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2019年08月12日

●親の心、子知らず

以前のことですが、ある学生さんがお結界に来られ「僕のお母さんは口うるさく腹が立って仕方ありません。この間も勉強していたら横でごちゃごちゃと口うるさく言うものですから、つい鉛筆を投げてしまいました。うちのお母さん、何とかなりませんか」とお届けされたことがありました。

★三代教会長先生は、この学生さんは考え違いをしておるなあと思われ、[思春期になり、親がうるさく感じる時期ですが、親になってみればよくわかるものです。私も子供に言いたいことがいっぱいあります。言うても言うてもいくら言うても、それで十分だと思わない。親は子供がかわいいものですから、「こうなってほしい、ああなってほしい」と腹の底から沸き起こってくるのです。それが親心というものです。子供の時分に、親の心を分かるようになることが信心です。親になって親の心が分かるのでは、世間並みです。信心をすると、み教えを頂くことにより、親の心が分かる。元来信心は、神様のお心を分からせて頂くためにさせて頂くのです。目の前におられる親の心が分からないのですから、神様のお心がどうしてわかるでしょうか。信心させて頂いて初めて、神様のお心が分かるのです。み教えを頂いて、親の心が分かりましたら、あなたの受け取り方は変わりますよ。美しい花が咲いていても、目につかなければ、見えないのと同じです。月が煌々と光っていても、心が闇で閉ざされていれば、一向に光は差しません。一番うるさく言ってくれる人は、一番親切なのです。み教えを頂いて、有難く頂く受け物を作らせて頂きましょう。]と仰せになりました。

★神様は、出来事を通して色々と教えて下さいます。また、人の口を通して教えて下さることもあります。親は子供に対して、「ああなってほしい、こうなってほしい」と、様々な願いを掛けて下さっておられるからこそ言って下さるのです。そのことを悟り、教えとして有難く頂きますと、自分自身に言って下さることに御礼が申せるようになり、一段と進んだ姿となってゆくのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 令和元年の「み教え」