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2019年08月16日

●心配する心で心配りをする

『先へ先へ、これで、先がどうなるやらと、わかりもせぬことを心配ばかりなさるなよ。ご信心しておられたら、神様が、さしつかえるようなことはなさりはせぬわい。日々おかげをもらえば、先がなんぼうあろうと心配はないじゃないか。日々身や心にまつわるお断りをして、昨日のお礼を申し、今日のおかげを願うてありがとうに暮らし、来る明日を楽しんで迎えれば、みなおかげになって、先の心配はないぞ』

★人間ですから、先々のことを不安に思ったり、心配に捉われてしまうことがあり、尽きることはありません。しかし、先々のことは神様にしか分かりません。まず昨日の御礼を申し上げ、今日一日を有難い心で神様に一心におすがりさせて頂き、精一杯努めさせて頂いて、明日を楽しみに暮らしましたら、必ず神様が一番良いようにして下さることが、よく分からせて頂きます。人間ですから心配することはありますが、心配にとらわれてしまい、身動きが出来ないようになりますと、難儀を生んでしまうのです。

★『心配する心で信心をせよ。』と教えて頂いております。心配をしてあれこれ気を病むのではなく、心配は神様にお預けして、おすがりさせて頂くのです。すると「今のうちに何が出来るだろうか、これをしておこう!」と先へ先へ心配りがさせて頂けるようになり、間に合うように準備がさせて頂けるのです。

★試験でも、合格させて頂ける為の準備や努力をせずに、「合格しますように。」とお願いだけしていても、結果は伴いませんね。御用でもお参りでも同じことですが、物事に精一杯取り組ませて頂く姿勢が大切です。最初から「出来ません。」と言うのは、準備や努力ができていない姿です。ご都合お繰り合わせをつけて頂けるように、神様に「どうぞご都合お繰り合わせを頂いて御用にお使い頂けますように。参拝ができますように。」とお願いさせて頂くことが心配りであり、神様に通じる姿勢です。何事も神様に通じてゆく取り組み方をさせて頂き、神様がご都合お繰り合わせをつけて下さるような信心に進ませて頂きましょう。

★『人間じゃもの。生きている間は先々のことを考えもしようし、心配の尽きる時はなかるまいが、心配がみなおかげになれば心配はなかるまいが。心配は信心しさえすればみなおかげになる。心配は体に毒。神様に御無礼。今日からは心配する心を神様に預けて信心する心になりなさい。おかげになります。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:53 | 令和元年の「み教え」