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2019年02月08日

●間違いが知らず知らずに多くあることに気付く

 この時期になりますと、会計報告をするために決算書を提出する必要があります。日々の帳簿は手書きで付けておりますが、計算を正確にする為に、コンピューターの会計ソフトに通常の如く打ち込みをさせて頂いておりました。自分では間違いのないように打ちこんでいるつもりでしたが、最終的に見直しをしておりますと、間違いがいくつも見つかり訂正を幾度もさせて頂きました。

★何年か前の話ですが、何度見直しても間違いを見つけることが出来ないことがありました。そこで、税理士さんに「どこか間違っているのですが、どこが間違っているか分かりませんから、教えて頂けますか」と見て頂いたのです。税理士さんは30分もしないうちにすぐ間違いを見つけて下さり訂正して下さったのでした。

★なぜ間違いが起きるかというと毎日携わっていないから、すなわち習熟していないから、稽古が出来ていないからですね。税理士さんはその道に精通しておられ、毎日携わっておられますから、行き届いておられるのですね。ご信心の上でも稽古が行き届いておりませんと、間違いばかりです。勘違い・考え違い・見間違い・聞き違いばかりの生活になります。それでも自分は正しいと思っているのですが、神様の目からご覧になられましたら「ここも間違っておるぞ、そこも間違っておるぞ」ということばかりかもしれません。そういう部分が私達の生活にはあるのです。それを、日々戒め戒めしているつもりでありましても「どこにどのような御無礼があるやら分かりませんから、御無礼不行き届きはお許し下さいませ」とお詫び申させて頂くのです。

★『「鉄でも使えばちびるぞ。人間、生身に痛いかゆいは当たり前ぞ。物にたとえれば、くわでもさいかけ(刃先の焼き直し)をしたら、はじめよりよう切れるようなもので、人間、時々痛いかゆいがあるのがさいかけじゃ」と金光様は言うてござった。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでくる。人間は勝手なものじゃから、痛いかゆいがあるとご信心できるが、どんなにもなかったら信心が寝入る。』

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:54 | 平成30年の「み教え」