大きな発見が出来られたもとだと思わせて頂きます。京都大学総長であった方が、「野口英世は天才ではないが、尊い鈍才、恐るべき鈍才である。」また「超人的な努力家である」と称されました。

★ご飯を炊くには、ロウソクの火や線香の火では炊けません。ご飯を炊くだけの強い火力、熱量がいります。信心も同じことです。ひとつの願いを叶えて頂くためには、それだけの熱のこもった信心をしなければなりません。その熱のこもった信心が神様に届き、また人にも届いてゆくのです。ですから、日々熱のこもった信心をさせて頂き、根気強く継続しておすがりさせて頂きましょう。

★『金光様は、ありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきを供えて祈れ。一切の願い事を成就させてやるとおっしゃったが、このありがたき、恐れ多き、もったいなきのみきの心に新気、根気、お礼の働きがたちそろうてこそ一切成就の信心がそなわるのじゃ。これが、真の神徳を受けるもとになるのぞ。』

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