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2019年03月27日

●求めて有難い部分を探す

先日、大学院の卒業式を無事に迎えられたご信者が、お礼届けに来られました。ご信者は、大学四回生で、難関の大学院に合格され、願いを立て意欲を持って入学さ行かせて頂かれたのですが、これから自分はどうすればよいかが分からなくなり、通学出来なくなられたのです。大学院へ行きたいという気持ちはあるのですが、どうしても身体が動かず、ご信者は改まって教会へお参りされるようになったのです。み教えを頂く機会が増え、お取次ぎを頂いて有難いことに徐々にこれからどうするべきかを考えられるようになってゆかれました。そして、大学院の教授にも自分の心の内を打ち明けることができるようになられたのです。教授からも理解して頂き、心に少しずつ穏やかさが戻ってきました。そこから、苦手な英語力を高める為の努力を続け、徐々に通うことができられるようになり、研究が進められたのです。修士論文では不得意であった英語ですべて記述させて頂くことができられ、修士論文を完成させて頂くことができられたのでした。就職先も無事に内定のおかげを頂かれ、この春より社会人としてお役に立たせて頂かれます。

★私達は、自分にとって良い出来事、悪い出来事と決めてしまいがちですが、起きてきた出来事はすべて必要なことばかりです。そのように思わせて頂く為には、神様を目当てにする稽古が必要であり、思い分けのできる賢さを身に備えることが大切です。

★人間関係においても同じことがいえます。人の良い面を見る稽古をしておりますと、良い面ばかりに気がつかせて頂きますが、悪い面ばかり気にしていますと、そこばかりが目立ち、良い面など見えてこないのです。二代教会長伊藤コウ師は、「にわとりが大地に餌を探してついばむように、喜ぶことを探して、小さいことでもしっかりと御礼を申させて頂く稽古をさせて頂きましょう。」と常々み教え下さっておりましたが、普段から求めて有難い部分を見る稽古をし、御礼を申す稽古をしておりますと、必ず喜ばせて頂ける部分が見つかり、喜び上手な生き方にならせて頂けるのです。

★『教祖様は「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ」と仰ったが、過ぎたことはどうにもならん。今月今日の信心に油断をせぬよう、明日を楽しんで日に日に生きた信心をせよ。』(二代金光四神様のみ教え)
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:55 | 平成31年の「み教え」