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2021年10月05日

●ご慈愛の中に生かして頂いている御礼

『心配する心で信心をせよ』とみ教えを頂いております。私達は、完全無欠ではありませんから、心配が次から次へと、起こってきますね。しかし、信心させて頂く者は、その心配をお願いに変えさせて頂けることが、本当に有難いのです。そのご信心を、私達は日々、稽古させて頂くことが大切です。

★何か物事が起こってきた時に、「神様は、どういうご意味で、この出来事を与えて下さったのでしょうか?私には到底分かりません。どうぞ教えて下さい・・・」と御祈念させて頂いて、教えて頂いたら、「なるほど、そういうことでしたか。分かりました。有難うございます」と、意味が分かってから、お礼が申せるというのが一般的です。

★しかし、その物事が起こってきた瞬間に、ご意味が分からなくても、都合の悪い、難儀に思えるようなことであっても、「金光様有難うございます」と、まずお礼を申す稽古をさせて頂きたいものです。そして「これは、神様が私に、必要であるがゆえに与えて下さったことだ!有難うございます。可愛がって下さって、有難いことでございます。何卒、ご意味を教えて頂けますように・・・」と、分からないながらも、お礼を申せるようになってきましたら、出来てくることを丸生かしにさせて頂き、しっかりと、本質を掴ませて頂けるようになっていくのです。

★このお道は、喜びで開けたお道です。難あって喜び、苦あって喜び、喜びによって有難い受け物が出来ていき、将来が開けていくのです。苦難によって、神様に近づかせて頂けるのですから、難はおかげなのです。ただただ、「生神金光大神様、天地金乃神様、有難うございます・・・」という心持ちにならせて頂くことを稽古するのです。そして、神様のご慈愛の中に、日々有難いお恵みを頂いて、お許しを頂きながら、生活をさせて頂いていることを、悟らせて頂くことです。「どれほどご辛抱頂いていることか・・・、どれほどお許し頂いていることか・・・、有難いことでございます。勿体ないことでございます」という、姿勢を大切にさせて頂きましょう。

★『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 令和3年の「み教え」