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2021年02月23日

●日々お徳を頂く生活をする

 昨日は、三代教会長・伊藤良三大人霊神の13年廻れる例年祭を無事にお仕え申し上げることが出来、ご生前中よりご祈念頂き、今日も阿倍野教会の信奉者一同に、付きに付いてお守り下さり、お導き下さることにお礼を申し上げることが出来ましたことは、真に有り難いことでございました。

★三代教会長伊藤良三師は、9人兄弟であられましたが、その内の6人が次々と御国替えされました。ご両親は、大変辛い思いをなされたのです。末っ子であられた良三師は虚弱体質で小さい子供でありましたから、親は「どうあっても元気に育ってほしい」という悲痛な思いで、小学6年生の年齢で親元を離れて阿倍野教会に入所なさり、二代教会長伊藤コウ師と、コウ師のご母堂・伊藤ハル氏より、朝起きてから夜休まれるまで、箸の上げ下ろしにいたるまで、事細かにみ教えを頂かれる日々を送られたのでした。後に20歳頃になって養子縁組が整われたのです。

★コウ師より「朝起きて、ご飯を食べて学校に行かせてもらうことだけをしていては、あかんのや。庭を掃かせてもらうとか、廊下を拭き掃除させてもらうとか、何か御用させてもらいなさいや。そして学校が終わったら、寄り道せずにすぐ帰って来て、何か御用させてもらいなさい。」とみ教え下さったのです。良三師は、十代の頃から自分のことだけではなく、日々お徳を頂く生き方を稽古なさって、頑健な心と身体に成長させて頂かれました。

★三代教会長先生が戦地に赴かれます時に、二代教会長伊藤コウ師から「遺言と思って聞きなさい。まず、出来てくることをすべて有難くご修行として受けていきなさい。次に人を殺さないこと。殺さないということは死なせてはならんということですよ。」とみ教えを頂かれました。戦地に赴かれた良三師は、行くところ行くところ、今度は難しい、今度は容易ならんと思われても、「生神金光大神様、天地金乃神様・・・」といつでもどこでも心中ご祈念なさらない日はなかったという事です。

★ある時、上の副官より「すぐに刀を振り回したり、人の悪口を言うなど、非常に喧嘩早い人がいて、他の隊では受け入れを断られたが、君のところでどうしても引き受けてほしい」と言われ、その方を受け入れる決心をなさったのですが、半年間全く言うことを聞いて下さらなかったそうです。部下に言うことを聞いてもらえないことを周囲に笑われる等、それはそれは恥ずかしい思いをなさったそうです。しかし、「将来教会で御用させて頂くにあたって、色々な問題があるに違いない。ご信者一人一人に皆おかげを受けて頂かねばならんのに、『この人は私のところに合いません』と断るようなことでは、御用にはならん。出来てくることを全てご修行だと受け切っていかねばならない!」と思われ、ご辛抱なさったのです。

★すると、良三師がフィリピンでマラリアに罹られ、40度の高熱でうなされておられた時、その部下の方は、良三師の頭を冷やすなどして、介抱して下さったのでした。さらに「仕事は全部しておきましたからご安心下さい。ゆっくりと休んで下さい。」と言われたのです。良三師は、その方の考課表に、悪いことは一切書かず、全て良いことばかり書いて提出なさったのでした。

★良三師は、どんな状態にあっても神様を杖にあきらめず、コウ師のお言葉を神様のお言葉だと受け切られ、過酷な戦地に於いても、100名の部下が一人も戦死する事なく、遺骨なしで帰国させて頂けるという大みかげを頂かれたのでした。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 令和3年の「み教え」