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2020年01月27日

●お願い一遍にお礼十遍

あるご家庭が、先日久方ぶりにお参りなさったのですが、以前は子供さん達もまだ学生でしたが、現在は成長なさって社会人になっておられました。「先生、お久しぶりです。それぞれ社会人になりました」と挨拶をして下さいましたので「社会人になられて、一人前に働かせて頂いて結構なことですね。それだけ立派に成長させて頂いたのは、親が一生懸命に育てて下さったからですよ。これからは何事にも一人前にならせて頂かねばなりませんから、毎月必ずこれまでの御恩返しのつもりで家に生活費を入れさせて頂きましょう」とお話しさせて頂いたことでした。

★私が社会人にならせて頂きました時に、これまでお育て頂いたお礼をさせて頂かねばならないと思っておりましたら、三代教会長先生から「これまでのお礼として、給与を頂いた中から月々きちんと神様・霊様にお礼のお届けをさせて頂きなさいよ」とみ教えを頂きました。初めてお給料を頂いた時に、三代教会長先生・奥様に御礼のご報告をさせて頂きましたら「有難い健康な体にお育てを頂いて、ここまで無事におかげを頂いて結構やったなあ」と喜んで下さいました。先生が私に仰って頂いたことを通して「私は本当にお礼の心が足らない人間だな」と分からせて頂いたことでした。

★働かせて頂いていると言いましても、教えて頂くことばかりで、一人前の働きは到底出来ておりません。先行投資をして下さってのお給料でありますから「申し訳ないことだ・・・」と自覚はしていたのですが、自分の算段ばかりしてお礼が足りなかったのです。それからは、考えを改めさせて頂き、不行届きながらも、親に対しても神様に霊様に対しても御礼をさせて頂くことを心がけています。

★お世話になることの方が多く、お礼の出来ていないことの方は明白なのですが、ご信心が至らない時には、してもらうことが当たり前になってしまっていて、大切なことが分からないものです。『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。』とみ教え頂いております。大きな問題が起きてきた時は、必死になってお願い出来ますのに、今日まで立ち行かせて頂いてきたお礼は、どれほど申せておりますでしょうか。そういう自分自身のあり方を戒めて『お願い一遍にお礼十遍』を心掛けてさせて頂きましょう。
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 令和2年の「み教え」