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2006年12月31日

●信心は日々の改まり

『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

副教会長先生 「皆様 新年明けましておめでとうございます。平成十九年元日祭を本日このように無事仕えさせて頂くことが 出来まして本当に有難くお礼を申し上げます。

旧年中はひとかたならぬお祈り添えを頂きまして 教会長先生のお体の上、祭典の上に万事ご都合を頂きましたことを厚くお礼申し上げます。私どもの御用の不行届きが多々ありまして相済まないことです。お詫び申し上げます。

★本年は開教八十五年記念大祭をお仕え申し上げる年にあたり、五カ年計画のお願いの満願成就に向けて、より一層に改まりに改まってそれぞれの御信者の家が益々有難い結構な飛躍の年になりますように。一年間心を引き締めてお願い成就に向けて信心を邁進させて頂きましょう。」
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:18 | 平成18年の「み教え」

2006年12月30日

●利欲打算にならない

『一年に分限者になるような心になるな、先は永いぞ、一文二文と貯めたのはみてる事はないが、一時に伸ばしたのはみて易い、神信心をすれば我慢我欲は出来ぬぞ、濡れ手で粟の掴み取りの気をもつな、人より一念後れて分限者になる気で居れ』

私達はついつい利息が少しでも高くもらえるところへ行きやすいですね。この時期になると宝くじを買うのが恒例というお方があられますが、宝くじで「一獲千金、大金を 当ててやりたい。」と思われるのでしょうね。

こうして得たお金はどうゆう影響を与えてしまうのでしょうか?すぐに無くなる以外に、心が乱れ人間関係が乱れ家の中に不和が生まれ、身に付かないお金のように思われます。

「あの人が先にもうけておられるから、こっちももうけておきたい」というような自分の心のスキにつけこまれて投資話についつい乗ってしまって、せっかく貯めたお金が無くなることもあります。

★常に信心をしてみ教えを頂いていると、そうした事に全く気が向かなくなります。1円2円を無駄にせず倹約して、けちんぼうにならないようにしながらバランスの取れた実意丁寧な生き方になるおかげを頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:22 | 平成18年の「み教え」

2006年12月29日

●不足信心におかげはない

甘木教会の安武先生の元へお届けなさったある母親がありました。娘が悪い男に連れてゆかれそうだというのです。

初代安武先生は『女3人寄ればかしましいと言いますが、女性が寄ると食物や着るものの話をしたり、主人のうわさ話をしたりして井戸端会議をします。あちらの家は裕福でうらやましい…。きれいな着物を着て、いいものを食べている。

うちの主人の働きが悪いので、私がこんなに働かなくてはいけない等と話をしていると子供が聞いていて、働くのはつまらない。楽しみたい等と思って大きくなってゆきます。

そしてよろしくない男の人が「きれいな着物を着せてやろう。楽に暮らさせてやろう。」と誘ってくるとついて行ってしまうのです。それより「共に一心不乱に働いて世のため人のために役に立たせて頂くことが有難い」と話して暮していたらそうはなりません。』

その母親は「私が間違っていました神様にお詫びして下さい。」とお届けされました。

★自分の与えて頂いた境遇を不幸に思うと、自分も周りも不足にしてしまうものです。娘に「これもあれもしてやった、育ててやった」と思うことを改め、「子供を与えて頂いたことは大変有難い事です」とお礼を申す稽古をさせて頂いたら、お互い尊敬し合うことが出来て、相手も自分も助かるのです。

不足信心におかげはありません。まず自分が改まってゆくことが大切です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 13:33 | 平成18年の「み教え」

2006年12月28日

●行届いた信心

『心配する心で信心せよ』

心配も不安も心に沸き起こってくるのが人間の姿です。私達はその中でもおすがり出来るお広前があることが有難いのです。お礼もお詫びもお願いも行き届いてさせて頂きましょう。心配が起こってきた時こそ、自分の生活の中での間違いを改まり、正しい生き方に変えてゆきましょう。

横着、気まま、勝手な生活を続けながら先のことを心配していてもおかげになりません。ご修行が進むとこれまで気が付かなかった小さなことにも気付いてお礼が申せるようになります。

喜び上手がおかげの頂き上手です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:52 | 平成18年の「み教え」

2006年12月27日

●食物は薬

『食物はみな、人の命のために、天地の神の作り与えたまうものぞ。何を食うにも飲むにも、有難く頂く心を忘れなよ。』

食物を“食べる”というあり方と“頂く”というあり方は全く異なります。それぞれの食物の命を分け与えて頂いている事を感謝し、拝んで頂く心になるとおかげになります。毎日頂く食事は、天地のお徳を頂いているのです。

そのようにして頂く食事は薬です。体を良い方へ良い方へ作り替えて頂くのです。頂き方によって、毒にも薬にもなります。

★ご祈念し有難く頂くと天地のお徳を頂いて体質の改善になるのです。日々の積み重ねが心も体も作ります。間違った食生活をしていると自分を壊してゆきます。神様に心を向けて拝む稽古をさせて頂くことが信心です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 11:19 | 平成18年の「み教え」

2006年12月26日

●与えて頂いている心

「神様の氏子として完成された人格に近付かせて頂こう。」という願いを持ちましょう。神様から与えて頂いている有難い心を練っていつでも表に出て来るように、神心が輝くように毎日の生活で心がけて修行をさせて頂きましょう。

神様から与えて頂いている修行の意味が分ると毎日の生活がもっと有難くなりますよ。

★神様より与えて頂いている心 

1)惻隠の心:しみじみ心に感じてかわいそうにと思う心。

2)羞悪の心:己れの不善を恥じ、己れの不義を憎む心。

3)辞譲の心:辞退して人に譲る心。謙虚な心。

4)是非の心:正しい事を正しいと分る。

間違っている事を間違っていると分る。
善悪の判断が出来る心。
posted by 金光教阿倍野教会 at 11:10 | 平成18年の「み教え」

2006年12月25日

●自分自身を見直す

あるご信者:ボーイング777を操縦できる機長の資格を持っておられ、日々ヨーロッパ、アジア各国へと運行の上におかげを頂いておられます。1回1回のフライトの前に天候、気象の上に万事ご都合を頂けるように心中ご祈念をされています。

そして、ご祈念中にふと気がついたことをすぐに実行される事を心掛けておられます。試験と身体検査が毎年あられ、それらに合格しないと操縦が出来ません。新しい機械が入ったら試験に合格しないと使えません。新しい空港に離着陸するときは、シュミレーターで訓練し、試験に合格しなけれ離着陸が出来ません。等々試験ばかり受けておられます。

★本来私達の生活も同様です。毎日の変化に対応出来るために神様より次々とご試験を与えて頂きます。出来て来た事はすべてが神様のご試験です。1つ1つ心中ご祈念をしてそれらに合格させて頂くことが大切です。

お金の使い方、仕事に対する謙虚さ、人に対する実意丁寧さについても常に、見直し、聞き直し、考え直す事を嫌がらず、おかげを頂いてゆく事が大切です。そうして鍛練していれば、日々上達し、全てに間に合う生活になるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 12:31 | 平成18年の「み教え」

2006年12月24日

●違わぬように人に伝える

私達は、人のことを祈って、相手の助かりを祈ることが大切です。

あるご信者が教会から頂いたのど飴のお下がりで体験させて頂かれました。「先生、実は地域の大きなイベントのコーラスの発表会がホールでありました。今回私がまとめ役に使って頂きました。発表日まで皆さんが熱心に練習をされていました。

当日緊張感が溢れる中、発表の前に一人の方が腹痛が激しく食事も入らない状態でとても苦しんでおられました。そこで、お下がりで頂いたのど飴をその方に「これは、教会で頂いたお下がりです“金光様”と拝んで頂いて下さい。」とお渡しして頂いてもらったところ痛みがスーッと引いてよくなられました。

その後も再発することなしに無事発表会を終わらせて頂きました。ありがとうございます。先生、拝んで頂くことがとても大切な事がよく分りました」とお礼を申されました。

★常にご祈念させて頂く稽古を積んでいると、いざという時にすぐに適切な判断ができて人に助かって頂く御用にお使い頂けます。毎日み教えを頂き続けると1つ1つのみ教えが総合的に繋がっていって理解が深まり正しい判断が出来るようになるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:23 | 平成18年の「み教え」

2006年12月23日

●現代人に欠けていること

(高橋行地郎先生のお話を元にして)

1)喜びが欠けている。
「ああうれしいなあ」
「ありがたいなあ」
「いつももったいないことです」
「こうして働かせて頂いて有難いことです。」
等、小さい喜びの積み重ねが大切です。

2)優しさが欠けている。
「おつかれさまです」
「かわいそうだなあ」
等、生まれ持って与えて頂いている優しさを、普段稽古していれば何かの時に十二分に発揮できます。

3)余裕がない。
「時間がない、時間がない」と言う。
心に余裕がないので人の事など返り見ない。物事を正しく見ることが出来ない。

「お金がない、お金がない」と言う。自分お金はなるだけ使わないで会社の経費で落そうとする。毎日のお金の使い方の上でめぐりを積む人があります。

4)信念に欠ける。
どんな時も必ずみ教えを守りさえすればおかげになると心に信念を持つ。
「明日は結構になれる。明後日はもっと良くなる」と思えるように心におかげを頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:53 | 平成18年の「み教え」

2006年12月22日

●辛抱が大切

『我が身におかげを頂いて後に人を助けてやれ』我心におかげを頂けないことには我が身のおかげになりません。我心が助かるように信心をさせて頂くことです。水は高いところから低いところに流れますが、お徳も同じように高いところから低いところへ伝わります。

★私達は信心辛抱によって徳を頂くことが出来ます。だれしも辛抱させて頂くことが必ずあります。そこから逃げようと思っても逃げられません。「あれもこれも辛抱するのはイヤ」ということではおかげを落してしまいます。辛抱させて頂ける材料を与えて頂けるのが有難いのです。

★『やれ痛やという心で有難し、今みかげをという心になれよ』1人1人世のお役に立てるように色々経験させて頂くのです。「おかげを頂こう」と毎日のように自分に言い聞かせることが大切です。信心辛抱の徳によってどんな人を見てもその人の助かりを祈れるようになります。
posted by 金光教阿倍野教会 at 10:16 | 平成18年の「み教え」

2006年12月21日

●ムラなく続く

『手で香をたいたり断食をしたり好きなものを断ったりする者がある。そういうことは行でない。迷いというものである。これからは食べられるがよい。その代わり心を固めて、どこまでも変わらず、一升の信心でも八合の信心でも続いてゆくのが大事である。神様は信心の固い者とそうでない者と、すべてご承知である。口と心が違っては、何もならない。』

★信心はムラのないようにずっと続く事が大切です。参ったり参らなかったり、人が見ているからするけれど見ていないからしないとか、人が誉めてくれるから続けて誉めてくれないからではいけません。

『神の綱が切れたと言うが、神からは切らぬ。氏子から切るな』み教えという綱を掴んで離さないように、守り通してゆきましょう。み教えを頂くと心が開け広くなります。

もっともっと尊い生き方、神様より用いて頂ける考え方を学習出来ます。そして心も体も良い方へ作り替えて下さいます。

★皆さん!良いことは続けましょう。「貴方は、よく続いておられますねえ」と言って頂くのが、一番の誉め言葉だと感じれば良いのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:27 | 平成18年の「み教え」

2006年12月20日

●今、眼前の人の事を祈る

『信心する人は我がことより人のことを先に願え。そうすれば人も助かり、我身にも沢山おかげを頂ける』

神様に一心におすがりする稽古が、大きなおかげに繋がってゆくのです。お願いは、自分の仕事のことであったり、体のことであったり自分中心のお願いになることがありますが、教祖様は、「まず眼前の人の事を祈りなさい、周囲の人の事を祈って暮しなさい」と仰せになっておられます。

それが周囲の人の助かる言動になって現われ、自分も助かるのです。

★「これまでお世話になった人に御恩返しが出来ますように。」「親孝行をさせて頂けますように。」「心も体も健康で家も子孫も繁昌しますように。」との願う事が神様に通じてゆく正しい願いになってゆくのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 12:41 | 平成18年の「み教え」

2006年12月18日

●信心は反復練習

何か事が起こった時にこそ信心のお徳が現れます。白い布を藍壺に浸けては洗い、乾燥させ、再び浸けては洗い、乾燥させ、やがていくら洗っても落ちないような藍色に染まってゆくように、同じみ教えでも何度も何度も聞かせて頂く事が大切です。

み教えを1度聞いて分かったつもりになったり、知っているだけのことが多いのです。頂いたみ教えはすぐに実行出来るかというと、なかなか出来ません。子供の学習も信心も、反復練習以外にありません。

毎日の小さな積み重ねは、月日が経てば大変大きな差になって現れます。基礎が身について応用が出来るのです。

★間違った繁盛は神様の御心に叶いません。子々孫々正しい繁盛のあり方が伝わってゆきますように、今日一日今日一日信心の勉強をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 11:37 | 平成18年の「み教え」

2006年12月16日

●祈りのこもった生活

私達は、神様の大きな大きなご慈愛の中に包まれて生かして頂いているのです。そしていつも変わらず愛情を注いで下さっているのです。そのことを感じて、常にお礼を申せる事はとても大切です。祈りのこもった生活には無駄がありません。

★祈りは時間も空間も超えて神様、霊様に通じてゆくのです。祈りによって我家のご神徳がより一層満ちてゆきます。手厚く信心をさせて頂き、我家のご先祖の霊様方が徳高い存在になられるように、祈りをこめてご修行していると、霊様のお徳が高くなられ、霊様方が私達子孫のことを思って下さってああもしてやろう、こうもしてやろうと働いて下さるのです。祈りは、すべておかげになって返ってくるのです。

★祈りは長期間に亘る事もあります。その期間はじっとお願い成就に向けて待たせていただく辛抱が必要です。それがご修行です。強い祈りは必ず届きます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:00 | 平成18年の「み教え」

2006年12月15日

●心中ご祈念

教会長先生「苦しい時の神頼みの如く、何か事が起こってきたらお願いするけれども、普段はお願いしないで何事も自分でするという人は本当の信者とは言えません。どんな時も心中ご祈念をさせて頂ける人が、金光教の信者です。全てを神様にご祈念して、させて頂くのです。」

★どのように心中ご祈念させて頂いたらよいのでしょうか?
「親先生、金光様」と常にご祈念させて頂きましょう。ゆっくりと時間を取れる時は、お礼、お詫び、お願いをさせて頂きましょう。

1)電車に乗る時「乗客皆様が、目的地に無事着かれますように」

2)車を使う時「親先生金光様、今日も車を使わせて頂きます。有難うございます。ご無礼不行届きをお許しください。無事故、無 違反、無故障のおかげを蒙りますように」

3)買物、調理「無駄な買物をしませんように。食品を洗う時、調理をする時、頂く時、片付ける時など、常にご祈念し天地のお徳を我体に頂く事が出来ますように。」

★何事も自分の物だと思うから自分でしようと思うのです。全ては、神様からお預りしているものばかりです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:31 | 平成18年の「み教え」

2006年12月14日

●なまけ心に打ち克つ

『神参りをするに雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃ』12月17日(日)のご本部参拝の後に、天気予報によると寒波が来るそうですが、明日が最低気温0度と言われると「明日はゆっくり布団の中で寝ておこう」と思うことがあります。

ある先生:「自分の心の中にタヌキがいて“もっとゆっくりしておけよ”と言ったりするので、このタヌキにダマされないように、なまけ心に打ち克ち弱い心にならないようにしましょう」と仰せになられました。

ご隠居様は雨風になると、「今日はいつもの2倍も3倍もお徳を頂ける時です。有り難うございます。」と早足で参拝されていました。かばんには風呂敷を入れておられて「教会に伊藤家のめぐりを包んで参拝し、めぐりをお取り払い頂いて、徳を包んで帰る」という意識を常に忘れないようにされていました。

『陰徳をあるものは必ず陽報あり』『徐行あるもは必ず昭明あり』人に知られないように陰で修行し、徳を積むことを心掛けている人は、思う以上に報われ名声も高まる。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:22 | 平成18年の「み教え」

2006年12月12日

●求めて求めて

信心の根張りを良くしているからこそ、無常の風が吹いても倒れることはありません。常に地を肥やして根張りをよくすることが大切です。

前の親先生『教会は教えに出会う場所です。教会はみ教えに満ち満ちた場所でなければいけません。阿倍野教会に於いてご信者さんは正装してお参りしなければいけないという事はありません。前掛けをはずして普段着で参拝なさって下さい。1日に4回のご祈念とお説教、常にお結界でお取次ぎを頂けます。』

『み教えを頂かないで帰るということは、市場で買物をしてお金を払って品物を持って帰らないのと同じです。』と常に仰せになっておられました。

教会でみ教えを頂いて自分のどこにどのような改まりが必要か教えて頂きましょう。求めて求めて日々み教えを頂くことによって信心の根張りがよくなり、幹が太く、枝も葉も栄えるおかげを頂けるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 10:08 | 平成18年の「み教え」

2006年12月10日

●佐藤範雄先生のみ教え

●佐藤範雄先生のみ教え

1)人の欠点のみ数えて自分の欠点を改めない人にならないように

:人間は完全無欠ではありません。良い面と悪い部分の両面 を持っています。長所をしっかり見てお礼を申し上げましょう。


2)百芸に器用にして一芸に通じることが出来ない人にならないように

:才能を持っていても一芸に通じないと結構になれません。その道の第一人者を目指してゆく事が大切です。2流、3流にとどまらないように生涯心掛けてゆきましょう。

 
3)くだらない長話をして要領を得ないということにならないように


4)夜更かしして朝寝をする事のないように

:朝参りはどれ程有難いことでしょうか。前晩早く寝るのでつまらない付き合いをせずにすみ、よい習慣が身に付きます。


5)金銭物品の貸借を延び延びにしないように

:借りたものは3日前に返す。


6)いたずらに希望のみ大きくして実現に努力出来ない人にならないこと
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:54 | 平成18年の「み教え」

2006年12月09日

●神は氏子の用をしてやる

『信心は親に孝行するも同じこと』これまでお世話になったお礼に親孝行をさせて頂くのです。親孝行してやってると思うなら、それは大間違いです。

『氏子が神の用をすれば、神が氏子の用をしてやる』お礼にご用に使って頂くつもりであれば、神様が氏子のことを色々と気に掛けて下さいます。

★ある和菓子屋の製造小売をされている御信者さん:商売も繁昌され、自宅を新築して、90才になられるお母様のお世話が自宅でさせて頂けるように心配りをなさっておられます。

店鋪の周辺も地下鉄が開通して駅が出来上がり、大きな道路が整備される等、立地条件も大変良くなってこられ、環境が整えて頂けるようにおかげを頂いておられます。

親孝行を実意丁寧、正直親切にさせて頂いておられたら神様が先へ先へおかげを下さることが分ります。手元のところをおろそかにしないようにさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:02 | 平成18年の「み教え」

2006年12月08日

●進歩向上

幸せとはどういう事でしょうか?与えて頂いている家族、体や、仕事、全てのものに喜べる事。そして、そこから進歩向上を楽しみに努力出来る事によって人は喜びを見い出すのです。

★人間の生活には変化があります。家庭も仕事も世の中も停滞していることはありませんね。常に動きがあり変化があるものですが、それに対応していけないと維持も発展も生まれません。自分自身が進歩向上をしてゆきたいと願い、物事の捕らえ方考え方を一段と進ませて頂ける事。

自分の小さな殻を打ち破ることに努力することが大切です。一人一人の成長が家の成長につながります。相手の事を互いに祈り、拝み合って、親子夫婦が力を合わせ願いが一つになりましたら、より一層家全体がおかげを頂くのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 13:42 | 平成18年の「み教え」

2006年12月06日

●心の内を改まる

教会長先生が以前、脳梗塞で入院された際、お医者様より「今、立っておられるだけで奇跡ですよ」と言われました。脳内の運動を司る部分と、言語を司る部分が全く機能しておられなかっことが判明したのです。

しかし、その機能していない部分を別の部分が補っており、手足も動き、話しも出来られることになっていたのです。

マラリアが再発され全身がマヒされたことがあられ、教会で半年は安静にしておこうと考えられていた際に、前の親先生より「あなたは偉くなって掃除もせんようになったから、手も足もいらんわなあ」と厳しいみ教えを頂かれまして「ようし、なんとしても」と思われた事がおかげの頂かれはじめです。

雑巾を手に掃除を始めて、全身のマヒが少しずつ回復されたのです。み教えを頂かれ、真剣にご修行されたら、その結果を必ず与えて頂けるのが天地の道理です。み教えを頂いてそれをずっとご修行させて頂く事は、どれ程有難いことか分りません。

★苦労させて頂いた事は全て報いられるのです。ご信心のお徳で、毎日の生活が良い方へ改まっていって、日々物事の考え方生活の全てが良い方へ変わってゆくのです。信心は日々の改まりが第一です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:38 | 平成18年の「み教え」

2006年12月05日

●お願いの根本

ある小学校の低学年のお子さんのお届け:「将来、お医者さんになっておばあちゃんの病気を治したいのですが、どのようにお願いを立てればよいですか?」

先生から「将来、医学の勉強が出来ますようにとお願いさせて頂きましょう。」とみ教えを頂かれました。

このお子さんは「おばあちゃんの体が悪くなっているので、僕が先々病院を作るからおばあちゃんを診てあげたい」と1年も2年も前からそう思っていたそうです。

親が「なぜ、お医者さんになりたいの?」と聞くと「神様が体を作って下さり、病気も治して下さるのだけど、お医者さんになって神様のお手伝いをさせて頂きたい」と言ってくれるそうです。毎日み教えを頂いていると、子供ながらに理解することができるのですね。

★私達はついつい、自分のために願い行動し、自己中心になりがちです。自分の事を置いて「親孝行、親に安心して頂けますように」とお願いしていれば、神様が自分のことは都合のよいようにして下さるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 12:46 | 平成18年の「み教え」

2006年12月04日

●知らず知らずの内に

『信心すれば目に見えるおかげより目に見えないおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えてあれもおかげであった、これもおかげであったということが分るようになる。そうなれば本当の信者じゃ』

ある日近藤藤守先生に3名のご信者がたまたま同様のお礼届けをされました。

1人目「泥棒らしい者が表で物色していましたが無難のおかげを頂きました」

2人目「泥棒が表の戸をこじ開けておりましたが、盗まれずに済み、無難のおかげを頂きました」

3人目「泥棒が土蔵の壁をくり抜こうとしていましたが、果たせず無難におかげを頂きました。」

先生「どのご信者が一番おかげを頂いておられるでしょうか?」

「それは、今朝も何事もなく、変わらず参拝されておられる皆様ですよ」

★火災も盗難もなしに過ごさせて頂いているということは、知らず知らずのうちにおかげを頂いているということであり、その有難さに気が付かせて頂く事が大切です。

色々な人に日々お世話になっていることを自覚し、お礼をしっかり行き届いてさせて頂くことが大切です。そうすれば次に人にお願い事をしても、丁寧にさっと対応して下さることになるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 10:51 | 平成18年の「み教え」

2006年12月03日

●真一心

『天地金乃神のご神体は天地である。宮社に静まり収まっておられるのではない。真一心の心に神がおられておかげになる』

あるご信者:自宅に御神殿をお祀りされ後に信心の中だるみがありました。

先輩「キミは最近どうしているのか?」

後輩「家で拝んでいます。天地は一つだから、どこで拝んでもいっしょでしょう」

先輩「なぜ、教会へお参りしてみ教えを頂かないのですか?」

後輩「お話はいつも同じような内容だからもう分かっている」

先輩 「いや、そうじゃない。み教えは天地の親神様のお心を教えて下さっています。それを何回か聞いたからと言って全てが分り、実行出来るというものではありません。キミはどんな神様を拝んでいますか?」

後輩「生神金光大神様、天地金乃神様です」

先輩「生神金光大神様とはどんな神様ですか?」

後輩「天地金乃神様のみ教えをお取次ぎ下さる神様です」

先輩「キミは日々お取次ぎを頂いていますか?」

後輩「いいえ」

先輩「キミが拝んでいる神様は生神金光大神、天地金乃神様ではなく自分勝手な神様です。そんな勝手な事であなたの真心が神様に伝わっていきますか?拝んでいると言って自分勝手な事をしているだけですよ」

後輩「よく分りました。」


★困った時の神頼みではだめです。毎日み教えを頂いて自分に何が足りないのか気づかせて頂くことが大切です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:53 | 平成18年の「み教え」

2006年12月02日

●師走を迎えて

大祓式とは、中祓いでも小祓いでもありません。“大祓い”です。心の中の汚いものを全て取って、新しい年を迎えられるように、しっかりと改まり、すがすがしい心にならせて頂くことが大切です。

人を憎む事、腹を立てる事をお取り祓い頂き、有難い心になってお仕えするのが大祓感謝祭(越年祭)です。師走は気ぜわしいですから、一年で一番事故の起こりやすい時です。日々日参聴教に励んでいますと、どんな忙しい時でも「親先生 金光様」とご祈念させて頂いたら時間の都合をお繰り合わせ頂けるようになるのです。

人からの恩借、銀行借入についても、払うべきところはしっかり払って越年させて頂くことも大切です。喜んで有難い新年を迎えましょう。自分勝手、我流をお取り払い頂くのが信心です。この師走、心中ご祈念を欠かさず全ての予定が万全におかげを蒙って頂けますように。
posted by 金光教阿倍野教会 at 09:04 | 平成18年の「み教え」

2006年12月01日

●足らないのはお礼とお詫び

『道で夕立ちになると軒下を借りて、雨はまだ「やまぬかやまぬか」と言って雨が止んだら「やんだやんだ」と言ってお礼も言わずに出て行ってしまう。そのような信心ではおかげにならない』

『信心する者は山へ行って木の切り株に腰を下ろして休んでも立つ時には礼を言う心持ちになれよ』痛さや辛さがあるという事は生かして頂いているからこそです。何事が起こってきても痛み辛さを感じる時は、まずお礼お詫びを申し上げる事が大切です。

★相手を責める気持ちは決して神様のお喜びではありません。「これも私の願いの足らないところ、不行届きをお詫び申し上げます。その人の代わりにお詫び申し上げます。」という姿勢に心が広くなり有難い器に育つのです。

「先祖からのめぐりも私が信心しますから信心のお徳によってどうぞお取り払い下さい。私はどこにどのようなご無礼があるか分りませんがどうぞお許し下さい。徳も力もないところを足して下さい。」とご祈念させて頂きましょう。

★全ては神様が体験させて下さる事です。結構なお役目を与えて下さっているのです。自分の事だけに留まらず多くの人が助かられる事を祈ってゆきましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:50 | 平成18年の「み教え」

2006年11月30日

●木の五衰

1)懐の蒸れ:枝葉が茂り過ぎて風通しが悪くなる。虫が付きやすくなる。人間に置きかえると、貪欲、多欲ということでしょうか。

2)裾上がり。根が浅くなる。人間では、軽薄の意。

3)末止まり。成長が止まる。人間では進歩が止まること。

4)虫食い。人間では悪友が付くこと。

5)梢が枯れる。人間では没落するということ。


★植物は根が口です。根から空気を吸っています。空気を吸いやすい土の状態にする事が大切です。健全でない生活(健康上、経済上、不和)は、どこかに問題があります。信心のみ教えに沿って自分の生活を見直しましょう。

親の代に改まった事を子供の代も改まり、孫の代も続いて改まってゆく事が大切です。
posted by 金光教阿倍野教会 at 11:50 | 平成18年の「み教え」

2006年11月29日

●過去現在未来が助かる道

『信心せよ 世に勢信心という事を言うが一人で持ち上がらぬ石でも大勢掛け声で一度に力を揃えれば持ち上がる。ばらばらでは持ち上がらぬぞ。家内中勢を揃えた信心をせよ』

生命の親である天地金乃神様に対して、教えの親である教祖様に対して、生みの親、育ての親に対して御恩を知り、御恩に報いてゆく。考養を尽してゆく事が信者の心得です。実意丁寧に信心を尽すと自分の目が届かないところは神様霊様が足して下さります。

★信心のない姿とは、お世話になっておりながら「そんなことは知りません。お世話になっておりません」と言うている不孝な姿です。これまでの恩恵に対して感謝出来、報恩の生き方になるように改まってゆきましょう。

そうすれば、親の方からあれこれ心配して下さって、助けて下さるのです。ご先祖の霊様方も協力して下さり、力を足して下さるような、勢信心になれますように、霊様方を大切に祀らせて頂き、手厚い信心をさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 12:09 | 平成18年の「み教え」

2006年11月28日

●日々の反省と改まり

信心させて頂く者の目標:自分も助かり、人も助かる働きにならせて頂きますように。世の為・人の為にお役に立つように、お礼の働きによってめぐりをお取り払い頂き、身に徳を頂きますように。

「私一代で我家のめぐりのお取り払いを頂けますように」
「楽は望みません、苦労は覚悟、苦労しがいのある苦労をさせて下さい」

★信心させて頂いたらどうなるのでしょうか?:人に迷惑心配ばかりかけていた人が、ひとたび真剣に信心をさせて頂ければ、

1.人に迷惑を掛けなくなる。
2.人の事を祈れるようになる。
3.人の事がお世話できるようになる。

★あと一ヶ月で年末です。今日からは締めくくりの一ヶ月です。一年の締めくくりに相応しい反省と改まりをさせて頂きましょう。企業も反省と改まりによってどんな時代の変化にも対応しておられます。反省と改まり無しに進歩向上はありません。

よい習慣ばかりになるように、スパッとみ教えに添った生き方に変われますように。毎日信心に励み一年も経てば、体質改善が出来まして結構な姿にならせて頂けます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 11:42 | 平成18年の「み教え」

2006年11月27日

●目の前の人を拝む

金光教は全てのものを生かしてゆく道です。自分自身が生き生きと輝き、周囲の人々が助かり、生き生きと喜びに満ち満ちた生活にならせて頂けますようにおかげを頂きましょう。

『人が人を助けるのが人間です』小さな事に捕われず、強い信心、手厚い信心を目指しましょう。自分の弱い心に克ち、不成心をお取り払い頂いて大きな願いを持ちましょう。だれもが目の前の人を拝めるようになり、人のために尽そうという心になれるのです。

★み教えを頂ける私達は本当に有難いです。お取り次を頂いて心も体もコロッと変われる瞬間を与えて頂けます。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:53 | 平成18年の「み教え」

2006年11月26日

●教会長先生 御教え

開教八十五年 記念大祭・五カ年計画の願い満願成就に向けて『強い信心 手厚い信心をさせて頂く』強く確かな願いを持たせて頂いてどこまでも信心を求めて求めてさせて頂きましょう。

お願いを途中であきらめるような弱くつまらない信心にならないように、不成心を取ってゆきましょう。日参聴教に励み、日々お取次ぎを頂いて、御用・お導きを通して身に徳を頂いてゆきましょう。

信心の火が煌煌と照らして手元足元を見直すと共に、これから進むべき道が明らかになりますように、しっかりと信心させて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 08:21 | 平成18年の「み教え」