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2020年09月20日

●神様を杖に

 18日には、教徒会例会にて、竹中氏のおかげ話を聴かせて頂きました。昭和25年、お祖母様がご近所のご信者にお導き頂かれたのでした。長男さん(竹中氏の伯父)は、いわゆる小児麻痺で幼少の頃から寝たきりのお体で、その下に、竹中氏のお父様を含め三人のお子さんがおられました。お祖父様は仕事熱心なブリキ職人さんでしたが、生活は厳しい状況が続いておられましたが、神様を杖におかげを頂いてこられたのでした。

★三代目のご信心を頂いておられる竹中氏は、幼少の頃から子供会、男子学生会にと参拝なさっておられましたが、思春期に差し掛かるころから、「目に見えないものを信じても仕方がない」「自分の道は自分の力で切り開くものだ」「神様に頼るのは自分が弱い証拠だ」等と、思えるようになり、教会から足が遠のいていかれたそうです。しかし、大学4年生で進路を考えなければならない時期に、ノイローゼのような状態が何カ月も続かれ、「教会にお参りしてみようかな・・・」と心に浮かぶようになられたそうです。何年もほどんど教会にお参りしておられなかったこともあり、はじめは恐る恐るお結界に進まれ、立ち行かない当時の現状をお届けなさり、神様にそれまでのお詫びを申し上げたのでした。

★すると、お結界の先生は、優しく力強く「神様はどんな時にでも氏子をお守り下さっています。神様が氏子を見放すようなことは決してなさいません。あなたの抱えている不安や迷いは、すべてこのお広前に置いて帰って下さい。教会の敷居は低いので、怖がらず、どんなことでもお取次を頂かれたらよろしいですよ。必ずおかげが頂けます」と、み教え下されたのでした。この日から、それまでは、ご両親に連れられての信心、自主性のない信心であられたところから、自ら求めて教会に参拝させて頂き、お取次、み教えを頂くご信心に変わっていかれたのです。

★このように、出来事を通して、お取次を頂き、み教えを素直に頂いて、頑なになっておられた心が開かれていったのは、ご先祖様とご両親のご信心のおかげであると思わせて頂きます。特に、お祖母様は、雨の日も風の日も欠けることなく日参なさり、いつもお掃除の御用にお使い頂いておられました。み教えを頂くことによって、神様を忘れた生活から、何事も神様にさせて頂く心に変わらせて頂かれ、今日も素直なご信心が続いておられますことは、真に有り難いことでございます。

★『有難いことを知らぬ者に 困ったり難儀な者が多い 信心して思い分けが出来 有難いことが分かって お礼が言えるようになると 難儀災難が払われ 達者にもなってくる』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 令和2年の「み教え」