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2019年12月06日

●人を助けてわが身が助かる

ある寒い雪花が散っていた日のことです。片岡次郎四郎師は、御本部へお参りをされる道中に、気の毒なおじいさんに遭われました。あまりに可哀想に思われて、着ていた物を脱いで、そのおじいさんに差し上げられました。それから教祖様の元へお参りされますと、金光様が「才崎の金光(片岡次郎四郎)、今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。その神心におかげがいただけるのぞ。それが信心ぞ」と仰せられました。

★私達は日参と聴教に励ませて頂いて、正しい心すなわち神心を養っているのです。神様から尊い神心を頂いている自分自身である、ということを自覚させて頂くことが信心であり、日々神心を養っていくことが信心の稽古ということになります。

★人様の為に真心込めてさせて頂いていることは、全て神様はご存知で、どこからともなく有難いことが返ってくるのです。自分自身に返ってこなくても、子孫の代に返ってくると思っておればよいのです。神様は全てご存知ですから、親切にさせて頂いた相手から返ってこないことに気をくさらせる必要はありません。

★私たちは常に「自分の徳の貯蓄は現在ゼロになっている」という思いでいることが肝要です。「これからしっかりとお徳を積ませて頂かねばならい!という心持ちでありますと油断の無いご信心がさせて頂けるのです。自分自身の心の持ちようが大事です。日々めぐりのお取り払いを頂き、さらに徳の貯蓄をさせて頂くつもりで、ご信心をさせて頂きましたら、有難い人生にならせて頂けることは間違いありません。

★『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ』
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:39 | 令和元年の「み教え」