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2019年09月05日

●神様のお心に適う願いとは…

阿倍野教会が吉野通りに布教の初めの頃のことです。あるご信者が初めて参拝された時、初代教会長伊藤徳次師と二代教会長コウ師がお留守で、お広前にはコウ師のご母堂であるハル氏が座っておられました。そのご信者は「この神様は何でも願いを聞いて下さると聞いたので、参拝しました。今、わが家に身よりのない居候が住み着いています。腎臓病や肝臓病などの病気をして体は浮腫で腫れ上がってしまい、現在は危篤状態に陥り、医師も見離してしまいました。いつ死ぬか、いつ死ぬかと毎日待っていますが、なかなか亡くなりません。この厄介者が早く死にますように、神様にお願いしてください。」と話されました。

★ハル氏は「この金光様のご信心は、そのようなお願いはいたしません。お断り致します。『どうぞ、生かして下さい』というお願いならば、お取次ぎさせて頂きます。よく考えてみなさい。あなたは、今、死にたいですか?大病をしたとしても、何が何でも生きたいと願うでしょう。それは、命を生かしてゆくという天地金乃神様の御心です。『どうあっても生かしてやりたい』と思って下さる神様に対して、『死なせて下さい』というお願いは神様に対しての親不孝になりますから、そのようなお願いは出来ないのです。」とご教導なさったのです。★それを聞かれたご信者は、自分の過ちに気付かせて頂かれ、「私は考え違いをしておりました。申し訳ありませんでした。それではお願いを変えさせて頂きます。『どうぞあの方の病気が早く治られて、一日でも長生きして頂けますように』というお願いでしたら聞いて頂けますか?」とお尋ねされました。ハル氏は「喜んでさせて頂きましょう。3日間の日を切ってお願いさせて頂きましょう。」と仰いました。すると、居候の病人のお方は3日目に全身の浮腫が引くおかげを頂かれ、何も食べられなかったところがおこわ(餅米)を食べさせて頂けるようになり、お世話になった人に対して「この御恩は忘れません!」と大変喜んで御礼を申されました。そうして一週間後に、眠るが如く息を引き取られたのでした。

★後に、コウ師は「私たちの教導が至らないために、ご布教がまだまだ行き届いていない時には、こんな間違えたお願いをする人がご近所におられました。これは、私たちの教導が至らない、そしてお導きが足りない結果です。もっと早くこのお道が伝わり、ご近所の方々が正しいお願いをされ、正しく信心をされて地域・社会が助かり、立ち行かれますように御用させて頂きたいと思わせて頂きます。そして、西は果て東は果て悩み苦しむ方が、このお広前に御引寄せ頂かれて、次々とおかげを蒙らせて頂ける教会にならせて頂けますように。」と仰せになり、願われたのです。その願いは布教当初から現在も変わらず、またこれからも変わることなく願い続けて参ります。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 令和元年の「み教え」