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2019年08月31日

●病治しの神ではない、心を治す神である

 甘木教会のあるご信者が、脊椎カリエスを患われ、神様にお願いさせて頂いて、大学病院に一か月入院され治療を受けられたのですが、思うように効果が現れませんでした。そこで退院され、そのことを甘木教会の初代教会長・安武松太郎先生にお届けされますと、「それでは入院したつもりで信心の稽古をさせて頂いたらどうですか?」とみ教えを下さいました。

★それから、そのご信者は毎日教会に参拝され、み教えを頂かれますと、涙が流れるほどみ教えが有難く感じられるようになられたのでした。しかし家に帰ると、家族の事、お商売の事など、見ること聞くことに腹が立つのでした。そして、また教会に参拝されると有難い気持ちになるのですが、また家に帰られるとまた腹が立つ、という繰り返しであられたのです。毎日、苦しい気持ちの繰り返しの日々がたまらなくなり、そのことをお届けされますと、安武松太郎先生は「ここは教会だから、神様の教えをお話してきかせ、信心の稽古をするところで、家庭はいわば、檜舞台。教会で習ったところを、家の檜舞台で踊りそこなわないように、しっかり信心の稽古をさせて頂きなさい。」さらに「この神様は、病治しの神様ではない。心を直す神様であるから、心が助かれば、病気もおかげになる。神様にお願いした以上、神様にお任せ、お預けして、自分は病気のことを忘れて、ひたすらに信心の稽古をさせて頂きなさい。」とみ教え下されたのでした。

★人間ですから、先が見えませんから、心配や不安な気持ちが押し寄せてくることがあります。しかし、ご信心させて頂いておりますと、見ること聞くこと全てを、神様にお願いしてお預けさせて頂くことが出来るのです。そして、その心配や不安な心を神様にお預けし、お願いさせて頂きました後は、その事を忘れて現在自分がしなければならないことに打ち込んでさせて頂くのです。そのように心掛けておりますと、夫婦や親子の間でも「有難うございます。」と御礼を申すことが出来、心も次第に穏やかになり、結構なご庇礼が頂けるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和元年の「み教え」