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2020年02月03日

●有難いおかげの連続の毎日

 あるご信者のご主人は、電気工事の仕事をなさっておられましたが、昭和63年7月に220ボルトの電圧線で感電してしまわれたのでした。呼吸も停止し、瞳孔も開いたままで、病院に搬送され、15分間心臓が停止したままでしたが、心臓マッサージ等の懸命な救命措置のおかげで一命を取り止められました。3日目に瞳孔反応が見られてから、徐々に、医師も目を見張る程の回復を遂げられ、10日目に退院許可が出て無事退院、なんと一月後には仕事に復帰させて頂かれたのです。それも、事故以前は自営業でしたが、立ち行きを願って下さり、ある会社に社員として雇って頂けることとなったのでした。

★しかし、記憶障害の後遺症がしばらく続き、時々痙攣も起こり、思うように働けない日々が続かれました。一年前に自宅を新築したローンもあり、子供二人はまだ小学生でした。不安と苛立ちから、ご主人は3度も自殺未遂を計り、奥様はとにかく今日一日、今日一日を無事に過ごさせて頂けるよう神様に必死でおすがりなさり、気の抜けない日々を送られました。

★そうした日々を積み重ねられて、13年後、労災の医療補助を受けるのを止めて欲しいと、労働基準監督署から連絡がありました。奥様は、言われた通りに手続きをなさいますと、代わりに会社から補償金を出して頂けることになりました。それと同時期に、借地であった自宅の土地が、以前の半値で売りに出されることになり、無理なく購入させて頂けることとなられたのでした。

★事故当時は、小学生だったお子さんも、それぞれ独立して家庭も持たれ、ご主人は事故を機に正社員となって厚生年金に入れて頂いたおかげで、退職後も安心のおかげを頂かれました。後で振り返ってみますと、すべてがおかげの中に、有り難い方向に導いて頂いたことを実感なさったということです。

★私達も現在の生活が当たり前ではありません。奇跡的な日々の連続で、その上に今の私達の生活が成り立っているのです。その有り難さを忘れないようにしなければなりません。今日一日現在お命を与えて頂いていることの有り難さ、また結構な生活をさせて頂いている所の有難さを噛み締めさせて頂き、御礼を申す生活を心掛けさせて頂きましょう。

★『おかげを受けるのに巧者がある。だれでもおかげをいただいたら、そのありがたいということをいつまでも忘れないようにせよ。それを忘れたら、もういけない。後のおかげはいただけない。それさえ忘れなければ、おかげは思うようにいただける。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 令和2年の「み教え」