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2021年01月02日

●何事も無駄事はない

 令和3年を迎えさせて頂いて思いますことは、昨年に体験・勉強させて頂いたことは実に大切な経験でありました。その経験を活かさせて頂けますように、今年もまたお役に立たせて頂けます様にとお願いをさせて頂きながら、日々のご信心に基づいた生活を油断なく進めさせて頂くことが大切だと思わせて頂きます。

★三代教会長先生は自分自身の戒めとして「神様は私に必要以外の何物も与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあるのであって、無駄なことは何一つもない。元気な心で試練に堪えよ。たとえへ天災や病気や怪我であっても、或いは、わけのない中傷であっても、又、気のすすまない仕事であっても、何事も御神意としてとり、明るく生きぬく覚悟を持て」とお書きになったものを私達に残して下さいました。何事も神様の思し召しが詰まっていて、その思し召しの尊いご意味をしっかりと理解させて頂く為に、私達はご信心の稽古に励ませて頂いているのです。

★教祖様のみ教えを頂くのも、親先生のみ教えを頂くのも、命の一部分を頂いているのです。経験を通して悟りを開かれ、神様からのお言葉(み教え)を頂かれた、そのご内容を説き聞かせて頂くということは、命を分けて頂いているのです。その意味が本当に分からせて頂きましたら、心の底から有難いと分からせて頂けますし、決して疎かには出来ませんね。人にお世話になっているということも同じです。その人の働きを分けて頂いている。即ちその人の時間・命を頂いているのです。心からお礼を申し上げて「御恩に報いることの出来る私にならせて頂けますように!」とお願いさせて頂きませんと申し訳ないですね。ですから、御恩が分かってこそ、本当のお願いがさせて頂けるようになっていくのです。それが『実意をもって願え』と教えて頂いていることです。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:02 | 令和3年の「み教え」