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2019年03月31日

●神様の綱を放さないように

竹本駒蔵師は、阿倍野教会旧広前ご建築の際にご尽力下さったお方です。

★竹本師が42歳の頃、心臓病と腎臓病を併発されて頭から足の先まで腫れ上がり、医師もさじを投げてしまわれるほどの大病を患われました。その時、もう生命が尽きるだろうからと、つめかけた親戚の方々の中に、金光教の信心でおかげを頂かれた方がおられ、その方が「私は金光様に命を助けて頂いた。金光様のみ教えでは『死ぬる用意をするよりも生きる用意をせよ』とみ教え下さっておられます。今17、8人おりますから、4組に分けて2組は自宅に帰り、1組は看病をして、もう1組は教会に参拝する、ということを時間を決めてさせて頂いたらどうでしょう?」と提案をなされたのです。そうして皆さんが、お教会に参拝なさった結果、一週間ほどのうちに浮腫が引いて命を助けて頂かれる大みかげを頂かれたのでした。そこで竹本師が教会へ生命を助けて頂いた御礼参拝をされ、お結界で「信心しなさいよ。信心させて頂いたら、3日と枕は傾げさせん。氏子が神の用をすれば、神が氏子の用をしてやる。神様の綱を放さないように信心させて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、翌日から日参なさるようになられたのが、信心の始まりであられたそうです。

★竹本師が初めて御本部へ御礼参拝なされた時、三代金光様はふくさを開かれずに名前も見られる事なく「京都の竹本さん、ようお参りでした。」とお言葉をかけて下さったのです。竹本師は大変驚かれ感激され、その時に初めて「42歳まで働けなかった弱い身体でありますが、生命を助けて頂きましたので、そのお礼にこれから働かせて頂けますように。」とお願いすることが出来られたのでした。それからの後半生は身しのぎの出来る体に作り変えて頂かれ、いくつもの教会のお広前を次々と一建立で建築なさってお供えされ、ご恩返しの働きを重ねられたのでした。また、信心をなさるようになられてから、「神様から頂いている命・身体を十二分に使わせて頂けます様に。」という生き方に変わらせて頂かれたのでした。

★二代教会長伊藤コウ師は「神の綱とは、日参と聴教をさせて頂くことです。神様から銘々に頂いたみ教えが神の綱です。自分の願い成就に向けて、どのように進んでいけばよいか、ということを掴ませて頂き、頂いたみ教えを放さないようにすることです。」と教えて下さったのでした。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 平成31年の「み教え」