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2019年10月30日

●日々の家業を有り難いご修行に

 昭和49年のことです。二代教会長・伊藤コウ師がラジオ放送でなさった教話を、あるお寺の奥様が偶然お聴きになったそうです。その奥様は膀胱や大腸から出血する病を患っておられ、生きる気力を無くし、毎日「死にたい、死にたい…」と泣いて暮らしておられたそうです。そんな時に、偶然コウ師のお説教をお聴きになり、身が震えるほどの感激を覚えられ、「有り難い」という思いが心の底から沸き起こってこられたというのです。そして、どうしても教会へお参りしたいと願われましたが、病気で出かけることが出来ませんので、ご主人である住職さんが代わりに阿倍野教会に参拝されたのでした。

★住職さんは、お結界に進まれ、コウ師に「うちの家内があなたのお声に感じ入りましてなあ。『もう今日から死にたいと言わない』と申しております。おかげ様で出血も止まり、身体も良くなってきております。有難うございます。ところで先生は、これまで余程ご修行して来られたのでしょう。でなければ、あんなに良いお声にはなりません。あのような良いお話も出来ませんからなあ。」と仰いました。

★するとコウ師は、「いいえ、私はご修行らしいご修行はしておりません。このお道では『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え下さっています。私たちに与えて頂いた家業を行として、有難くさせて頂くことがこのお道の信心です。家庭や職場でそれぞれにご修行があるはずです。山にこもったり、滝に打たれて修行するのでもありません。断食をするのではなく、食物を有難く拝んで頂くご修行をさせて頂く。与えて頂いた仕事、生活そのものが修行であるのです。和らぎ賀ぶ心にならせて頂き、全てを拝んで有難く受け切ってゆく。誰もが毎日の生活の中でしておりながら、誰もが疎かにしてしまっている事を、真に有難くさせて頂くのがこのお道のご修行であるのです。」と仰せられたのでした。

★『人が人を助けるのが人間である』と、み教え頂いております。神様は、自分も助かり、周囲の人々も助かり立ち行く為に、銘々がさせて頂くべきことを、日々家業として与えて下さっておられます。自分の為すべきことを、疎かにしてしまっていることはないか、丁寧に見直し、考え直しをさせて頂き、有り難い生き方に日々生まれ変わらせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 令和元年の「み教え」