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2021年10月18日

●本当に大切なことを見失わない 

あるご信者のお宅祭で、その存在を知ることになった詩ですが、読むたびに心に深く感じる詩があります。

★『手紙 〜親愛なる子供たちへ〜』(作者不明、ポルトガルの詩を和訳したもの、日本語訳・角智織氏)
年老いた私がある日 今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解してほしい  私が服の上に食べ物をこぼしても 靴紐を結び忘れても あなたに色んなことを教えたように 見守ってほしい  あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても その結末をどうかさえぎらずに うなずいてほしい  あなたにせがまれて繰り返し読んだ 絵本のあたたかな結末は いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた  悲しいことではないんだ  消え去ってゆくように 見える私の心へと 励ましのまなざしを向けてほしい  楽しいひと時に私が思わず 下着をぬらしてしまったり お風呂に入るのを嫌がるときには 思い出してほしい  あなたを追いまわし 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて 嫌がるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを  悲しいことではないんだ  旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを捧げてほしい  いずれ歯も弱り 飲み込むことさえできなくなるかもしれない  足も衰えて 立ち上がることすらできなくなったら あなたがか弱い足で立ち上がろうと 私に助けを求めたように よろめく私に どうかあなたの手を握らせてほしい  私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないでほしい  あなたを抱きしめる力がないのを 知るのはつらいことだけど 私を理解して支えてくれる心だけを持っていてほしい  きっとそれだけで それだけで 私には勇気がわいてくるのです  あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添ってほしい  あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと あなたに対する変わらぬ愛を持って 笑顔で答えたい  私の子供たちへ  愛する子供たちへ

★御恩を知ったつもりでいても、いつの間にか忘れてしまう、ということが、私達には多々あることでしょう。年を重ね、立場が変わるとともに、ものの見方は変わってきますが、自分の都合を優先して、本当に大切なことを見失ってはいけませんね。み教えを何度も頂き直すということは、本当に大切なことを見失わない為に必要なことです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:20 | 令和3年の「み教え」