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2021年09月23日

●祭り日を忘れない

 本日は、お昼二時より秋季霊祭をお仕え申し上げます。ご家族揃って参拝のおかげを頂かれ、霊様にお礼を申し上げ、より一層お徳の高い霊神様となって頂けますよう、御祈念を込めさせて頂きましょう。

★ 教祖様は、ご養父、義弟、お子様三人、飼い牛2頭(当時は一般に家族同様に大切にしていた)を次々と亡くされ、七墓築かれるという難に遭われました。そして、その後、教祖様もまた42歳の時に、「のどけ」という九死に一生の重い病気に罹られたのでした。親類縁者により病気全快の勢祈念の最中に、御祈念を先導していた古川次郎という方に神がかりがあり、37歳の時の建築が金神に無礼になっていると、厳しく咎められたのです。教祖様は「この度の建築に当たり、どの方角へご無礼しておりますやら。凡夫で相分かりません。方角を見て済んだとは、私は思っておりません。以後、ご無礼のことは、ひらにお詫び申し上げます。」と神様に心からお詫びなされたのです。

★お詫びをなさった教祖様に対して、神様は「いま言うた氏子の心得違い、その方は行き届いておる」と認めて下さったのです。そして「この度は熱病では助からないので、のどけに神がまつりかえてやったのぞ。神徳をもって神が助けてやる」と仰せになったのです。教祖様は、その後も常に「私共人間の生活には、どこまでも至らないところがある」という心持ちで生活され、神様の仰せになることは、どこまでも信じて守り通され、自らを反省なさるご姿勢が、神様にご信用頂かれる「実意」となっていかれたのでした。

★人間のすることですから、神様がご覧になられたら、どこにどのような不行き届きがあるか分かりません。目に見える範囲や、聞こえてくるものしか信じないということでは、実に狭いものの考え方になります。目に見えないところの多くの働きがあってこそ、私たちは支えられて生かして頂いているのです。ただ見えないだけ、気付かないだけなのです。人の働きさえ気付かないことが多いのですから、霊神様方の働きは知らないことや気付かないことの方が多いことは明白です。私たちには、数限りないご先祖の御霊様がおられ、目に見えないところでお守りお導き頂いているのです。知らず知らずに頂いているおかげに対して、どこまでも御礼申すことを常に心掛けさせて頂きましょう。

★『祭り日は、信心を忘れないための大切な日である。この祭り日を忘れさえしなければおかげがある。忘れたらおかげはない。親の恩を忘れないための法事のようなものである。何事にも恩を忘れてはならない。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 令和3年の「み教え」