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2020年02月18日

●勉強することは自由になること           

16日の御本部御礼参拝の時に、金光図書館長であられる金光英子先生にお礼のご挨拶にあがらせて頂きましたところ、このようなお話を聴かせて頂きました。

★生物学者の福岡伸一氏のお話の中に、「勉強するということは、今までの自分の考えが壊れ、自由になるということである。」という内容があられたそうです。そのことをお知りになられて、なるほどと理解が出来られたところがあられたと仰っておられました。それは、英子先生がまだ幼少の頃に、金光様のお家でご親族が集まられた際、思い悩んでおられることを話されますと、三代金光様の奥様・金光キクヨ姫様は、「勉強じゃなぁ。良い勉強をさせて頂いておるなぁ。有り難いなぁ。」と仰せになられたということです。[すべてに、神様がさせなさるご修行は信心の材料として、「私たちは日々、良い勉強をさせて頂いている」と分からせて頂けたら結構ですね。それは、私は正しいことをしているとか、私にはとても無理だとかいうような自分のものさしを離して、神様のものさしに合わせるといった勉強である、と思わせて頂きます。]と、英子先生はお話し下さいました。

★亡くなられた歴史学者の阿部謹也氏は、「分かるというのは、こちらの生き方が変わるという事です。」と話しておられます。そのことについて佐藤光俊先生は、「生き方が変わるという事は、未知の出来事と出合って、それまでの自分の経験知では理解不能で分からないと認めるところから始まる。未知との出会いである。時に今までの自分が壊れ、新しい自分が生まれてくる、というスリリングな出来事でもあろう。」と文章に表しておられるのです。

★自分で自分自身をがんじがらめに縛り付けてしまうようなことがあります。「私の考えは正しい。私はよくやっている」とか、「私のようなものには、とてもこんなことは出来ない。あんなことは出来ない。」というような小さな考えが壊れて、「自由になる」とは、「これまでの自分は本当に至りませんでした」と分からせて頂く」ということ、「心からお礼を申せるようになる」ということ、「神様に真剣にお願いが出来るようになる」ということであると思わせて頂きます。日々、新しい自分を生み出す勉強をさせて頂きましょう。
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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:02 | 令和2年の「み教え」