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2021年03月29日

●神様と共に信心辛抱

 二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。四神様のご遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)は数え年14才というご年令で、御結界の御用を継がれることになられ、高等小学校をおやめになって、お結界で奉仕をなされたのです。明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されました。

★三代金光様は、昭和11年に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。『天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって、早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が、座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。初めのうちは、辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて、泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事も、いつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事であります』と仰せになられたのです。

★佐藤一徳先生はご本の中で次のように記して下さっています。「三代金光様は、初めは辛い思いをなさっておられましたが、段々と有難いお心になられたのは、神様の思し召しと受け切られ、神様におすがりさせて頂かれて信心辛抱をなさったからです。ただご自身の決心や覚悟だけでなさった辛抱でしたら、『有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りない』お心にはなられなかったことでしょう。そこに親様のお祈りがあられ、ひたむきに神様にお縋りなさった三代金光様は、神様と共にさせて頂かれた70年間の御修行をもって、神様・親様に向かわれる姿勢を私達に表わして下さり、良きお手本を示して下されたのです。」

★信心辛抱というのは、自分の力みや強がりの辛抱では、続くことも出来ず、成就することもできないのです。「自分がする」という心がありますと、「出来るからする」とか、「出来ないからしない」とかという考えが生まれてしまうのです。また、「とても私にはできない。」「こんなこと最初から無理に決まっている」というような不成心が出てきます。どんなことも神様におすがりさせて頂き、神様と共にさせて頂く辛抱こそ、信心辛抱であり、おかげを頂いている姿なのです。まず、自分自身が神様にお願いし、不成心を取り除き、「徳と力もなく、行き届いたことが出来ず、まだまだ至らないところがたくさんある私でございますが、生神金光大神様のお取次を頂いて、天地金乃神様のお徳を頂けますように」と神様におすがりしお願いしてさせて頂けば、神様がさせて下さるのです。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:51 | 令和3年の「み教え」