金光教阿倍野教会ページ内リンク


2019年10月25日

●改まりの生活

あるご信者のお家で、可哀そうな人だからと同情されて、女中さんに雇って頂かれた女性がありました。給料日になると、働き盛りの年頃の息子さんが、その女中さんの給料をむしり取って行くので、女中さんはいつもお金に困って、難しい顔をされていたのだそうです。

★気の毒な人で幸せな生活が送れない方ですが、それには原因があったのです。かまどでご飯を炊いていた時代の話ですが、この女中さんがご飯を炊かれましたら、必ず焦がしてしまわれるのでした。そして、毎回そのお焦げをゴミ箱に捨ててしまわれるので、家の主人であるご信者は「私はお焦げが好きだから捨てずに残しておいて下さい。」と女中さんに仰いました。しかし、食事の後にゴミ箱を見てみると、そう言ったにもかかわらず、お焦げが捨てられてあったのです。ご信者が再度女中さんに言われると、今度はゴミ箱には捨てられていませんでしたが、汲み取り式の便所に捨てられてあったのでした。

★二代教会長伊藤コウ師はそのご信者に「その女中さんに辞めてもらいなさい。何回言っても理解が出来ず、改まりが出来ない方を家に置いておくと、あなたの家のめぐりになります。」とお話しになりました。このように仰るとはよっぽどのことですね。与えて頂いているものを有難く思って、大切にさせて頂く生き方がご信心です。その反対に、与えて頂いているものを粗末にして毎日めぐりを積み重ねて、自ら不幸の元を作ってしまい、さらには周囲が結構にならない元を作ってしまっていては助かりません。それが続けばさらに恐ろしいことが起こってしまうのです。

★『食べ物を粗末にするから食べられないようになる。勤めをなおざりにするから仕事は逃げ、働けないようになる。みな、無礼粗末の心がもとでそうなるのである』と、み教えを頂いていますので、私たちは日々の生活の中に、改まりを心掛けていかねばなりません。「ご無礼は一切ございません!」という家はありません。生活してゆく上で、何処かにご無礼が生まれてくるものです。「どうぞ、ご無礼の少ない生き方にならせてください。」と、お願いさせて頂きながら、心配りの出来る生活をさせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 令和元年の「み教え」