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2020年05月16日

●志を立てて、一心に神様にお縋りさせて頂く       

初代教会長・伊藤徳次師が、亡くなられた十日祭の当日の11月6日、旧広前のご建築の為の建築委員が、総辞職の連判状を持ってこられました。コウ師は、[なんと御慈愛の深い神様だなぁ。もし役員・建築委員の方々が「後の事は、私達が皆引き受けて、何もかもさせて頂きますから御安心ください。」と言うて下さったとしたら、ついその御厚意に甘えておったかもしれない。人に頼って建ててもらう教会は人間の教会。神様に頼んで建てさせて頂く教会は神様の教会。私は神様の御用をさせて頂くのであるから、神様の教会を神様に建てて頂こう。]と願われ、連判状を御神殿にお供えされました。そして、「これほどまでに神様は私を可愛がって下さいますか。有難うございます。この度は、人に頼るな、神様におすがりせよとみ教え頂きました。どうぞ、借金や恩借、寄付の強要、ご信者の分担金なしで建築を成就させて頂けますように。」とお礼を申し上げられて、お願いなさっておられました。

★ある時、竹本駒蔵師より、建築費の7割程の現金を「無期限・無利子ですから、遠慮なく使いなさい」とわざわざ京都からお持ち下さいましたが、コウ師は丁寧にお断りになられました。すると、竹本師は「それでは、お供えさせて頂こう」と仰って下さいましたが、コウ師は「先生がお供えなさるのは、御本部があられ、親教会があられますから、それは筋違いでございます。神様の心に適いませんので、お受けすることはできません。」とお断りなさったのです。そしてついに、借金なし、分担金なし、寄付の強要なしで、翌年の昭和2年11月11日、開教5年の記念大祭と新築落成の祝祭を、盛大に奉行させて頂くことが出来られたのでした。

★『金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。神は曲がりも折れも死にもなさらんからのう。』『うろたえ信心をせぬがよろしい。また、早くおかげを受けたいと思うてうろたえるのは、近道をしようと思うて知らぬ道をうろたえるのと同じことである。此方には大道を行けというようなものである。一心になりて信心しなさい。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 令和2年の「み教え」