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2020年02月11日

●神様は一番良いようにして下さる

 教祖様は、神様から「宝が落ちているから、拾いに行ってみよ」あるいは、「お金が落ちているから拾いに行ってみよ」と、お知らせ頂かれたことが度々あられたそうです。その場所について明確にお知らせがあられたという場合でも、長時間歩いて行ってみられても、落ちていることはなかったそうです。幾度その様なお知らせが神様から下がっても、教祖様は、例え御用の最中であっても、すぐに支度をして、神様の仰せのままに出かけられたということです。

★ある時、大谷から笠岡まで歩いて行かれたのでした。笠岡に着いたら丁度昼時で、茶店で食事を済ませられると、「もう帰ったらよかろう」と、神様からお知らせを頂かれて、お金を見つけられることなく帰られたのでした。帰宅されて御神前で拝礼しておられると、神様から、「お金は落ちていたか?」とお尋ねがありました。教祖様は、「はい、落ちておりました。私は今日、久しぶりに体を動かすことが出来ました。血の巡りも良くなり、それだけ丈夫にならせて頂くことができました。これは、銭金では得られません。」とお礼を申されると、「その方は、どちらからもっていっても良い方にとる」と、お言葉があり、言わば神様のご試験に合格なさったのでした。

★神様を信じる心が揺らぎ、心配に囚われたり、自分の勝手気ままに行動したりしてしまうと、そこから難儀が生み出されていくのです。日々起きてくる出来事の中には、神様の深い思し召しが込められております。いつも神様に心を向けさせて頂き、「神様、どういたしましょうか?」「神様、これはどういうご意味でございましょうか?」と、ご神意を伺う姿勢を貫かせて頂き、どんな時にでも、神様は私達氏子を助けたい一心で、一番良いように導いて下さるということを信じる「有り難いの一心」が、おかげの受け物となるのです。

★『人間は食べ物でできたのであるから、物を食わねばすぐにやせる。病気になると、欲しい物が食われんので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたくいただくという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。家内中、心そろうて親切な信心がよろしい。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:09 | 令和2年の「み教え」