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2018年11月28日

●先を楽しみに信心辛抱

 あるお家では、娘さんの将来の為を思って独り立ちさせるために、一人暮らしをさせたそうです。その娘さんが実家に帰宅された際には、社会人として一人前になって、少しは成長して、親を気付かってくれるようになって欲しいと親は楽しみに思っていたら、実家に帰ってきた際の娘さんは、普段の反動からか「あれして欲しい、これして欲しい。」とより甘えてしまう状態なのだそうです。親の求めている事と、子供の思っている事が全く違っているのですね。

★佐藤照師は『みんなよいことばっかり思っていても、思い方の寸法が違うから、合わそうと思うたら、辛抱が要る。それで自分だけを通そうとすると、どうしても合わぬことになるなあ。それをこちらから、向こうに合わせていくようにしたら、合うようになるでしょう。合わすようにするいうたら、どうしたらよいか。それは向こうの足らぬところを足していくとよい。大抵の者は、その足していくいうことを思うておらぬ。それから信心するものは、人を受けるくらいの心でおらねばならぬ。誰でもを受けていくくらいにならねばならぬ。受けるいうたら、力が大層要ります。相撲でも受ける方がどれだけ力が要るかなあ。そのように受けるのには力が要るが、そういう力は辛抱せねばできてこぬから、神様のおかげを頂いて、辛抱のお徳を蒙らせてもらうのです。年寄りと若い者というたら、知恵分別が合わんこともありましょう。それを自分の思うとおりにばっかりしようとしたら、立ち行きはせぬ。みんな世話になり合うてこそ、立ち行くのでしょう…』とみ教え下さいました。

★相手が幼稚園児でしたら、大人はその子に目線を合わせて話そうとします。それと同じように、相手に目線・程度を合わせ、共に成長していかねば、お互いが助かりません。そのためには、信心辛抱が必要です。人の成長でも自分の成長でも、先を楽しみにし、神様から信心辛抱をさせて頂けるだけのお徳を頂くことが大切なのですね。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成30年の「み教え」