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2020年11月19日

●釘一本、葉の一枚にも命がある

 阿倍野教会の現在のお広前ご建築中のことです。工事中の境内地に、まだ使えそうな釘が、何本も落ちていたことがあったようです。また、ある時には、まとめて土に埋められていたこともあったそうです。大工さんからすれば、釘の代金は施主が払うものであって、少々の材料を無下に扱っても自分の懐に影響はない、という考えがあったのかもしれません。三代教会長先生は、それらの釘一本も無駄になることのないように、拾って集められたということです。

★金光教学院には参道に銀杏の木があり、講堂の前庭には桜の木があります。それらの木は、秋から冬にかけて大量の葉を落とし、学院生は、掃いても掃いても落ちてくる落ち葉を、限られた時間の中でお掃除をさせて頂くのです。ある時、先生から「いくら落ち葉の掃除が大変でも、木を揺すったりほうきでつついたりして、まだ木についている葉まで落として、ついでに掃除をしてしまおうというような考えは持たないように。葉の一枚一枚にも命があり、その命を慈しむ心が尊いのです。」と、学院生全体にみ教え頂いたことがありました。つい、効率重視に陥ってしまうと、自分にもそのような危うさが無いとも限らないことに気が付かせて頂き、有難い戒めのみ教えとさせて頂いたことでした。

★釘の一本、糸の一本、紙一枚でも、天地のお恵みとして、賜わり物としての命を一つ一つが頂いております。人間中心、自分中心の狭い考えに陥ってしまうと、「高価か安価か」あるいは、「希少なものか、どこにでも大量にあるものか」ということにのみ、物を大切にする基準をおいてしまい、物の命を粗末に扱ってしまうおそれがあるということを、忘れないようにさせて頂かなくてはなりません。

★ものが豊かな今日であるからこそ、全ての命を神様からの賜りものとして敬い、大切にさせて頂くことを、いつも忘れないようにさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 令和2年の「み教え」