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2019年10月15日

●信心を基に徳を積む働きをする 

他の教会のご信者で熱心に信心をなさってお徳を積まれた方のお話を、三代教会長伊藤良三師がお話なさったことがあります。

★ある日、あるご信者が勤めておられた店が閉店することになりました。働いていた方が一人二人と減っていき、ご信者一人だけが残ったのでした。店主は、「あなた一人だけが、最後まで残って店に尽くしてくれたけれども、今日限りで店を閉めなければならなくなった。申し訳ないけれども、他に仕事を探してくれないだろうか。」と仰いました。それを聞いたご信者は、「ご主人、もう一度元気を出してお店を再興してみませんか。私はこれから三年間タダ働きをさせてもらいます。お給料は要りません。家族同様に扱って頂いて結構です。お粥しか食べられないのであれば、共にお粥をすすって働かせて頂きます。三年後にこの店が立派に立ち直ったら、その時にお暇を頂いて辞めさせて頂きます。誰がどのように言いましても、この店が再興するまで辞めません。是非、そのように決心して下さい。」と返答なさったのでした。その言葉に店主は感激なさり、三年間ご信者と共に、店の再興に尽力されました。

★有難いことに、その三年間でお店が再興でき、商売が立ち行くおかげを頂かれたのでした。その時ご信者は、「お店が立ち行くようになりました。お約束でありますから、これでお店を辞めさせて頂きます。」と店主に切り出されました。店主が、「今辞めてもらっては困る。暖簾分けも出来ていない。まとまったお金も渡してあげることが出来ない。あなたにタダ働きをして頂いて、そのまま辞めてもらうというのは申し訳ない。少し待ってもらえないだろうか。」と仰いますと、ご信者は、「いいえご主人。この三年の間、私どれほど有難い仕事の勉強をさせて頂いたことか分かりません。ここまで私を仕込んで頂いて、お金には換えられない働きを体験させて頂きました。何も頂かなくて結構でございます。これで私の役目を終えさせて頂きます。お礼の働きも出来ました。」と断られ、何も貰わず店を辞めさせて頂かれたのでした。

★それから後に、ご信者は独立なさり店を開かれました。その時に一番支援して下さったのが、以前勤めておられた店の家族の方々であったということです。そして、有難いことに商売は立ち行かれていったのでした。

★『世の中に我が物というのは何もない。我が物というのは、信心して積み上げた徳だけが我が物となるのじゃ。』『先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 令和元年の「み教え」