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2021年11月16日

●まことの心に正して頂く

 私は、中学生くらいの頃から、「私の様な者に、教会の御用が務まるはずがない・・・」と、思えてなりませんでした。若く、考えの浅はかであった私は、御用にお使い頂く者は、神様から、何でも直接教えて頂くことが出来たり、あるいは、先々を見通すような、一種の超能力的な力でもなければ、お届けなさったご信者に助かって頂くことは出来ないと、考え違いをしておりました。ある時、その様な不安な胸の内を、三代教会長先生にお話しさせて頂きますと、「何も、特別なことを考える必要はありません。真面目に、コツコツとご信心させて頂いたらよろしい」と、み教え頂きました。おっしゃって頂いたご意味は分からせて頂いたつもりでしたが、それでも、不安な思いは常に心にありました。

★大学生の時に、三代教会長先生より、「神様のおかげでお命を頂き、生まれた時から、お祈りを受けて、神様のお下がりを頂きながら今日まで成長させて頂いた、その御礼に御用をさせて頂いたらどうか・・・」と、おっしゃって頂きました。その時も、お言葉のご内容は分からせて頂いたつもりでしたが、三代教会長先生が、戦地で命の危機をご信心によっておかげを頂かれたような経験もなければ、御用にお使くだけの器にあらず、覚悟が定まりませんでした。三代教会長先生は続けて、「これまでのご恩が、それ程までに分かっていないのであれば、ご恩を十分に知らないお詫びに、そして、神様にご辛抱頂いてきたお詫びに、御用にお使い頂いたらどうか・・・」とおっしゃって頂き、「そういうことならば、御用にお使い頂こう」と、心を定めさせて頂くことが出来たのでした。

★人間の心は、知らず知らずのうちに、自分中心に陥り、天地の道理からそれてしまう危ういものです。日々新たに、生神金光大神様のお取次を頂いて、思い違い、考え違いを正して頂き、まこと真心のご信心にならせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『金光大神の取次で、神も立ち行き、氏子も立ち。氏子あっての神、神あっての氏子、子供のことは親が頼み、親のことは子が頼み、天地(あめつち)のごとし、あいよかけよで頼み合いいたし。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 令和3年の「み教え」