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2019年01月23日

●おかげの自覚(御礼を申さずにはおられない)

 以前、毎日同じ時刻に必ず、真心込めて参拝なさるご信者がおられました。三代教会長先生が、「あなたは毎日、この時刻に必ずご参拝ですね。何か、特別なお願いがあられるのですか?」と、お尋ねになったそうです。ご信者は、「はい、お願いも持たせて頂いておりますが、私は、お礼にお参りさせて頂いております。昭和20年8月6日、私は広島で原爆にあいました。原爆が投下された瞬間、激しい光に驚いて、思わず、横のコンクリートの深い溝に飛び込んだのです。しばらくして、そこから出た時の惨状は、言葉では言い尽くせません・・・私は、爆心地に近い所に居ながらにして、命を助けて頂きました。片目の視力を原爆によって失いましたが、それ以来、片目を残して頂いて、見させて頂けることが有り難くて仕方がないのです。このようなおかげを頂いて、神様にお礼を申さずにはおられないので、こうしてお礼参りをさせて頂いております」と、お答えになったそうです。

★いま、与えて頂いている環境を喜び、しっかりお礼を申すことが大切です。目が見えることは当たり前、歩けることは当たり前、家族がいることは当たり前…というように、結構なおかげを頂いていても、その自覚がなければ、与えて頂いていることが当たり前になってしまい、有り難さが分からなくなるのです。あらゆるところに込められた神様のお心、頂いているおかげを分からせて頂くためには、心に受け物を作らせて頂かなくてはなりません。そのためにも、小さな頃からみ教えを頂ける環境程ありがたい環境はないのです。幼少の頃から日参と聴教に励ませて頂き、心におかげの受け物をしっかりと作らせて頂きましょう。

★『神様を拝礼するのに、別に決まりはない。実意丁寧正直、真一心がかなめである。日々生かしてもらっているお礼を申し、次に、お互い凡夫の身であるから、知らず知らず、ご無礼お粗末お気障りなどをしている道理、それをお断りおわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがよい』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成31年の「み教え」