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2021年02月25日

●刃先の焼き直し

『「鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、くわでもさいかけ(刃先の焼き直し)をしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのがさいかけじゃ」と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、どんなにもなかったら信心が寝入る』

★以前、大病をなされて入院なされた先生に、先日お会いした時にご体調のことをお伺い致しましたら、先生は「これまで健康だ、健康だ、と生活させて頂いておりましたけども、病気で入院させて頂きました時に、食事が出来る・寝ることが出来る・排泄が出来るということは、おかげを頂かないとさせて頂けない事だと分からせて頂きました。私は、健康だからと慢心しておりました。」と仰っておられました。

★私達の生活でも、何事も起こっていないということで、したいことが何の支障も無く出来ておりましたら、油断して慢心してしまいます。神様は、私達にいろいろと機会を与えて下さり、信心が寝入らないように気付かせて下さるように思います。

★私自身も、膵炎を経験しました。食べる物によって痛みが出ますので、痛まずに頂ける食品と全く頂けない食品がありました。しかし、その事によって改まりが出来、食生活において拝んで頂き節制をさせて頂いておりますと、体質を改善させて頂けたのです。今は痛みもなく、有難く拝んで食事を頂いています。そのようにして、おかげの元を神様が与えて下さっていたのですね。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:04 | 令和3年の「み教え」