金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年09月16日

●人を見るな、教えを見よ

 教祖様ご在世中のことですが、片岡次郎四郎師は、月々14里(約56キロ)の道を歩いて御本部へ参拝なさっておられました。教祖様が御帰幽になられるまでの16年間に、月参拝を欠かさず続けられたのですが、初めの12年間は、家の者が病気になったり、家内に問題が起こったり、天気が悪くなったりと、参拝に差し支えるようなことばかり起きてきたそうです。しかし、その中を繰り合わせて参拝させて頂かれますと、教祖様はいつもニコニコと迎えられて、「道が悪くて困ったじゃろう」とも「えらかったなあ(大変だったなあ)」というような事は一切おっしゃらず、「よう参られた。良い修行であったなあ。おかげを受けたなあ。」と仰って、その信心ぶりをお喜びになられたのでした。

★片岡次郎四郎師は、教祖様から「来月は〇日に参拝しなさい」と決めて頂かれたのですが、12年間の神様のお試しの中でも、天候気象の都合や、自身や家族の中で色々と問題があられる中、欠かすことなく有難く参拝を続けられたことにより、めぐりをお取り払い頂かれ、神様からご信用を頂かれまして、それから後は楽々と参拝のおかげを頂かれたのでした。

★片岡次郎四郎師は、大変実直なお方であられたのですが、気性が激しく正義感が強いお方なので、人が曲がったことをすると許せずに、承服させるまで言い負かさなければ気が済まない性分であられました。ご信心なさるようになられて、金光様の元へ参拝されますと『人に悪く言われた時に、信心するからこらえなければならないと思ってこらえるくらいでは、まだいけない。先方の心を、どうぞゆるしてやってください、直してやってくださいと拝んであげるようにならなければならない』『その性分ではおかげが受けられない。性分を改めなければならない』と教えて頂かれ、そのみ教えによって生まれ変られたのです。これまで自分が正しいと思って行ってきたことが、信心を基にしてみ教えを頂きますと、確かではなかったということが理解できられたのです。また、教祖様から『人を見るな、教えを見よ。教えてあろうが。』とみ教えを頂かれ、口を慎み、己を慎んで、人のことを一切口に出されず、人の助かりを願うことを心掛けられたのでした。

★自分の考えは正しいと思い込みますと、反省と改まりに時間がかかったり、問題の原因を他人や環境のせいにしたりすることに繋がりやすいのです。神様のみ教えを基にした生活、天地の道理に基づいた生き方をさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 令和2年の「み教え」