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2020年08月02日

●目に見えるのはほんの一部分

 以前、教会の南境内地に植えてあった松に虫がついたことがありました。ご信者が松の木の辺りを掃除しておられた時に、虫を見つけて教えて下さったのです。早速見にいってみますと、松の葉っぱ程の細い小さな虫が沢山ついていましたので、見える範囲で取らせて頂きましたが、念のため、専用の殺虫剤で松の木全体を消毒して頂きました。すると、木の下にそれは沢山の虫が落ちていたのです!見えていた虫は全体のほんの一部であり、見えない所も含めた木全体に虫がついていたのだと分からせて頂いたのでした。

★甘木教会の初代教会長・安武松太郎師は、病気平癒を願って参拝なさったご信者に、『ここは教会だから、神様の教えを話してきかせ、信心の稽古をするところで、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせて頂きなさい。』 さらに『この神様は、病治しの神様ではない。心を直す神様であるから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした以上、神様にお任せ、お預けして、自分は病気のことを忘れて、ひたすらに信心の稽古をさせて頂きなさい。』とみ教えを下さっています。信心の稽古とは、日々の生活の中で、喜ぶ稽古、お礼を申す稽古をさせて頂くことです。何か問題が起きてきた時には、自分の心、生活習慣等の中の至らない所が、形となって現れてきたのだと分からせて頂き、生神金光大神様のお取次を頂きつつ、改まらせて頂くことが大きなおかげとなるのです。

★親は親として、子は子として、経営者は経営者として、従業員は従業員として、各々が神様から頂いたお役目を有り難く全うさせて頂くことが出来ているか、常に見直し、聞き直し、考え直しをしながら、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 令和2年の「み教え」