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2019年04月10日

●何事も「させて頂く」という心

4月7日は御本部におかれまして、天地金乃神大祭が奉行されました。私は、調撰司という御用を仰せ付かりました。御本部のお広前を初めとして、大祭場のお供え物や奥城のお供え物は全て、テープや串を一切使わず、調えられお供えがなされます。

★私は「無事に御用にお使い頂けますように…御無礼不行き届きがありませんように…。」とお願いしながら、一台一台お供え物を拝ませて頂きました。天候気象の上、その他すべてに万事におかげを蒙り、多くの方々が手継いで献撰をさせて頂いて、御神殿にお供えさせて頂いたことでした。また、奥城へも、お供え物を持って階段を上りながら、手継いで無事にお供えさせて頂きました。御祭典が終了するまで、崩れて落ちることなくお供えさせて頂けますように御祈念しながら、御祭典を拝ませて頂いたのです。自分の力では到底できることではなく、親教会の御取次ぎ・御祈念を賜り、また皆様のお祈り添えを賜り、神様がお使い下さる御用であると改めて有難く感じさせて頂いたことでした。

★御用に当たらせて頂く前に、御用の心構えをみ教え頂きました。金光キクヨ姫様(三代金光様の奥様)は、『リウマチの私が病気だから出来ないと言ってしまえばそれだけのこと。そこをお願いして掃除をさせていただけた時の喜びは、元気な者が掃除をさせていただく喜びより何倍の喜びか分かりません。神様におすがり申してさせていただきたいという願いを立てれば、掃除の仕方まで神様は教えて下さいます。ご用させてくださいます』と仰せになられました。また『手を切ったから炊事が出来ません。おむつの洗濯が出来ませんというのでは困るでしょう。頭を働かせて分別をしてさせて頂きましょう』と仰せになられたのでした。

★何事も「する」という心でしておりますと、「これはする」、「これは出来ない」ということが出てきます。「出来ない」とあきらめたり投げ出せば、どのようにさせて頂けば良いかということも考えませんね。「させて頂く」という心にならせて頂きますと、神様に「させて頂けますように」とお願いし、また「どのようにさせて頂けば良いでしょうか」を神様にお願いさせて頂くことができ、そこから工夫が生まれ練り出して、させて頂くことができるのです。信心も「させて頂く」という心で日々の景子に励ませて頂くことにより、段々と信心の真似事のようなことが少しずつできてゆくのです。何事も「させて頂く」という心でお願いして、取り組ませて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:55 | 平成31年の「み教え」