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2019年12月29日

●信心と御用のお徳

 昨日は、月例霊祭に併せて、阿倍野教会在籍教師であられた霊神様方の例年祭を共々にお仕えさせて頂きました。阿倍野教会の在籍教師として、お道の御用に生涯を捧げて下さり、今日も霊神様として御用下さっているお働きに、共々にお礼を申させて頂いたことでした。

★杉田政次郎師がお若い頃、親兄弟、親戚、友達、近所みな、信心することに大反対でした。家内は絶えず病気になり、商売は暇になって、どうしようもないので、何とかおかげを頂きたいと信心にいっそう励んでおられたのです。

★そのころ、大阪の大今里村の吉原留吉という信者が、杉田師に頼まれた訳でもなかったのですが、金光様のもとへ参詣した時、『金光様、杉田という人は日々広前に参り、月三度のお祭り日には朝から広前に詰めてご用をしております。それなのに、しだいしだいに家の者が病気になり、まことに難儀なことが続きますが、どういうことでしょうか』とお伺いなさったのでした。

★その時、金光様は『吉原さん、帰ったら杉田さんに言ってあげてくれ。年の若い間に、神様はめぐりのお取り払いをしてくださるのである。年が寄ってからのお取り払いでは、体がもたない。一つでも若い間に、めぐりのお取り払いをしてくださるのであるから、ここが辛抱のしどころである。今はあせってはいけない。梅の木は、年に三尺も伸びるけれども大木はない。楠は年に一寸しか伸びないけれど大木になる。今あせらないようにせよ。末で枝葉が栄えて大木となる』とご理解くださったのでした。これを伝えて頂かれた杉田師は、何物にもたとえられないほど心うれしく思い、勇ましい心が出て、より一層ご信心に励まれました。後には家内中が健康の上にもおかげを頂き、次々と立派な御用が出来られるまでに、お徳を頂かれたのでした。

★『先の世までもっていかれ、子孫まで残るものは神徳である。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。神徳は尽きることがない。』『神徳を受けよ 人徳を得よ。生きたくば 神徳を積みて 長生きをせよ。』

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 令和元年の「み教え」