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2021年10月12日

●聞く耳を養う

三代教会長先生が、あるご信者のお宅祭に行かれた時のことです。その家には、ご信者のお知り合いの同業の方が、たまたまお参りしておられたのでした。

★ご信者は、終戦後に商売を始められました時には、経済的に厳しい状態であられ、親戚からも借金をしておられました。二代教会長伊藤コウ師より「なるべく早く借金を完済しなさい。借金せずに商売をさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、半年で借金を返済されたのです。それからは、自己資本だけで商売をされ、借入金なしの方針で商売を続けてこられました。しかし、同業の方は、商売の初めから間口も広く構えられ、盛大に商売をなさっておられました。一方、その方は、借金をして商売をなさっておられましたので、常に資金繰りに走り回っておられ、ご主人が店におられない状態であられたのです。そして、借金が嵩み、苦労しておられたのです。

★その方も、親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、三代金光様に直々にお取次ぎを願われ、「長年信心しておりますが、なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか。」とお尋ねになったそうです。三代金光様は、初めは何も仰らなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が…」と尋ねると、三代金光様は、『何事も実意でな。』とみ教え下さったそうです。しかしその方は、「そんなことなら知っている。」と思った、と話されたのでした。その話を三代教会長先生がお聞きになられ、「普段より心からみ教えを頂かねば、誰が何をお話ししても、聞き入れる余地が無いのだなぁ。三代金光様からみ教えを頂いても、このような受け取り方だからなあ」と残念に思われたと言うことです。

★み教えの頂きようが足りませんと、どれほど有難いみ教えを頂いても、み教えの御意味を理解することはできないのです。それは自分自身の思い上がりや、ご無礼不行き届きが積み重なっている状態であり、受け物が壊れている状態なのです。日々み教えを頂き、自分自身の聞く耳をしっかりと養い、頂いたみ教えを守り通させて頂き、本物のご信心に近づかせて頂きましょう。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 令和3年の「み教え」