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2020年05月28日

●物事が起きてきた時にお礼を申し上げる心に・・・

この度の、新型コロナウイルス感染拡大が、ゆるやかになってきたことを通して私達が勉強させて頂かねばならないところが多々ありました。自分の命や健康、そして日々の安全を大切にさせて頂かねばなりませんが、人の命を大切にさせて頂き、「共に助かり、共に立ち行く生き方」をさせて頂くことが実に大切なことだと分からせて頂きます。自分のことよりも、先に周囲の人々のことを思い、そして願わせて頂き、実意丁寧親切にさせて頂かなければなりませんね。

★「親切というのは、相手の心になるということです」と二代教会長伊藤コウ師はみ教え下さいました。「相手の立場に立って」という言い方は、よく使いますが、「相手の心になる」ということは、なかなか簡単なことではありません。教祖様は『人が人を助けるのが人間である』『心で人を殺すのが重い罪である』とみ教え下さっています。それぞれに、ご信心を基にして、自分も人も助からせて頂くおかげを蒙らせて頂きましょう。

★またコウ師は「わが心が神様に向いている時は、信心になっております。人や物事に心が向いているときには、信心から離れています」とみ教え下さいました。平穏無事の時には「結構なおかげを頂いて有難い」と思えるのですが、ちょっとでも心に引っかかることがありましたら、どうしても心が塞がってしまい、すぐに有り難いとは思えないものですね。例えば入院して治療を受けさせて頂くことが決まりましたら、入院が決まった瞬間に「金光様有難うございます。『今のうちに手入れをしておけよ、そうしたら結構になるぞ。』と今私に一番必要なみ教えを下さいました。体を良くして頂く為の必要な手当をして頂き、誠にもったいないことです。有難うございます。」とお礼を申しながら治療を受けさせて頂く人と、治るまでお礼など申せない、という人とは大違いですね。先に不足が起きて、その不足が大きくなってしまいましたら、有難いの一心ということにはなっておりません。物事が起こってきた時に、すぐお礼が申せるということが、本当のおかげを頂いていく姿に、段々と近づいていくことになるのです。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 令和2年の「み教え」