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2012年12月31日

●越年祭をお仕えするにあたり

本日午後7時半から、越年祭をお仕え申し上げます。ご家族皆揃って参拝のおかげを頂かれ、一年間万事にご都合お繰り合わせを頂きましたお礼を共々に申させて頂きたいと思います。

★今年の初めから本日の大晦日までを振り返らせて頂いて、今年一年の自分自身の信心はどれほど進ませて頂いたでしょうか。去年喜べなかったことが、今年は喜べるようになりましたでしょうか?去年不足に思っていたところが、今年は御礼が申せるようになりましたでしょうか?去年腹が立って治まらなかったところが、今年は腹が立たないようになりましたでしょうか。様々なことが起こってくる中、一つ一つを神様にご祈念させて頂いておかげを頂き、一年一年向上させて頂くことが出来ましたら、どれ程有難い年の積み重ねになるでしょうか。

★二代教会長伊藤コウ師は、「『昨日よりも今日、今日よりも明日、信心が向上しますように。』と毎日お願いしなさい。」とみ教え下さいました。常に新しくみ教えを頂き直し、常に新しくお取次を頂き直して、本物の信心に進ませて頂くことが大切です。いつも生き生きと清々しい自分自身でありますと、自ずと周囲の方々にも有難いものを与えることが出来るのです。自分自身の信心のあり方を常に見つめ直し、生きた信心をさせて頂いて、有難い一年一年にならせて頂きましょう。

★平成25年が良い年にさせて頂けるのも、そうでないのも「和賀心」からです。今日一日、行き届いて今年一年のお礼とお詫びを申し上げさせて頂き、有難い心に満ち満ちて平成25年の新春を迎えさせて頂きましょう。
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2012年12月30日

●「我(われ)良し」の心を放す

三代教会長先生が、商売をなさっておられたあるご信者のお宅祭に行かれますと、お知り合いの同業の方もお参りなさっておられたのでした。

その方も親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、立派なお店を構えて商売をなさっておられました。ところが、借金が嵩み、資金繰りに苦労なさっておられたのです。

そこで、三代金光様にお取次を願われ、「なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか」とお尋ねになったそうです。

三代金光様は初めは何もおっしゃらなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が・・・」とお尋ねになると三代金光様は、『何事も実意でな』と、み教え下さったそうです。

しかしその方は、「『そんなことなら知っている』と思いました。」と、話しておられたのを三代教会長先生がお聞きになられ、「今この方には器がない。何をお話ししても聞き入れる余地が無いのだなあ」と、残念に思われたと、お話しになっておられました。

★「我(われ)良し」と思う心がある限り、人間は成長させて頂くことが出来ません。そして、み教えを頂くときには、心を空にさせて頂かなければなりません。心の器が我情我欲で一杯になっていたり、あるいは壊れていたりしては、せっかくのみ教えも受けもらしてしまうのです。

★信心を始めたばかりの人でも、長年にわたって信心させて頂いている人でも、あるいは、お道の御用にお使い頂く教師であっても、至らない部分がたくさんあるのです。

み教えを頂くことによって、間違った心を正して頂き、精神を鍛えて頂き、思い分けの出来る賢さを身につけさせて頂くことが出来るのです。

『我よしと 思う心を仇として 戦いてゆけ 日ごと夜ごとに』(安武松太郎師)
 
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2012年12月29日

●おかげの中で生まれ、おかげの中で死んでゆく

『人間はおかげの中に生まれ、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのである。』

★私達一人一人の生命は各々に役目があって、この世に生を受けて生かされて生きています。様々な体験や出来事を通して、自分自身がお世話になって生かされて生きているということが切実に分からせて頂けるのです。

また、天地のお働きの中で、様々な人々や家族・物質・国家社会にお世話になって生活させて頂いております。ですから、その事に対して御礼を申して生活させて頂かねばなりません。そして、人の助かりに貢献させて頂くことを心掛けなければならないのです。

★私達は神様のおかげの中でお育て頂き、生活させて頂いております。そこで、親の役目として、これから子供や孫に対して、どのような生き方をしてもらいたいか、どのような役目を担ってこの世を渡ってもらいたいかを、自身の生き方を以て伝えさせて頂く必要があります。

神様の御心に適う正しい生き方・世の中のお役に立つ生き方を、親から子供、孫、ひ孫また周囲の方々に伝えて、共に助かっていく生き方をさせて頂くことが大切です。

★人の生命は、神様からおかげの中に授けて頂き、おかげの中で生活をし、おかげの中に死んでいくのです。自分の力で生んだ、自分の力で育てたということはとても言えることではありません。

今日一日の命を頂くという事は、奇跡的な事の連続なのです。生きるも死ぬるも神様のおかげの中という事を自覚させて頂きますと、自ずと出来てきたこと一つ一つにお礼を申し上げ、喜ばせて頂くことが出来ますね。
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2012年12月28日

●すべて神様からのお預かりもの

神様のご神徳の中で生かされている私達でありますから、何事も神様を第一に考えさせて頂き、神様にお喜び頂けるあり方にならせて頂くことを心がけさせて頂きましょう。

★家族も、仕事も、動産・不動産も、神様から与えて頂いているものであり、お預かりしているものです。

神様から与えて頂いた親であり、子供なのですからですから、御礼を申しながら家庭生活を送らせて頂きましょう。「自分の子供」などと思わず、世のお役に立つ人間に成長させて頂けるようにお願いさせて頂き、お取次を頂きながら正しい教育をさせて頂かなくてはなりません。

★また、動産・不動産でしたら、「神様からお預かりしている財産をご無礼なく管理、運用させて頂けます様に。」と、お願いさせて頂きながら、大切に扱わせて頂かなくてはなりません。

あるいは会社を経営させて頂くのでも、会社をお預かりし、任されているということなのです。ですから、世のお役に立つ会社となりますよう、また、従業員一人一人が、その家族に至るまで立ち行くようお願いをさせて頂くことが大切です。

★家族、職場の同僚、友人等、周囲の方々の助かりを願い、人に助かって頂けるあり方にならせて頂けますように。全てにお取次を頂いて、足りないところを足して頂き、ご神意にかなう生き方を心がけさせて頂きましょう。

★何事も『家業が行』だと教えて頂いております。家業を通してご神意にかなう生き方を稽古させて頂くのです。日々お取次を頂き、地道に稽古させて頂きますと、少しずつでも確実に成長させて頂くことが出来るのですよ。
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2012年12月27日

●信心を中心に

金光四神様のみ教え・・・

『信心は立聞きする心で信心する事を心がけること』

『信心は我身我心に克つことを心がけること』

『言いたいことは明日言えということあれど、明日も明後日も一生涯言わぬ様心がけること』

『堪忍辛抱を去って、自己の不行届を悟るを心がけること』

★竹中哲也氏は、ご両親の信心を受け継がれ、朝参り、毎月のお宅祭を続けられました。

メモ用紙を寝る時には枕もとにおいて、夢の中でもヒントを頂かれましたら、すぐに起きてメモを取られます。御本部参拝の電車の中でもメモを懐に入れて、話をなさった方々から教えを頂いておられたのです。日々新しい発見を探し求めてアンテナ張り広げておられました。

毎日朝参りをしてみ教えを頂き、生神金光大神様のお取次を頂かれて、常に中心がぶれないように「今日一日お役に立てますように」とお願いなさったのでした。

★潟Nボタの関連会社で赤字会社の経営の立て直しのご命を頂かれ、お役に就かれました時は、「神様がこのお役目を与えて下さった」と有り難く受け止められ、

「自分の徳と力ではどうしようも出来ません。どうぞお徳と力を頂かせて下さい」と信心を元に取り組まれました。自分がするという心ではなく、神様にさせて頂くという心で驕りなくご修行されたのでした。

★私達は日々信心の勉強に励ませて頂いておりますが、み教えを頂き直し頂き直しさせて頂かなければ、我に陥りやすく道を外れやすいものです。

生神金光大神様のお取次ぎによって心を正して頂き、心も身体も新しく作り直して頂けるのです。日々、お広前、お結界においてそれをさせて頂くのです。

そうして、天地金乃神様の御神徳を頂いて、そのご神徳は、家庭において身代と人間と達者が揃った生活をさせて頂き、職場には良い縁が繋がり、お役に立つ働きをさせて頂けるようになってゆくのです。
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2012年12月26日

●問題を信心で受けきる

伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)がご生前中、スエ刀自(伊藤コウ師のお姉様)に預けておられた公債が、盗難に遭ったことがありました。しかし、ハル刀自はすぐ心を神様に向けて信心で受け切ってゆかれました。

★そして娘さん達に、「この度の出来事は有難いことです。このお金がなくなっても神様のおかげで私達は変わりなく生活させて頂けているのです。今あのお金は差し当たって必要でないのだから、神様が世の中の困っておられる所へしばらく貸してあげなさいと言って下さっているのです。

質素倹約して貯金させて頂き、お支払いさせて頂くべき所、ご恩返しさせて頂くべき所にはきちんとお支払いさせて頂いておりますから、めぐりも汚れも付いていません。

神様からお許しを頂いたお金ですから用事が済めば、必ずお金は戻して下さいます。ですからそのお金が役に立ち、持って行かれた方が立ち行かれますようにお願いさせて頂きましょう。」と仰ったのです。

何と、盗難から10年後、ハル刀自がお国替えされて半年が経って、元の金額より倍になって戻ってきたのでした。

★どんな問題からも逃げず、神様を杖にして正面から取り組ませて頂くことによって、信心が練り上げられ、徳と力を頂くことが出来るのです。そうして、信心をもとにした有り難い生き方をさせて頂くことが、子孫の信心教育になるのです。

子孫の端々にまで信心が伝わり、先の世までも持ってゆかれ子孫までも残るご神徳を頂くことが出来ますよう、ご信心を進めさせて頂きましょう。
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2012年12月25日

●自ら進んで行うご修行

ある小学生の子供さんは終業式となり長期の休みになりますと、自ら必ず学期の成績表と休みの計画をたてられた日課表を持ってお届けに来られます。日課表には朝参り、そうじ、勉強、読書、睡眠等の時間が入っていて計画をたてておられます。人に言われてするというのではなく、自ら進んでご修行を決められるということが大変有難いことです。

★江戸時代後期のこと、平尾源太夫氏はある藩政の立て直しに努力なさったのです。
(1)常に心掛けて陰徳を積む。
(2)足るを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らざれば家は富めりと云えども心は貧者なり。
(3)家を治める事においては堪忍を第一とする。驕りをこらえて欲を抑え、欲しいままにせざるもこれ堪忍なり。
(4)無理に利益をむさぼれば却って財を失い、禍いがくる因になる。
(5)人の悪いことを告げ知らす者があっても、みだりに取り上げ用るべからず。
(6)金銀を多く子孫に残し与えようとするよりも、財を捨て広く善事を行い、陰徳を積みおくべきである。その徳善は、子孫にめぐりて子孫の幸となる。

★ご修行をさせて頂くからこそ、人間は成長してゆくことが出来るのです。自分が頂いている能力を高める為に、「無理無駄ムラのないように、時間・物を大切に使えますように、健康でありますように」とお願いさせて頂き、決めたご修行に励ませて頂きますと、神様が足らないところを足して下さり、運良く間(まん)良く、ご都合お繰合わせを下さるようになってゆくのです。それは神様に実意丁寧に真心を尽くしてゆくからです。
【日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2012年12月24日

●願主があきらめてはいけない!

先日も有難い御礼届けがありました。司法修習が無事終了し合格のおかげを頂いたとの事です。12月25日から出勤なさる法律事務所も決まり、これから弁護士として社会にお役に立たせて頂けますようにとのお願いであられました。

長い年月願い続けて勉強に努力なさってこられたことがいよいよ成就させて頂かれるのです。私も共に嬉しく神様に喜びの報告をさせて頂いたことでした。

★銘々にどうあってもおかげを頂きたいという願いがあります。しかし、突然思うに任せないようなことが起こってきますと、色々と理由を付けて無難な方へまた楽な方へと横道にそれてしまっていては、結局はその目標から遠ざかってしまうことになりますね。

人間ですから、心配や不安が生じてしまいやすいものです。「私のようなものでは、とてもおかげを頂くことが出来ません。」と自分から諦めてしまっては、神様はおかげを授けてやろうと願って下さっているのに「ようおかげを授けてやることが出来ない。」とお嘆きになられるのです。

★そこで、私達ご信心させて頂いておりますものは、その心配や不安や迷いをお願いにかえて、神様にお預けすることが出来るのです。どこまでも諦めずに願い続けることが、おかげを頂く近道に繋がるのです。そして、「もうだめだ、諦めよう…」という不成心を取り去り、ご修行させて頂くのです。

★しっかりとした志を立てるところに、皆が協力して下さり、物事が思う通りに動いてゆくのです。志を立てるということは、大きな願いを持つことです。自分自身の天命を知り、早くから願いを立てて努力し、「どうあってもこの日までにおかげを頂けますように!」と強い願いを持って、おかげを頂いて参りましょう。

★『願主があきらめてはいけない。押して願っておかげを受けよ。』

【日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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2012年12月23日

●心の掃除をする

昭和63年12月21日は植田千代子氏の御命日です。植田氏は幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時「私は小さい頃より身体が弱いですので、周囲に心配をかけております。どうぞ病気をおあずかり下さい。」と御本部で時間のある限り御祈念されました。そうしますと、今日からおかげが頂けると思える程に清々しい気持ちになられ、その時以来根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と3つの約束をなされました。「1、絶えず喜ぶ稽古をします。2、日参を続けます。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は大正14年から文の里より、昭和14年から甲子園から参拝され、6人の子宝を頂かれましたが、出来得る限り出産の朝も参拝され、その後は代参をたてられたのです。計64年間続けられたのでした。

★ご主人が工場で、鉄板が倒れてきて右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまった時があられました。医師は「とても治りません。」と言いながらも一応手術して下さったそうです。植田千代子氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい。というお願いならお取次させて頂きましょう。」とみ教えを下さいました。そのみ教えによって改まってご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、痛みがなくなり、血管も神経もつながって後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★辛抱があるから有難いご修行となり、神様からご信用を頂け、御神徳を蒙らせて頂けるのです。そのご修行は不成心(私心・偽りの心・放埓・驕りの心)を取ってゆくことです。自分の知識や他の情報により凝り固まった考えを、常のご信心により心の掃除をさせて頂くのです。

教祖様は『人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり。』と仰せであります。人や物に心を向けるのではなく神様に心を向けさせて頂き、我情我欲が取れてゆくようにご信心を進めさせて頂きたいと思います。
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2012年12月22日

●弱いところを自覚する

昨日は、二代金光四神貫行之君、歴代金光様の例年祭を無事にお仕え申し上げさせて頂くことが出来まして、真に有り難いことでございました。

★二代金光様のみ教えに『初めに聴いて有り難かった話しがいつ聴いても有り難かったら病無しの信心じゃ』とございます。

親先祖が頂かれたみ教えも、子の代・孫の代まで伝えさせて頂き、常に新たな気持ちで頂き直すことによって、結構なおかげを頂き続けることが出来るのです。なぜならば、自分の体質や性質は、親先祖から受け継がれたものであり、子孫にも伝わってしまうものだからです。

★たとえば、自分が疲れている時に症状が出やすいところを知っておくことによって、大事に至らないように気をつけさせて頂くことが出来ますね。

また心の面でも、弱いところ、改まるべきところをみ教え頂くのですから、よくよく自覚して油断なくご信心させて頂くことによって、良い方向に進ませて頂くことが出来るのです。

★自分に頂いている課題を見据えて、問題に直面した時にでも、「何が何でもここをおかげにさせて頂こう!」という元気な心で日参と聴教に励ませて頂きますと、そこから信心が一層に進み、問題も解決に向かうおかげを頂くことが出来るのです。

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2012年12月21日

●喜びの種蒔き

あるご信者が、「朝参りをさせて頂いて、み教えを頂いて一日を始めることが出来たら、全てにおいて段取り良く物事が進んでいくのがよく分かります。反対に、朝参りをさせて頂けなかった日は、何かにつけて物事が思い通りに進まず、心もすっきりとしません。」と話しておられました。

★そこで、「天地の道理に基づいたみ教えの鏡に照らして、自分を見直し、聞き直し、考え直しさせて頂くことが出来るのです。今の自分はどのような所を改まらせて頂くべきなのか、今日一日どのようにしておかげを頂けばよいのかを教えて頂き、日々神様の御心にかなう生き方に矯正して頂いているようなものですからね。

自分に厳しく、人には寛大にならせて頂けるよう、また、喜びの多い生活にならせて頂けるよう、正しい願いが生まれるのです。そのような生活は、良いことが次々と芽生えていく為の種蒔きをさせて頂いていることになるのですよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★『世に一粒万倍ということがあるが、その一粒万倍は、蒔いて生ずるのか、蒔かずに生ずるのか。蒔かずに生えたものには確かなものはない。また、種を蒔かずに収穫のできることはない。信心も真という種を蒔けば、神さまから万倍にして戻してくださる』

★喜びの種を蒔けば喜びが生まれ、不平不足の種を蒔けば不平不足が増えてしまいます。自分のしたことは全て自分に返ってくるのです。悪い芽が出てしまった時には、責任を持って刈り取らなければなりません。日々油断なくみ教えを頂き、喜びの種蒔きをさせて頂きましょう。
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2012年12月20日

●神様にお喜び頂けることを願いとする

18日には、教徒会例会にて北川泰男氏の有り難いおかげ話を聴かせて頂きました。

お母様が二代教会長伊藤コウ師にお取次を頂かれ、「新しい住宅を頂かせて下さい。家計が立ち行きますように。」とお届けなさったそうです。

すると、「あなたのお願いは、木を植えて、水も肥もやらずに『花が咲きますように』『実が成りますように』とお願いしているようなものです」とのみ教えを頂かれました。

お母様はそのみ教えを有り難く頂かれ、「大きなおかげを頂けるだけのご信心に進ませて頂けるように、ご修行をさせて頂こう」と心に決められたのでした。

そして、家では内職をなさりながら、早朝4時前から教会に参拝なさり、お掃除の御用を続けられたのでした。

そのご修行のお徳によりまして、お子達二名が無事成長されて良い御縁を頂かれ、経済が立ち行くおかげを頂かれ、新しい家も頂かれたのでした。また、子孫の方々にも有り難い信心が伝わっておられます。

★信心とは、自分の思うことを願うだけではありません。長期に亘って、「どうぞ神様の御心に適うような、実意丁寧な生き方にならせて頂けますように」とお願いさせて頂きましょう。

そして、神様にも御霊様にも周囲の方々にも喜んで頂ける生き方にならせて頂きたいものです。正しい願いを持つことによって神様に喜んで頂き、金光様に喜んで頂けるようにお取次ぎを頂いていくのです。

生涯かけて積み上げられた信心のお徳によりまして、子の代孫の代にも有り難い信心が伝わり、代を重ねて本物の信心に近付かせて頂くことが出来るのです。

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2012年12月19日

●信心を要に

『病気災難があったからと言うて、にわかに信心を始めるより普段から手厚く信心をしておれ。手厚い信者であれば神から心配してやる。いかに大病とか急死とかいう病難でも峠をこえさせて全快させてやる。とかく信心の地を肥やしておけよ。』

★先日あるご家庭で新築落成奉告の御礼のお宅祭をお仕えになりました。今年、新居が完成して間もない頃のことです。

そのお宅のお母さんが、近所のバス停留所の横にある電信柱付近に立っておられました時に、ワンボックス車がバックでさがってきて、運転手はそのご信者に気付かずに、事故を起こしてしまったのです。電信柱と車の後部ボディーの間に頭から足まで全身を挟んでしまわれたのでした。

★もちろん人身事故の扱いとなったのですが、病院に行き詳しく検査して頂くと、お歳を召しておられるのにも関わらず脳にも骨にも異常がなく、打ち身だけで済ませて頂く大みかげを頂かれたのでした。

身体の各所に内出血があられましたので、体のだるさを感じておられましたが、薄紙を剥ぐように少しずつ回復され、以前と同じようにお元気で通常の生活を営んでおられます。大難を小難に小難を無難におまつりかえ頂くことが出来られ、共に神様、御霊様に御礼を申し上げたことでした。

★何事にも要は大切です。私達は全てにおいてご信心を要にさせて頂かねばなりません。家庭、仕事、育児にもご信心を要として整えてゆくのです。そこには、「有難き・畏れ多き・勿体なき」の三きの心を以っておかげを頂かねばなりません。そうした有難い心に満ち満ちた信心の積み重ねにより、神様は私達をお守り下さるのです。
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2012年12月18日

●今日のお命が大きなおかげ

16日には、共々に年末の御本部御礼参拝をさせて頂きまして、真に有り難いことでございました。

年の初めから一年間おかげを頂き続けてまいりまして、結構に今日お命を頂いて御本部御礼参拝をさせて頂き、金光様に御礼を申し上げ、お取次を頂くことの出来る有り難さをかみ締めさせて頂き、心から喜んで御礼を申し上げたことでございます。

列車での参拝でも、バスでの参拝でも常に安全に安心に参拝させて頂くことが出来、御本部のお広前に拝礼させて頂けることはこの上なく有り難いことであると、月々感じさせて頂いております。

★み教えを頂くことから離れてしまいますと、「命があるのは当たり前」「平穏無事が当たり前」というような考えに陥ってしまい、御礼の信心がそこそこになってしまい易いのです。一番の根本となる大きなおかげは、今日こうして、神様のお許しを頂いて生かして頂いている喜びに気が付かせて頂くことです。

★『神の一言は千両の金にもかえられぬ』『神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ』とみ教え頂いております。

心の受けものにひびは入っていないでしょうか。不足や心配で満ちているようなことはないでしょうか。

心の受けものを空にさせて頂いてしっかりとみ教えを頂いて、御礼の心に満ち満ちた毎日になりますように。

そして、一人一人に頂いている徳も力もより一層に現させて頂き、縁につながる人々が皆助かって頂けるようなご信心に進ませて頂きましょう。
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2012年12月17日

●恩詰まりにならないように

『信心信心というても、神様に頼むばかりが信心ではない。知らず知らずのご無礼のお断りもせねばならず、日々こうむっておるおかげのお礼も申さねばならず、もちろんお願いもせねばならぬが、お礼の足らぬのはご無礼ぞ。

ご無礼を重ねて、どうしておかげになるものか。人が、あほうじゃと言うてもかまわぬ。丁寧にするがよい。神様が、お利口じゃとかわいがってくださる。神様にかわいがってもらう方がよいぞ。』

★早くから御隠居様は、このみ教えの意味を理解なさることに努められました。

「家の信心の礎にならせて頂きますから、子供の代には楽に御本部への御礼参拝がさせて頂けますように、孫の代にはもっと楽にお礼の信心がさせて頂けますように。」とお礼の信心を続けられたのです。

そのお祈りの下で、今日私達は、列車とバスで楽々と御本部お礼参拝をさせて頂けています。

★二代教会長・伊藤コウ師は「おかげ泥棒になってはならん。」とみ教え下さいました。おかげを受け続けていることのお礼をさせて頂かねばつり合いがとれません。ご恩を受けているばかりで、恩詰まりにならないように、ご恩返しをしっかりとさせて頂くことが「徳切れ」にならない生き方です。

★私は、自分の足元に大きな穴が開いていて、そこに板を渡して立っている、というイメージで考えています。その穴を埋めさせて頂き基礎を確かなものにさせて頂くように、お礼の信心に一生懸命にならねばなりません。そのことによって新しい物が上に築いてゆけるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 07:40 | 平成24年の「み教え」

2012年12月15日

●神様は荒れ地荒れ屋敷をお嫌いなさる

『神様は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる』とみ教え頂いております。このお土地は天地の親神様のお体です。日々神様のお許しを頂いて使わせて頂けるようにお断りを申し上げ、使わせて頂いていることを御礼申し、

どこにどのようなご無礼不行届きがあるかも分からないことでありますから、それをお詫び申し上げながら、実意丁寧に使わせて頂かなくてはなりません。

そうして、日々ご祈念させて頂きながら、整理整頓し正しく維持管理をさせて頂くところに天地のお徳がより一層現れ、お守りを頂くことが出来るのです。

★あるご信者のお家では、家族の者が風邪をひいたり熱を出して寝込みますと、すぐに掃除を始められます。御神殿はもちろんのこと、トイレや風呂場や炊事場を清めさせて頂き、神様にお詫びを申し上げられ、病気が治るようにお願いされます。家庭の中も心の中も、荒地のような状態にならないようおかげを頂かなくてはなりません。

★伊藤ハル刀自(伊藤コウ師のご母堂)は、「世の中で一番恐ろしいのは人間の心」と、み教え下さいました。戦争も人の心が生み出すものですし、嫉妬にかられて人を傷つける、というようなこともあります。

けんかが多い、あるいは、人と何かにつけて反発してしまう、というのは、心が荒れている証拠です。
★お土地も家屋も心がけて保たせて頂くと共に、心も荒れ地にならないように和らぎ喜ぶ心にならせて頂くよう努めさせて頂くことが大切です。

日々み教えを頂いて、「自分ほど至らない者はない」という謙虚な心を養い、心の乱れを正していくのです。和らぎ喜ぶ心に神様のお徳が一層に現れて、健康で繁盛のおかげを頂くことが出来るのですよ。
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2012年12月14日

●日々お届けをさせて頂いてお取次を願う

ある御信者は、「私の店はちょっとも本雇いになる使用人が来てくれません。どうぞ本雇いを志して根を据えて働いて下さいます人が来て下さいますように。」とお届けに来られました。

そこで二代教会長伊藤コウ師は、生神金光大神様、天地金乃神様にそのことをお願いなさっておられますと、ふと神様からお知らせを頂かれたのです。

★「あなたの店に本雇いの人が来て欲しいという思いになれば、先ず第一にあなた自身が神様からこの店の本雇いの番頭さんにならせて頂くことが一番大事なのです。」

神様をご主人として、本雇いに雇って貰えるところのお店の番頭さんにならせて貰う覚悟をするということが、次々とそういう人が勤めに来て下さる一番の大事な根本なのです。

また、自分の子供に自分の仕事を継いで貰いたい時にも、親がその仕事に対して本気になって、「何でもこの仕事に対しておかげを頂いていこう!」と腹の決まった親にならせて頂くことです。

すると、必ず子供が親の仕事を継いでくれるようになるのです。★私達は、日々お取次を頂いて足らない所は足して頂いて、大難は小難に、小難は無難に、大病は小病に、小病は無病におまつりかえ頂き、

おかげを頂いて生活させて頂いております。日々、実意丁寧にご信心をさせて頂き、金光様のお取次を頂いて、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂けるように祈らせて頂くのです。

そして、日々お取次を頂く稽古をし、み教えを頂く受け物を作らせて頂き、少しでも神様の御心に近付かせて頂けるようにご信心を進めさせて頂いておりますと、たちどころにおかげを頂くことが出来るのです。

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2012年12月13日

●人の助かる事を先にお願いせよ

先日あるご信者は、同僚の方をお導きされ教会へ連れてお参りされました。そのご信者は、入信当初は、「会社を辞めようか?こんな所にいても仕方がない…」と悩んでおられましたが、

参拝されお届けなさってみ教えを頂くにつれて「こんな有難い会社はない!こんな有難い仕事はない!天職を頂いた!」と喜べるように変わってゆかれ、現在は与えて頂いた仕事や環境に対して有難く思って励んでおられます。

「皆が円満に仕事をさせて頂けるように、会社が発展されるように」と会社の方々、全体のことを拝ませて頂けるようになられたのです。なんと、その間には仕事ぶりを認めて頂き、昇格のおかげを頂いておられます。

ご信者は、み教えを頂くことの有難さを痛感し、家族や周囲の方のお導きをされるようにまで信心成長のおかげを頂いておられるのです。

★学校へ通わせて頂いてる方は、学校に入らせて頂く前に、「学校全体が怪我過ちのありませんように。皆が円満でありますように。」とお願いさせて頂き、

会社にお勤めの方は、会社に入らせて頂く前に、「会社全体の発展と無事故、円満で仕事がさせて頂けます様に」お願いさせて頂きましょう。

営業に行かれる時には、営業先の会社の発展と立ち行きと助かりをお願いさせて頂くのです。それが、順序です。

★『自分のことは次にして人の助かる事を先にお願いせよ。そうすると、自分のことは神が良いようにして下さる。』

『今まで長い間痛くて辛かったことと今おかげを受けて有難いことと、その二つを忘れるなよ。その二つを忘れさえしなければ病気は二度と起こらない。これからは人が痛いと言うてきたら、自分の辛かった時のこととおかげを受けて有難かった時のことを思い出して、神に頼んであげよ。』
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2012年12月12日

●微力さ、無力さを痛感するほど

今、家族が病気等で苦しい思いをされている方がおられるとします。では、その苦しい思いをしている方に家族や周囲の人とは何をさせて頂けるでしょうか。

出来る限りの真心こめて看護や介護はさせて頂くとしても、自分の生命にかえて助けることは出来ません。生神金光大神様のお取次を頂いて、

そのお方が天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂かれますようにお願いさせて頂く他はないのです。★「私は無力で、何もさせて頂くことは出来ません。

私達家族のかわりに家のめぐりを背負って病気をしてくれています。私が改まってご修行させて頂きますから、どうぞあの方を助けて下さい。

私自身がもっと信心を進めさせて頂けますように、御修行させて頂きますから、宜しくお願い致します。」とお取次ぎをお願いさせて頂くのです。

「自分自身が至らない、無力だ、微力だ。何も自分の力では出来ない。」と痛感すればする程、「親先生、金光様!」と願わせて頂いて、足らない所を足して頂くように願う他はないのです。

諦めずに願い続けるところに、有難い道が開けていくのです。★御結界では、お礼もお詫びもお願いも足らない所は足して下さいますが、

自分自身が神様の御心に近付くように少しでも努力させて頂きませんと、その願いは聞き届けては下さいません。

日々お取次を頂く稽古、み教えを頂く稽古をさせて頂き、その頂いたみ教えを日々の生活で実践させて頂くのです。どこまでも自分自身の信心の向上を諦めずに願って、お取次を頂くことが大事です。

★日々、お礼・お詫び・お願いのお届けを油断なくさせて頂いて、より一層御信心を進めさせて頂きましょう。出来てきた事を全ておかげにさせて頂けるよう、おかげの受け物を作らせて頂きましょう。

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2012年12月11日

●死生の安心を得るまでに

教祖様のご信心を習わせて頂きますのに、み教えの皮相な頂き方では申し訳ないことです。初めの心(純真さ、素直さ、熱烈さ、謙虚さ)を忘れずに一日一日新たに向上してゆかねばなりません。

★それと共に信心は短期的なものではなく、生涯かけて信心の稽古を積み重ねてゆくことが大切です。教祖様は『死に際にもお願いせよ。』と仰せになりました。

生涯かけてご修行させて頂いた上で死を目前にしてもうろたえることなく、今日まで生かして頂いたお礼、お礼の申し足りぬお詫びを申し上げ、今日一日のことをお願いさせて頂くのです。

そして御霊にならせて頂きましたら活き活きと大きな働きをさせて頂けますように、とお願いさせて頂けるまでに死生の安心のおかげを頂くのです。

★二代教会長・伊藤コウ師は「布を織りますのに、ちょっと織っては切って、ちょっと織っては切ってしていますと、役に立つものは出来ません。着物にも帯にもなりません。ご信心も同じことです。」とみ教え下さいました。

それは痛い時の神頼みで終わってしまい、常に信心が停滞していれば、御神徳を身に頂く事や大きな願いがかなうようなおかげは頂けないということです。

★「足らず足らずと思い暮して死するまで。」…生涯かけてのご修行。み教えを頂きますのに、同じお話を聞かせて頂いても、同じように聞いて「また以前聞かせて頂いた同じお話だな。」と分かったつもりでいるようではいけません。

それは自分自身が成長していないからです。違う視点から頂き直さなければなりません。自分自身がご信心を求めて求めてさせて頂いておりますと、昨日の自分と今日の自分は違います。新しい内容に気付かせて頂くことが出来て、習熟して身に修めてゆくことが出来てゆくのです。
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2012年12月10日

●自分の改まりから道は開かれる

この度、再就職させて頂かれた方がお礼届けに参拝されましたので、お話しさせて頂いたことでした。

★「これからは、どんなことでも信心を元にさせて頂く稽古をさせて頂きましょう。何事も、『自分がする』ということになると、無理が生じます。神様にお願いしてさせて頂くのです。

例えば、人に忠告させて頂く時にでも、相手に受ける器の無いところに言ってもこちらの真意は伝わりません。

相手のことを分からせて頂こうと思えば、その人の助かりを一生懸命に神様にお願いさせて頂けば、分からせて頂けるようになります。

これから新しい会社で、ご信心を基にして仕事をさせて頂きましょう。ご信心を基にして掃除もしましょう。ご信心を基にして人との交流もさせて頂きましょう。

そして、時間を見つけてお広前に足を運び、しっかりみ教えを頂きましょう。謙虚な心が養われ、徳と力を頂いて、神様から授かっておられる才能を十二分に発揮させて頂くことが出来るようになりますよ」とお話しさせて頂いたことでした。

★物事が思うように運ばない時、人との関係が上手くいかない時には、相手や環境を不足に思っていては問題が解決しません。

どこまでも謙虚な心で自分が至らないことをお詫び申し、自分が改まらせて頂くことによってのみ、道は開かれるのです。
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2012年12月09日

●代々伝わるご信心

昨日は、みかげ会例会が開催され、花岡信男氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。★花岡氏は今年3月、38年勤務された防衛省自衛隊を無事に定年退官されました。

花岡氏の業務内容は、陸上自衛隊の事務官として、主に駐屯地に所在する部隊及び隊員に対する物品補給・食事提供・医療看護・福利厚生・電気水道等管理の業務をなさっておられました。

金銭を扱うことが多く、毎月多額のお金を決済されておられた為、金銭の誤りがないよう、毎日出勤されたら「今日も一日、金銭事故及び事務処理の誤りがありませんように。」と心中ご祈念なさってお仕事にあたられておられました。

そのことにより、神様のお守りを頂かれて在任中は一円の金銭事故の無いおかげを頂かれましたことは真に有難いことです。

★花岡氏は、御信心のあられる奥さんと結婚なさったことがきっかけで入信されました。結婚当初、仕事で異動して間もないこともあり、仕事や人間関係でピリピリされておられた時に、教会へ参拝されお説教を聞かれたのでした。

その時のお説教で『心配する心で信心せよ。』『金を杖につけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。』という御教えを頂かれて、なにか心に新鮮なものを感じられ、お道の有難さが分かられたのでした。

それからは、奥さんと共により一層御信心が進まれ、そのご信心がさらに息子さんに伝わって、小さい頃から子供会・学生会でお育て頂かれ、家内中が勢信心のおかげを頂いておられます。

★健康で働くことが出来、日々の生活を心から有難く幸せなこととお礼を申し、常に喜んでお仕事させて頂くところにおかげを頂く元があるのですね。
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2012年12月08日

●どこまでもお礼の心を忘れない

『お願い一ぺんに お礼十ぺんというように お礼を言う心が篤いほど ご信心が篤い ご信心が篤いほど おかげが篤い』

★あるご信者は8日をおかげ日として、お礼のお届けを55年間続けておられます。生後10ヶ月の時にお母さんがお導きを頂かれ、昭和32年7月8日に右股関節脱臼全快のおかげを頂かれたのでした。

生後1歳半の時に頂かれたおかげを、ご本人が今日も続けてお礼を申されておられます。それは、御恩を忘れないようにお母さんが小さい時よりご本人を連れてお届けを続けられたからです。

そのご信心により現在に至るまで再発なしに、また二人のお子さんがその体質を受けることなくおかげを頂いておられます。

★二代教会長・伊藤コウ師は「親の代で受けた御恩は、親の代だけでは返せない。子供の代、孫の代に受け継いでゆくことが、病気の根が切れてゆくということです。」とみ教え下さいました。

どこまでもお礼の心を忘れないことが大切です。その為には日々み教えを頂き、お礼の心を大きく成長させて頂きましょう。

★伊藤コウ師より「世間では一年の計は元旦にありと言われます。それでは遅いのです。一年の計は年末にあり。」とみ教え下さっております。今年一年頂いてきましたおかげに対して、しっかりお礼申し上げ、来年の準備をさせて頂きましょう。
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2012年12月07日

●思う事が願いになる

ある小学生の御信者が、先日お届けに来られました。今年の夏頃から学校で仲間外れにされ、今日まで辛抱して学校に通っておられた事を打ち明けられたのです。

「今日までよく辛抱して学校へ通われましたね。よく努力しましたね。そして今日もよくお参りが出来られました。

世の中には色々な人がいますね。様々な方がおられる中で、色々な考え方や意見を知ることにより勉強になるのです。また、この経験を通して、人の痛みを分からせて頂く事が出来ると思います。

この出来事をおかげにさせて頂きましょう。私も同じような経験がありました。私は、仕返しをするという事は決してせず、自分の改まるべき点を書き出して、机の前に貼って毎日御祈念しました。

すると、自然と収まってゆき、半年後には楽しく学校へ通わせて頂けるようになりました。嫌な思いはしましたが、その経験を通して、人の事を思いやる心や相手の立場に立って考えさせて頂けるようになったのです。

あなたもクラスの方の名前を書かせて頂いて、毎日一人一人の方のことを御祈念させて頂きましょう。相手の子の名前を思い出すこともしたくないかもしれませんが、御祈念することを稽古させて頂いておりますと、段々と心が開けてくるのですよ。」とお話しさせて頂いた事でした。

★「誰に対しても実意・丁寧・正直・親切にならせて下さい。」とお願いをさせて頂くという事は、そういう生き方が出来ますようにとお願いしているのです。お願いさせて頂く方向に、人は進んで行きます。

思う事が願いになるのですから、み教えにそった生き方が出来ますように、良いことを思って良いことをお願いさせて頂きましょう。
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2012年12月06日

●心を神様に向ける稽古を

娘が一才になりたての頃、台所の土間から落ちて腕を骨折したことがありました。事情を聞きますと、60センチほど下の土間に下りた家内の後をついて行って、落ちてしまったということでした。家内の監督不行届きを責める心を抑えつつ、泣きじゃくる娘を連れて、家族三人で自宅のご神殿で御祈念させて頂きました。

日々の御礼とお詫びを申し上げて後、「只今は妻の監督不行届きで・・・」と心で申し上げた途端に、「お前はどうか」と、神様の方から心にはっきりとお知らせ頂きました。「その時私は記念館で子供会の御用をさせて頂いておりましたので・・・」と申し上げると、再び間髪いれずに「お前はどうか」と心にお知らせ頂いたのでした。

★そこで初めて気がつかせて頂いたのは、娘がはいはいをし始めた頃から、土間に下りる廊下に柵を設けなければならないと思いつつも、「この子は上手に歩くから」「倉庫の一番奥から大きな柵を出すのはなかなか大変だなあ」等と思いながら先延ばしにしてきたことでした。

そのことに気が付かせて頂いた時に、心の底から「私が一番悪うございました。相すみませんでした。」とお詫びを申すことが出来、「どうぞ娘の怪我が大事無く治らせて頂けますように」と、心静かにお願いさせて頂くことが出来たのでした。すると、それまで火がついたように泣いていた娘も、静かに御祈念させて頂いていたのでした。早速病院でレントゲンをとって頂きますと、娘の左腕は単純骨折でしたので、以前と変わらないようにきれいに治るとの有り難い診断でした。

★常平生から一心に心を神様に向ける稽古をさせて頂きますと、何かことが起きて来た時にも、そこに込められた神様の思し召しを分からせて頂くことが出来るのです。また、自分が至らないという謙虚な心から、実意のこもった真心からの願いが生まれるのです。
 
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2012年12月05日

●おかげの元を尋ねる

病気災難がふりかかってきた時に、「なぜこのようなことばかり起こってくるのだろうか…。なぜ私ばかり病気にかからねばならないのか…。」等と病気や災難の元ばかりに目を向けてはいないでしょうか。

自分自身の心の中身、生き方・考え方・生活の仕方を根本的に考え直し、おかげを頂く元を尋ねる生き方をさせて頂くことが大切です。

しかし、痛いことや辛いことがありますと、自分自身のことで精一杯になり他のことを省みることが出来ません。その心と体が病んでしまっている部分を、御信心によってお取り払い頂くのです。

★神様は、氏子の助かりを願って下さっておられますから、御信心させて頂いて常に心を神様に向けさせて頂いておりますと、神様からおかげを頂く道を教えて下さるのです。

素直に心を神様に向けさせて頂き、神様から頂いたみ教えを心の底から有難く頂く心におかげを授けて下さるのです。

★家庭に於きましても、親は幼少の頃から子供に対して「あなた達は、神様のおかげで命を頂いて生まれてきたのですよ。お祖父さん、お祖母さんの御信心のお徳のおかげ、御霊様のおかげで生まれてきたのですよ。

何か美味しい御馳走があれば、第一にお祖父さん、お祖母さんに頂いてもらいなさいよ。毎日お食事が頂けるのも、お父さんが一生懸命働いて下さったからですよ。手を合わせて拝んで頂きなさいよ。」と毎日伝えさせて頂いて、有難いおかげを頂く元を伝えさせて頂くのです。

日々、家庭で信心教育をさせて頂き、小さい頃からおかげを頂く元を尋ねる稽古をさせて頂きましょう。
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2012年12月04日

●不足心におかげはない

あるご家庭で、息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、両親が大層悩んでおられました。そこでお導き頂かれ、お参りなさるようになられ、二代教会長伊藤コウ師にお届けされました。

すると、コウ師より「息子さんを拝みなさい。」とみ教え頂かれたのでした。御両親は今まで「自分達が息子を産み育ててきた。なのにどうしてこんな恩を仇で返すようなことを息子はするのか!」

という考え方であったことをお詫び申され、「頂いたみ教えを生涯守り通させて頂けますように」とお願いされながら息子さんを拝む稽古に励まれたのです。

日々稽古されておられますと、いつしか暴力は収まり、立派に成長され、社会人としてお役に立たれ、更には結婚され子宝にも恵まれたのでした。

ついには、子供を連れて一緒にお参りして頂けるようにまで変わって下さったのです。

★『不足信心をするな。』『不足信心におかげはない。』自分の不足心から現実の生活に難儀を生み出してしまうのです。

夫婦の間で、また親子、上司・部下の間で相手を不足に思えば、「相手のことを祈らせて頂けますように。良いところを見させて下さい。不足心を取らせて下さい。」とお願いさせて頂きましょう。

人に向ける心を神様に向けるのです。「この人を通して神様は私に何を教えて下さっているのか?」を考えさせて頂くのです。

『話を聞くばかりが能ではない。わが心から練り出すがよい。』とみ教え頂いております。練り出すつもりでご祈念して考えておりますと、有難い心にならせて頂くことができ、出来事や人の口を通して神様から何を教えて下さっているのかが分からせて頂けるのです。

『わが心が神に向かうのを信心というのじゃ』
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2012年12月03日

●願い主としての信心を確かなものに


 あるご信者は、ご両親が亡くなられてから後に残して下さった土地家屋を、親族で財産分与する為に売却したいと考えておられました。

財産を相続するについては相続税が発生しますので、安過ぎる売値では赤字にもなり得るということで、こちらの希望に適うような買い手のご都合が頂けるよう、開教九十年記念大祭に向けて、年の初め頃からお願いなさっておられました。

しかし、思うような良い話はなかなか出て来ませんでした。記念大祭が奉行された後も、「どうぞ11月中におかげを頂かせて下さい」と、お願いさせて頂いておりました。

そうしますと、先日、「11月29日に、こちらが思う以上の売値で売却話が持ち上がってきました」と、お届けがありました。そこで、「是非その話しを進めさせて頂きましょう!」と、お話しさせて頂いたことでした。

★皆さんお一人お一人が、この度の記念大祭のご庇礼を頂いておられます。それぞれに頂いているおかげをしっかりと自覚させて頂けますよう、また、神様が授けてやろうと思し召し下さるおかげを受け漏らすことのありませんように。

願い主があきらめてはなりません。願いを一層強く確かなものにさせて頂きまして、記念の年の残り一ヶ月間しっかりと信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2012年12月02日

●締めくくりの月

腎臓の病気を抱えておられるあるご信者が、お朔日の夜中に仕事を終えられて教会に参拝されました。その方は、その病状が進行すれば透析を受けなければならないという状況であられながら、

また違う病気を抱えておられる奥さんと共に御夫婦で、お仕事を一生懸命励んでおられるのです。その方がお届けで、

「この様な病気を抱えている二人が、これだけ毎日体を使わせて頂いて、一生懸命働かせて頂けるということは、奇跡的な有難いおかげを頂いてのことです。

しかも今年は、去年よりも売り上げ向上のおかげを頂きました。世の中が不況と言われている中、売り上げが上がらせて頂けるということは、当たり前のことではありません。

働かせて頂くこと自体、当たり前のことではないのです。ですから、いつもお仕事をさせて頂く時、「金光様、只今より仕事をさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します。」と、

一つ一つの仕事に御祈念させて頂いております。11月も無事に終えさせて頂きまして、毎日結構なおかげを頂き続けております。有難うございます。」と丁寧にお礼を申されたのでした。

★11月も無事健康で火災盗難等なくお守り頂き、12月を迎えさせて頂いたことでありましたら、どれほど喜ばせて頂かねばならないでしょうか。

一つ一つ振り返らせて頂いてお礼を申し、ここからまた次のおかげを頂く為に準備をし、お願いをさせて頂くことが大切です。

12月締めくくりの月に、一年間の御礼を申し上げ、お礼の申し足らないところのお詫びを申して、さらにより一層有難い御信心に進ませて頂けますようにお願いをさせて頂きましょう。

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2012年12月01日

●恨みに報いるに徳をもってす

『真で損をするように思うのは、やっぱり真が足らぬのぞ。恨みに報いるに徳をもってすということがあろうが。ご信心するものはこれじゃ』

二代教会長伊藤コウ師のことを「泥棒」だと言ってふれ回った人がありました。それが、あろうことか修行生の一人だったのです。その話が親教会にまで伝わり、吉田新太郎先生が伊藤コウ師をお呼びになり、事情を説明するということになられたそうです。

しかし伊藤コウ師は、一切弁明するようなことをおっしゃらず、「全て私の不徳の致す所でございまして、申し訳ございません。」と、お詫びだけを丁寧に申されたのでした。後に、その件が事実無根のことだと分かったのでしたが、伊藤コウ師は相手を責めるようなことを一切なさいませんでした。

それどころか、「あの人は、もっと自分を大事に思って欲しいと思っているのです。私の親切が足りなかったのでしょう」とおっしゃり、その修行生の立ち行きを願い続けられ、縁談のお世話までをなさったのでした。

★誰でもそれぞれの意見、立場、考え方をもっているものです。自分の立場や都合を先に立て、そこに合わない人のことを批判的に見てしまうとしたら、それは自分の受けものが小さいということなのです。日々み教えを頂き、起きてくることを喜んでご修行にさせて頂きましょう。日々のご修行によって心が広く大きくなり、より多くの方のことを祈れる有り難い信心に進ませて頂くことが出来るのです。
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2012年11月30日

●きれず、まがらず

『信心の浅い時には、人から悪しざまにそしられるとすぐ腹が立って、こらえきれないで、しっぺ返しのようなことをする。しかし、信心が少し進んでくれば、人からそしられると、腹は立つけれども、信心しているからと思ってこらえられるようになってくる。信心がずっと進んでくると、人からそしられても腹が立たない。腹が立つどころか、かえってその人が気の毒になる。』

★教祖様は、仕返しする心を取られ、自分に都合の悪いことも良いことも、実意丁寧に真を尽くされ、神様にお任せしきられました。明治維新の激しい世の中の移り変わりの中、神前撤去の通達にも、神様のみ教えを守られたのでした。

教祖様は「きれる刃はこぼれる、というが、この方は、きれず、まがらずじゃ」と仰せです。自分は有能であるからと、慢心し、物事に逆らってゆきますと、思いがけないことが起こってくることがあります。教祖様の心は人に向けられることはなく、その熱意は決して変わることがあられません。じっくり燃え続けて、決して火が消えることのない、そのような御信心であられたと感じさせて頂きます。

★難しいことが起こってきた時に、どのように対応させて頂きおかげにさせて頂けるか。それは自分自身の信心がどの程度であるか、神様がお試し下されておられるのです。

★日々、自分自身がさせて頂かなければならない家業をご修行と思ってさせて頂き、そこに雑念邪念が入らないようにして、お役に立つ働きをさせて頂くことに一心にならせて頂いておりますと、神様、人にも通じておかげを頂いてゆきます。

自分自身に打ち克つところに、ご修行があるのです。これは、家庭、職場であっても、どこでもそのご修行の場が多くあります。その一瞬一瞬に御祈念させて頂きおかげを頂きたいと思います。
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