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2020年06月27日

●中庸が有難い

25日には、有難いことに青年会学生会例会を開催させて頂きました。小池氏の講演の中に、「中庸こそが、究極のおかげを頂いている姿である」という、ご内容がございました。「中庸」とは、「かたよることなく、常に変わらないこと」、「過不足がなく調和がとれていること」という意味でありますが、日々生命を頂き、天地のお恵みを頂いて、結構な環境を与えて頂いている、ということに気付かせて頂くことは、大変有難いことです。足が動かなくなってから、足が動くことの有難さに気付いたり、目が見えなくなってから、目が見えることの有難さに気付くということは、一般的にあることですが、信心をさせて頂いている私達は、事が起こる前から気付かせて頂き、日々喜んで生活させて頂かねば、申し訳ないことだと思います。

★二代金光様は『何でも信心して二つのおかげを受けたら楽じゃ。一つは身に受けるおかげじゃ。今ひとつは我が心に受けるおかげじゃ。心のおかげが大事じゃぞ。心のおかげを先に受けたら、身のおかげは自然に受けられるのじゃ。』とみ教えを下さいました。当たり前のように思える今日は、実は当たり前のことではありません。御先祖の霊様方のご生前中のご修行や、霊になられた後のお働きがあってこその今日です。そのことが分かっていなければ、恩知らずとなり、いずれ徳切れになってしまいます。御恩を知り、御恩に報いることを心掛けることが大切です。

★毎日「面白くないなあ」と思う人は、面白くないところばかり見ているのです。また、「自分の周りには嫌な人ばかりだ」と思う人は、人の悪いところばかり気にしていることでしょう。生活の中の面白いところ、人の良いところを探して、分からせて頂ける自分にならせて頂けますように、と神様にお願いすることを忘れてはいけません。先に自分が真心を尽くしていくと、相手も応えてくれるようになります。

★日参と聴教に励み、心を改め磨いて、中庸こそ有難いという心で、日々おかげを蒙らせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:41 | 令和2年の「み教え」