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2019年11月28日

●常の生活の中での心の行 

『「しばらくの間、山に入って修行させていただきとうございますが、いかがなものでしょうか」と申しあげると、金光様は、「山に入ったら、どのようにして修行をするのか」とたずねられた。「山に入ると、はじめは麦粉を練った団子で命をつなぎます。それをしばらく続けると、次には木の実や木の葉で生きられるようになります。またしばらくすると、ついには水ばかりで生きられるようになってまいります」と申しあげると、「いったい、どんな山に入るのか」と仰せになったので、「なるべく深い山に入って、浮き世を逃れるつもりでおります」と申しあげた。金光様は、「それは結構である。しかし、何もわざわざそんな不自由な山に行かなくても、心の中に山をこしらえて、その中で修行をしたらそれでよい。自分が山に入った心になっていれば、どんなに不自由なことがあっても、また家内のこしらえたものがまずくても、けっして不足を言うことはないであろう」と仰せられた。』

★このみ教えは、「心の中に深山幽谷を作って、常の生活で心の行をしなさい」と教えて下さっています。二代教会長伊藤コウ師は、「このお道の信心は、世の中の人が皆、毎日の生活の中でしながらも疎かにしていることを、疎かにしないように、実意・丁寧・正直・親切に心を込めてさせて頂けるようにならせて頂くことが、家業が行ということです。」とみ教え下さっています。例えば、水や電気、ガスなどにおいても、一切無駄のない使い方が出来ているかと言えば、出来ていないところが多々あるものです。どこかで御無礼が生じているのが私たちの生活であります。そういったところをお詫び申し上げながら、より一層改まった生活にならせて頂けるように心掛けましょう。

★1)人を不足に思わない事。

2)物事に不自由を行とする事。

3)家業を喜んで働く事。

4)分相応を過ごさぬように倹約をする事。5)人に言わずに、自慢せずに行う事。を常平生の生活で心掛けて参りたいと思います。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 令和元年の「み教え」