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2019年11月14日

●真心を先に立てる

11日には、天候を初め万事に有難いおかげを頂き、立教160年生神金光大神様の御大祭を共々にお仕え申しあげることが出来ましてから、広大なおかげを蒙らせて頂いているということと、ご信者皆様の真心が結集されて有難い御祭典とならせて頂いたお礼ばかり申させて頂いております。

★全てがお供えです。御祭典は全てに神様にお供えさせて頂くということですから、準備の御用も、楽の稽古も、全てがお供えです。ただ神様にお喜び頂けるように、とばかり考えていれば、後は神様が一番良いようにして下さると信じて、自分自身は神様に使って頂けば良いのです。何もかも神様に使って頂くのだという覚悟を決めさせて頂きますと、有難く喜びに満ちて何事もさせて頂け、おかげを頂いている姿にならせて頂けるのです。

★『的無しの信心を授けておくぞ。一心を定めて、いただくがよし。おかげは受け勝ち、守りは受け得。おかげ受けたら、ご恩を忘れてはならぬぞ』とみ教え頂いておりますが、的無し信心とは、真心の一筋と有難い一心でご信心をさせて頂くということです。「どうしたら神様に喜んで頂けるだろうか」ということが中心にならなければなりません。神様に喜んで頂けることだけを考えて一生懸命させて頂くということになれば、意地になって推し進めていくことがなく、先を楽しんで信心をさせて頂けます。

★おかげを頂きたい、という思いばかりが先に立ってしまいますと、横道に逸れてしまいます。「私のお願いを聞いてください、だけど神様のみ教えは聞きません」では、本当に真心が先に立っているとは言えません。ただのわがまま気ままを神様に申し上げている姿になってしまいます。それでは結構になるはずがありません。しかし、これは誰の中にもそういう部分はあると思います。自分のお願いを聞いて頂くより先に、神様に喜んで頂ける信心にならせて頂けます様に。という願いが大切なのです。千日信行も、神様にお喜び頂けるような私共の信心生活にならせて頂けますよう、共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

★『信心するという心におかげはないぞ。信心さしていただくという心におかげはあるぞ。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:57 | 令和元年の「み教え」