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2019年09月04日

●三惚れの心

『此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。』

★生神金光大神は、「此方がおかげの受けはじめである」と仰せられ、生神金光大神様だけが、特別な遠くかけ離れた存在ではなく、「誰でもおかげが受けられる。」とみ教え下さっています。それぞれに神様の御分霊を頂いてお命を授けて頂き、水、空気、食物等のお恵みを頂き続けて、生かして頂いております。一人一人が、神様から生命を授かっている尊い存在であることを自覚させて頂き、親神様の深い思し召しに心を向け、それぞれに与えて頂いているお役目を全うさせて頂けるように、一心にお縋りさせて頂くことによって、ご神徳を表わさせて頂くことができるのです。

★物事には両面があり、自分にとって都合の良い面と都合の悪い面があります。自分自身の心の持ち方が大切だということが分からせて頂きます。悪い面ばかりを見て、「こんなところに住むのは嫌だ。」「こんなつまらない仕事はない。」「こんな家族とは一緒に住めない。」と思いながら生活しておりますと、自分自身はもちろんのこと周囲も不幸せになり、助かってはゆきません。神様から授かった命にお礼を申し上げ、神様から授かった環境にお礼を申し、毎日の生活の中で人の助かりを願い、「相手の気持ちが分からせて頂けますように。」と御祈念して生活させて頂くことを実践させて頂いておりますと、行く所行く所で御神徳を表すことができ、周囲も自身も助かっていくのです。

教会では「三惚れ」ということを教えて頂いております。
1)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で有り難い」と、喜ばせて頂く。
2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ」と喜び、地道に励ませて頂く。
3)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない」と喜ばせて頂く。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:10 | 令和元年の「み教え」