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2019年04月22日

●心を改めることが肝心               

以前のお話ですが、阿倍野教会にもお話に来て下さっていた吉良藤右衛門氏という方がおられました。その方が30歳の時、お月見をなさっている最中に、急に月に雲がかかって見えなくなったように感じ、視力が低下していることに気付き、それから後に両眼とも失明されることがあられました。そこで、一生懸命に願をかけてお願いなさったのですが、肝心要の「心を改める」ということが出来ておられませんでしたので、秋から冬へ、冬から春へと季節は移り変わってゆきましたが、一向におかげは表れてきませんでした。

★「こんな状態では生きていられない…」と失望のあまり、死を覚悟された時の事です。お母さんの顔がふと思い浮かばれたのでした。これまでお母さんが一生懸命育てて下さったのに、気にも留めず随分遊び暮らしていたのでした。「30歳の自分が将来を悲観して死んでしまっては、自分はそれで良いかもしれないが、年老いた母親はどうなるのだろうか。自分自身が老後のお世話をしなければならないのに、勝手に死んでしまっては、母親はどれだけ嘆くだろう…」ということに気付かれたのです。それまでは自分のことで精一杯でしたが、初めて真剣に親のことを思えるようになられたのでした。そして「これからは母親に親孝行をさせて頂かなければ申し訳ない。今一度神様に改めてお願いをさせて頂こう。親にご恩返しの出来る私にならせて頂く為には、目が見えさせて頂き、働かせて頂けますように。もしこの願いを聞き届けて下さるのでありましたら、贅沢は一切謹んで、どんな仕事でも厭わず喜んでさせて頂きますので、どうぞ生まれ変わらせて下さい。」と真剣に願わせて頂く気になられたのです。そして、子供の頃から連れて参って頂いていた金光様の教会にお引き寄せを頂かれたのでした。そして、改まりを誓われてお広前にお参りし、お取次ぎを頂いてみ教えを頂かれるようになられたのです。

★涙ながらにお願いし、家に帰られ地面にひれ伏して神様にご祈念されました。そしてふと顔を上げますと、風呂の焚口に落ちていた新聞の見出しが見えるようになり、それから晴眼のおかげを頂かれたのでした。それからは、お礼のご信心に励まれ、ご縁に繋がる教会でおかげ話の御用にお使い頂かれたのでした。

★視力を失われた方にとっては、両眼とも晴眼になるということは、これ以上ない有難いことです。今まで当たり前のように使わせて頂いていたものが、失って初めてその有難さが分かるのです。日々頂いている生活が、奇跡的なおかげの連続であることを忘れずに、日々何事も当たり前と思わず、お礼を申して生活させて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成31年の「み教え」